beacon

プレミア全クラブ連帯の“膝つきパフォーマンス”、あえて拒否した2人のストライカー

このエントリーをはてなブックマークに追加

クリスタル・パレスのFWウィルフリード・ザハ(写真左)、ブレントフォードのFWイバン・トニー(右)

 21日に行われたプレミアリーグ第2節のクリスタル・パレスブレントフォード戦では、キックオフ直前の恒例行事で珍しい光景が見られた。大半の選手たちがピッチにひざまずき、反人種差別のパフォーマンスを行うなか、両チームのエースストライカーだけが直立不動の姿勢を崩さなかったのだ。

 そんな異例ともいえるアクションの裏には、昨季から自らの行動をもって信念を貫いてきた2人の強い思いがあった。

 膝突きパフォーマンスに参加しなかったのは、クリスタル・パレスのFWウィルフリード・ザハと、ブレントフォードのFWイバン・トニー。いずれもスタジアムやソーシャルメディア上で人種差別の矛先となった経験を持つ選手たちだ。

 イングランドではコロナ禍によるシーズン中断明け以降、各カテゴリの公式戦でアメリカ・NFLに端を発する膝突きパフォーマンスを開始。2020年5月にアメリカで発生した警察官による殺人事件をきっかけに、世界各地で広がった反人種差別キャンペーンへの連帯を示していた。

 またその同時期、世界各地ではインターネットを通じた人種差別の被害も急増。イングランドのサッカー界も例外ではなかった。プレミアリーグでは『No Room For Racism』キャンペーンが続けられるも、差別行為はなくなるどころかさらに過激化。被害を受ける選手も日に日に増えていった。

 そこで最初に動いたのがザハだった。

 ザハは公式戦再開直後の20年7月、ソーシャルメディアを通じて人種差別的な内容のメッセージを受信。現地警察による捜査の結果、犯人は12歳の少年だった。その経験から、ザハは当初から単なるキャンペーンを行うだけでなく、具体的な啓蒙活動を行う重要性を強調していた。しかし、それでも事態に進展が見られず、21年2月、ポッドキャストを通じて強く訴えた。

「なぜわれわれが大事な存在であると示すために、自分が膝を突かないといけないんだ。なぜ自分がシャツの背中に『Black Lives Matter』を着けなければならないんだ。すべて品位を落とすものだ」。

 同月、ザハはイギリス『フィナンシャル・タイムズ』主催のビジネス・フットボール・サミットにも登壇。「前にも言ったことがあるが、膝を突く行為は品位を落とす行為だと思っている。自分の両親は黒人であることを誇りに思うべきだと教えたし、われわれはしっかりと背筋を伸ばすべきだと思っている」と話した。

 そのうえで「膝を突くことの意味を理解しようとするも、いまでは“ただやっているだけ”になってしまっている。それは自分にとって十分じゃない。もう膝を突かないし、『Black Lives Matter』をシャツの背中につけるつもりはない」と今後は膝突きパフォーマンスをやめることを明言した。

 当時ザハは負傷離脱中だったが、3月13日のWBA戦で復帰。そうして迎えたキックオフ直前、両チームの選手たちが普段どおりに膝突きパフォーマンスを見せる中、ザハは直立姿勢を崩さなかった。当時のロイ・ホジソン監督は「もう一歩前に進みたいと考えていることを尊重する」と支持。ザハはそれ以来、試合前に両手を後ろに組んだまま立ち続けている。

 また当時、チャンピオンシップ所属だったブレントフォードはクラブ全体で動いた。

 ザハが議論の的になっていた2月、公式SNSを通じて膝突きパフォーマンスをやめることを表明。「6月からずっと試合前にひざまずくことを続けていたが、影響を及ぼしているとはもはや信じられない。われわれは自分たちの時間とエネルギーを他の方法に使い、人種的平等を促していくことができる」と伝え、続く試合では全選手が立ったままキックオフを迎えていた。

 もっとも今季、プレミアリーグ初昇格(旧リーグを含めると74年ぶりの1部昇格)を果たしたブレントフォードはリーグ全体の方針に連帯を示す形で、膝突きパフォーマンスを再び実施することに決定。だが、昨季チャンピオンシップ得点王に輝いたエースのI・トニーだけはひざまずく行為に参加していない。

「誰もが自分の意見を持っている。彼らはひざまずくことをするという結論に達した。ただ自分は自分の過去を振り返り、今後も立ち続けようと思っている。自分の意見は前にも言ったとおりで、何も変わっていない」(I・トニー)。

 I・トニーは今年2月、『スカイ』のインタビューで「(膝突きパフォーマンスは)自分の目には、まるで操り人形として使われているように映る」と発言。「ずいぶん長い間、ひざまずくことを続けてきたが何も変わっていないことに誰もが同意している」と述べた上で「膝を突くことで上の人々はしばらく休むことができるが、これはとても愚かで無意味なことだ。何も変わらない」などと抜本的な対応をしないリーグを批判していた。

 こうした考え方については、クラブも「人種差別や偏見に反対する意思を、その人にとって最も適切と思われる方法で示す権利を尊重する」と支持。開幕節のアーセナル戦、第2節のクリスタル・パレス戦と、チームメートが膝突きパフォーマンスを行う中、I・トニーはただ一人立ち続けている。

 人種差別への対抗意識を強く持ちながらも、あえて膝を突くことをしなかった2人のエース。その背景には、アクションの先に進もうという強い信念があった。

●プレミアリーグ2021-22特集

TOP