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東京V「ウイイレ」部門加入のTakakiに直撃! 高校生で日本代表、タイでプロデビューの経緯とは

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東京V「ウイイレ」部門に加入したTakaki

 東京ヴェルディは3月19日、「eスポーツ ウイニングイレブン」部門にTakakiが加入することを発表した。発表の翌日には64名が参加したオンラインTeNY杯で優勝。頭角を現し始めた22歳は、サッカーの名門でもあるブリーラム・ユナイテッド(タイ)のeスポーツチームでキャリアをスタートさせた、異色のプレーヤーだ。

 どのような経緯でサッカーゲーム『ウイニングイレブン』(以下、ウイイレ)と出会い、eスポーツの最前線まで駆け抜けてきたのか。これまでの道のりと、これからの目標に迫った(取材日:3月19日)。


ウイイレとの出会い


――最初にウイニングイレブンをプレーしたのはいつでしたか?
「小学2年生からサッカーを始めていて、ウイイレもそのころから友達の家でやっていました。当時はプレイステーション2を使っていて、最初にプレーをしたタイトルはウイニングイレブン10。当時サッカーをやり始めた時期で、サッカー選手とかチームを詳しく知らなかったんですけど、たまたまユベントスを見つけて面白い名前の選手がいるぞって。それがネドベドやイブラヒモビッチで、使ったら強いな!って。当時はユベントスばかり使っていましたね」

――2006年頃ですね。当時から上手でしたか?
「全然だめでした。操作を覚えないといけなくて、説明書を読んで×ボタンでパス、■ボタンでシュートとかやって慣れていきました。友達に負けるのが嫌だったので、親にお願いしてプレステ2とウイイレ10を買ってもらって。ひとりでコンピューターと練習して、それで友達と対戦していました」

――そのままウイイレを続けた。
「いえ、そこからプレステ2でやらなくなって、リアルのサッカーを頑張っていました。でも中学生くらいに膝の成長痛でサッカーができなくなってしまって。空いた時間に何かできることを探してサッカー観戦をしていたんですけど、ウイイレあるじゃんって気がつきました」

――その頃はもうプレステ2ではなかったですよね。
「まずPSPのウイイレを始めて、そこから1、2年経ってプレステ3が出てオンライン対戦ができるようになりました。動画サイトで人がプレーしている動画を見て、プレステ3を欲しくなって、お小遣い貯めて買って。そこからオンラインを始めましたね」

――オンライン上では勝てましたか?
「2回に1回勝てればいいくらいでしたね。PSPでやっていたときはすごく自信があったんですけど、それが崩れて。中学2年の冬くらいでしたね」

――成長を実感した瞬間は覚えていますか?
「全然通用しないことがわかったので、とりあえずやり続けようと。次作の体験版が夏頃に出るんですけど、それを機にやろうって体験版を練習しまくりました。上手い人の動画を観ながら自分にできないことを補うように練習していったら、次作が出たときにすごく勝てるようになっていて。あれ…おれ行けるんじゃないかって思いました。それが中3くらいですかね」


高校生でウイイレ日本代表に


――2015年には岡田武史氏が率いるウイイレ日本代表に選出されました。
「ウイイレ2015のときに11人の日本代表を選んで、ドイツ代表と戦う企画がありました。それまでは動画観ながら、オンラインで強い人と知り合ってプレーすることを続けていて、岡田ジャパンに選ばれたことで初めて表舞台に立ちました」

――反響はありましたか?
「Youtubeでも配信されていて、けっこう再生回数も伸びていて。高校の友達にもバレて『おまえ日本代表じゃん』って。まだeスポーツとして浸透していなかったので恥ずかしかったんですけど、でも嬉しかったですね」

――その頃でまだ高校生だったんですね…
「高校2年生でした。そう考えると濃いですね(笑)。その後は大学受験で浪人生活を送っていて、受験料とか参考書代を稼ごうとバイトしながら生活していました。そのときネットで日本eスポーツ連合(JeSU)のライセンス交付のニュースを見て、プロゲーマーとして生活できることを知りました。その前に日本代表にもなっていたのでいける自信もあったんですが…まず大学には行きたいなと」

――人生の岐路ですね。
「悩んでいたのを親も感じ取っていたようです。僕が日本代表に選ばれていたことも知っていたので、当時少しずつ流れていたeスポーツのニュースを見て、僕にその道を勧めてくれました。そこでeスポーツをやろうと決断しました」


プロキャリアのスタートは異国の地で


――タイリーグ挑戦はどのような経緯なのでしょうか。
「2019年初めに日本代表を決める大会(PES LEAGUE JAPAN National Finals Season1/Season2)でベスト4と準優勝になったんですけど、その功績が認められて海外の人から連絡が来ました。挑戦してみないかって言われて、でもタイリーグって聞いたことないし、知らない土地に行くのも怖いなって思っていたんですけど、よくよく調べると日本よりもeスポーツが盛り上がっていて。色々コンタクトを取って行かせてもらいました」

――どのような生活スタイルだったんでしょうか。
「タイのマンションを借りてくれて、そこで練習して週末のリーグ戦に出るという形です。賞金も1300万円とか出ていて、観客が大会会場まで応援に来るんです。会場で太鼓叩いて応援したり、写真撮影をお願いされたり、盛り上がりがすごかったですね」

――クラブはサッカーでも強豪のブリーラム・ユナイテッドですよね。
「細貝萌選手もいたチームです。タイのクラブがウイイレの選手を雇って試合に出させていました。ムアントン・ユナイテッドの選手はいなかったですけど、チョンブリFCにはウイイレの選手がいましたね。日本の新卒会社員の初任給より給料は高かったですね…優勝したらボーナスもありました」

――実際に生活されてどうでしたか?
「環境面でフィットしきれずに、そんなに勝てませんでしたね。リーグ戦は短期で2、3か月くらいなんですけど、僕は途中からの参戦でした」


Jクラブ加入、そして世界へ


――帰国後、いよいよ東京Veスポーツに加入します。
「すでに所属していたらんこむさんと茨城国体に出るためのチームで一緒だったんですけど、そこからですね。ほかのゲーミングチームからもお誘いがあったんですけど、ヴェルディからお声をかけていただいたときは心の中で決めていました」

――加入を決めた要因は何かありましたか。
「ほかのeスポーツを主としているゲーミングチームより、サッカーゲームを中心にしているチームが個人的にいいと考えていて。入るならヴェルディがいいと思っていました」

――3月には「e.Football OPEN」の日本でのナント代表になりました。
※同大会は最初にクラブを選択し、その代表になるために各国・各地域で戦い、その代表として世界大会で戦う
「まずはオンライン決勝を勝ち抜いて(ナントの)日本代表として出られたのでよかったです。世界大会で活躍することが僕の目標。まずはこの後のアジア大会で勝ち抜いて、その後の世界大会に行きたいですね」

――東京Vのeスポーツ選手として、東京Vサポーターにメッセージをお願いします。
「ヴェルディは小さい頃からサッカーで観ていて、歴史もあって憧れのクラブ。その一員として戦えることはすごく光栄です。でもこれまでのように国内大会だけではなく、世界大会で成績を残さないとインパクトが違います。サポーターに認められるように、世界大会で結果を残していきたいです」

(取材・文 石川祐介)

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