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町田の新監督、ポポヴィッチ氏が会見。「魅力的な攻撃的なサッカーを披露する」

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 JFL所属で来季のJ2昇格を目指すFC町田ゼルビアは16日、ランコ・ポポヴィッチ新監督の就任会見を都内で行った。相馬直樹前監督が来季から川崎Fの監督に引き抜かれたため“電撃就任”となったが、広島でコーチ、2009年には大分で監督を務めていた同監督は念願だった日本での“再就職”が叶い「私のことを信頼してオファーをしてくださった(社長の)下川さんや(GMの)唐井さんをはじめ、クラブのスタッフの方々に感謝をお伝えしたい。再び日本に来れたことを嬉しく思っているし、再び日本で働けることは光栄です」と笑顔を見せた。

 日本で指導したかった理由については、「日本のサッカーにはとても高いポテンシャルを感じているし、日本には“伸びしろ”がある選手が数多くいる。そうした日本人の能力と、私の指導能力やスタイルが合っていると思っている」と力説した。実際、大分時代にはFW金崎夢生(名古屋)やMF清武弘嗣(C大阪)、MF高橋大輔らを育ている。

 この日の会見でも「ここで自慢話をするつもりはありませんが、日本でかつて仕事をした広島や大分では、若い選手の能力を引き出すことができたと思っています。今年、名古屋では1人、優勝に貢献しましたし、セレッソ大阪では4選手がACL出場に貢献しました。ここ町田でも厳しく指導していくつもりです」と“第二の金崎”を育てる意気込みを明かした。(※日本サッカーへの思いはW杯中に行ったポポヴィッチ氏ゲキサカ独占インタビューもお読みください)。

 道半ばだった大分時代の、リベンジの思いもあるだろう。ポポヴィッチ監督は2009年途中から、J2降格圏をさまよっていたシャムスカ監督に代わり、大分の監督に就任した。結局はJ2に降格したものの、終盤の10試合は負けなしと完全にチームを蘇らせた。しかし、経営面の問題で退任せざるおえなかった経緯がある。当時、同監督は自身の年俸の減額まで申し入れて大分での指揮に熱意を見せていた。それだけに今回、カテゴリーは下でも、日本で指導できることが嬉しかった。

 そんな思いや、町田のJ2昇格、そしてJ1昇格という“夢プロジェクト”にやりがいも感じたそうで金銭面には目をぶつり、かねてから親交が深かった唐井直GMからの要請に快諾した。「私にとってクラブが所属しているカテゴリーは関係ない。重要なことは、そのクラブが持つビジョンや計画。ゼルビアには素晴らしいビジョンがあり、それをスタッフの方々から聞いた時に『やってやる!』と強く思いました。町田がJFLからJ2、J1を目指して行くというこのプロジェクトに大きなやりがいを感じています。このクラブのプロジェクトに全てのパワーを注ぎたい」と熱を込めた。

 気になる目指すサッカースタイルだが、「攻撃的でアトラクティブなサッカーをしたい。魅力的な攻撃的なサッカーを披露することは約束します」と攻撃サッカーを掲げた。セルビア出身の同監督は、日本代表や千葉を率いたイビチャ・オシム監督の弟子で、理想とするサッカーも攻撃的かつ『考えて走るサッカー』。今でもオシム氏とは親交が深く「就任発表の前ですけど、先週、オシムさんと一緒に食事をしました。オシムさんは恩師であり、最も尊敬する人です。今回も、このあとヨーロッパに戻ったとき、再び相談したい」と“ホットライン”を維持させてアドバイスを受け、強化に役立てることを明かした。

 本来ならJ1で指揮を執ってもおかしくない人材が、来季はJFLで指揮を執る。町田サポーターはもちろん、多くのサッカーファンが興味深く思うことだろう。そんな期待の中、ポポヴィッチ新監督は町田のJ2昇格、そして将来のJ1昇格を目指す。契約年数は明らかにされていないが、育成も期待されており、成績さえ残せれば、長期政権になる可能性がある。

 指揮官は順位などあえて来季の具体的な目標を口にすることを拒んだが、「一つ言えることは、ここで良い仕事をするために、持っている全ての力を注ぐ覚悟があることです。全ては行動で見せていきたいと思う。この町田のプロジェクトに参加できることを光栄に思っているし、『ここでやってやる』という強い気持ちを持っている」と強い覚悟を示した。

 今季はスタジアム問題のために、J2昇格圏の3位ながら涙を流した町田。幸い来季は、町田市長、町田市議の協力により、J2の基準を満たしたスタジアムが完成する見通し。来年3月の議会には正式決定し、本格改修に向けた予算も組まれるようだ。町田は世界的指導者のオシムファミリー、ポポヴィッチ新監督の下、来季こそ悲願のJリーグ入りを成し遂げる。

☆※南アフリカW杯中に行ったポポヴィッチ氏ゲキサカ独占インタビュー

以下、FC町田ゼルビア発表のプロフィール

●ランコ・ポポヴィッチ
(Ranko Popovic')
■生年月日
1967年6月26日
■国 籍
セルビア、オーストリア
■選手歴
ブドゥチュロスト・ペチ(ユーゴスラビア2部)→パルチザン・ベオグラード(ユーゴスラビア1部)→スパルタク・スボティツァ(ユーゴスラビア1部)→エトニコス・ピレウス(ギリシャ1部)→アルメリアFC(スペイン2部)→ SKシュトルム・グラーツ(オーストリア1部)→アルヌ・フェリス(オーストリア4部)*選手兼監督
■指導歴
・2002-2004:アルヌ・フェリス(オーストリア4部)選手兼監督
・2004-2006:パクヘリフ(オーストリア4部)監督
・2006-2007:サンフレッチェ広島コーチ
・2007-2009:ズラティボール・ヴォーダ(セルビア3部、2部)監督
・2009.07-2009.12:大分トリニータ監督

[写真]就任会見に臨んだポポヴィッチ新監督。右は下川浩之社長で左は唐井直GM

(取材・文 近藤安弘)

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