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前監督が体罰動画で解任…県決勝で涙の出水中央高「びっくりするくらい成長してくれた」:鹿児島

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[11.4 高校選手権鹿児島県予選決勝 出水中央高1-2神村学園高 白波スタ]

 鹿児島県の出水中央高は今冬、11年ぶり2度目の県選手権決勝戦に臨んだが、絶対王者の神村学園高に敗れて涙をのんだ。前監督が体罰問題で任を解かれ、新体制で挑んだ約1か月間。初めての全国大会には手が届かなかったが、現在指揮を執る下原耕平監督は選手たちの目覚ましい成長をしっかりと感じていた。

「1回戦から成長して、良くなって、本当に良くなって、ここまで来ることができた。だからこそ、この決勝戦をすごく楽しみにしていた。負けはしたけど、いろんな意味で“総まとめ”になる良い試合になった。選手たちはびっくりするくらい成長してくれた」(下原監督)。

 決勝戦の相手は2連覇中の神村学園高。夏の総体予選も3年連続で制すなど、現在の鹿児島県内では一歩抜けた存在だ。それでも出水中央も、準々決勝で鹿児島実高、準決勝で鹿児島城西高といった第2集団の強豪校を連破。11年前にFW大迫勇也を要する鹿児島城西に敗れて以来となる、2度目の県決勝に歩みを進めてきた。

 そんな出水中央は今年10月上旬、激震のさなかにあった。前監督の男性教師がサッカー部の指導中、部員を足で蹴ったり平手打ちをする場面を映した動画がインターネットを通じて拡散。暴力の現場が収められたことに加え、それがSNS上で広まるという現代的な事象もあり、学校の名前は不名誉な形で世間に大きく広まった。

 その後、前監督は解任。10年にわたってコーチを務めていた下原氏が監督に就任し、年間最後の大舞台に挑む形になった。むろん、不祥事を看過してきた学校側の責任は揺るがない。しかし、ある種の被害者と言える生徒たちに罪はない。チームは「俺たちは前に進もう」という覚悟を決め、なんとか再出発を迎えた。

 もっとも、MF大村龍之介主将は「落ち込むことはなかった」と振り返る。ロアッソ熊本ジュニアユースで中学時代を過ごし、当時のチームメート数人と一緒に出水中央に入学した3年生。将来のプロ入りに向けて「プロになれば監督がいなくなることも、そういう厳しい声もあると思う」と力強く語る。

 自身にとって選手権は3年間の集大成。熊本JYで同期だったMF荒木遼太郎(東福岡高/鹿島内定)、MF樋口叶(熊本ユース/熊本内定)はすでにプロ入りを決めており、大村も「常にLINEで連絡を取っているけど、良い刺激になっている。彼らは注目されているので、負けないようにやっていきたい」と期する大舞台を無駄にはできない。

 また先輩たちからの期待も背負う。近年の卒業生たちだけでなく、専修学校とアマチュアリーグ経由でJリーガーとなったMF福満隆貴(水戸)からも励ましのメッセージを受信。「城西戦はナイスゲーム、決勝も制覇して来いと言われました」(大村)。夢の舞台でプレーする大先輩からの言葉は選手たちの大きな励みとなった。

 そんな大村だが、大会1か月前に右太ももを打撲した影響でいまもコンディションが万全ではない。医師や指導陣と相談しながらテーピングを巻きながらプレーしているが、一時は血腫のため手術を勧められたほどだ。「復帰したばかりで完全ではないけどメンバーに入れてもらえた」。今大会はベンチスタートが続く立場で決戦を迎えた。

 決勝戦は王者・神村学園が優勢を保ち、出水中央は序盤から守勢ムード。しかし、最終ラインとボランチの激しいアプローチで危険なエリアへの侵入を防ぐと、攻撃ではサイドに流れる1トップのFW松山正利(3年)がカウンター狙いを牽引。下原監督が協調してきた「フォアザチーム」の精神を前面に体現する。

 0-1で迎えた後半には、大村がピッチへ。その後はサイドの攻撃がさらに活性化し、ややテンポの落ちてきた神村学園を圧倒する。すると19分、GKのロングフィードを松山が前に送り、同点ゴールを沈めたのは大村。「キャプテンとして背中で引っ張って、得点で貢献しようと思ってきた」。そんな主将の思いが報われた一発だった。

 それでも最後は神村学園の地力が優った。プロ注目MF濱屋悠哉(3年)のドリブル突破を止めきれずにPKを与え、それが決勝点。局面の対応はこれまで抱えてきた課題であっただけに「ゲームプランどおりだったけど、自分たちの弱さも出た」(下原監督)。まさに「総まとめ」らしい終幕となった。

 さまざまな厳しい目に晒されながら、決勝戦まで戦い抜いてきた出水中央。この1か月間、選手たちを導いてきた下原監督は試合後、白波スタジアムの外で家族や友人たちと敗北の悔しさを分かち合う選手たちを見やりながら「それを僕が見てほしかったんですよね」という光景のことをしみじみ明かした。

 1-2で迎えた後半アディショナルタイムのセットプレー、猛攻を見せる出水中央はついにGK帆北航(3年)を前線に上げ、最後の攻勢に期待をかけた。すると、スタンドからは大きな歓声と拍手が自然発生的に巻き起こり、一気に後押しムードに。ある種の「判官びいき」もはあっただろうが、観客が選手たちのプレーに触発されたように感じられた。

「頑張っている子どもたちの姿を見てもらって、自然とスタンドから拍手が出て、僕は一教員として素直にうれしかったですよね……。やっぱり、それを見てほしかったんですね。前に進んでいる子どもたちと、新しく動き始めた出水中央のサッカーを。手前味噌かもしれないけど、それは多少表現できたのかなと思います」(下原監督)。

 その大歓声、その拍手は選手たちにもしっかり届いていた。「少人数の力を発揮して、困難に負けずに団結できて良かった。前の監督も素晴らしい監督だったので結果で恩返ししたかったけど、全力プレーは見せられたと思う」。2年半を共にしてきた前監督に話が及んだのも、紛れもない本心だろう。

 そんな大村は大学経由でJリーグ入りを狙う。「いろんな苦労がある中で、怪我もある中で、この悔しさも良い経験に、プロになるためにこの苦い経験が良かったなという形にしていきたい。今日はそんな日でした」。讃えられるべき道のりではなかったかもしれない。また望んだ結果でもなかったかもしれない。それでも新生・出水中央はたくましく戦い抜き、それぞれの場所で前へと進んでいくきっかけを得た。

(取材・文 竹内達也)
●【特設】高校選手権2019

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