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東北サッカー復興の狼煙(3)~ベガルタ仙台J再開までの手倉森監督のメンタルコントロール

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 東北のプロ・アマチュアサッカーチームの復興に向けての動きを伝える連載第3回目は4月23日の川崎フロンターレ戦、同29日の浦和レッズ戦と連勝を飾ったベガルタ仙台を取り上げる。ベガルタ仙台は被災地のJリーグクラブということで、練習で大きな制約を受け、地元・仙台での練習が難しいことから、関東での長期キャンプを強いられた。サッカーに集中しづらい環境の中、いかにJリーグ再開の日を迎えたか、手倉森誠監督による選手達のメンタルコントロールに焦点を当てながら、ベガルタ仙台の関東キャンプを追った。

 4月3日、仙台は約5時間のバス移動の末、千葉県市原市内のホテルに到着した。疲れもあったのだろうが、選手達の表情は一様に暗かった。手倉森監督は市原到着後の記者会見で「選手はいろんな思いが交錯している状況だと、この1週間のトレーニングの中で見て取れた(関東キャンプ前、仙台は被災地支援ボランティアをしながら練習を行った)。一番大事なのはシーズンの再開までに向けて、メンタリティを一つにすること。自分たちの役割、被災者達の思いをみんなで一つにして、シーズンインしていくことが大事」と語り、選手達の思いを一つにするメンタルコントロールを関東キャンプ一番の課題として挙げた。

 手倉森監督は「チームの一体感」を最も重視し、シーズン開幕前も「一体感だけは絶対に失われないようにしたい」と言い続けた。それだけに、選手の気持ちがバラバラになり、一体感のない状態でJリーグ再開を迎えることを恐れた。

 関東キャンプの開始当初は、練習の合間も硬い表情が目立った選手達。9日にはマルキーニョスの契約解除というショッキングな出来事もあった。しかし、16日の練習試合、大宮戦の頃になると、選手達が試合前後に見せる表情は柔らかくなり、笑顔や冗談も出るなど、次第に普段の仙台の姿を取り戻しつつあった。大宮戦後、手倉森監督は「試合を終わって選手達に『今の我々の姿勢、やらなければいけないというメンタリティが伝わって、自分たちの一体感を感じられて満足している』と話した」と、選手達がサッカーに集中し、一体感が生まれてきたことに大きな手応えを感じていた。マルキーニョスの契約解除についても「彼が抜けたことによって、さらに団結力が強くなったと感じている」とむしろ一体感が向上していると前向きだった。

 「あまりキャンプ、キャンプという雰囲気にしたくない」という言葉も手倉森監督は再三口にした。例えば、開幕前のキャンプでは選手・スタッフ一緒に取っていた食事も、選手が好きな時間に取れるようにしていたという。また、厳しいフィジカルトレーニングばかりという日はなく、関東キャンプ初日からボールを使っており、普段のリーグ戦中とほぼ変わらない練習メニューにするなど、工夫を凝らした。さらに、本来は大宮戦後の17日は練習を行う予定だったが、選手の疲労やメンタルを考慮し、17日を休みにし、18日と合わせて2日間のオフを設けた。

 仙台は北国のチームなので、シーズン開幕前、地元ではほとんどトレーニングができない。今年も鹿児島、延岡、宮崎で約40日間にわたるキャンプを行い、キャンプ地から直接広島での開幕戦に臨んだ。集団行動を強いられる長期キャンプでの選手のストレスは毎年かなり大きい。そのキャンプが終わって、またすぐにキャンプである。選手達のストレスは想像に難くない。「またキャンプか……というのは一番オレが思っている、と選手達に話した」という手倉森監督。皆が同じ思いを持っていることを選手達に説明し、様々な方法でストレスの緩和に努めた。

 また、関東キャンプの間はメディア取材が殺到し、川崎F戦は「注目の一戦」と報道された。選手達にプレッシャーがかかる状況。だが手倉森監督は試合前日、「いろんな物を背負って戦う覚悟はあるか、雰囲気に入っていけるか、しっかりイメージして試合に入らなければならない」と語り、川崎F戦で決勝点を挙げたMF鎌田次郎も「注目されるというのは分かっていて、前日、前々日くらいから監督が『それだけは準備しておけ』と言っていたので、心の準備はできていた」と語るなど、手倉森監督は川崎F戦に向けて選手達に心の準備を要求した。

 川崎F戦当日はベンチ外の選手も含め全員でアウェーの等々力陸上競技場に乗り込んだ。「復興の先頭に立って戦おうとしているチーム一人ひとりが会場に足を踏み入れて、団結心を持って戦いに入る大事さがある」と手倉森監督は改めて一体感を高めようとした。

 その結果、川崎F戦前半はやや入れ込み過ぎたが、失点後徐々に自分たちのサッカーを取り戻し、見事歓喜の瞬間を勝ち取った。手倉森監督の関東キャンプでのメンタルコントロールはひとまず成功を見たと言って良いだろう。この勝利はただのリーグ戦の1勝ではなく、普段サッカーを見ない仙台、宮城、東北の多くの人々にも勇気と感動を与えた点でも、大きな勝利となった。

 メンタルコントロール術に長け、昨シーズン14戦勝ち無しの間も冗談を飛ばし明るく振る舞うなど、常に気丈な手倉森監督ではあるが、大宮戦の後、ふと報道陣を前にこんなことを語った。「女房と電話している時、後ろで娘が『ジチンジチン』と言っているのを聞くと帰りたくなる」また、川崎F戦後はテレビのインタビューで「選手が東北のためによくやってくれた」と、声を詰まらせ涙を流す場面があった。

 手倉森監督は青森県五戸町出身。特に津波被害が甚大だった八戸市の隣町であり、故郷が大きな被害を受けている。家族を仙台に残してキャンプを続けなければならず、東北へ思い入れも強かったことから、監督自身が精神的に辛かったのは想像に難くない。しかし手倉森監督は辛さをはね除け、選手達をまとめ上げ、再開初戦を劇的勝利に持ち込んだ。

 仙台は4月26日から再び宮城県内での練習を再開した。震災前から昨シーズンの猛暑の影響で通常の練習場泉サッカー場は6月以降の使用が決まっていたので、しばらくは練習場を転々とする厳しい環境にある。しかし、「どこのチームにも負けない」と手倉森監督が胸を張る「一体感」で、仙台は苦難のシーズンに立ち向かっていく。

(取材・文 小林健志)

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