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ドイツで金字塔を打ち立てた長谷部誠、日本サッカーへの想い「未来は明るくなってきている」

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 2018年のロシアW杯を最後に日本代表を引退したMF長谷部誠(フランクフルト)は、現在でも突出した存在だ。19-20シーズン、元韓国代表FWの車範根氏が持っていたアジア人のブンデスリーガ最多記録である通算308試合出場を超える311試合出場を達成。元来の攻撃性を研ぎ澄ませつつ、ドイツで磨いた戦術眼とインテリジェンス、ベテランらしい気の利いたプレーへの信頼は厚く、簡単にはポジションを明け渡しそうにない。20-21シーズンはブンデスリーガ全体での最年長選手となる可能性が高い36歳に今の思いを聞いた。

この年齢になっても
分からないことだらけ


―19-20シーズンを振り返ると、リーグ戦23試合、カップ戦3試合、ヨーロッパリーグ(EL)7試合、EL予選5試合に出場しました。
「試合数的には(たくさん)出たなという感覚はあるんですけど、チームとしては19-20シーズンだけでなく、その前のシーズンから試合数が増えていて、そういう意味でこの2シーズンは本当にたくさんの試合をやってきたなという感覚があります。その中で僕自身も18-19シーズンはすごくいいシーズンを送ることができました(ELで準決勝進出、長谷部は計43試合に出場)。

 19-20シーズンに関しても、入り自体は悪くなかったんですけど、どうしても前のシーズンからの疲れが自分の中で出てきて、自分のプレーが沈んだなという時期があったんです。(約2か月間の中断後、5月に)再開して、また自分の中で少し戻してきたなという感覚があり、あらためて試合が重なったときのコンディション面での気づきもありました。この年齢になって、まだまだ自分も分からないことだらけだなと感じています」

―沈んだ時期や気づきというのは自分のフィジカル的なことが多いのでしょうか?
「そうですね。でも、それだけでなく、チームとしても19-20シーズンを迎えるにあたってフォワードが3枚抜けて(主力だったレビッチ、ヨビッチ、アレの3人が移籍)、なかなか連携などがうまくいかない部分もありました。学ぶべきことはたくさんあるなと思っています」

―出場数が多い一方、例えばバイエルン戦やドルトムント戦など大一番で先発のローテーションが回ってこないことも多く、少し気になりました。
「それは19-20シーズンに限ったことでなく、18-19シーズンにヒュッター監督が就任してからはそうなんですよね。バイエルンならレワンドフスキですが、他のチームでもフォワードに大きな選手がいるときは僕が出ない試合は結構あります。監督は結構そういうフォワード対策を考えていて、2メートルを超えるような選手がいるときは強いマークのできるディフェンダーを置きたがるんです。正直、バイエルン戦に出られないのは自分でも悔しさがあるんですけど、そこは割り切ってやってますね」

―お休みと割り切るのですね。
「休みという意味合いもあるし、監督がどういうことを求めているのか、こういう年齢になって自分の中で理解している部分もあります。そこを理解していながらも、それで良しとしてしまう自分も嫌なので、そこは自分の中で葛藤しながら、次は自分がそのバイエルン戦に出してもらえるように、普段から見せていかなきゃいけないなと、いつも考えています」

アジア人最多出場記録を更新
来季はブンデス最年長選手に?


―19-20シーズンにはこれまでアジア人最多だった車範根氏の通算308試合出場を超える311試合出場を達成しました。そして20-21シーズンではブンデスリーガ全体での最年長選手になる可能性が出てきました。
「そうですね。数字に関しては、奥寺(康彦)さんの日本人記録を抜かせていただいたときも思ったんですけど(17年3月に奥寺氏の記録を塗り替える235試合出場を達成)、時代が違いますよね。今回も車範根さんの時代と比べると、全然昔の方が大変だったと思います」

―それはアジア人だからということですか?
「生活自体もそうですが、外国人枠も今とは違いました(現在ドイツでは外国人枠がない)。一概に数字を抜いたからって、上にいったということではないと思います。僕自身、それだけの数字を重ねられてきたことを誇りに思いますが、何よりここまでの巡り合わせのおかげだなと。チームメイトだったり、監督だったり、巡り合わせが良くなければここまで来られなかったと思うので、感謝しなきゃいけないと思っています。特に30歳を超えてからは、ダメならすぐに切られる世界なので、より巡り合わせに感謝です。

 20-21シーズン、ブンデスリーガで最年長選手になるという話はまったく意識していなくて、僕もそのニュースを見たときに『えーっ』と思ったんですけど(笑)。日本では53歳で現役の方もいますし、40代の方も多くプレーされているので、自分の中ではまったく最年長という感覚はないんです。でもやはり誇りに思うところもあって、ブンデスリーガという場所は非常に年齢にシビアで、若い選手がどんどん出てきますし、ビジネスとして若い選手はどんどん移籍していくような環境です。だから、自分がこういう年齢で現役でいられるのはすごく誇りに思います。外国人選手としてリーグ最年長でいられるというのは、やりがいとしてはすごくありますね」

―キャリアと年齢を重ねて、チーム内での立ち位置の変化や、逆に自身から見える景色の変化はありますか?
「ドイツに来て13年くらい経ってますけど、今でも本当に1年1年、1日1日がまだまだ新しいことの発見なんです。サッカー界も目まぐるしく変わっていくし、普段の生活自体もコロナで様々なことが変わりました。その中で、もちろん経験を積んで来たからこそ、落ち着いている部分も正直あるし、だけどそれとともに目まぐるしい変化の中で自分も1日1日を新鮮な気持ちで過ごしているので、マンネリ感とかそういうのはまったく感じずにやっていますね」

―日本にあるような先輩後輩の関係がドイツではありませんよね。あまり立場、立ち位置が変わったと感じないのではないでしょうか?
「ヨーロッパでは上下関係というのはほぼないですし、チームメイトになれば18歳、19歳の選手も僕に対して敬語なんて絶対に使わないし、日本語でいう“いじる”みたいなこともやってきます(笑)。僕はもうこっちが長いのでそれに慣れているというか、普通ですけどね。もちろんチームの中で最年長ですし、クラブからはピッチ内だけでなく、ピッチ外でも若い選手にいろいろ示してほしいというのは要求されているので、そういう部分ではもちろん若い頃と立ち位置が変わってきています。日本で日本人としてそういう立ち位置になるのと、日本人かつ外国人としてドイツでそういう立ち位置になるのとでは、やっぱり違う部分があると思います。ドイツという国にいる人たちのメンタリティーやブンデスリーガのやり方は認識しているつもりですが、自分なりにいろいろ模索しながらそういう立ち位置も楽しんでやっています」

―ドイツでのキャリアを振り返るとき、一番苦しかったのはボルフスブルク時代に試合に出られなかった期間という話をよくされています。逆に一番良い時期というのは、実は今なのではないでしょうか?
「一番良いと言えるのはここ2、3年ですかね。17-18シーズンにカップ戦で優勝して、次の年にELで準決勝まで行って(死闘を繰り広げるもチェルシーにPK戦で惜敗)という流れの中で、チームの中心としてプレーできている感覚があり、それは自分のキャリアの中でも間違いなく充実感があります。もちろんドイツに来て2年目にボルフスブルクでリーグ優勝したのも素晴らしかったのですが、その当時は本当に右も左も分からなくて、優勝の意味をそんなに捉えていなかったというか、日本で浦和レッズで多くのタイトルを取っていたので、その流れで取れたみたいな感じでした。これだけ長い間ブンデスリーガでプレーした今振り返ると、ボルフスブルクという優勝争い常連の強豪では決してないチームで優勝できたのは、本当に奇跡に近いとも感じます。でも、本当にすべてを総体的に見て良いなと言えるのはこの2、3年ですね」

―ボルフスブルク時代のチャンピオンズリーグ(CL)より今のELという感じですか?
「フランクフルトにとってのELというのは本当に大きなものなので。いつもCLに出ているようなビッグクラブにとってELは大した大会ではないのでしょうが、僕らにとっては本当に大きな大会です。インターナショナルの大会でプレーできるというのは自分たちにとっては本当に楽しい旅路というか、どんどん上までいけて僕自身も楽しかったし、ファンとか街全体も盛り上がるので、そういうやりがいがあるんですよね」

危険だなと思ったのは
無観客に慣れていくこと


―現在、新型コロナウイルスにより世界中が大きく揺れ動いています。シーズンの中断や無観客試合を経験して、思うところがたくさんあるのではないでしょうか。
「そうですね。正直なところ、まだ整理し切れてないなというのはありますね。試合も(約2か月間)なかったので、すごく時間があって、サッカーのことや人生のこと、いろいろ考えたりしたんですけど、まだ実際にコロナの影響というのはおさまっていないし、これからもまだ続いていくと思います。まだ先が見えない部分があるので、ハッキリした答えを導き出せたわけではないんですけど、ただ一つ言えるのは、これまで当たり前のように満員のスタジアムでサッカーができていたというのは、当たり前のことではなかったし、無観客でプレーして、観客がいる中での熱、情熱、パッションというのは、やっぱりこれから先も失われて良いものではないと思います。あらためてスタジアムって素晴らしい場所なのだと感じることができて、だから、もちろんコロナ禍があってよかったとは決して思わないですけど、あらためてサッカーの素晴らしさ、みんなが熱を発せられる場所があるというのはすごく良いことだと思わされました」

―ドイツでの無観客試合はどんな雰囲気だったのですか?
「多くの人が一つの場所に集まるというのはサッカーだけじゃなくて、コンサートとか舞台もそうだと思うんですけど、一つの場所に集まってみんなが喜怒哀楽を共有できる場所というのは、これからも絶対に必要なものだと思いました。無観客でプレーしてみて、そこは熱が欠けているし、熱が欠けることによってプレーの質が上がらないとか、最後のここ行くだろという一歩が出なかったりというのもありました。そういう意味では、物足りなさを感じましたね。あとちょっと危険だなと思ったのは、無観客で10試合くらいやったんですけど、試合を重ねると観客がいないことに慣れていくんですよね。だから無観客を続けてしまうと、いろいろ少し危険だなというのはありました。このままじゃファンが離れちゃうんじゃないかなと思いましたね」

―昨年、鎌田大地選手がシントトロイデンからフランクフルトに復帰し、日を追うごとに成長を見せました。特にリーグ戦終盤は活躍しましたが、日本人の同僚として、先輩として、どう見ていますか?
「(鎌田)大地はコロナによる中断のあとから非常に良い形でプレーして、結果も出していました。もちろん、ポテンシャルのある良い選手だというのはあるんですけど、正直なことを言うと、彼は今みんなからチヤホヤされていると思うんです。彼に対して『お前は良い選手だ』って、良いことしか言わないと思うんですよ。でも、一番近くにいる日本人として僕は彼に対して、謙虚でいるためにも、ちょっと厳しい言葉をかけたほうがいいかなという感じです。実際に1シーズン通してコンスタントにプレーできていたわけではないですし、彼自身も分かっていると思いますが、良いときもあれば悪いときもありました。振り返ると、僕自身もそうだったんですが、結果を出していくと、周りに厳しいことを言ってくれる人が少なくなっていくんです。なので、彼には(僕が厳しい言葉を)言い続けたいなと思います」

―そういう存在はありがたいですね。
「それをどう捉えるかで、変わってくるんじゃないですかね。口うるさいと思うのか、それとも、ありがたく受け取るのか。彼次第だと思います」

―日本代表の元チームメイトたちも欧州で頑張っています。
「本当に今、多くの日本人選手が欧州でプレーしていて、すべてをカバーできているわけではないですけど、岡ちゃん(岡崎慎司)もシンジ(香川真司)も、近い世代はすごくもがいている感じがあって、それはそれで嬉しくなるんです。欧州サッカーの厳しい環境で、しかも2部でもがいてやっているというのはすごく刺激になるし、自分自身も頑張れるという気持ちになります。若い世代の選手たちも、もちろん頑張っているというか、少しずつ結果を出しているなと感じます。少し前は日本の若い選手は大丈夫かなと、自分自身もちょっと思っていたんですよね。でも、ここ1、2年はすごく結果を出しているので、未来は少し明るくなってきているなと思っています」

―この夏は遠藤渓太選手のウニオン・ベルリン入りが決まりました。最近の日本人選手の海外移籍はオランダやベルギーが主流でしたが、17年の鎌田選手以来、日本から直接ブンデスリーガ入りですね。
「欧州のサッカーには流れというのがあって、一時期はシンジ(香川真司)が活躍して、(ブンデスリーガで)日本人ブームがあって、でもそのあとこっちに来た選手が結果を出せなくて、なかなか新しい日本人が来られなくなったというのは正直あると思うんです。でも、最近ではフランスの若い選手がドイツだけでなく、世界中で“優良銘柄”になって、活躍するようになったという流れがあると思います。若い日本人選手たちが活躍してくれたら、またその次の日本人も来やすくなるだろうし、そういう流れも生まれていくと思うので、若い選手たちがどれだけその流れをつないでいけるかというのが大事ですね」

―日本代表はいかがですか? 以前はまったく見ていないと話していましたが。
「日本代表の試合はなかなか見る機会はないですけど、欧州で活躍する若い選手たちがどんどん出てきていますから、そこは頼もしく思ってます。2022年のW杯に向けて、もちろん2次予選、最終予選で勝たなきゃいけないですけど、そこに関してはすごく楽観的、楽しみにしています」

長谷部の新たな“相棒”
『プーマ ウルトラ』


―さて、これからまた新しい戦いが始まります。新しいパートナーである『プーマ ウルトラ』はいかがですか?
「ここ最近のスパイクというのは、僕が大事にするフィット感が素晴らしくて、さらに軽量化もされています。僕みたいに膝やいろんな持病を持っている選手にとっては、すごく負担が軽くなるなと思って、僕は満足しています」

―これまで履いていた『プーマ ワン』との違いは?
「軽さというのは一つあると思います。『プーマ ワン』も軽かったんですけど、より軽量化されて、包み込む感じのホールド感がより良くなってます」

―長谷部選手にとって、軽さは重要なのですね。
「そうですね。もう昔の重いスパイクは履けないですね。軽さがすべてではないですが、僕はより軽いものを好みますし、技術の進歩を実感しています」

―これまでのスパイクには日の丸が刺繍されていましたよね?
「新しいスパイクもそうですが、基本的にはいつも日の丸を入れてもらっているんです。やっぱり、日の丸が入ると気合いが入りますね。代表の試合はなくても、自分はやっぱり日本人だし、ブンデスリーガでも日本“代表”みたいな立場で戦っていますので。一つ、気合いを入れるスイッチのようなものです」

(取材・文 了戒美子)

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