[高校サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
[10.30 選手権千葉県予選準々決勝 習志野高 0-1 市立船橋高]

『蹴りたい!』と即座に思った。チームの命運を左右するPK。キッカーは決まっていなかったが、指揮官から声が掛かる。「蹴りたいなとは思っていました。言われた時は『あ、来た!』って感じです。仲間からもらったチャンスだったので、オレが決めるとあの時に思っていました」。

　腹は決まった。市立船橋高の大事な先制のチャンス。8番を背負ったMF武藤寛(3年=FC.フェルボール愛知出身)は、少し笑顔を浮かべてペナルティスポットへと歩み出す……。

　絶対に負けたくない一戦だった。高校選手権千葉県予選準々決勝。強豪の習志野高と対峙した一戦。市立船橋にとっては、この相手と対戦することに意味があった。今から4か月前のインターハイ予選。全国出場だけを狙っていたチームは、習志野に終了間際のワンチャンスを生かされ、0-1で敗戦。準々決勝敗退を余儀なくされる。

「試合に出ている人ももちろん悔しかったんですけど、出ていない人たちが一番悔しかったんじゃないかなって思ったんですよね。だから、その仲間の分まで戦うという気持ちで今日は試合に入りました」という武藤は、もちろんこの日のリターンマッチに強い想いをもって臨んでいた。

　序盤こそ少し押し込まれたものの、そういう時間があることも想定内。飲水タイム以降はやや盛り返し、チャンスも作りながらスコアレスで迎えたハーフタイム。波多秀吾監督は「『慌てずに点数を獲りに行こう』と。『後半40分、延長も合わせれば60分あるから、そこで1点獲れば大丈夫。後ろは失点せずにしっかりと守って、前は残り40分、60分で1点獲ろう』というような話をしました」とその時間を振り返る。

　5分。市立船橋に絶好の先制機が到来する。FW郡司璃来(1年)のスルーパスから、抜け出したFW青垣翔(2年)がエリア内でGKともつれて倒れると、ホイッスルを鳴らした主審はペナルティスポットを指し示す。PK。大一番でのあまりに重要な場面。ここで波多監督は武藤をキッカーに指名する。

「キッカーは決まっていなかったですね。自分からというよりは波多先生に『蹴れ』って言われて、『やってやるぞ』みたいな感じです」。大役の任命を意気に感じないはずがない。そして、武藤には笑顔を見せるぐらいの余裕があった。「習志野にはインターハイで負けていて悔しい想いをしましたし、『その分を取り返してやる』という気持ちで今日の試合に臨んだので、その気持ちをコースというよりは思い切り蹴るという感じに込めて、めいっぱい打ちました」。

　コースはど真ん中。ゴールネットが揺れる。「ホッとしました(笑)。まず決めた瞬間は近くにいるヤツらと喜んでいたんですけど、やっぱりスタンドで見ていて試合に出られない人もいるので、そういう人たちと喜びを共有したいなと思って、ちょっと遅れたんですけど(笑)、行きました。スタンドに行った時に迎え入れてくれたので、嬉しかったです」。歓喜の抱擁。貴重な先制ゴールが武藤の右足から生まれた。

　後半途中には、左サイドハーフから右ウイングバックにポジションチェンジ。習志野も左からのアタックが増加したことで、守備に回る時間も長くなったものの、「終盤も運動量が必要となってくるポジションですけど、そこには自信がありますし、プレミアの時も途中からウイングバックをやることはあったので、慣れていました。攻撃だけじゃなくて守備と両方でチームのために身を粉にして頑張れるというところが強みだと思うので、自分はいくらでも走ってやるという想いです」ときっぱり。1-0という接戦での勝利に、武藤が果たした攻守における貢献度はとにかく高かった。

　今年のチームは昨年までコンスタントに試合に出ていた選手も多くなく、2年生から実戦経験を重ねてきた武藤に懸かる期待は、もちろん小さくない。「そういう経験を今後の1,2年生にも繋げていかなければいけないですし、経験させてもらったことを生かして、チームに良い影響を与えられるようにという想いでやっています」と話しながら、高校最後の大会となる選手権への強い想いも口にする。

「僕たちが目指しているのは全国優勝ですし、試合に出られていない3年生の気持ちも背負って、全国大会までの残り2試合をまずは勝ち切って、応援してくれている人たちにも恩返しできればいいなと思います」

　市立船橋のナンバー8。武藤はどんな時も、どこにいても、「チームのために身を粉にして」、ピッチの至るところを走り続ける。

(取材・文 土屋雅史)

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