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目標は『ピッチ内外で『アイツは凄いな』と言われるような存在』。前橋育英高DF稲村隼翔は誰からも応援される選手へ

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前橋育英高の技巧派CB稲村隼翔

 この黄色と黒のユニフォームに袖を通しているからには、自分のためだけに戦えばいいわけではないことも十分にわかっている。「トップチームの選手はピッチ外の行動もちゃんと見られていますし、下のカテゴリーの選手たちに応援されるような選手にならないといけないので、ピッチ内外で『アイツは凄いな』と言われるような存在じゃないとダメだなと思います」。前橋育英高の技巧派センターバック。稲村隼翔(3年)は誰からも応援される選手という、明確な理想像を追い求めている。

「今年の最初の方はまだ2年のままの気持ちというか、自粛期間もあったので、自分の中で3年生の責任感とか、『選手権で高校サッカーが終わってしまう』という危機感がなく、なかなか気持ちを作るのが難しかったですね」。昨年からトップチームの一員に名を連ねてはいたものの、レギュラー獲得には一歩届かず、最後の1年を迎えても、コロナ過での想像もしていなかった日々に、なかなか気持ちが乗り切らない。

 そんな状況で迎えた今年度最初の対外試合。7月11日に行われた桐生一高との練習試合で、Aチームは宿敵相手に0-1と敗戦。「監督にボロクソ言われました(笑)」と苦笑した稲村は、スタメン剥奪に加えて、下のカテゴリーでのトレーニングを命じられる。

「結構キツかったですし、心に来ましたね」という“降格”は悔しい想いと共に、ようやく帰ってきたサッカーができる日常に対して、どう向き合うべきかを考え直す機会となる。「練習からやっていることが試合に出るのに、気持ちの入り方もそうですし、プレーの強度もそうですけど、練習に対する意識が甘かったのは間違いなかったので、もう一度自分を見つめ直して、そこは改善していきました」。

 結果的に1週間でトップチームへの復帰を許されたものの、この経験は大きかった。「トップチームの選手はピッチ外の行動もちゃんと見られていますし、下のカテゴリーの選手たちに応援されるような選手にならないといけないので、ピッチ内外で『アイツは凄いな』と言われるような存在じゃないとダメだなと思います」。ピッチの中でも、ピッチの外でも、振る舞うべき姿があると気付けたことは、これからの稲村を支える明確な指針になるだろう。

 忘れられない試合がある。昨年の9月21日。高円宮杯プリンスリーグ関東第14節。相手はFC東京U-18。FC東京U-15深川出身の稲村は、中学時代の仲間も数多く在籍しているチームとの“古巣対決”に並々ならぬ気合を入れて臨んだが、「もう力の差を見せられましたね」と振り返る0-3の完敗。自身の成長を見せ付けるまでには至らなかった。

 2人からの言葉が印象深いという。1人はかつてのチームメイト。「今年のキャプテンをやっている常盤亨太は中学生の頃からずっと仲良くて、今でもLINEしていますし、たまに電話が掛かってきたりするんですけど、アイツは結構言ってくるタイプなので『余裕だったね』と言われて、何とも言えずに『クソー』と1人で思いながら(笑) でも、アイツの存在が一番刺激になっています」。

 1人はかつての恩師。「奥原(崇)さんにもメチャメチャお世話になったので、最後に挨拶に行かせてもらったら、『今日のパフォーマンスや声掛けを続けていれば、この先いいことがあるから』と、『これからもずっと見てるよ』と言ってもらえました。あの人の言葉は本当に心に刺さるというか、一番響きますね」。

「向こうのスタッフの方々も励ましてくれましたし、FC東京は自分のことをずっと見てくれていると思っているので、サポーターの皆さんも含めて、その想いに恩返ししたい気持ちはありますね」。今年はカテゴリーが違うため、リーグ戦での“再会”は叶わなかったが、より成長した自分を見てもらうための晴れ舞台は、もうそこまで近付いている。

 仲間への想いも大きな活力になっている。センターバックでコンビを組んでいた大野篤生(3年)が負傷離脱。選手権予選の出場も難しい状況に、自分のスイッチが入る。「アツキがケガしてしまって、『自分がやらなきゃな』という気持ちも大きくなったので、ここからその自覚を継続して選手権に入れればなと思います」。

 プリンス関東第3節の帝京高戦でも、センターバックのパートナー徳永崇人(2年)をサポートしつつ、自身の課題に挙げられているヘディングで相手に競り勝つ場面も多く、チームの勝利に貢献。山田耕介監督も「角田涼太朗(筑波大)みたいなタイプで、ああいう精度の高いパスが出せるセンターバックはなかなかいないので、良い選手だと思いますよ」と評価を口に。彼に掛けられている期待は決して小さくない。

 来月に迫った選手権予選。順当に勝ち上がれば、早くも3回戦で因縁の相手でもある桐生一との激突が待っている。「最初の半年が何もなかったので、正直『もう選手権が始まるのか』という感じですけど、監督やスタッフが練習試合を組んでくれたり、良いサポートをしてくれてきたので、そこに感謝して、選手権に入ったらしっかり結果を残さないといけないなと思っています」。

 続けた言葉が力強い。「育英は圧倒的な力で勝たないとダメだなと思っているので、もっと力を付けてやっていきたいですね」。この黄色と黒のユニフォームに袖を通しているからには、自分のためだけに戦えばいいわけではないことも十分にわかっている。前橋育英高の技巧派センターバック。今まで支えてくれたすべての人への感謝を胸に、稲村隼翔は誰からも応援される選手という、明確な理想像を追い求めている。

(取材・文 土屋雅史)
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