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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:オレたちの“応援リーダー”(駒澤大高・小林慎治)

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インターハイ予選ではゴールも決めている駒澤大高DF小林慎治。今、彼は与えられた場所でチームを全力でサポートしている

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 すんなりと受け入れられた訳じゃない。今だって割り切れない想いはずっと抱えている。でも、自分の果たすべき役割はまっとうしたい。それが3年間のすべてを注ぎ込んできたチームの、3年間を共に過ごしてきたみんなのためになるのなら。「自分に与えられた環境でしっかりやって、応援の時はチームが勝てるように応援して、もし試合に出たら自分が活躍できるようにやっていきたいと思います」。200人を優に超える駒澤大高の大応援団を束ねている小林慎治(3年)は、その場所がスタンドでもピッチでも、常に100パーセントの“温度”で自分と向き合っている。

 2年生だった昨年から、Aチームの一員として公式戦に絡んできた。今年もT1(東京都1部)リーグを主戦場にプレーし、総体予選ではゴールも記録している。最上級生として迎える最後の選手権。2年ぶりの全国を狙うチームのピースとして、自らが担える役割を見つめ直していた。だが、10月から始まる東京都予選へ臨むメンバーリストの中に、小林慎治の名前は見当たらない。「大事な試合の時に、自分のコンディションの調整不足であまり良いプレーができなくて、それで落とされてしまいました」。多少の入れ替えはあるとは言われたものの、彼がピッチに立つ可能性はその時点でひとまずなくなってしまった。

 数日後。今までとは懸ける想いの違った大会への出場が叶わなくなり、言うまでもなくショックを受けていた小林の携帯電話が鳴る。待ち受け画面に浮かんだのはヘッドコーチを務める亀田雄人先生の文字。「何だろう?」と思って出てみると、意外な提案を聞かされる。「シンジに“応援リーダー”をやって欲しい」。駒澤大高のサッカー部員は242人。単純計算でも200人近いメンバーは応援団へ回ることになる。それをまとめる役割は容易ではない。ただ、「スタッフの満場一致で『アイツしかいない』って。もう人間的に凄い子で、それが滲み出てるじゃないですか。だから、『やっぱりこの応援団をまとめられるのは彼しかいないだろう』ということで電話しました」と亀田コーチ。この言葉からも、スタッフの圧倒的な信頼感が窺える。

 もちろん逡巡がなかったはずがない。それでも、チームのことを第一に考え、「自分が一生懸命頑張るしかないと」覚悟を決めた。亀田コーチは学校で改めて“応援リーダー”就任の打診をした時のことを、こう振り返る。「そのあたりが『シンジらしいな』って思いましたけど、ふてくされたりとか微妙な顔もせず、『任せてください』って感じでしたね」。かくして小林は駒澤大高の“新・応援リーダー”の大役を引き受けることとなった。

 いざ、“応援リーダー”を務めることになったものの、2年時から試合のメンバーに入ることの多かった小林には、そもそも応援の経験自体が限られていた。「自分は去年から全然応援をやっていなくて、応援のミーティングとかも全然行っていなかったので、正直何をやっていいかわからない状態からスタートしました」。まずは総体予選など、各大会で応援の中心的な役割を担っていたチームメイトにいろいろとサポートしてもらい、1つずつ基本的なことを知る段階から始めていく。

 例えば応援歌の作成。「ノリに乗れる歌じゃないと、みんなもやっていて楽しくないと思いますし、応援している側も楽しくないと絶対に良くないと思うので」、ノリの良さそうな曲をJリーグや海外クラブのチャントから引っ張ってきて、駒澤風にアレンジする。個人の応援歌は選手の希望を聞くこともある。「ボランチの細川竜征(3年)は(エンゴロ・)カンテが良いって言って、自分で曲を持ってきたので、カンテの応援歌を竜征の応援歌にしました。アイツはプレースタイル的にもカンテが好きだと思うので、そういう希望はしっかり採っています」と小林。そのエピソードを聞くと、にわかに細川の応援歌が身近なそれに感じられる。

 応援の練習にも工夫が凝らされていた。朝。昼休み。放課後。学校生活と部活の合間を縫って練習を行う“地下ホール”の音が籠もる構造を利用して、より気持ちが乗るような雰囲気を醸成するために、本番では使用しない太鼓を叩いて、「バンバン盛り上げてやったりしています」とのこと。練習を重ねていく内に、少しずつ応援にもまとまりが出てくる。「今年はアクの強い3年生たちも結構いるんですけど、『シンジが言うんなら』ってことでやってくれてたんじゃないかなって思いますけどね」と亀田コーチ。いろいろな想いが交錯する中で、小林たち3年生にとって最後の選手権が幕を開ける。

 チームは1回戦、2回戦と順調に白星を重ねたものの、小林は「正直自分的には応援の雰囲気が良いとは言えなかったと思うんですよね」と首を傾げる。迎えた準々決勝の相手は、この夏の全国総体でもベスト16まで進出した國學院久我山高。「組み合わせが決まった時からここが大一番になると思っていた」ビッグマッチだったが、1つの懸念が持ち上がる。実は会場の都合上、応援歌を歌うことが禁止されていたのだ。

 決して手応えのある応援ができていない状況にプラスして、制約も加えられることになった決戦前夜。「もうなんかいろいろ不安で。『メンバーに入れなくて、このまま終わっちゃったらどうしよう』とか、そういうことも考えて、本当に不安だったんです」。“選手”としての想いも含めて、正直な感情を吐露した小林。そして今年の駒澤大高にとって、間違いなく一番大事な試合の日がやってくる。

「自分でもあんなふうになるとは思わなかったんですけどね」と小林が振り返れば、「スタンドがあんな感じになるとは思ってもみなくて、こっちの想像を上回るくらいでした」と亀田コーチも笑顔を浮かべる。開始早々からワンプレーごとに、赤黒の応援団は地鳴りのような歓声を巻き起こす。「試合の入りで自分たちの流れに持っていきたい気持ちがあったので、最初にああやって行けたことで、それを続けていこうと一気にみんなでやりました」。“応援リーダー”を中心に200の声という声が、グラウンドの空気を支配していく。

 前半15分に先制。2分後に追い付かれたものの、「本当に応援が凄かったので、アレが自分たちの支えになりました」と強調したキャプテンの齋藤我空(3年)を中心に、ピッチの選手たちの勢いは衰えない。後半4分には原田大渡(2年)が勝ち越しゴール。10番を背負った殊勲の2年生ストライカーも「3年生にも同級生にも応援してもらって、凄く温かみを感じたというか、『応援されてるな。自分もやらなきゃ』みたいな感じが出てきて、苦しい時は応援の方を見てやっていました」と明かす。

 その2点目のシーン。マジメな“応援リーダー”は自らの力不足を感じたという。「1点目の時に応援のメンバーがピッチに入っちゃって、それで怒られたので、2点目の時は止めようとしたんですけど、全然止め切れなくて… そこは自分が責任を取るしかないので仕方ないです」。少し意地悪なことを聞いてみた。「でも、実際は『まあ別にいいか』って思ったんじゃない?」。小林が即答する。「はい。勝てるなら怒られるぐらい全然いいと思ったので(笑)」。どうやら今年の“応援リーダー”は、ただただマジメな訳でもなさそうだ。

 勝ち越してからも、駒澤大高は確実に時間を潰していく。ヒートアップするスタンドと、冷静にゲームを運ぶピッチとの対照的な色合いが、彼らの纏う赤と黒に混じり合う。「ラストは『みんなでやり切るくらい声を掛けよう』って言っていた」応援団が、改めてワンプレーごとに強烈な圧力を相手に浴びせ続け、「絶対西が丘に行きたいという気持ち」を携えたキャプテンを筆頭に、選手はピッチを走り続ける。

 アディショナルタイムも消え去り、タイムアップを告げるホイッスルが薄暮の空に吸い込まれる。「応援メンバーの中にも泣いているヤツがいて、『本当に泣ける試合だったな』という気持ちもあったし、終わった瞬間はホッとしたというか、自分も感動してちょっと泣きました」とは小林だが、気付けばピッチで80分間を戦い抜いた齋藤も細川も泣いていた。

「ほとんどこちらが何も言わなくても、今日までも自分たちでやってくれていましたし、応援歌を歌えない中で、あれだけの温度を会場に創ってくれたんですからね。チームでどうやって応援団から力を与えるかを、彼は考えてくれていて、よく人を動かしてやってくれたんじゃないかなと思います」と亀田コーチ。「やっぱり勝ったら嬉しいです。うん。嬉しいです」。同じ言葉を2度重ねた小林にとってはこの一戦が、“応援リーダー”に就いてから初めて手応えを感じる舞台になったようだ。

 そもそも小林の役割を知るキッカケになったのは、試合後に大野祥司監督が「応援も今年は全然まとまってなかったんですよ。それで小林慎治というT1にいた子に『応援リーダーをやってくれ』って言ったら、その子が素晴らしい子なので全部やってくれて。もしできるならインタビューしてあげて欲しいですね」と話した一言だった。

 現れた小林に話を聞いてみると、「本当に人格者だと思います。こっちが尊敬できるようなレベルで。凄い子だと思います」と言い切った亀田コーチの言葉にも頷ける人間性は、すぐに透けて見えてきた。とはいえ、本人にもちろん“選手”としての自分を諦めたつもりはない。「実際に“選手”としてインタビューされないのは悔しいですし、こっちの立場でインタビューされるのは本当に悔しいですけど、こうやってチームが勝てば次にチャンスもある訳ですし、そこはチームのためにという気持ちでやるしかないと思っているので、正直悔しい所はありますけど、切り替えてやっています」と素直な想いも口にする。

“選手”としても、“応援リーダー”としても、常に100パーセントの“温度”で、その時の自分と向き合ってきたからこそ、小林は自らを取り巻くあらゆる人々から信頼を置かれる存在になってきたのだろう。ここからの選手権に向けて自身の担うべき役割を問うと、一瞬間を置いて、こういう答えを返してくれた。「もしメンバーに入れたら、逆に応援メンバーの気持ちもわかる訳ですし、そういう所の気持ちも汲み取って、本当に死ぬ気で頑張りたいと思いますし、もしメンバーに入れなくても、そこは切り替えて、本当に中の選手のために一生懸命やりたいですね。『チャンスはある』と言われているので、自分もめげずに頑張ります」。

 あるいは次の西が丘。あるいは次の次の駒沢陸上。あるいはその先の全国大会。もし小林がピッチへ立つことになれば、応援団はどれだけの声援を自分たちの“応援リーダー”に送るのだろうか。「どうしよう。シンジがメンバーに入っちゃったら」と笑った亀田コーチの懸念が、小林の存在感の大きさを改めて如実に物語っている気がした。

 すんなりと受け入れられた訳じゃない。今だって割り切れない想いはずっと抱えている。でも、自分の果たすべき役割はまっとうしたい。それが3年間のすべてを注ぎ込んできたチームの、3年間を共に過ごしてきたみんなのためになるのなら。200人を優に超える駒澤大高の大応援団を束ねている小林慎治は、その場所がスタンドでもピッチでも、常に100パーセントの“温度”で自分と向き合っている。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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