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[MOM3758]関東一FW坂井航太(3年)_歓喜。絶望。再び歓喜。劇的同点弾とPK失敗を味わったストライカーの揺れた感情

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後半40分。FW坂井航太(11番)の劇的な同点弾で関東一高が追い付く

[高校サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
[1.4 選手権準々決勝 静岡学園高 1-1(PK3-4)関東一高 フクアリ]

 その感情は激しく揺れ動いた。歓喜。絶望。再び歓喜。自らのゴールに喜び、自らのPK失敗に頭を抱え、チームの勝利を仲間と分かち合う。

「みんな最後のPKを決めた瞬間に走り出したんですけど、自分はもう感情がコントロールできなくて……。でも、みんなに感謝したいですね」。

 それでもこの男が土壇場で奪った同点弾が、チームを救ったことは間違いない。ようやく帰ってきたストライカー。関東一高のFW坂井航太(3年=ARTE八王子FC出身)が放ったこの試合唯一のシュートが、歴史的な勝利の呼び水となった。

 相手の圧力は想像以上だった。優勝候補の静岡学園高(静岡)と対峙した準々決勝。「我々の想定をはるかに超える静岡学園さんの素晴らしいサッカーを前に、苦しい時間帯が本当に長く続きました」という小野貴裕監督の言葉通り、関東一はひたすら劣勢を強いられる。

 2枚目の交代カードとして、坂井がピッチに投入された1分後の後半20分。とうとう守備が決壊する。クロスの流れからの失点。耐えて、耐えて、耐え抜いてきたチームは、1点のビハインドを負うことになる。

 もちろん攻めたい。攻めなくては、追い付けない。だが、攻められない。以降も相手のアタックに翻弄され、まったくと言っていいほど攻撃の糸口を掴めない。坂井も左サイドで守備に追われ続ける。後半はチームも1本のシュートすら打てないまま、時計の針はどんどん進んでいく。試合は、ほとんど終わり掛けていた。

 40分。中盤でルーズボールを拾ったMF神山寛尚(3年)が左サイドへ展開する。途中出場のMF日下空(3年)は縦に仕掛ける。「日下が仕掛けていって、その瞬間に縦に行くのは分かっていたので、ここで一緒に自分もギアを上げないとチャンスは来ないなと思いました」。ここしかない。懸命に走る。全力で走る。

 グラウンダーのクロスが中央に折り返される。「低いボールが来るというのも練習から分かっていたので、あとは自分が届くか届かないかというところでした」。必死に伸ばした右足が捉えたボールは、無人のゴールネットを激しく揺らす。まさに乾坤一擲の一撃。坂井の劇的な同点弾。土壇場で関東一がスコアを振り出しに引き戻す。

 もつれ込んだPK戦。先攻の静岡学園2人目のキックは、関東一の守護神・GK笠島李月(3年)が完璧にセーブ。続く3人目のキックも枠を外れる。2人が成功していた関東一3人目のキッカーは坂井。「(PK戦で勝った)尚志戦でも3番目に蹴っていて、蹴るところも決めていて、後は決めるだけだったんですけど……」。右足で打ち込んだキックは、しかし無情にも枠の左へ逸れていった。

 その場に崩れ落ちた坂井へ、笠島がすぐさま駆け寄る。「PKを外してしまった時に、感情が良く分からなくなってしまって、それでも李月が『オレがいるから大丈夫』と声を掛けてくれたので、そこでチームのみんなに任せるしかないという気持ちになりました」。祈る。とにかく、祈る。

 5人目のキッカーはDF池田健人(3年)。赤い腕章を巻いたキャプテンのキックは、力強くゴールネットを揺らす。信じられないような“逆転劇”。その瞬間。スタンドへと走り出したチームメイトたちとは対照的に、坂井は1人だけセンターサークルの中でうずくまりながら、仲間への感謝を噛み締めていた。

 期待に応えられない自分が、もどかしかった。新チームの立ち上げ時からストライカーとしての役割を担うと目されていたが、負傷もあって定位置をつかみ切れず、選手権予選は出場すらしていない。その間に後輩のFW本間凜(2年)が台頭。悔しさを抱えながら、それでも日々のトレーニングと真摯に向き合ってきた。

「選手権の全国の舞台でピッチに立って、こうしてチームを救うゴールって言っていいのかわからないですけど(笑)、ゴールを決められたので、そこは素直に嬉しい気持ちが大きいです」。PKこそ外したとはいえ、あの同点弾がなければ、その状況が訪れることもなかったのだ。本人は笑いながらそう振り返ったが、もちろん『チームを救うゴール』と誇っていい。

 次は準決勝。日本サッカーの聖地、国立競技場へ堂々と舞い戻る。開幕戦のピッチでも華麗なボレーでゴールを挙げていた坂井は、改めて立つ夢舞台へと想いを馳せる。

「自分は開幕戦でもゴールを決めることができたんですけど、準決勝で決めるゴールというのは、また開幕戦とは違うと思うので、まずはチームとしての勝利を第一優先にした上で、自分のゴールでチームを勝たせられたらいいなと思っています。開幕戦も観客は入っていたんですけど、あそこの観客席がもしも満員になるとしたら、想像しただけでもちょっと震えるというか、楽しみな部分で、昂る気持ちがあるんですけど、やっぱり決勝の舞台に行きたいですし、絶対に勝ちたいと思っています」。



 1月8日。国立競技場。綺麗な緑の芝生が、歓喜と絶望と、さらなる歓喜を経て、一回り大きくなった坂井の帰還を待ち侘びている。

(取材・文 土屋雅史)

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