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【GK's Voice 4】待ち続けた出場機会…千葉・新井章太「腐ったらプロの意味がない」

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ジェフユナイテッド千葉GK新井章太

GKヒューマンドラマ『蒼のアインツ』第1話を読む↑

 試合に一人しか出場できない。そしてピッチ上でただ一人、手でボールを扱うことが許されたポジション。それがGKだ。“孤独なポジション”で戦う彼らはどのような思い、考えを持ちながらトレーニングに打ち込み、ピッチに立っているのか――。ゲキサカではコミックDAYSで好評連載中の『蒼のアインツ』とのコラボ企画として、GKにスポットライトを当てた連載をスタート。第4回はジェフユナイテッド千葉でプレーするGK新井章太に幼少時代から現在までを振り返ってもらい、GKとして生きていく術を聞いた。※オンラインにて実施

中学の3年間はサブだったけど
サッカー人生が終わるわけじゃない


――まず、サッカーを始めたきっかけを教えて下さい。
「本格的に始めたのは、小学3年生で少年団に入ってからです。幼稚園の頃からサッカーと野球をよくやっていて、小学3年生になって少年団に入れることになったとき、サッカーと野球のどっちにしようかという話になり、友達と『サッカーにしよう』と決めて入りました。最初はCBでプレーしていて、小学生の頃に全部のポジションを経験したと思います」

――サッカーを始めた当初のGKの印象は?
「その頃は漫画のキャプテン翼を読んでいて、中盤の選手、特にボランチにすごく憧れていたし、いろいろなポジションがある中で、『GKをやりたい』という選手もなかなかいなかった。自分がGKをやり始めたきっかけも、試合の日に『誰がGKやる?』という話になり、毎試合GKを変えて順番が回ってきたからです」

――GKとして試合に出たとき、フィールドプレーヤーとは違う楽しさも感じられましたか。
「新鮮な感じはしました。普段はゴールを取ろうとシュートを打っていたけど、GKはシュートを止めてゴールを守らないといけない。ものすごく大変だけど、シュートを止めたら皆から褒められるポジションなんだなと小学生のときは思っていた。でも、GKをやりたいとはならなかったですね。その頃はフィールドプレーヤーとしてプレーするだけでなく、野球も並行してやっていたのでいろいろなことを経験していた感じです」

――サッカーに専念していたわけではなかったのですね。
「結局、サッカーをやり始めた1年後の小学4年生のときに野球を始めました。両方、好きだったんですよね。野球でもピッチャーに内野手、外野手と多くのポジションを経験したし、中学ではジュニアユースでサッカーをしていたため、サッカー部に入っても中体連の試合に出られないので野球部に入ったくらいです。ずっと野球も好きだったし、野球を続けていたからボールを取る感覚は他の人よりも磨かれたと思います」

――GKとして定期的にプレーし始めたのはいつからでしょう。
「小学5年生のとき、地区の選抜を選ぶ試合がありました。自分はフィールドプレーヤーとGKの両方でプレーしたのですが、両方で選抜に選ばれて『どっちをやりたい?』と聞かれたんです。周りを見たときにフィールドにはメチャクチャうまい選手がたくさんいて、『こいつらには絶対に敵わないだろうな』と思った。でも、GKを見たときにあまり大きな選手もいなかったので、『こっちの方がチャンスあるかな』と思い、『じゃあ、GKにします』みたいな軽い気持ちで、選抜ではGKとしてプレーし始めました。ただ、自分のチームに戻ったときはボランチで試合に出ていたいし、キャプテンで10番を背負って自由にやっていましたね」

――ただ、中学に入学する頃にはGK1本でやっていくことになったようですね。
「決断というほど重くは考えていなかったです。中学に入る頃には身長も170センチくらいあったし、GKとして頑張っていこうとしました。その頃には、シュートを1本止めたとき、FWが1点取ったときと同じくらい嬉しい気持ちが芽生えてきてもいました」

――中学時代は正GKとしてプレーしていたのですか?
「中学の3年間はサブでした。自分は県選抜までしかいけなかったけど、関東選抜に選ばれていた同級生がいたので。本当にその同級生がうまくて、認めざるを得ないくらいのレベルでした」

――試合に出られないことが続くことで気持ちは切れなかったですか?
「別に終わりではないじゃないですか。そこで自分のサッカー人生が終わるわけじゃないし、最後ではない。そう思っていたし、ちょうど中学生のときに日韓ワールドカップがあり、それをテレビで見ていて『マジですごい!!』と思ったんです。それから、『絶対にプロになりたい』という大きな目標ができたので、やる気がなくなるとか、モチベーションが落ちることは一切なかったですね」

――「プロになる」という気持ちがサッカーを続ける大きな原動力となっていた。
「その気持ちは正智深谷高に入っても変わらなかったし、むしろ大きくなりました。高校生になると、周りのレベルも上がってどんどんプロに近付いていく感じがしたし、選抜で練習するとき、ユースの選手はトップに絡んでいるような選手もいた。そういう選手とプレーすることで、大きな刺激を受けていたし、『どうすればプロになれるのか』ということを考えるようになりました」

国士館大から東京Vに加入してプロ生活をスタートさせたが、出場機会を得られず2年後に戦力外通告を受けた

なかなかレギュラーは変わらないけど
次の試合は絶対に出るつもりで準備していた


――国士館大から東京Vに加入することになりますが、経緯を教えて下さい。
「大学でも4年生までなかなかトップチームの試合に出られなくて、ずっとBチームの大会に出ていたので、4年生の12月になっても進路が何も決まらない難しい状況でした。『JFLのチームのセレクションを受けるしかないかな』と思っていたときに、急に『明日からヴェルディの練習に行けるか?』と言われたんです。その時期はインカレも終わり、2週間くらい休んでいたけど、『こんなチャンスはない』と思い、次の日からヴェルディの練習に参加して、一週間2部練習をやり続けて加入することになりました。ただ、もうキャンプインしていたので、『プロになれて嬉しい』という気持ちになることはなく、『俺はもうプロだから頑張らないといけない、やらなきゃいけない』と気持ちを切り替えたのを覚えています」

――ただ2年後、公式戦の出場が一度もなく、戦力外通告を受けることになります。
「当時は、『何でだろう?』『どこがいけないんだろう?』『GKってそういうポジションじゃないのでは?』という気持ちになっていました。GKのポジションは一つしかなく、その頃の先輩には元日本代表の土肥洋一さんや(プロ11年目を迎えていた)柴崎貴広さんがいて、『2年間でどうやって勝てばいいんだ』『今、学んでいる途中なのに』と思ったし、『将来的に俺がJ1に上げてやる』気持ちでずっとやっていたので、悔しさ以上に『何でだろう』という思いが強かったですね」

――その後トライアウトを経て、川崎Fに加入することになります。
「トライアウトでJ1のクラブからオファーがくる選手はなかなかいないと思う。まだまだやれると自信がついてきたときに戦力外となったし、先が見えない状況だったので、嬉しさが半端なかった。本当にありがたかったと今でも思っています」

――川崎Fでも加入後2年間は公式戦の出場はありませんでした。
「大卒3年目から川崎にはお世話になりましたが、自分はうまい選手でもなければ、シュートを全部止められるわけでもなかった。川崎のスタイルに慣れるのに時間が必要だったし、本当にすごい選手ばかりで、そのシュートに食らいつくのに必死でした。何より試合に絡めなくて、そこで焦る自分は嫌だった。元々は拾ってもらった身だし、今すぐに結果が出るわけではないと分かっていたので、やり続けることが成長する近道だと思って、とにかくやり続けるだけでした。だから、試合に出られなくて悔しいとか、また戦力外になったらどうしようという不安も感じていなかった」

――やり続けることで成長を感じ、将来の自分に対する期待が、不安を上回っていたということでしょうか。
「だって、毎日うまくなるんですよ。自分では今まで一度も挫折がないと思っていて、プレーの質が落ちたと感じたこともありません。ずっとプレーの質が上がっていて、それは今もそうで、去年よりもはるかに良いと思う。何も考えていないわけじゃないけど、毎日毎日、先のことを考え過ぎずに、今日のシュート練習では絶対に1点も入れられないとか、目の前のシュートを止めてやるという目標を立てていた。それを繰り返しながら、もっと上を目指そうとしている自分がいました」

――目の前のことに真摯に向き合い、一つひとつしっかり超えてきた印象を受けます。
「今振り返ると、そうかもしれないけど、本当に先のことを考えずに目の前のことしか考えていなかっただけなので、当時はそうは思わなかったと思う。『サブの期間をどういう気持ちで乗り越えてきましたか?』とよく聞かれるけど、『自分でも分からないんですよ(笑)』と答えるくらいですから。でも、毎日シュートに必死に食らいつき、『絶対にやられたくない』『ハイレベルな環境で自分が試合に出たときにはこうしたい』『人一倍ではなく、人の何十倍も努力しないとダメだ』とか、そういうことしか考えてこなかったのが良かったのかなと、最近思うようになりました」

――試合に出られないことで腐ってもおかしくない状況だったと思いますが、プラスになることを考えて取り組めていたのですね。
「腐ったらプロの意味がないですよ。腐ったら、その選手はすぐに終わります。自分はそれくらいの気持ちで初めていないですからね、サッカーを」

――いつ出場機会が訪れるか分からない状況の中、途中出場した試合(16年1st第9節G大阪戦○1-0。17年第6節甲府戦△1-1、第30節広島戦○3-0)で勝ち点獲得に結び付けています。心身ともに常に準備してこられたからだと感じます。
「メンバーに入る上で、自分自身がコンディション面に満足していないと、いざ試合に出たときにパフォーマンスを最大限に発揮するのは無理です。それに試合前日までスタメンを狙っていたし、『絶対に今週は俺が試合に出る』と思いながら練習していたので準備は万端だった。スタメンを外れたら、試合の日はサブの役割をこなしてチームを全力で応援するけど、次の日からはまたスタメンを目指していた。そういう姿勢で取り組んでいたら、気持ちは切れません。GKはポジションが一つしかないし、なかなかレギュラーは変わらないかもしれないけど、次の試合は絶対に自分が出るつもりで準備していたので、試合当日にコンディションが悪いことはなかった」

――高いプロ意識を感じます。
「川崎にいたら、皆そうなると思う。当たり前のことを当たり前にやるし、それ以上のことを全員に求めているので、そういう選手になるのは必然だと思います」

――第2GKという立場で、どのようにチームに貢献しようとしていましたか。
「途中から試合に入る選手には『スタメンの選手よりも絶対に活躍してやる』『俺が勝負を決めてやる』『俺がゴールを守り抜いてやる』という気持ちの準備が必要だし、そういう選手の集団は本当に強いと思うので、その気持ちは常に持っていた。あと、勝てるチームには一体感が必要だと思っています。川崎はものすごく一体感のあるチームだったし、今でもそうだと思うけど、雰囲気は大事だなと思っていました」

――テレビの影響もあると思いますが、率先してチームの雰囲気づくりをしている印象です。意識して雰囲気づくりをしていたのでしょうか。
「それもよく聞かれますが、マジでありません。意識したことなんてないですよ。チームを盛り上げるために、自分が何か面白いことをやってやろうと思ってないですから。周りから見て、『あいつ、頑張って雰囲気作ろうとしているな』と思われていたら嫌ですね(笑)。僕が考えていたのは、楽しければいいということ。それが自然とチームの盛り上げにつながっていたのなら嬉しい限りです」

――17年に川崎Fは悲願のJ1リーグ初制覇を成し遂げます。レギュラーをつかみ切れなかった選手の中には悔しさも感じると言う選手もいますが、率直な気持ちはいかがでしたか。
「メチャクチャ嬉しかったですよ。あの瞬間は今でも思い出すくらいです。川崎はなかなかタイトルを獲れなかったので、2連覇したときよりも初優勝したときの方が覚えているし、本当に嬉しかった。確かに自分はレギュラーではなかったけど、出場した試合では負けがなかったし(3試合1勝2分)、優勝に少しでも貢献できたと思えました。4年前に拾ってもらった身としては少し恩返しができたと思うから、あの優勝は本当に嬉しかった」

トライアウトを経て川崎Fに加入。在籍7年目の昨季はルヴァン杯MVPに輝き、チームを同大会初優勝へと導いた

自分の実力にも今回の移籍にも自信を持っている
だからこそ、チャレンジしたい気持ちが芽生えた


――昨季はルヴァン杯優勝の立役者となり、同大会のMVPに選出されました。川崎Fでの存在感をより高めたと思いますが、今季から千葉に移籍します。なぜ、このタイミングで移籍を決断したのでしょうか。
「それまでは年間で10試合に出場できるかできないかでした。それは天皇杯の大学生やアマチュアクラブとの試合を合わせてです。年間50何試合もある中で10試合はものすごく少なく、出場機会のことを考えると移籍のことは頭の中にずっとありました。それと、ACLでもターンオーバーした試合や消化試合で使われることもありましたが、大事な時に自分を選んでもらえるかと言ったら、やっぱり選ばれなかった。去年のキャンプでは(正GKのチョン・)ソンリョン選手が負傷して、自分がゼロックス杯に向けて調整を続けてきました。『GKにとってこんなチャンスはない』『このチャンスは逃せない』と気持ちも高まっていたけど、試合の数日前に復帰したソンリョン選手がそのまま起用された。自分の中で『どうしてだろう』という気持ちが少しずつ出てきて、そこから何か月も試合に出られない日々が続き、しんどくなってきたのは正直な気持ちです。最後のルヴァン杯だけを見たら、『何で今、移籍するの?』と思われますが、自分は何年も何年も試合に出られない経験をしてきました。それでも大事な試合で使ってもらえないのなら、まだまだ成長しないといけないし、さらに成長するにはシーズンを通して試合に出続けなければいけないと思うようになった」

――それまでは日々の成長を楽しみに目の前のことに全力を尽くしてきましたが、長年やり続けてきたことで自分の実力に自信を持てたということもありますか。
「自分の実力に自信を持っているし、今回の移籍にも自信を持っている。だからこそ、チャレンジしたい気持ちが芽生えたのかもしれません。それと、ヴェルディで戦力外となって川崎に拾ってもらった経験があるから、自分を必要としてくれるチームがあるということは素晴らしいことだと思う。自分を大切に思ってくれるチームは本当にありがたいし、自分がいないとダメだというチームにしたいと思った。それにジェフの監督がユンさん(尹晶煥監督)になると分かった上で移籍してきたように、あの人が監督じゃなければ千葉には来なかったかもしれない。ユンさんのチームでプレーしたい気持ちもあったので、いろいろなことが重なって今回の移籍につながったと思います」

――改めてGKの面白さ、醍醐味を教えて下さい。
「ルヴァン杯決勝のように、『これを止めたらヒーローだ』という場面で相手のシュートを止めたときは、もちろん嬉しいです。ただ、GKのポジションは一つしかなく、チームを後ろから見られるポジションであり、自分がリーダーシップを取らないといけないポジションだと思っています。『チームをまとめたい』という気持ちを持った人でなければ成り立たないと思うので、自分には最適なポジションだったし、そのポジションでチームに貢献できることがやっぱり面白いと感じます」

――GKとして充実感を得られる試合内容、展開はどのようなものでしょうか。
「とにかく失点がゼロだったら、どんな内容や展開でもいいです。ボールにたくさん触れても、全然触れなくても、シュートが何本飛んできても、1本しか飛んでこなくても、結果的にゼロに抑えられたら嬉しい。練習のときから失点するのは本当に嫌いなので、たとえチームが4点、5点取って勝ったとしても、1失点でもしたらGKとしては後味が悪くなります。川崎のときも大量得点してから1点取られて悔しい思いをしたことがあったので、失点をゼロで終えられた試合は充実感を得られます」

――逆にGKだからこそ感じる辛い瞬間というのは?
「今季は特に辛さを感じることが多いです。自分にどれだけ自信があってもチームを動かせなければ失点するし、チームを一つにできていなければ守り切れないシーンもある。どれだけ自分のコンディションが良くても、一人だけでは守れないんだなというのが辛いというより、もどかしく感じるときはあります」

――今季はここまで(J2リーグ第17節終了時点)全試合先発フル出場を続けています。試合に出続けることで、これまでとは違う成長を感じますか。
「今までは1か月に一度試合があればいいという感じでした。その試合で反省点が見つかっても、その反省を次に生かすには1か月後の試合を待つしかなかったし、その試合でうまくいっても次に表現できるのは1か月後というサイクルだった。それを早いサイクルで体験できるから、成長につなげやすいと感じます。ただ、今は試合に出続けていますが、いつ立場が変わるか分かりません。次の試合を勝ち切らないと自分のポジションはないと思っているし、川崎のときと同じように『絶対に今週は俺が試合に出る』という気持ちで練習に臨んでいます。これからも任された試合は、1試合1試合を本当に大事にしていきたいと思っています」

――今後、どのようなGKになっていきたいか理想像を教えて下さい。
「プレースタイルがどうこうではなく、練習からプロとしてお手本となれるような、『ショウタがいるから大丈夫』と思ってもらい、誰からも信頼されるような選手でいたいと思う。ピッチ内でもそうですが、それ以外の部分でもプロとしてのお手本になっていきたいと、この年齢になって思うようになりました。いろいろなことにチャレンジを続けて今の自分があると思うので、『これくらいやらなければいけない』『これだけやれば、こういう結果が生まれる可能性が高くなる』と少しでも後輩に伝えられるようなGKでいたいです」

――最後にGKとしてプレーする若い選手たちにメッセージをお願いします。
「仮に中学生のときに試合に出られなくても、そこが最後ではありません。その先には高校もあるし、大学もあり、見てくれている人は必ず見てくれています。自分も中学のときは試合に出られませんでしたが、高校に入って、大学に進学して、その後プロの道が開けたように、絶対に見てくれている人はいるので、決してあきらめないでほしいと思う。それと、『今、自分には何が足りないか』『今、自分は何をするのが一番いいのか』を毎日考えながら過ごしてほしい。何も考えずに日々を過ごしてしまえば、周りとの差がついていくし、後々何十倍も努力しなければ追い付けなくなってしまうので、何をすべきかを自己分析しながら努力してほしいです。いつ始めても遅いということはないので、常にサッカーのことを考えて生活を送ってみて下さい」

【『蒼のアインツ』とは…】
コミックDAYSで好評連載中。プロ3年目、20歳のGK・神谷蒼は、万年下位のクラブを3位に躍進させる活躍が認められて、日本代表に初選出された。その後、さらなる成長を求め、ドイツ2部のチームに海外移籍。だが、合流早々、足に大怪我を負い、出遅れてしまった上に、新監督から事実上の戦力外通告を突きつけられてしまう。蒼はドイツで輝くことができるのか――。『1/11 じゅういちぶんのいち』の中村尚儁が贈る、GKサッカーヒューマンドラマ、キックオフ!


(取材・文 折戸岳彦)

↑GKヒューマンドラマ『蒼のアインツ』第1話を読む↑

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