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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:一家団欒(長崎総科大附高・一倉加偉、一倉李基)

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長崎総合科学大附高のDF一倉加偉(右)とMF一倉李基が初戦突破に貢献した。(写真協力=高校サッカー年鑑)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 示し合わせた訳ではないにもかかわらず、お互いの口からはまず家族への感謝が滲み出る。「親に結構な負担や迷惑を掛けているので、李基とは『絶対恩返しするぞ』って話し合っていました」「親孝行したいと思ってこの大会に挑んでいますし、加偉と2人で試合に出て、1試合1試合勝っていくことが恩返しになると思ってます」。遠い群馬から長崎の地へ飛び込んで3年。一倉加偉一倉李基は今、少しでも多くの“恩返し”を家族へ届けるため、約束の舞台に立っている。

 1月2日。静岡県代表の浜松開誠館高と対峙する初戦。3年連続となる冬の全国を戦う長崎総合科学大附高の白と黒が均等にあしらわれたユニフォームへ身を包み、6番と20番がNACK5スタジアム大宮のピッチへ歩みを進めていく。

 6番は左サイドバックを務める一倉加偉。20番はドイスボランチの一角を託された一倉李基。名字を確認するまでもなく、瓜二つの顔に、チームを率いる小嶺忠敏監督も「オレがやらせたように思われるから、『やめてくれよ』って言ったんだけどね」と笑うお揃いの坊主頭で察しが付く。「2人で『絶対勝つぞ』という話はしていました」と話す加偉が兄、李基が弟。誕生日はどちらも2000年4月14日。彼らは双子の兄弟だ。

 もともとは群馬の出身。県内の3種でも好選手を輩出する前橋FCでプレーしていたが、ある日の試合会場で見知らぬ大人から声を掛けられる。「『双子ちゃーん!』って急に来て、肩組まれて『ウチに来てみない?』みたいな感じだったんです(笑)」と、その時を振り返ったのは加偉。「『ちょっと怪しいな』と思いました」と李基も笑いながら明かしてくれる。実はその“ちょっと怪しい”方こそが、2人の実力に目を付けた長崎総科大附の関係者だった。

 1つ上の先輩も進学していたとはいえ、群馬から長崎はあまりにも遠い。寝耳に水のオファーだったが、最終的には「いろいろ考えたんですけど、やっぱり自分を鍛えたかったので、小嶺先生に教えてもらいたいと思いました」(加偉)「『小嶺先生の元でサッカーをしたい』という気持ちがありました」(李基)と2人が声を揃えた通り、高校サッカー界の伝説的な名将に指導してもらいたい想いが募っていく。2016年、春。加偉と李基は長崎の地へ移り住み、3年間の高校生活をスタートさせた。

 まず驚いたのは、そのトレーニング量。「来た時は本当にもう走りが大変で、『まだ走るんか…』っていう所からまた走るので、それは想像以上でした」と話す加偉は、「でも、昔の国見に比べれば全然緩いらしいです(笑)」と続けたものの、それでも全国トップクラスのハードな練習に何とか必死で食らい付いていく。

 加えて、慣れない寮生活も負担は小さくなかった。「洗濯だったり、自分のことは自分でやらないといけないので、親のありがたみが本当にわかりました。一緒の時はわからなかったです」(李基)。サッカーに、勉強に、寮生活に。16歳の毎日に疲労が積み重なっていく。ただ、簡単に投げ出す訳にはいかない。一切の反対もせず、長崎へと送り出してくれた家族のために、折れそうな心を奮い立たせる。掲げた目標は「全国に2人で出ること」。明確な未来のイメージへ向かい、加偉と李基は日々を真摯に過ごしていく。

 1年時と2年時の選手権は、チームこそ全国切符を手にしたものの、加偉と李基は共にメンバー外。最高学年になり、加偉は右サイドバックとして頭角を現すも、李基はケガもあってなかなか出場機会を得られない。李基が戦線に復帰し、臨んだ総体予選ではまさかの初戦敗退。目標を叶えるためのチャンスは、あとわずか1つの大会だけになってしまっていた。

「毎日試合をやって、試合の後にもいっぱい走って、本当に鍛えられました」と加偉も苦笑した夏遠征を経て、迎えた最後の選手権予選。初戦は2人ともスタメンに名を連ねたが、「調子が悪くて、それ以降の県予選は準決勝の後半最後くらいしか出れなくて、悔しかったです」と李基。チームは盤石の戦いぶりで長崎を制しながら、弟は自身の不甲斐なさを痛感させられる。

 だが、結果的にその悔しさはパフォーマンスに好影響を与えていく。県予選の決勝以降で復調を果たし、「全国までに練習試合とかでは出てたので、本番でも出る可能性はあるなと思っていました」と李基。すると、大事な全国の初戦へ挑む長崎総科大附のスタメン表には、“一倉”の文字が2つ書き込まれる。「やっぱり2人で出るのは特別な想いはありますね」(李基)。白と黒が均等にあしらわれたユニフォームへ身を包み、6番と20番がNACK5スタジアム大宮のピッチへ歩みを進めていく。

 加偉はいつもと逆の左サイドバック。李基はドイスボランチの左。両チームが慎重に立ち上がったゲームは、静かに時間が経過していく。「相手は球際が強くて、自分たちも負けないように球際で勝てばチャンスが来るって思ってました」(李基)「ディフェンスラインは声を切らさずに、集中をずっと続けていました」(加偉)。大きなチャンスはお互いに創れないまま、最初の40分間はにらみ合う。

 後半11分には相手のチャンスに、体を張って止めた加偉へイエローカードが提示される。展開に際立った変化は訪れない中で、スコアが動いたのは23分。古堅詩音の右クロスに、飛び込んだ千葉翼のヘディングがゴールネットに突き刺さった。先制したのは長崎総科大附。残された15分余りの時間を確実に潰し、時計の針を確実に進めていく。「公式戦に一緒に出たことはちょくちょくあったんですけど、たぶんフルで一緒に出たというのはなかったと思います」(加偉)。タイムアップの瞬間を、兄と弟は初めて一緒にピッチで迎える。「勝った瞬間は本当に最高でした」(加偉)。彼らの約束の舞台は、さらに1つ先へと進むことになった。

 2人にはこの日のゲームで、どうしても負けられない理由があった。「もう親戚も両親もみんな来てたんですけど、お姉ちゃんだけが初戦に来れないので、『絶対に初戦は勝って、お姉ちゃんに試合を見せてあげて』とは言われていました」と加偉。勝ったことで、家族全員での試合観戦が実現する。「お姉ちゃんとは連絡取ってたの?」と尋ねると、李基は少し笑ってこう口にした。「大会期間中はケータイをスタッフに預けてるので、やり取りはしていないです」。続けた言葉が印象深い。「連絡は取れないですけど、全然嫌ではないです。逆にサッカーだけに集中できて良いと思います」。想いを見せられるのはピッチの上だけ。これはこれで、サッカー選手らしくて潔い。

 加偉は李基をこう見ている。「サッカー面ではキックが上手いので、サイドチェンジをバンバンやってくれますし、やる時はやってくれるヤツです。性格は普段から面白いヤツですけど、俺からしたらダメなヤツです(笑)」。李基は加偉をこう見ている。「チームで一番声を出して、みんなの雰囲気を良くしてくれますし、球際や1対1の対応とかも安心して見てられます。普段はうるさいヤツですね(笑)」。さすがに寮の部屋は別々らしいが、会話は少なくないそうだ。

 指揮官からはさまざまなことを教わってきた。「小嶺先生は本当に尊敬できる人です。すべてがしっかりされていて、話は面白いですし、親しみやすさもあります。それに挨拶の所を本当に言われるので、挨拶はしっかりできるようになったかなと思います」(加偉)。2人の発したフレーズが重なる。「本当に長崎に来て良かったと思います」。だからこそ、結果で3年間の感謝を形にしたい。その想いを持っている選手は、言うまでもなく彼ら兄弟だけではないだろう。

 何よりも家族への感謝は尽きない。加偉が「親に結構な負担や迷惑を掛けているので、李基とは『絶対恩返しするぞ』って話し合っていました」と口にすれば、李基も「親孝行したいと思ってこの大会に挑んでいますし、加偉と2人で試合に出て、1試合1試合勝っていくことが恩返しになると思ってます」と言葉を続ける。家族が彼らの活躍を楽しみにしているように、彼らも家族への“恩返し”が大きなモチベーションになっている。姉も加わった一倉家が久々に勢揃いする、再会の舞台は浦和駒場スタジアム。頂を目指す加偉と李基が、そして彼らの家族が最後の冬で実現させた“一家団欒”に、まだまだ終わる気配はない。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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