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失望と意識改革をもたらした群馬の夜。清水ユースMF小川雄一郎が経験した転機

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清水エスパルスユースの中盤の潤滑油、MF小川雄一郎

[2020シーズンへ向けて](※清水エスパルスの協力により、オンライン取材をさせて頂いています)

 自分でも驚くほど集中力を欠いていた姿を、指揮官が見逃すはずはなかった。厳しい叱責と共に翌日のメンバーからも外される。「本当に自分に失望して、『何しにここまで来たんだ…』って、その時は思ったんですけど、その後は自分なりに私生活やサッカーに対して向き合う姿勢が変わって、練習にも凄く向き合うようになりましたし、自分でアクションを起こすようになったので、今から考えると転機になりましたね」。あの群馬の夜があったから、今がある。清水エスパルスユースが抱える中盤の潤滑油。小川雄一郎(3年)は自分自身と向き合うことの大切さを、誰よりもよく知っている。

 ユース昇格後は1年時のシーズン終盤から公式戦のメンバーに指名される機会も増え、高円宮杯プレミアリーグEASTでのプレーも経験。2年になった昨シーズンのリーグ戦も、開幕から5試合続けて途中出場で起用されるなど、着々とステップを踏んでいく。「正直途中からでも、試合に絡めるのが凄く嬉しいというか、メンバーから外れた時もありましたけど、その時に外れていた人の気持ちがわかって、『もっと頑張らなきゃいけない』と思って、練習に取り組めるようになりました」。

 連覇を目指す夏のクラブユース選手権にも順当に大会メンバーへ選出され、群馬に乗り込んだ小川。グループステージ初戦ではスタメンに抜擢され、2戦目もベンチ入りを果たしていたものの、ノックアウトステージ進出を懸けた3戦目のメンバーリストに、彼の名前は見つからない。実は前日の夜。ミーティングの際に“事件”は起こっていた。

「あの時は学校やサッカーでいろいろあって、正直メンタル的にちょっときつくて、凄く気分が落ちていたんです。それで本当に何の意識もなく、ミーティング中にボーッとしてしまって… 『本当に何してるんだろう』というぐらい気力がなかったですね」。自分でも驚くほど集中力を欠いていた姿を、指揮官の平岡宏章が見逃すはずはなかった。厳しい叱責と共に翌日のメンバーからも外される。

 グループステージを突破したチームは、準々決勝でサガン鳥栖U-18に敗れることになる。そのゲームではベンチメンバーにこそ復帰したものの、小川に出場機会が訪れることはなかった。決してポジティブな思い出ではないはずだが、当時の痛恨と言っていい出来事が自身に大きな影響を与えていると、本人は改めて振り返る。

「本当に自分に失望して、『何しにここまで来たんだ…』って、その時は思ったんですけど、その後は自分なりに私生活やサッカーに対して向き合う姿勢が変わって、練習にも凄く向き合うようになりましたし、自分でアクションを起こすようになったので、今から考えると転機になりましたね」。

“あの夜”以降は公式戦の出場がないままに迎えた、プレミアEAST第13節。流通経済大柏高とのアウェイゲームは波乱の展開。前半だけで2点のビハインドを負った上、退場者を出して10人での戦いを余儀なくされる状況で、平岡監督は後半開始から“3枚替え”という思い切った策に出る。そして、交替出場する3人の中には小川の姿があった。「自分が出るとわかって凄くやる気が出ましたし、自分がチームを変えたいと思いました」。久々のピッチに18番が飛び出していく。

 後半18分。小川の右CKはピンポイントでノリエガ・エリック(現・清水)へ。ヘディングはポストを叩いたものの、ゲームの流れはエスパルスに傾き始める。「最初のプレースキックを蹴った時に『今日は行けるな』と思って、プレミアで初めてと言っていいぐらい周りが見えたり、キックの質が良かった気がします」。

 終了間際の45+3分。小川が蹴り込んだ右CKからPKが生まれ、とうとう1点差に。そしてその1分後。小川の鋭い右クロスが、ゴール前を横断する。チームメイトのボレーは枠を外れ、試合は1-2でタイムアップを迎えたが、確かな存在感を印象付けた18番は、そこからリーグ戦でのスタメンを勝ち獲ることになる。

「プレミアを経験したことで『自分が出たい』という気持ちが強くなりましたし、あの雰囲気はなかなか出てみないとわからないと思うので、今年に生きてくると思います」。紆余曲折を味わいながら、自分自身を見つめることのできた2019年の1年間は、彼のサッカーキャリアの中でも大事な時間になっている。

「しっかりボールを扱えることだったり、キックでゲームを作れる所だったり、落ち着いてプレーできるところが特徴です」と自らを分析する中で、参考にしているのはレアル・マドリーのルカ・モドリッチ。「1人で何でも全部できちゃうのと、個人でゲームを変えられるところが凄く好きです」と笑った姿に、サッカー好きの高校生という素顔が滲む。

 背番号は昨年に続いて、18番を付けることになった。「僕のお父さんがフットサルで18番だったり、今はエスパルスでスクールコーチをしているお姉ちゃんも小中学生の時に18番だったり、僕も小学校から18番を付けてきて、ユースでも去年付けられたのが嬉しかったので、そういう意味も込めて今年も18番にしました」。縁のある“ラッキーナンバー”を背負ったアカデミーラストイヤーは、当然今までで最高の1年にしたいと願っている。

「まずエスパルスのトップに上がることはずっと6年間目標でやってきましたし、公式戦でもみんなで力を合わせて勝つことを目標にして、この1年間はやっていきたいと思います。試合を落ち着かせるところとか、セットプレーとか、ボールにたくさん絡むことでチームを助けたいですね」。

 あの群馬の夜があったから、今がある。チームに不可欠な18番へ。清水エスパルスユースが抱える中盤の潤滑油。小川雄一郎は自分自身と向き合うことの大切さを、誰よりもよく知っている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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