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父にとって22年目の悲願、青森山田の黒田父子はピッチで抱き合い涙

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黒田剛監督の息子・凱は故障の影響もあり、裏方としてチームを支えた

[1.9 全国高校選手権決勝 青森山田高5-0前橋育英高 埼玉]

 日本一になった瞬間も、メダルを手にした瞬間も、嬉しさはあったが涙は出てこなかった。それでも父と抱き合うと様々な感情が溢れて、涙が止まらなくなった。「父さんには本当にありがとうございましたと伝えたい」。そんな想いでいっぱいだった。

 全国高校選手権の表彰式後、裏方としてチームを支えた青森山田高(青森)のFW黒田凱(3年)は父である黒田剛監督と抱き合うと、「今までありがとう。選手としてピッチに立てなくてごめん……」とつぶやいた。涙する息子の肩を優しく抱いた父も頬を濡らしながら「サポートとか本当にありがとう。大学に行ってからも、しっかり頑張ってくれ」と言葉を送った。わずかな時間だったが互いの思いは痛いほどに通じ合っていた。青森山田は高校選手権で初優勝。黒田監督が率いての22年で未だ達成されていなかった悲願は、息子・凱の代で達成された。

 父が率いる青森山田への進学を決断したのは小学校6年生のとき。当時は母と妹も含め、4人での家族会議が行われた。父からは「息子だからという外からの声がすごくあるけど大丈夫か?」と聞かれたが、小学6年生時に参加した大会で、“黒田監督の息子”として注目された経験があった凱は「マイナスの部分を捉えるのではなくて、ポジティブな考えを持っていれば、父さんの存在があって、逆に取り上げてもらえたり、プラスになることもあるんじゃないかと考えるようになった」と応じた。これを聞いた両親は「そういう気持ちを持っているなら大丈夫」と背中を押してくれたという。

 そして青森山田中から父が監督を務める青森山田高へ。高校3年生となった凱は、有力選手集まるなかでトップチームの一人としてプレーしていた。しかし今夏に相次ぐ大怪我をしてしまい、裏方に回ることを決断。今冬の全国高校選手権では、マネージャーとしてチームを支えた。「小さいときから青森山田を見てきて、ここにいる誰よりも選手権で父さんを優勝監督にしたいという想いは強かった」という一心で仕事に励んだ。

 チームは7年ぶりの決勝へ進出。9日に迎えた前橋育英高との決勝戦には、母と妹も駆けつけ、大舞台を見守っていた。そして5-0の勝利で待望の初優勝。凱はベンチやスタンドではなく、ピッチレベルのコーナー付近で日本一となる瞬間を迎え、仲間たちと喜びを分かち合っていた。

 表彰式後、スタンドなどへの挨拶を終えて、一息ついたところでようやく凱は父と抱き合った。「優勝のメダルをもらったときや、応援団に挨拶にいったときは、嬉しいという気持ちは強かったけれど、涙は出ませんでした。でも最後に戻ってきて、父さんとハグしたときに色々な感情が浮かんできて、そこから涙が止まらなくなって……」。親子は互いに「ありがとう」と口にして涙した。

 「日常生活では絶対に涙を流さないような人」という父。今まで選手権で敗れての悔し涙は見ていたが、この日は嬉し涙。孝行息子は「優勝して恩返しができて、悔し涙ではなく一緒に嬉し涙を流せたことが嬉しいです」と優しく微笑む。

 父の下でプレーしてきた高校3年間。息子は「結局、どんなプレーをしても最終的には(黒田監督の)息子だと言われると考えたら……そういうのは気にしないで、結果を残すことだけ、ゴールを決めることだけを考えてやっていこうと思いました。そういうなかで結果を残せてきたのは良かったです」と振り返った。最後の舞台にプレイヤーとして立つことは叶わなかったが、日本一に立った青森山田の一員として、ここまでの道のりに貢献してきた自負はある。

 選手権を終え、今後は選手として“再出発”する。春からは父の母校でもある大阪体育大に進学予定。故障が癒えた2、3月には実戦復帰し、大学の始動には間に合う見込みだ。

 先に見据えるのはプロサッカー選手という夢はもちろん父の背中。「父さんが大阪体育大で教員免許を取って、そこから体育の教員になり、道を切り拓いていった。自分も大阪体育大でプロサッカー選手を目指すことはもちろんですが、教員免許やサッカーの指導論を学んで、指導者として立ちたいなとも思っています」と言う。

 父の後を継ぎ、青森山田高を率いたい気持ちもないわけではないが、「正木(昌宣)コーチなど色々お世話になったスタッフの方たちがずっと山田を見てきてくれて、父さんの下でコーチやヘッドコーチとしてやってくれています。自分がそこに行って、親のコネでみたいのはやりたくない」と言い切った。

 日本一となった次に見据えるのは、また違った“最高の恩返し”。「他のチームで高校の教師になって、サッカーの監督になれたら、そういう下積みをして、父のチームと選手権で試合ができたら、最高の恩返しになるかなとは思っています」。もしもその試合に、母と妹が観戦に来てくれたら……。「中立の立場で見てほしいですね」と笑った。親子の夢はひとつ叶ったが、まだまだ続きはあるようだ。

 父子が手にした日本一のタイトル。凱は涙した赤い目で「小さいときから見てきた青森山田。準優勝の時もベスト4で負けたときも見てきましたし、すごく惜しいところで負けてくるのも見てきました。チャンピオンシップも含め、選手権で優勝させることができて、自分たちの代で初のタイトルを獲ることができたのがすごく嬉しい。父さんには本当にありがとうございましたと伝えたいです」と一際優しく微笑んだ。

 父の悲願は息子の代で達成された。「ありがとう」と互いを思いやった二人。黒田家の特別な一日は嬉し涙で幕を閉じた。

(写真協力 『高校サッカー年鑑』)

(取材・文 片岡涼)

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