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超異例の再試合にJFA審判委「言い訳にはできないが…」致命的ミスの背景にあった“頻繁すぎる”国際ルール改正

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退場となった山形GK後藤雅明

 Jリーグは5日、J2リーグ第8節のモンテディオ山形ファジアーノ岡山戦で「担当審判員による明らかな競技規則の適用ミスがあり、試合の結果に影響を及ぼし得た」事象があったとして、当該試合の再試合を行うことを決めた。審判員の判定をめぐっての再試合はJリーグ史上初。超異例のジャッジミスが起きた背景に、国際的なルールを定めるIFAB(国際サッカー評議会)による頻繁な競技規則改正の影響が浮かび上がった。

 今月3日にNDソフトスタジアム山形で開催されたJ2第9節の山形対岡山戦、問題の事象は前半9分に起きた。自陣でボールを回していた山形DF半田陸のバックパスが乱れ、ボールがゴールマウスのほうに向かうと、カバーを試みたGK後藤雅明が横っ飛びをしながら手で阻止。GKであっても味方からのバックパスを手で扱うことは認められないため、これは反則行為と判断される。

 試合を裁いていた清水修平主審は競技規則どおり、対戦相手の岡山に間接FKを与えるよう判定。さらに続けて後藤にレッドカードを提示した。ところが、このカードが問題だった。競技規則には「ゴールキーパーが自分のペナルティエリア内で認められていないにもかかわらず手や腕でボールを扱った場合、間接フリーキックが与えられるが、懲戒の罰則は与えられない」と明記されており、バックパスを手で扱ったGKはノーカードという決まり。すなわち、ルールに反する形で出されたレッドカードと言える。

 その後、約80分間にわたって10人で戦うことになった山形は数的不利のなかで健闘したものの、後半アディショナルタイムに無念の失点を喫して0-1で敗戦。競技規則の適用ミスによる退場が試合結果を大きく左右する形となってしまった。その後、Jリーグは日本サッカー協会(JFA)を通じてIFABに規則内容を確認し、対応を協議。この日の臨時実行委員会と臨時理事会で「再試合」とすることを決めた。

 この日の臨時実行委員会と臨時理事会後にオンラインで行われたメディアブリーフィングに、JFAの扇谷健司審判委員長も出席。「判定に関して多くの方にご迷惑をおかけしましたこと、お詫び申し上げたい」と謝罪した上で「競技規則の適用を誤ったことは審判員にとってあってはならないことだった」と前代未聞のミスに対して厳しい指摘も行った。

 加えて扇谷委員長は報道陣からの質問に応える形で、審判員が競技規則の適用ミスを犯した背景に言及。現時点でのヒアリングに基づくと、以下の2点が大きく影響していたという。

①2018-19年以降の頻繁な競技規則改正
②当該条文後段「しかしながら」部分の解釈

 まずは①から。上記の条文のとおり、現在の2021-22年版競技規則にはGKがバックパスを手や腕で触れても懲戒罰が与えられないと定められている。ところがこの条文は2018-19シーズンまで、異なる内容だった。

▼2018-19年の競技規則12条1項
「ゴールキーパーは、自分のペナルティーエリア外でボールを手または腕で扱うことについて、他の競技者と同様に制限される。ゴールキーパーは、自分のペナルティーエリアで直接フリーキックやその他の懲戒の罰則の対象となるボールを手または腕で扱う反則を犯しても罰せられないが、ボールを手や腕で扱うことによって間接フリーキックが与えられることになる反則であれば、罰せられることもある

 ここで反則要件として記されている「間接フリーキックが与えられることになる反則」には、味方からのバックパスをGKが手や腕で触れることが該当。また非懲罰規定はなく、18-19年まではGKがバックパスを手や腕で触れた場合、カードが出される可能性があったのだ。

 この項目は2019-20年の競技規則改正で変更。上記の赤字部分が削除され、「ゴールキーパーが、自分のペナルティーエリア内で、認められていないにもかかわらず手や腕でボールを扱った場合、間接フリーキックが与えられるが、懲戒の罰則にはならない」という文言が新たに追加された。

▼2019-20年改正後の競技規則12条1項
「ゴールキーパーは、自分のペナルティーエリア外でボールを手または腕で扱うことについて、他の競技者と同様に制限される。 ゴールキーパーが、自分のペナルティーエリア内で、認められていないにもかかわらず手や腕でボールを扱った場合、間接フリーキックが与えられるが、懲戒の罰則にはならない 」(青字が新条文)

 扇谷委員長はメディアブリーフィングでの説明で「懲戒の罰則は与えないということになっているが、3年前は与えることができるということになっていて、それが2年前に変わったというのが一つある」と述べ、審判員が混乱をきたした一因を指摘していた。

 またこれに加えて、2020-21年の競技規則改正ではさらに新たな要素が追加されていた。それが「しかしながら、プレーが再開された後、他の競技者が触れる前にゴールキーパーが再びボールを触れる反則の場合(手や腕による、よらないにかかわらず)、相手の大きなチャンスとなる攻撃を阻止した、または相手の得点や決定的な得点の機会を阻止したのであれば、懲戒の罰則となる」という文言。上記の②だ。

▼2020-21年改正後の競技規則12条1項(2021-22年も同じ条文)
「ゴールキーパーは、自分のペナルティーエリア外でボールを手や腕で扱うことについて、他の競技者と同様に制限される。ゴールキーパーが自分のペナルティーエリア内で、認められていないにもかかわらず手や腕でボールを扱った場合、間接フリーキックが与えられるが、懲戒の罰則は与えられない。しかしながら、プレーが再開された後、他の競技者が触れる前にゴールキーパーが再びボールを触れる反則の場合(手や腕による、よらないにかかわらず)、相手の大きなチャンスとなる攻撃を阻止した、または相手の得点や決定的な得点の機会を阻止したのであれば、懲戒の罰則が与えられる」(青字が新条文)

 条文を一読するだけではどういう状況か想定しづらいが、要は「GKの2度触り」を防ぐためのルールだ。たとえばGKがゴールキックを蹴った場合、他の競技者がボールに触れるまでの間はGK自身がもう一度ボールに触れることは許されないが、キックミスでボールがほとんど飛ばず、近づいてきた相手にゴールを決められるのを恐れ、触れ直してしまった例などが該当する。この場合にもし相手の得点や決定的な得点の機会を阻止したと判断されれば、当該選手にはレッドカードが提示される。

 もっとも、この文言はGKがバックパスを処理する際には該当しない。だが、扇谷委員長は「『しかしながら』以降のところが勘違いの原因になっていた」とこの条文が山形対岡山戦のトラブルにも影響していたと説明。試合後、SNS上ではこの文言をもとに「レッドカードが正当なのではないか」という議論も巻き起こっていたが、今回の出来事からは例年研修会などを行っているプロの審判員であっても混乱をきたしていることが推察された。

 これら2点をもって、扇谷委員長は「審判委員会としてはもちろん、あのプレーに関して間接FKで再開、懲戒罰なしという認識を持っていた」と立場を示しつつも、「この条文は3年前くらいからいろいろ少しずつ変わっており、また違った文章がそのまま入っていたりと、言い訳にはできないが、審判員として勘違いしやすい状況にはあったのではないかと思う」と適用ミスに至った経緯を分析していた。

 なお、ヨーロッパのサッカー界でもバックパスに伴うGKへのカード判定が問題化したことがある。昨年5月のプレミアリーグ第36節チェルシー対アーセナル戦で、チェルシーのMFジョルジーニョがバックパスを送ると、これがゴールマウスのほうに向かい、GKケパ・アリサバラガが慌ててセーブ。跳ね返りをアーセナルのFWピエール・エメリク・オーバメヤンがこれを拾い、MFエミール・スミス・ロウがゴール。この場合はゴールが認められ、ノーカードの判定が下されたことで、競技規則の適用ミスには発展しなかったが、ケパにレッドカードが出されるべきだったのではないかという批判も殺到し、ルールの周知がやや進んだ。

 こうしたルールにまつわる混乱はIFABも認識しているようで、実は2022-23シーズン向けの競技規則改正で新たな説明が加わる見込みとなっている。DOGSO(決定的な得点機会の阻止)の項目に「ペナルティエリア内のゴールキーパーを除く」という文言が追加され、バックパスを手や腕で扱ったGKがDOGSOの反則にならないことがより明確に記される予定。もし1年早くこうした記載が加わっていれば、今回の山形対岡山のような出来事は起きなかったかもしれない。

 とはいえ、いまや起きてしまった事実は変わらない。扇谷委員長は競技規則改正の混乱があったことを踏まえても「言い訳にはできない」と重ね重ね強調。「審判員にとって競技規則は大きな柱。そこに関してはしっかりともう一回考える時間を用意しようと思っている」と述べ、再発防止に向けて取り組んでいく姿勢を見せた。

 またもう一つ、ミスを犯した審判員のサポートも審判委員会の大きな役割だ。扇谷委員長はメディアブリーフィングの場で2018年に起きた競技規則の適用ミスを振り返り、「こうしたケースはなかなか仕事もままならないとか、審判をしようという意識にならないもの。そういうところのメンタル的なケアをしないといけないし、そこがクリアになったら、コンディションを戻していかないといけない」と指摘。「われわれとして今回の4名の審判員をどのような形で研修を組んでいくか」と前を見据えた。

 扇谷委員長によると、今回の審判員4人は「いろんなところで取り上げられていることで、メンタル的にも非常に参っているし、フィジカル的にも参っている」という。

「リカバリーさせたり、次の試合に向けてのトレーニングもしないといけない。またやはり競技規則の誤りなので、そちらに関してはいろんなところで再認識をしないといけない。そのための研修プログラムを用意しないといけない。そうした時間が少なくとも1か月半、もしくは2か月、彼らの状況によってはそれ以上になってしまうかもしれない。なんとか選手、クラブ、Jリーグにとってどういった形で復帰していくのがいいかということを模索させていただきがらわれわれがサポートさせていただきたい」(扇谷委員長)。競技上では再試合という扱いが決まったが、トラブルの解決に向けてはスタートラインに立ったばかり。より望ましいリーグ運営のため、さまざまな角度からの対応が求められそうだ。

(取材・文 竹内達也)
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