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「いまも好きなことをやってます」5年前の青森山田10番、丹代藍人の華麗なる転身

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93回大会で青森山田の10番をつけた丹代藍人

 第98回全国高校サッカー選手権は今日11日に準決勝を迎える。前回王者・青森山田高は順当にベスト4まで進出、国見以来18年ぶりとなる連覇に向けて視界は良好だ。

 全国屈指の強豪である“青森山田の10番”といえば、いまや高校サッカー界最注目の選手のひとりだ。かつては日本代表の柴崎岳(デポルティボ)が背負い、選手権準優勝(2009年度)に導いた。近年の選手名を見ると、神谷優太(愛媛→柏)、高橋壱晟(山形→千葉)、郷家友太(神戸)、檀崎竜孔(札幌)と高校卒業後にプロの世界に飛び込んだ選手が並ぶ。さらに、今年10番を担う武田英寿(3年)も浦和の入団が内定しており、5年連続で“青森山田の10番”が高卒Jリーガーになっている。

 神谷の1年前、2014年度にその10番を背負っていたのが丹代藍人だ。それから5年、彼はいま都内随一のショッピングモールである表参道ヒルズで充実の日々を送っていたーー 。

サッカーがつなげてくれた出会い

 2014年の夏、青森山田はインターハイでベスト4に躍進していた。丹代は全5試合で先発し2得点を記録。「インターハイが終わった日」に東洋大学から声がかかった。東京への進学を希望していた丹代は、「やっているサッカーも好きだったので、すぐに行きます」と決意を固めた。こうして、中学から青森山田でプレーしていた丹代は、初めて青森を離れて東京での生活をスタートさせる。同級生には坂元達裕(山形→C大阪)らがいた。

「東洋は関東2部とか1部で、プロになる選手がいるようなレベル。『自分は無理だな』って最初のころにちょっと感じていて……。だからといって企業に入るよりは、別のことをやりたいっていう思いが強かったんです。好きなサッカーは小学生からずっと続けてきたので、仕事も好きなことができればいいなと思っていました」

 東京での大学生活の中で、丹代が傾倒していったのがファッションだった。東洋大の2学年上には仙頭啓矢(京都→横浜FM)がいて、ピッチの外でも影響を受ける。「啓矢くんの代の先輩がすごいオシャレで。啓矢くんとも仲良くさせてもらって、SUPREME(シュプリーム)とか、C.E(シーイー)とか、ストリートファッションを着てました」。こうして、サッカーとは別の好きなことが固まっていった。

 ファッション関連の就職先を模索する中、大学4年の夏に大手セレクトショップへの内定を勝ち取った。そんなとき、高校時代の恩師である黒田剛監督と食事をするタイミングがあり、その席でファッション関連の人物を紹介される。2017年度から青森山田サッカー部のスポンサードを務める、BALANCE STYLE(バランススタイル)の高畠太志取締役だった。

「最初は『山田のスポンサーをしている会社』くらいしか認識がなくて……(苦笑)。就職先は決まっていましたが、(黒田)監督にご紹介していただいたので行かせていただきました」。それでも、高畠太志取締役の話を聞くうちに「いろいろインスピレーションを受けて、どうしようかなと考えるようになりました」。ケガの影響で大学4年のときはほとんどプレーすることができなかったこともあり、考える時間はふんだんにあった。「いろいろなことをやろうとしているなという印象があって。やりがいがありそうだと感じました」。考え抜いたその年の12月、内定先に断りを入れてバランススタイルで働くことを決意する。

「感謝してます」と恩師・黒田剛監督への思いも語った


ファッション✕サッカーという天職

 バランススタイルを就職先に選んだ理由のひとつは、「洋服からサッカーに還元したい」という希望に直結するからだ。「サッカーのあるライフスタイル」と謳っている同社は、オランダ発の「BALR.(ボーラー」や日本発のバランススタイルオリジナルブランドといった、サッカーと親和性の高いブランドを取り揃えている。オンラインショップからはじまり、現在は千駄ヶ谷、大阪、名古屋、表参道ヒルズ、福岡に実店舗をオープンさせており、ファッション好き&サッカー好きの男女から高く支持されているセレクトショップだ。

 少数精鋭の企業であるバランススタイルでは、社員が求められる仕事は多岐にわたる。店頭での接客はもちろん、オンラインショップの発送作業も行っている。また、記事は1日で5〜8本ほどアップされており、記事の執筆も重要な業務のひとつだ。丹代は大学時代にコンビニやカフェなどでアルバイトをしていた経験はあったが、「卒論のときくらいしか使っていなかった」というパソコンでの作業は未知の領域だった。「パソコンは学生のときにやっておいたほうがいいですね(笑)」。悪戦苦闘しながらも、やりがいのある仕事に笑みをこぼす。

 現在は“ルーキー”ながら表参道ヒルズ店を任される立場にある。「もっといろいろな仕事をできるようになって会社に貢献したい」というのが少し先の目標。店頭に立つ丹代がやりがいを感じる瞬間は「同じお客さんが、また来てくれたときと、おすすめした商品を買ってもらえたとき」だ。

 社会人としては1年生かもしれないが、学生のうちに部活を続けてきたことが社会でもアドバンテージになる、と断言するのはバランススタイルの高畠侑加代表取締役だ。「仕事も、サッカーも、人生もそうですけど、鍛錬するという意味では一緒だと思うんです。努力し続ける、毎日やり続けるのが一番大切なこと。高校サッカーをやってきた子たちはそれをやってきているから、絶対に仕事に活かせると思います」。成功をおさめている社長の言葉は、丹代に限らず多くの部活生の背中を押してくれるだろう。

「サッカー選手が好きなテイストの服しかありません」(丹代)


サッカー部みたいな会社

 選手権ではユニフォームにスポンサーを入れることはできないが、プレミアリーグではバランススタイルが背中に入ったユニフォームで青森山田はプレーしている。「高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ 2019 ファイナル」では、自分の会社の名前を背負った後輩たちの日本一を見届けた。

 直近4年の選手権で優勝2回、4強1回と好成績を残している青森山田だが、2年生の柴崎を擁して準優勝した09年度以降は、10年度から13年度まで4年連続で3回戦敗退と苦しんでいた。丹代が3年生となった14年度は、夏のインターハイで4強していたこともあり“鬼門”突破が期待されたが、1回戦でPK方式の末に涙をのんだ。「いまの山田の選手みたいにがむしゃらにやれていなかった」と丹代は5年前を思い返す。「選手権のときになると『いつもと違うな』という雰囲気があって……。みんなのベクトルがバラバラでまとまりがなかった気がします」。

 個人としては、青森山田の10番という重圧はあったのだろうか。「責任感を強く持つようになりました。青森山田の10番は世間から注目される番号でもあるので。僕の後はみんな10番がプロに行っているので、節目の10番かもしれないですね(苦笑)」と自嘲気味に笑った。青森山田の10番をつけていたことで、周囲から驚かれることも少なくない。サッカー選手でないことを揶揄されることもあったというが、気にしてないと言い切る。いま好きなことを仕事にしているから? というこちらの質問に「はい!」と丹代は笑顔で答えた。

「藍人は10番キャラ」と評する高畠侑加代表取締役は、丹代の“監督”にあたる人物だ。「藍人の場合、仕事もガツガツ取りに行くより与えられちゃうタイプ。まだ入社1年目ですけど、古くからいるんじゃないかっていうくらい馴染んでいるし、みんなに可愛がわれています」。そんな丹代の存在は、高畠侑加代表取締役にとっても刺激になっているようだ。

「新卒の子たちのほうが、バランススタイルのスピード感に慣れるのが早いです。藍人ともう1人新卒の子がいるんですけど、彼らの成長するスピードや学ぶ意欲は会社にとっていい見本になっていますし、その点は尊敬しています」と“監督”は“ルーキー”を称えつつも「来年新しい子たちが入ってきたときが勝負じゃないですかね(笑)」と発破をかける。

 高畠侑加代表取締役のフランクでポジティブなキャラクターがそうさせるのか、やりとりを見ていると上司部下の関係というよりは仲間や家族のような空気感が漂っていた。丹代にとっても現在の職場はとても居心地がいいようで、「サッカー部みたいな感じです」と一番の笑顔を見せた。

スタジアムをイメージした店内はサッカー好き必見だ


(取材・文 奥山典幸)
●【特設】高校選手権2019

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