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7-0の大勝も偶然ではない。樹森監督体制10年目を迎える水戸ユースの“継続”と“革新”

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3点目を決めた内田優晟とアシストのキャプテン北条真智ががっちり握手

[5.1 Jリーグユース選手権 グループB 第1節 水戸ユース 7-0 湘南U-18 ツインフィールド]

 樹森大介がユースの監督に就任して今年で10年目。その一貫した“継続”と、クラブが取り組んできた“革新”の両面が噛み合ってきていることと、この日の大勝は決して無関係ではないだろう。「僕らアカデミーの役割として、やっぱり水戸の子供たちの目標になる存在になりたいなという想いがあります。この地域の子たちに『水戸ホーリーホックでプレーしたい』ともっと思ってもらえるような組織にしたいなって。それがクラブにも、トップにも、貢献できるような存在になるということなのかなと思っています」。それまでより少しだけ力を込めた樹森の言葉が、想いの強さを感じさせる。1日、2021 Jユースリーグ 第28回Jリーグユース選手権 グループB 第1節で水戸ホーリーホックユース(茨城)と湘南ベルマーレU-18(神奈川)が対峙した一戦は、7-0で水戸ユースが大勝を収めている。

 前節のヴァンフォーレ甲府U-18戦を0-3で落とした水戸ユース。県リーグでも「あまりパッとしない試合が続いていた」(樹森監督)中で、3人の“オーバーエイジ”が加わっているとはいえ、基本的には2年生以下のメンバーで臨むこの試合を浮上のきっかけにしたいところ。一方の湘南U-18は翌日に県リーグの公式戦を控えているため、1年生中心のメンバー構成。「普段は試合に出られていない子たちが、今日のピッチに立ってどのぐらいできるかという所に重点を置いて」(中丸貴之コーチ)、この90分間に挑んでいく。

 いきなり試合が動いたのは2分。「『最初は一発行っておこうかな』と思って仕掛けました」というMF上野山叶夢(2年)が右サイドをぶち抜いてクロスを上げると、ニアに飛び込んだMF荻沼航世(3年)が合わせたヘディングはゴールネットへ突き刺さる。まさに電光石火。水戸ユースが先制点を奪う。

 追加点は“右の槍”から。16分。ここもサイドを切り裂いた上野山が中へ折り返し、こぼれを叩いたMF宮澤飛翔(2年)が豪快なボレーで2点目。18分は左が躍動。「自分はサイドバックでクロスを持ち味にしているので、ちょっと叶夢には負けたくなかったですね」と笑うキャプテンの左SB北条真智(3年)が低空クロス。これにFW内田優晟(2年)が完璧なボレーで3点目。点差が開く。

 止まらないホームチーム。26分。相手DFにプレッシャーを掛け、ボールを奪い切った内田が自ら持ち込み、GKとの1対1も制して4点目。30分。レフティの北条が右からインスイングで蹴り込んだCKに、CB宮本頼哉(3年)が高い打点のヘディングを決めて5点目。34分。ここも上野山が右からクロスを送ると、またも荻沼が頭で合わせたシュートは、GKの頭上を破って6点目。前半は6-0という思わぬ大差が付いて、45分間を終える。

 大きなビハインドを負った湘南U-18は、3-4-3で戦った前半から「相手との噛み合わせの所と、普段自分たちがやっていることを出させようという所で」(中丸コーチ)、後半からは4-4-2にシステム変更。MF眞中脩羽(1年)とMF本多慶貴(1年)のドイスボランチの配球から、DF佐藤和斗(1年)とMF田村勇人(1年)で組んだ右サイドが活性化し始め、少しずつチャンスの芽を作り出す。

 だが、次の得点も水戸ユース。15分。「優晟が良い感じで準備していたので、そこに出せば行けるかなと思って」上野山がスルーパス。「得意な形で動き出せて、ちょっと慌ててトーキックにはなってしまったんですけど、しっかり流し込めたので良かったです」と振り返った内田はこれでハットトリック達成。スコアは7-0に変わる。

 19分にも水戸ユースはMF田中吟侍(2年)のミドルシュートがクロスバーに当たり、詰めたMF菅野波琉(2年)の決定的なヘディングは、湘南U-18のGK水沢俊太(1年)がファインセーブで凌ぐと、23分にはアウェイチームにビッグチャンス。中央を細かい連携で崩してMF鬼塚天夢(2年)が抜け出し、枠へシュートを収めるも、水戸ユースのGK高松大智(2年)もビッグセーブで応酬。ゴールは許さない。

 1点を返したい湘南U-18も、37分にはFW岩崎俊亮(2年)が、38分には田村がともに際どいシュートを放つも、得点には至らず。「基本的に守備が良かったので、守備の所でリズムが掴めて、『こういう試合もあるんだな』というぐらい点が入ったのかなと思います」と指揮官も口にした通り、スタートは宮本とDF堀米遥斗(2年)、後半途中からはDF辻井恭平(2年)と堀米で組んだCBコンビも安定感を保ち続け、終わってみれば無失点。「いつも合わせているメンバーとは違う中だったんですけど、しっかり声を掛け合って、コミュニケーションも取れていたので、そういう意味でも良い結果になったのかなと思います」と北条。水戸ユースが攻守にハードワークを貫徹し、力強く白星を手繰り寄せた。

 自身も2003年からの2年間を選手としてプレーした樹森が、ユースの監督として“古巣”のホーリーホックに帰ってきたのは2012年。それから10年に及ぶ指導を経てきた中で、アカデミーの立ち位置の変化をこう口にする。「クラブミッションの『人を育てる』という所に同じ想いを持ってくれている地域のクラブが、ホーリーホックの存在をしっかり認識してくれて、進路の選択肢の1つとして考えてくれるようになったと思うんです。以前はいくらスカウトして声を掛けても、選択肢の1つに考えてもらえなかったのが、今は良い選手が集まるような環境ができていて、それはクラブの安定もそうですし、トップチームもしっかりJ2で結果を残してくれていることが大きいですね」。

 以前のクラブを取り巻く環境も知っているからこそ、今のホーリーホック自体のポジティブな成長の過程も、樹森は十分に熟知している。「“メイクバリュー”とか『人を育てる』ということを、ウチのクラブはトップでもやっているんですよね。そういった所で魅力を感じて、トップの選手も水戸で成長したいという選手が増えてきているのも現実としてあります。なので、育成クラブという雰囲気を、ここ5年ぐらいで築けてきているなと」。

「それだけじゃなくて、『J1に行きたい』というクラブの本気度はサポーターも感じているはずです。『J1にこのメンバーで行こうぜ』という気持ちを選手、スタッフも持っていて、もしかしたらユースのヤツらも『本当にJ1に行ってほしい』という想いで自分たちも戦っているかなと。だから、そういう期待度も非常に高くなっていると思います。負けた時のサポーターの反応も大きく変わりましたし、そういう意味でもクラブが成長していることは肌で感じています」。“革新”と評したくなるようなアグレッシブなクラブの姿勢は、確実に周囲をその熱で動かしつつある。

 それゆえに、アカデミーの統括者として継続すべき部分も、樹森の中には明確なイメージが描けている。「18歳というのは、一歩ここを出たら社会人になる歳なので、社会性や人間性が大事になってくる所で、もちろん僕らはプロサッカー選手を育てる立場にはあるんですけど、やっぱりパーソナリティの高い選手を育てたいという想いがあります。僕自身も母校の前橋商業で指導もしていて、高体連も見ているので、サッカーだけをやっていてもダメなのは十分理解していますし、この10年でそういう所に共感してくれる人も増えて、その結果としてユースにも良い選手が増えてきたのかなと思っています」。

『人が育ち、クラブが育ち、街が育つ』というクラブミッションを、あるいは最も体現しているアカデミーの中で、10年の月日を重ねてきた樹森の存在は、ある意味でホーリーホックを象徴していると言っても過言ではない。ユースから望む景色の先に、クラブの進むべき道筋が見えてきていることは、何とも幸せな構図ではないだろうか。

(取材・文 土屋雅史)

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