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2点差を跳ね返した魂の逆転劇。伝統のカナリア軍団・帝京が日比監督体制で初の全国へ!

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DF荻野海生(中央下のユニフォーム)の劇的な同点弾に沸く帝京高の選手たち

[6.19 インターハイ東京都予選準決勝 帝京高 3-2(延長) 堀越高]

「ああ…… 苦しいよね。また負けるのかと思って…… マジメにみんな走って、良くやったと思うしね…… 良かったと思いますよ、うん……」。就任8年目。監督として母校に帰ってきてからの苦しい日々と、分厚く立ちはだかっていた扉を、ようやくこじ開けてくれた教え子たちへの想いが交差し、報道陣に囲まれた日比威監督は、涙で言葉が続かない。19日、インターハイ東京都予選二次トーナメント準決勝、帝京高堀越高の名門対決は、堀越が2点を先制するも、後半アディショナルタイムに追い付いた帝京が、延長戦の末に3-2で劇的勝利。10大会ぶり32回目のインターハイ出場を力強く手繰り寄せた。

 帝京は2010年以来、堀越は2004年以来と、ともに久々となる夏の全国出場を懸けてキックオフされたゲームは、帝京の勢いが鋭い。前半12分には左からMF前野翔平(2年)が枠へ収めたシュートは、堀越のGK菅野颯人(3年)がセーブ。17分にもMF狩野隆有(3年)のパスから、年代別代表の経験もあるFW齊藤慈斗(2年)のフィニッシュは、ここも菅野がファインセーブで凌いだものの、2つの惜しいシーンを作り出す。

 ただ、「前半のプランとして、最初の20分以内に1点獲っておきたかったですね」と日比監督も話した中で、以降は堀越が主導権を奪還。22分と32分にMF中村ルイジ(3年)が得意のカットインからシュートを放ち、1本目は帝京のGK岸本悠将(3年)が辛うじてセーブ、2本目は枠の右へ外れたが、攻撃のリズムが出てくると、40+1分にはスムーズなパスワークからMF古澤希竜(3年)の右クロスを岸本が弾くと、詰めたMF日隠ナシュ大士(2年)がきっちりプッシュ。堀越が1点のリードを手にして、前半の40分間は終了した。

 後半5分には堀越に追加点。エリア内でMF山口輝星(3年)のパスを受けたFW高谷遼太(1年)は冷静なフィニッシュワークで、ボールをゴールへ流し込む。1年生ストライカーは準々決勝に続く2戦連発。スコアは2-0に変わる。

 帝京ベンチが動く。6分にMF山下凜(2年)、10分にMF福地亮介(3年)を相次いでピッチに送り込むと、「三笘(薫)選手を意識してドリブルしています」というドリブラーが舞う。14分。左サイドを1人で切り崩した山下は、中央へ潜りながら「1回キックフェイントを入れたら相手も引っ掛かったので、もう1つ運んで」そのまま打ち切ったシュートが、ゴールネットへ突き刺さる。ジョーカー起用の7番が一仕事。2-1。点差はたちまち1点に。

 何とか逃げ切りたい堀越は、交代カードを使いつつ、守備に軸足を置くような展開に。押し切りたい帝京は、必死のラッシュ。30分には福地が、34分にはDF藤本優翔(2年)が、35分にはMF橋本マリーク識史(2年)がシュートを放つも、同点ゴールを挙げられない。アディショナルタイムは4分。堀越はコーナー付近で時間を使うことを選択するが、日比監督は「向こうがコーナーで時間稼ぎをしに来たのを見て、『諦めないで行けば、まだ1回はチャンスがあるのかな』と」思ったという。

 40+4分。橋本が仕掛けて、帝京がCKを獲得する。時間を考えても、間違いなくラストプレー。GKの岸本もエリア内へ上がってくる。キッカーはU-16日本代表候補のDF入江羚介(2年)。左足で丁寧に蹴ったキックがファーへ届くと、待っていたのはCBの荻野海生(3年)。高い打点から頭で撃ち下ろしたボールは、ワンバウンドしながらゴールネットへ弾み込む。

「メチャクチャ嬉しかったですね。『荻野、よくやった!』って感じでした(笑)」(福地)「もう感動しちゃって。あの人は凄いですね」(山下)「本当に感謝しかないですね。頼もしいヤツです」(岸本)「マリークの仕掛けも良かったし、入江のボールも良かったし、荻野の入り方も良かったですね」(日比監督)。この土壇場で、7年間続けてきたGKから、わずか半年前にフィールドプレイヤーへコンバートされた男が、起死回生の同点弾。2-2。勝敗の行方は前後半10分ずつの延長戦に委ねられる。

 大トリを飾った主役は、「今日は自分が点を獲って、みんなを全国に連れていこうと思っていました」という23番。PK戦もちらつき始めた、延長後半5分。齊藤がきっちり繋いだボールを、引き取った福地の視線が獲物を捉える。「去年から一緒にやっていた齊籐慈斗からラストパスが来たので、前を向いて、後はカーブで流し込むだけという形でした」。雨粒を切り裂く軌道は、右スミのゴールネットへ完璧な曲線を描いて吸い込まれる。

「頭の中は真っ白でした。メチャメチャ嬉しかったです。日比先生に感謝の気持ちを伝えに行こうと思って、それで先生の所に行って、『本当にありがとうございます』ということを伝えて、喜びを分かち合いました」(福地)。3年間に渡って担任を務め、ピッチ内外でいろいろなことを指導してきた愛弟子と、“日比先生”の熱い抱擁。福地の劇的な決勝ゴールで、2点のビハインドを粘り強く引っ繰り返した帝京が、日比監督体制としては夏冬通じて初めてとなる全国切符を、チーム力で勝ち獲ってみせた。

 2015年度の選手権予選決勝。2016年度の選手権予選決勝。2018年度の選手権予選決勝。そして、2019年度のインターハイ予選準決勝と選手権予選決勝。2014年に指揮官へ就任して以降、日比監督が率いる帝京は東京代表を決める大事なゲームにことごとく負け続けてきた。「今回で6回目ですからね。相当キツいですよ」。この言葉は紛れもない本音だろう。

 1991年度に日比監督自身がキャプテンとして掴んだ高校選手権での日本一を境に、帝京は全国制覇はおろか、徐々に東京を勝ち抜くことも難しくなっていく。その中で、気付いたことがあった。「選手たちを伸ばすこと、上手くすること、強くすることも大切ですけど、そのためには選んでもらえないといけないんだなって。中学生が『帝京高校に行きたい』というようなサッカーをしない限りは、たぶんこの学校は復活しないんだなと」(日比監督)。

 2018年度は1つのターニングポイントになった。甲府入団が発表された三浦颯太佐々木大貴(ともに日本体育大)、赤井裕貴(明治大)らを擁したチームは、きっちりとボールを大事にするスタイルを貫き、選手権予選こそ決勝で敗れたものの、年末のプリンスリーグ関東参入戦を勝ち抜く。「アイツらが来てくれたことが、帝京を変えてくれた第一歩だったと思うので、そこからサッカーが変わってきたかなと思いますね」。今年の3年生は、三浦たちの代のチームを見て、カナリア色のユニフォームに憧れ、帝京の門を叩いた世代だ。

「帝京高校は僕だけじゃなくて、松澤、山下を筆頭に優秀なスタッフがたくさんいるので、そこに救われているんじゃないですかね。彼らが地道にやってくれているのが大きいと思うんですよ。直接選手たちの力を伸ばしているのは彼らだと思うし」と話す日比監督の就任時から、苦楽をともにしてきた松澤朋幸ヘッドコーチも、山下高明GKコーチも、帝京のOB。黄金期を支えていた前監督の荒谷守コーチも、一歩引いた視線でチームを見守っている。彼らスタッフ陣の一体感もまた、今の帝京の大きな武器であることも間違いない。

 10大会ぶりの全国大会。周囲からの大きな期待も掛かる中で、岸本の冷静な抱負も印象的だ。「もう10年ぶりぐらいなので、『初出場の気持ちでやれ』とはずっと言われていますし、チャレンジャーの気持ちで、背伸びせずに、目の前の相手と戦いながら1個1個勝って、良い所まで行ければなと思います」。

 まだ、復権という言葉は早いかもしれない。だが、そう呼ばざるを得ない結果を残せるだけのチーム力を、今年の彼らは有している。高校サッカー史にその名を刻んできた伝統のカナリア軍団が、久々に全国の舞台へ帰ってくる。

(取材・文 土屋雅史)
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