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[被災地に希望を ベガルタ戦士の誓い]vol.15_MF梁勇基

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 東日本大震災による被害を受けたベガルタ仙台は4日から千葉・市原市内でキャンプをスタートさせた。ゲキサカでは今回、仙台イレブンの想いを取材。最終回はMF梁勇基です。10日には震災後初の対外試合を行ったが、背番号「10」は司令塔に君臨し、チームを盛り立てた。FWマルキーニョスが震災を理由に退団し、苦しい状況を迎えたが、仙台の顔ともいえる梁は1つでも多く勝利し、明るい話題を被災地に届けることを宣言。まずはJ再開初戦23日の川崎F戦(等々力)の白星プレゼントを誓った。

過去のインタビューはコチラから

以下、一問一答

―久しぶりの対外試合でした。振り返ってみてどうですか?
「ある程度、今のコンディションを確認できました。それは1つ収穫ですね。でも、まだまだコンディションを上げないといけないと、試合をしながら感じましたね。現状? まだ5、6割くらいです。ここまでキャンプをしてきて体にも疲労があるので。ただ、まだ23日まで2週間弱ある。あせらずにやっていきたい」

―やはり仙台を離れて合宿をやるのでは、大変そうですね。
「当然、ホテル暮らしが続くので不便さを感じるときもあるが、仕方のないこと。こういうときこそ、みんなで力を合わせてやっていきたい。また仙台に帰れるので、そのとき、仙台のスタジアムでいいプレーをして、たくさんの人に見に来てもらえるような試合をしないといけないと思う」

―東洋大との練習試合では、新システムの4-5-1を試しました。どうでしたか?
「最初は流動的にやっていたけど、メンバーも入れ替えながらごちゃごちゃでやったので、うまくいかない部分もあった。久々のゲームなので、うまくいかなかったのは仕方ないかなと思う」

―マルキーニョス選手の退団を受けてのシステム変更だと思います。
「マルキーニョスは前線でタメが作れるし、攻撃に迫力が出る。その分は全員でカバーしてやっていかないといけない。あまり気にせずにというか、今いる選手でどうやってやるのか、確認しながらやっていかないといけない」

―マルキーニョス選手の退団は、どう感じましたか?
「自分が逆の立場だと考えたら、当然、不安があると思う。世界的に見ても本当にに大きな地震だったので、仕方がないかなと思う。マルキーニョスの気持ちも十分わかる」

―マルキーニョスとは最後、話をされましたか?
「みんなの前で、マルキーニョスのほうから、帰ることになったと報告がありました。僕はキャンプから、短い間でしたけど同じチームで練習をして、マルキーニョスから学ぶ部分が多かったので、最後に『ありがとう』と言いに行きました。マルキーニョスも複雑な気持ちだったと思うし、『ブラジルに帰っても仙台のことを気にしているから、頑張ってくれ』と声をかけてくれた」

―退団の影響、動揺もあるかと思いますが?
「もう、切り替えるしかないと思う。チームを退団するのは決まったこと。実際に、マルキーニョスはこの場にはいない。残った選手でやるしかない。マルキーニョスがいないから、と言われるチームではダメ。今まで全員で頑張ってきたチーム。そのスタンスでやっていきたい」

―ところで震災はどういう状況で遭われましたか?
「僕は車の運転をしてました。最初はちょっと何か分からなかった。タイヤがパンクしたかなと思った。でも、(窓から)横の建物を見たら揺れが強くなってきたので、地震だなと思ったら、車も左右に揺れだした。普通じゃないなと思った。震災後は大阪の実家? 新潟経由で帰れました」

―選手たちはみな、被災者のためにも戦いと話しているが。
「被災地にボランティアに行ったとき、励まさないといけない立場なのに、頑張ってという言葉を沢山かけていただいて、改めて、再開するJリーグで勝たないといけないという思いが強くなりました。自分はプロ生活をスタートさせたのが宮城、仙台という街。サッカー選手としても一人の人間としても、凄くいい思い出があり、成長させてくれた場所。恩返ししたいし、少しでも励みにしてもらえるように、明るい話題を届けられるように頑張りたいと思っています」

再開後の初戦は川崎F戦です。白星を贈りたいですね。
「ほんとに注目される一戦だと思う。自分たちはほんとに、試合やるだけじゃなくて、試合をやって勝つことが、責任というか、それが求められると思う。23日から再開されるJリーグで、1つでも2つでも勝って、被災地の方が少しでも前向きになれるようにやっていきたい」

(取材・文 近藤安弘)

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