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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:11月22日(市立船橋高・菅谷暁輝)

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市立船橋高不動のセンターバック。菅谷暁輝。(写真協力=高校サッカー年鑑)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 自分のプレーを見せたいヤツらがいる。自分の活躍を見せたい人たちがいる。中学生の頃より成長していることを、あるいは、あの日からさらに成長していることを、テレビの画面越しに認めて欲しいと願って、ピッチに立っている。「選手権ではもう見せますよ、絶対。マリノスに負けたからじゃないですけど、『オレたち強くなったぞ』というのを見せたいです」。市立船橋高不動のセンターバック。菅谷暁輝(3年)の選手権は、自らの選択を証明するためのステージでもある。

 11月22日。高円宮杯プレミアリーグ2020関東第5節。菅谷は並々ならぬ覚悟で、この日を迎えていた。市立船橋に入学して3年目となる高校ラストイヤー。ジュニアユース時代の3年間を過ごし、当時のチームメイトも数多く在籍している横浜F・マリノスユースとの“古巣対決”がようやく実現したのだ。

 ジュニアユースに所属していた中学3年時は試合にも出ていたため、ある程度次のステップへと進める自信はあったものの、結果として昇格は見送られることに。失意の中で、自分のさらなる成長を図れるチームとして、市立船橋という選択肢を選び取る。友人も数多く昇格していたユースは同じ関東圏ということもあり、「3年間で何回かは試合できるんだろうな」という思惑も抱きつつ、“イチフナ”の門を叩く。

 だが、菅谷が1年の冬、その年のJユースカップを圧倒的な実力で制していた横浜FMユースは、プレミアプレーオフでまさかの敗退を喫する。ようやく1年後に念願のプレミア復帰を果たしたが、今度はコロナ過によってリーグ自体が中止に。『プレミアリーグ関東2020』という期間限定リーグの開催が決定したものの、レギュレーションは各チームの1回戦総当たり。かつての仲間と公式戦で“再会”する機会は、わずかに1度だけ設定されることとなる。

 その前の週の高校選手権予選。永遠のライバルとも言うべき流通経済大柏高と激突したファイナルで、延長戦の末に劇的な勝利を収め、千葉県代表として冬の全国出場権を勝ち獲ったタイミングで訪れた“古巣対決”。「結構練習から気合いは入っていましたし、メチャクチャ濃い1週間で、ワクワクしながら過ごしていました」と、その日を指折り待ち侘びていた。

 かつてのチームメイトとも事前に連絡を取っていた。「そういうサッカーの話は結構しますし、自分らの強みはセットプレーなので、『セットプレーには気を付けろよ』とかノリで言っていたんですけど(笑)」。自分が守って、あわよくば自分がゴールを決める。良いイメージが湧いてくる。そして、とうとう11月22日がやってくる。

 横浜F・マリノスユースのGKとして勝利に貢献した寺門陸(3年)がうつむく“元チームメイト”に駆け寄り、一言二言声を掛けていく。試合が終わり、しばらく経っても涙が止まらない。「こんなはずじゃなかったのに…」。悔しさの雫が、両眼からこぼれていく。1-4。“古巣対決”は完敗だった。

 試合前。ジュニアユース時代のチームメイトに当たる植田啓太(3年)とハイタッチを交わす。「啓太には『プロおめでとう』って言っていました」。トップ昇格を決めた友人にエールを送りつつ、アウェイのピッチへ走り出す。この日はキャプテンの石田侑資(3年)が不在。小笠原広将(2年)、針谷奎人(2年)と下級生の2人と組む3バックに、最上級生として気持ちも引き締まる。

 ゲームは小笠原がコーナーキックから先制点をゲット。“予告”していたセットプレーからゴールを陥れる。菅谷も植田の蹴ったコーナーキックを力強く跳ね返すなど、気合のこもったプレーを披露。完封勝利を収めた1週間前の勢いそのままに、安定感のある守備を披露したチームは、1-0とリードして前半を折り返す。

 ところが、ハーフタイムを挟むと、突如としてトリコロールが牙を剥く。8分に同点弾を許すと、21分には植田のコーナーキックから逆転ゴールを献上。終盤には共に植田のコーナーキックから、星野創輝(3年)と岩崎真波(3年)に1点ずつを追加されて万事休す。セットプレーからの3失点に加えて、星野も岩崎もジュニアユース時代の3年間を共に過ごした仲間。屈辱的な失点を突き付けられ、1度きりの“古巣対決”はタイムアップを迎えた。

「納得の行かない内容でしたし、この3年間でレベルの差が付いたというのが悔しくて。試合に負けたというよりも、レベルの差を付けられたことが悔しかったです」。

 試合が終わり、号泣する菅谷の元に寺門が走り寄る。「寺門には普通に『ナイスプレー』って言われて、『いいヤツだな』と思いました(笑)」。時間が経てばそう振り返ることもできるが、その時はただただ情けなく、ただただ悔しかった。3年間待ち続けた“再会”は想像を大きく上回る衝撃と共に、18歳の心に深く刻まれた。

 特に違いを感じたのは、来年からプロサッカー選手としての道を歩みだす2人の友人だった。「みんな凄く成長していましたけど、やっぱり啓太と寺門は違いました。昇格の話を聞いた時、自分は正直『その2人なのか』と思ったんですけど、やっぱりメチャメチャ上手くなっていて、さすがだなと思いました」。

 だからこそ、新たな感情も胸の内に巻き起こった。「これからも彼らと戦うチャンスは絶対あるので、そこで絶対勝ちます」。ピッチ上で再び相まみえるのは少し先のことになりそうだが、その時こそ勝ちたいという決意はより強固になったようだ。

 菅谷にとって最後の高校選手権は、自身の力を改めてかつての仲間たちに見せ付けなくてはならない。「以前は守備にそこまで自信がなかったですけど、イチフナに来て守備を徹底的に教わって、1対1の強さとか、ヘディングが自分の武器になりました。全国大会となると規模が違いますし、いろいろな人とマッチアップできることで、全国で自分がどの立ち位置にいるかがわかると思うので、そこは凄く楽しみです」。

 そう言い切ってから、再び強い言葉が口を衝く。「選手権ではもう見せますよ、絶対。マリノスに負けたからじゃないですけど、『オレたち強くなったぞ』というのを見せたいです。全国でしっかり優勝したいですね」。11月22日を経た菅谷に灯った成長を渇望する炎が、高校生活の集大成とも言うべき舞台で、どれだけ激しく燃え盛るのか。それは菅谷自身に委ねられている。

 1月3日。高校選手権3回戦。フクアリの空に、菅谷が舞った。後半4分。あの日、実力の差を嫌と言うほど痛感させられたコーナーキックから、今度は自らが高い打点でゴールを陥れる。広がる歓喜の輪の中心で笑顔を見せた4番。この1点を皮切りに、2ゴールを追加した市立船橋は3-0で仙台育英高に完勝。ここまでの3試合で1失点と、守備面の安定感も際立っている。

 菅谷の評価を聞かれた波多秀吾監督は「空中戦は彼の強みですし、そこを発揮しながら対人の強さ、前への強さ、ターゲットに対して強く行く所は非常に良いものがあると思います」とポジティブな要素を口にしつつ、「ただ、視野が狭いというか、石田のコーチングが彼を助けている所があるので、菅谷自身が色々な判断をして、柔軟な対応ができる選手になって欲しいです」とさらなる要求も怠らなかった。

 いよいよ準々決勝。ここから先はどこが来ても強豪ばかり。伝統の堅守を看板に掲げているイチフナだけに、ディフェンス陣は一瞬の隙も許されない。無観客という状況だからこそ、お世話になった方々が画面を通じて、自らの一挙手一投足に目を凝らしていることは、誰よりもよくわかっている。その想いに応えるだけの熱量は、菅谷の中にきっと今、満ち満ちているはずだ。

 自分のプレーを見せたいヤツらがいる。自分の活躍を見せたい人たちがいる。中学生の頃より成長していることを、あるいは、あの日からさらに成長していることを、テレビの画面越しに認めて欲しいと願って、ピッチに立っている。市立船橋高不動のセンターバック。菅谷暁輝の選手権は、このチームの力を信じてきた自らの選択を証明するためのステージでもある。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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