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貫いたのは、やり合わない勇気。関東一が「勝負へのリスペクト」と「敗者へのリスペクト」で呼び込んだ国立切符

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関東一高は“勝負”と“敗者”へのリスペクトを携えて戦った

[1.4 選手権準々決勝 静岡学園高 1-1(PK3-4)関東一高 フクアリ]

 引き寄せた結果が“奇跡”と呼ばれることに、異論を挟み込む余地はない。後半の40分間を通じて、たった1本しか放てなかったシュートが同点弾となり、PK戦の末に掴んだ準決勝進出。だが、その勝利に至るまでの過程は、決して“奇跡”ではない。そこには指揮官が抱えた『勝負へのリスペクト』と『敗者へのリスペクト』が、確実に選手たちにも息衝いていた。

「対戦が決まってから何度もシミュレーションはしましたが、正直まったく隙がなく、どこから手を付けていいかというのはわかりませんでした」。関東一高(東京B)を率いる小野貴裕監督は正直に明かす。J内定選手4人を擁し、大会ナンバーワンのタレントとテクニックを有する静岡学園高(静岡)との準々決勝。ただでさえ、関東一にとっては未知のステージである上に、おそらくは高校年代で一番上手いと言われる相手との対峙。生半可な策を練ったところで、容易にひねられてしまうことは百も承知だった。

 今までみんなで積み重ねてきた攻撃的な戦い方で、やり合うことは簡単だ。ここまでの3試合同様に真っ向勝負を挑み、華々しく散る。周囲もきっと「よくスタイルを貫いたね」と言ってくれることだろう。

 ただ、それでいいのかという疑問は拭えなかった。実力差はハッキリしている。打ち合いに持ち込んで勝てる相手ではない。導き出した答えは「『やり合わない勇気』を持つこと」。勝つ可能性を、あるいは静岡学園を少しでも苦しめる可能性を突き詰めるためには、守備を徹底するほかに手段はない。やり合わずに、耐える。そのための戦い方を必死に模索する。

 静岡学園のキーポイントは両サイドハーフ。そのドリブル突破の破壊力は言うまでもないが、逆サイドからのクロスに飛び込んで、得点を挙げるシーンが多いという部分に着目したという。

「ボールサイドに寄せられ過ぎてしまって、逆サイドのサイドハーフの選手がフィニッシャーになるということを何とか阻止したかった」と明かす小野監督は、ここまでの3試合で採用してきた3-4-3のシステムではなく、4-4-2を採用。サイドのマークを明確化することで、縦への突破を図られた際には、サイドハーフとサイドバックがきっちり寄せ切り、逆サイドからのクロスには、必ずサイドバックが対処することを徹底する。

 それでも、いざ試合が始まると「我々の想定をはるかに超える静岡学園さんの素晴らしいサッカーを前に、我々も苦しい時間帯が本当に長く続きました」と指揮官も認めるように、静岡学園のドリブルとパスワークに翻弄され続け、水際で何とか踏みとどまる時間を強いられる。

 右サイドバックでスタメン出場したDF倉持耀(2年)は40分間で全力を出し尽くし、後半開始からはDF下田凌嘉(3年)がそのバトンを引き継ぐ。左サイドバックのDF矢端虎聖(2年)も課された役割をまっとう。もちろん際どいシーンはあったが、相手のサイドハーフにフリーでシュートを打たれる局面は、ほとんど作らせなかった。

 この戦い方を選択した背景には、もう1つの理由があった。「私自身の中で一番大きかったのは、中津東、尚志、矢板中央に勝って我々はここまで来たので、もちろん我々のやりたいことがあったとしても、『我々と戦ったチームに失礼があってはいけないな』ということは凄く思っていました。もし、これが矢板中央だったら、尚志だったら、間違いなく粘り強く守れるはずだったので、そこで我々が出ていって、大敗してしまって、『やっぱり他のチームが行った方が良かったんじゃないか』と言われることだけは避けなければいけないことでした」(小野監督)。

 中津東も、尚志も、矢板中央も、もちろん全力を尽くして勝ちに来たことは言うまでもない。その相手を倒して、この準々決勝のステージまで勝ち上がってきた。彼らの勝利に対する強い執念を目の当たりにしてきたからこそ、自己満足で終わるような戦いだけは見せられない。目の前の勝負への、そして刃を交えた敗者へのリスペクトが、この日の関東一を貫いていた。

 指揮官が名指しで「今回は肥田野が守備を頑張ってくれました」と称えたMF肥田野蓮治(3年)は、チーム屈指のテクニシャンだ。FC東京の下部組織で育ち、得意の左足を武器に攻撃面で今大会も違いを見せてきた。

 その肥田野が、右サイドで守備に奔走する。対峙したのは磐田内定のMF古川陽介(3年)。大会ナンバーワンドリブラーとも称されるタレントに、何度も何度も振り切られながら、何度も何度も追走する。その圧倒的な個の力の差を突き付けられ、心が折れそうになったであろうことは想像に難くない。それでも、必死にそのドリブルに食らい付き、何とか防ぎ切ろうとする姿には、この試合の勝利に懸けるチームのプライドが凝縮されていた。

 劇的な勝利を収めた試合後。小野監督はオンライン会見で、次のような言葉を残している。「やはり『ここまで勝ってきた責任があるな』ということはずっと思ってきたので、粘り強く戦わなくてはいけないなという気持ちが強くて、我々をきっと今まで戦ったチームが支えてくれたんじゃないかなと思っています」。

 もちろん東京都の予選も含めて、彼らの軍門に降ってきたチームの想いを背負って、関東一が向き合った80分間とPK戦。あるいは高校選手権史上に残るような一戦は、『勝負へのリスペクト』と『敗者へのリスペクト』を念頭に置いた指揮官の『やり合わない勇気』を、選手が汲み取った末に辿り着いた“奇跡”だったように思えてならない。



(取材・文 土屋雅史)

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