beacon

『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:自立(東海大高輪台高・清水凜マネージャー)

このエントリーをはてなブックマークに追加

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 あるいは、放課後に同級生とスタバでおしゃべりに興じるような日々があったかもしれない。あるいは、興味のあったダンス部に入り、舞台で踊っているような日々があったかもしれない。だが、このチームで過ごした3年間が、自分にとって一番正しい選択だったと、今なら胸を張って言い切れる。「本当にツラかったし、楽しかったし、いろいろ考えたし、たぶん今まで生きてきた中で、この3年間が一番濃い時間だったんじゃないかなって。ちゃんと青春だったと思います」。東海大高輪台高サッカー部にとって、8人目の女子マネージャー。清水凜の3年間は、『ちゃんと青春』だったのだ。

「今日で全部覚えてね」。簡潔でいて、ハッキリとした口調の言葉が発せられると、そう語り掛けられた後輩のマネージャーは、必死に仕事の流れを把握しようと真剣な眼差しを清水へ向ける。この日は公式戦が縦積みで開催される日。12時30分からT2(東京都2部)が、16時からT4(東京都4部)の試合が組まれていた。

 清水はこの日の試合運営にも、明確な意図を持って臨んでいた。「最近『“本部”にもマネージャーが入って』と言われるようになったんです。ということは、また新しい仕事を与えてもらえたってことだから、この先もずっと続けていって欲しいので、最初のT2で基本的な仕事の流れを覚えてもらって、T4でできる限りのことがやれるようにと考えて、T2の方は今までやったことがある子を“本部”に入れて、T4の方には1回やったことはあるけど、まだ不安そうな子を入れたんです」。

 その意図はマネージャーだけではなく、選手にも及ぶ。「私は基本的にトップチームの子は仕事をちゃんとできる子にしたいので、2年生でやったことがない選手の子をT4の“本部”に入れました。選手だって基本的には楽をしたいじゃないですか。ボールパーソンや担架の方が座っているだけで楽だったりするので、選手を見て、楽をしそうな子は絶対“本部”とかやらせてますね(笑)」。

 この日の2試合の運営に当たり、どの選手が何を担当し、どのマネージャーが何を担当するか、清水はそのすべてを把握していたという。監督の川島純一は笑いながらこう教えてくれる。「最近は全然気を遣ってないです。運営にしても『オマエが決めたんでしょ。じゃあそれでいいよ』って。全部任せている所がありますね。だから、逆に言うと何をやっているかわからないんだけど(笑)、それでも大丈夫だと思っています」。

 断っておくが、清水は3年生の“女子マネージャー”である。ただ、東海大高輪台サッカー部の“女子マネージャー”には、この水準でチーム運営に関わることが求められている。以前に川島が話していた言葉を引用すると、「ウチのマネージャーの立ち位置は生徒の中では一番上ですから。1年生でも『キャプテンや副キャプテンより上の立場だよ』って組織図を書いて。だからチームスタッフですよね。時にはコーチングスタッフになるし、マネージャーにもなるし、トレーナーにもなるし、先生みたいな立場にもなるし」とのこと。並大抵の覚悟で務まる役職ではない。

 高校に入学してきた当初の清水も、もちろんまだそこまでの覚悟は持ち合わせていなかった。「父が高校サッカーの監督だったんですけど、もうただただ楽しそうに高校でのことを話していたので、『うらやましいな。私も同じような経験をしてみたいな』と思ったのがマネージャーを希望した理由ですね」。

 川島からもその役割の大きさを伝えられていたものの、「毎年1人ぐらいしか採っていないって聞いたので、『この学校のこの学年では、私だけがなれるものなんだな』とも考えました」という言葉にメンタルの強さが垣間見える。既に1人だけだった体験入部の時点で、先輩マネージャーの仕事ぶりに圧倒されたが、「『こんなふうになれるかな。でも、こうなれたらカッコいいな』と思って」入部を決意。“東海大高輪台サッカー部女子マネージャー”としての高校生活がスタートする。

 最初の2年間は「大変だったし、あっという間」。特に1年時にお世話になった2人の3年生マネージャーは、どちらかと言うと“背中で見せる”タイプだったため、一生懸命観察しながら付いていくのが精一杯。「教えてもらったことしかできなくて、選手にパッと言われたことに対応できなかったですし、川島先生に何かを頼まれても臨機応変に動けなかったですね」とその頃を振り返る清水。自らの力不足を痛感しながら、毎日が過ぎ去っていく。

 その立場の重大さを改めて突き付けられたのは、2年生の秋。チームが選手権予選の決勝で敗退し、部内で最高学年となった時、ふと自分の置かれている状況へのプレッシャーが四方八方から迫ってきた。「それまでは先輩たちの話を聞いて『ああ、そうか』って感じだったんですけど、いざ一番上になると、選手たちも頼るのは私になるし、全部の責任が1人に来るので、『ああ、こんなにマネージャーって大変だったんだ』って。今までやってきた以上の責任が圧し掛かってきて、そこからが大変でしたね」。大きな期待と大きな不安が入り混じった中で、最後の1年間は幕を開けた。

 最高学年の“女子マネージャー”となり、まず考えたのは選手たちがどうすれば成長できるか。その問いの中で、清水は1つの結論を導き出す。

「『やっぱり私たちができることは選手を自立させることだな』って。マネージャーはサポートするけど、立ち位置は先生と同じ所ですし、そこでやるべきことは選手たちを甘やかすことじゃなくて、選手たちを自立させることのはずなので、自分なりに『自立って何だろう?』ってメッチャ考えました」。サッカーの部分に自分は立ち入れない。ならば、“サッカー以外”の部分はすべて自分が担ってやる。そう覚悟を決めて、選手の自立を促すために様々なことへトライし続ける日々が始まった。

 一方的に指示するだけでは反発されるかもしれないし、言うことを聞き過ぎると何もやらなくなるかもしれない。部員は選手だけで約180人。「あんなに人数がいっぱいいるので、この人にこのやり方が合っても、他の人には合わないとかもあるじゃないですか。優しく言うとやってくれる子もいるし、強く言わないとやらない子もいるし、『先生がこうやって言ってたよ』って言わないとやらない子もいるし(笑)」。とにかく見る。とにかく見て、1人1人に適したアプローチを自分で考える。

「ちょっとやんちゃな子だったりすると、『先生がやってないの見てたよ』『ヤベー、やんなきゃ』『じゃあ、コレやってくれる?』『うん、やるやるやる』ってなったり、そういうのは何回も試行錯誤して、転がせるようになりましたね(笑) 例えばT4のメンバーは『コレやっておいてくれる?』って言うと『いいよ、やるよ』みたいになりがちで。『コレやっといて』みたいに強く言うと、『は?』みたいに反発する子が多いので、優しく言った方が効くなと気付いて、そうしていました。そういう“目”は学びましたね」。

 時には1人で何十人もの選手たちを動かさないといけないシチュエーションだってある。「こんな180人の部員の男の子がいて、そのみんなの前に立ってああだこうだやるというのは普通じゃできないから」と理解している川島も、それをあえて“女子マネージャー”に求めている。

「メッチャ意地張ってたりしましたからね。ずっと“スンっ”てしていたり、ゲラゲラ笑ったりバカッぽい所を見せてイジられたりすると、聞いてくれることも聞いてくれなくなるから、そういう所をちゃんとしなきゃと気持ちを引き締めたり、『選手の前だけでは強くいないとな』って思っていました」。清水の正直な告白が心に響く。

「ああいうふうに気丈に振る舞っている反面、実は色々悩みもあったり、不安定な部分も波もあるんだろうけど、あまり人に見せないからね」という川島の前では、感情をストレートに現わすこともあったようだ。『選手に強く言った後に『私、間違ってるかな?』って思うこともあって、川島先生に泣きながら『私、間違ってますかね?』って(笑) 『大丈夫、大丈夫』と言われたりしたこともありましたね』。どこにでもいそうな高校生の女の子という、もう1つの側面も顔を覗かせる。

 ただ、やはり清水の持つメンタルは普通ではない。「落ち込んで川島先生に話に行っても、最後は『絶対やってやろう!』って思って帰るみたいな。毎回そうなんです。絶対最後は『これからまた頑張ってやっていこう!』って。『ありがとうございます!』で帰るので」。大人でも頭を抱えるような状況にも、きっちり切り替えて前に進む。なぜなら、明確な目的があるから。そのために“女子マネージャー”を続けているからだ。

「やっぱり『勝ちたかったから』ですかね。私が選手よりこの部活のことを知っていなきゃいけない理由は、選手を自立させるためであって、勝たせるためなんです。だから、私が後輩のマネージャーを育てるのは、極端に言えば別にこの子たちに育って欲しいからとか、私と同じ経験をして欲しいからじゃなくて、この子たちの影響によって選手が勝つことができる状況を作るためにやっているので、3年間はそのためにやってきた感じですかね。それがなければここまでやってこれなかったと思います。勝つために、勝つために、でしたね」。

 ゆえに、選手たちに対する敬意も非常に強い。「みんなメッチャかわいいですよ(笑)私は3年間しかマネージャーをやってきていないですけど、選手たちは小学校からサッカーを続けてきた人もいるじゃないですか。自分の好きなことに対してここまで熱中できるって、やっぱり尊敬していますし、試合が終わった後に喜んでいる姿を見ると私も超嬉しくなっちゃうし(笑)、ムカつく時もありますけど、それでもかわいいですね。3年生が一番かわいく見えます。自分の学年が一番かわいいですよ」。そう言い終えるとマスク越しでもわかるぐらいに、清水の顔へ“ニヤニヤ”が浮かんだ。

 12月のグラウンドを、時折冷たい風が吹き抜けていく。もう明確に終わりが見えてきたこの時期になって、清水は後輩マネージャーへのアプローチを変えているという。きっかけは2か月前の選手権予選。悲願の東京制覇を掲げていた東海大高輪台は、誰もが予想しなかった初戦敗退を強いられる。

「今までで一番悔しかったですね。悔しかったし、申し訳ないし、選手権が終わってからいろいろなことを考えていたら、今まで以上にダメな所がたくさん出てきて、『もっと気付いておけばなあ』とか、後悔が一番大きいんです。それは今でも残っていますし、これからもずっと覚えていると思います」。だからこそ、想いを新たにした。

「選手権で負けた瞬間に『ああ、これは同じ想いをして終わって欲しくないな』って思ったんです。その後悔があるから、後輩たちに後悔して欲しくないし、勝って欲しいので、毎日のように言っていますね。先輩に何か言われるのって、私も最初は嫌だったんですけど、後々になってから『ちゃんと聞いておけばよかったな』と感じていたので、嫌になるほど言ってもらえたら、ちょっとは考えるんじゃないかなって。だから、もう“熱血”っぽく後輩たちに話しています。1年生の時はそんなキャラじゃなかったんですけどね(笑)」。

 川島はその様子を意識的に傍観している。「まだ1年生の2人は責任感とか、そこまでの意識も持っていないから、清水も『どうしたらいいのかな』とは感じているんじゃないかな。僕も話はするけど、具体的な解決策までは首を突っ込まない。それはあの子たちの人間関係だし、組織の中の正当な悩みだと思うし、そこを僕が操作していっちゃったら、結局は本当の解決にならないから、結論は出さない。『オレはこう思うけどね』とか、『やるしかないんじゃないの』とか、そういう感じでは話していきますけどね」。

 ただ、同時に最近“女子マネージャー”に対して感じていることもある。「基本的なモノは変わらないんだけど、年々僕の言うことが減っていっているから、それは彼女たちなりに、まだこんなちっぽけなものだけど、代々残されてきたモノが、伝えられてきたモノがあるんでしょうね。“伝統”というか、そういうのは着実に芽生えているのかなとは思います」。

 実は1人の“女子マネージャー”のOGから嬉しい連絡が川島に届いた。その子は結婚し、子供を儲けることになったという。それを聞いた彼の中では、ある妄想が広がりつつある。「その子の息子がウチに来たらね。その頃に僕はここにいないと思うけど(笑)、それは嬉しいというか、ニヤニヤしちゃうよね。息子に『何、そんなヘタレなこと言ってんのよ』とか、家でも励ましてくれるようなさ」。

「でも、僕らの仕事ってそうやって繋がっていくものだと思うんですよ。選手たちもお父さんになる訳だし。それは、人と人との繋がりだけじゃなくて、何十年も掛けて魂の繋がりというか、そういうモノになっていくんでしょうね。もし、母親になったマネージャーが、ウチに子供をマネージャーとして入れたら、どこ見てるかって、たぶん試合は見てないからね。ベンチを見ているはずだから(笑) 『あの子ちゃんとやってるのかな』って。自分のチームに対する愛情っていうのは、背負ってみて本当に深くなることもあると思うんだけど、ウチの子たちにはそこを本当に背負ってもらっているから、そういうのはありがたいよね」。

 清水が一番好きな時間は、ベンチに入って試合を見ている時だ。「試合をしている時って、もう試合を見て、選手を見て、先生を見て、『あ、入った!わあ~』とか『あ、ケガした!』とか。そういう時が一番好きです。あとは選手のアップとか凄く好きですね。見ていて楽しいですもん。『盛り上がっていこうぜ!』とか言っているのを見ると『頑張れ!頑張れ!』って思って。凄く楽しいです」。

「練習とか見ていると、『あ、コイツ、ボトル投げてる』とか、そういう所まで見ちゃうんですよ。『わ、ちょっと八つ当たりしてる』とか、『ボールを後輩に取りに行かせてるな』とか見ちゃうんですけど、試合の時は『行け~』とか『ウチの選手にケガさせるなよ!』とかもありますし(笑)、一番素直に見れているというか、一番楽しく見れていますね」。

 今週末。いよいよ3年生にとって、最後の公式戦がやってくる。清水にとっても3年間を共にした選手たちと戦う、最後の1試合がやってくる。タイムアップの笛が鳴った瞬間、ベンチにいるであろう彼女はどういうことを想うのだろうか。機会があったら聞いてみたいとは思うが、きっとすぐに“次にやるべきこと”を考え、探している姿は、容易に想像できる気がした。

「もう1回高校に入り直せたら、また高輪台のマネージャーをやりたい?」。おもむろに尋ねると、間髪入れずに声色が飛び跳ねる。「やります!やります!1人でやります。この経験をしたからだと思うんですけど、もっと大変な想いをしたいし、私が3年生になってからやってきたようなことを、もっと前からやれていたら、きっともっとそれ以上のことができていたんじゃないかなって感じるので、リベンジしたいぐらいですね。やり直したいですし、この頭のままで戻りたいです(笑)」。

「私はこの“マネージャー”が好きですし、凄いと思うんです。私たち以上のことを求められて、それを成し遂げた先輩たちは凄いですし、私が教えられてきたことはすべて先輩たちが積み上げてきてくれたものなので、そういうことをここまで繋げて来てくれたこともそうですし、まずこういう部活を先生たちが作ってくれて、そのままを先輩たちがやってきてくれたことも凄いですし、そこに入れたというのが嬉しくて。だから、もう1回“マネージャー”、やりたいですね」。最大の愚問に、最高の答えが返ってくる。その言葉の向こう側には、この3年間でしっかりと“自立”した、1人の素敵な女性の笑顔があった。

「本当にツラかったし、楽しかったし、いろいろ考えたし、たぶん今まで生きてきた中で、この3年間が一番濃い時間だったんじゃないかなって。『ちゃんと青春』だったと思います」。このチームで過ごした3年間が、自分にとって一番正しい選択だったと、今なら胸を張って言い切れる。東海大高輪台高サッカー部にとって、8人目の女子マネージャー。清水凜の3年間は、『ちゃんと青春』だったのだ。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

▼関連リンク
SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史
●【特設】高校選手権2020

TOP