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千葉に復帰の佐藤勇人との一問一答

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 京都から3年ぶりにジェフユナイテッド千葉に復帰したMF佐藤勇人。市原ジュニアユース(現千葉U-15)から育った古巣では07年に主将も務めた。08年から京都に移籍したが、自分のやりたいサッカーをできず、フラストレーションのたまる2年間だったという。

 昨年11月8日、等々力競技場で川崎Fに2-3で敗れ、クラブ史上初のJ2降格が決まった瞬間はテレビで見ていた。「言葉で表せないぐらい、悔しくて、寂しくて、それからすごく意識し出した」。07年オフには佐藤勇のほか、MF羽生直剛(F東京)、MF水野晃樹(セルティック)、MF山岸智(川崎F→広島)、DF水本裕貴(G大阪→京都)と主力5人が一気に流出した。「レギュラーだった5人が出て行ったので、こういうときに戻るのがいいと思っていた。苦しいときに戻るのがベストだと」。

 グルノーブル(フランス)からもオファーが届いたが、海外挑戦の夢を捨て、最後は千葉愛を優先させた。背番号は3年前と同じ7番に決定。もう一度ジェフのために。強い決意を表すように、会見後はさっそくグラウンドをランニングし、汗を流していた。
以下、佐藤勇人との一問一答

―千葉が降格したときはどう思ったか?
「テレビで見ていて、思った以上の衝撃があった。周りの声が耳に入らないぐらいだった。降格してしまったひとつの要因に(07年オフに)僕を含めて5人が抜けたこともあったと思う。スタメンの5人が抜けたのはチームとして痛手だし。それで、ジェフのためにできるのは今かなって思った。一番大事なのはやりがい。京都ではそういうやりがいの面で引っかかっていた。最後はグルノーブルとジェフで悩んだ。海外でやりたい気持ちも強かったけど、周りの人たちからもジェフに戻ってほしいという声が強かった」

―周りの人というのは今千葉にいる選手?
「それもあるし、(佐藤)寿人とか羽生とか(山口)智さんとか阿部(勇樹)とか、みんながジェフのことを気にしていた。彼らは今のチームもあるし、自分に立て直してほしいと言われた」

―自分たちは戻れないけど、勇人に任せるということ?
「みんないずれはジェフでって言ってる。それぞれのタイミングがあるから。個人的にはあのタイミングで出て行ったので、J2に落ちたタイミングで戻る方がいいかなと思った」

―3年ぶりに戻ってきて、クラブに変わったことは?
「ここ(ユナイテッドパーク)ですかね。散々お願いしてたら、自分が出ていったらできてた(笑)。今日初めて来たけど、想像以上だった。フクアリも近いし、育成の選手にとってもスタジアムが近くにあるというのはモチベーションになる。こんなチームは他になかなかないし、だからこそJ2にいちゃいけない。去年の広島じゃないけど、J1に上がったら、すぐ上位争いできるチームにしたい」

―クラブハウスで一番驚いたのは?
「お風呂もでかかったし、部屋のドアが多すぎて、どこに何があるか分からない(笑)。食堂も駐車場もしっかりあるし」

―オフはどう過ごしてた?
「いつもは寿人とグアムに行くけど、今年は自分がバタバタしていたので行けなかった。東京と埼玉で1人で自主トレをしていた」

―京都での2年間の経験は何になった?
「マイナスのことだけじゃないと思うし、プラスのこともある。外にいたことで、よりいっそうジェフへの気持ちも強くなったし、自分が何をしたいのか、何ができるのか、そういうのがハッキリ分かった。ジェフにいたころはうまくいかないと、チームとか環境のせいにしていたけど、外に行ってからはそういうことを考えないようになった」

―江尻監督とは話した?
「オシムさんのときにコーチでいたし、自分がユースのときもコーチだった。去年なんか選手より熱かったと思う。自分は選手の立場でみんなを盛り上げて、自分たちも同じ気持ちでやらないといけない」

―江尻監督のサッカーについては?
「すごい楽しいと思うし、それがやりたいから来た。すごい魅力だし、京都ではそういうサッカーができなかったので」

―3年ぶりに着た黄色のユニフォームは?
「やっぱいいですね。移籍してきた気がしない。家に帰ってきたというか。大学行くために一人暮らししていて、実家に帰ってきたみたいな」

―ユース時代に2回サッカーをやめてたから、今回が3回目?
「そうですね(苦笑)。3ヵ月、2ヵ月、2年…。しっかり結果を残して、これからはジェフでやると決めてるので。J1でやるのがチームのためにも自分のためにもベストなので」

<写真>3年ぶりに千葉に復帰したMF佐藤勇人

(取材・文 西山紘平)

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