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スタンドの仲間を見てあふれた涙。前橋育英MF笠柳翼はそのドリブルで信じた未来への道を突き進む

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前橋育英高MF笠柳翼はスタンドに深々と頭を下げたまま、なかなか顔を上げられなかった

[1.4 選手権準々決勝 大津高 1-0 前橋育英高 フクアリ]

 それまでは気丈に振る舞っていたものの、応援席へと挨拶に向かい、スタンドに立つチームメイトたちの顔を見ると、こらえていた感情が静かにこぼれ出す。勝ちたかった。まだ、みんなとサッカーを続けたかった。

 V・ファーレン長崎への入団が内定している、上州のタイガー軍団を牽引したナンバー10。前橋育英高MF笠柳翼(3年=横浜FCジュニアユース出身)は、黄色と黒のユニフォームであふれる涙をそっと隠した。

 準々決勝までも、決して思うようなパフォーマンスを披露できたわけではない。初戦の草津東高(滋賀)戦は、チームこそ4-0と快勝を収めたものの、自身はノーゴール。「自分としては今日のプレーは最悪だった。次の試合で得点とかアシストをもっと増やさないといけない。本来は自分が勝たせないといけない立場なのにチームに助けられた」と唇を噛む。

 2回戦の三重高(三重)戦でようやく大会初ゴールを記録したが、3回戦の鹿島学園高(茨城)戦では、終盤のビッグチャンスでシュートをGKにぶつけ、主役の座は後輩のFW高足善(2年)がさらっていった。追求し続けてきた「チームを勝たせられるような選手」の真価が問われる大津高(熊本)との大一番。気合が入らないわけがない。

 アクセルとブレーキを交互に踏み込むような、緩急に富むドリブルはこの日も随所で繰り出すものの、なかなかゴールに結び付かない。前半11分にはカウンター気味のアタックから失点を許すと、以降も攻勢の時間が続くにもかかわらず、1点が遠い。

 後半18分。負傷の影響でベンチスタートだった、群馬内定のDF岡本一真(3年)がピッチに登場する。「良い仲間でもありながら、ライバルでもある」という盟友は、普段の右サイドバックではなく、自らの後方に当たる左サイドバックの位置に送り込まれる。采配の意図は十分に理解していた。中央に、縦に。それまで以上に笠柳はピッチを自在に駆け回り、相手のゴールへと迫っていく。

 それでも、5バック気味で守備意識を徹底した大津の堅陣は揺るがない。最後はセットプレーにGK渡部堅蔵(3年)も前線まで上がってきて、必死に同点ゴールを狙うが、一歩及ばず。0-1で試合終了のホイッスルを聞く。

 少しだけ立ち尽くした後、笠柳は立ち上がれないキャプテンのDF桑子流空(3年)の元へ駆け寄り、優しく抱き起こす。しばらくは必死に感情を押し殺していたが、試合に出ることが叶わず、スタンドから拍手の声援を送り続けた仲間の姿を見ると、もう我慢できなかった。

 

「上手いだけの選手」と言われるたびに、悔しい想いを抱えてきた。磨いてきたドリブルも、スルーパスも、得点や勝利に繋がらなければ、何の意味もない。上手いだけの選手から、怖がられる選手へ。この1年間は結果という部分にとにかくこだわってきた。

 より激しさを増す自らへのマークも大歓迎。「そこからまた自分が成長できるので、試合中はちょっと嫌な時もあるんですけど(笑)、それを打ち破ればどんどん上に行けると、ポジティブに捉えた方がいいかなと思います」とあらゆる要素を自らの力へと昇華させてきた。

 昨年は年代別代表も経験した。中でもジュニアユース時代のチームメイト、横浜FCユースのMF山崎太新(3年)との“再会”は、何より成長したいと願う想いを加速させる出来事だった。「太新も中学の頃とは比べ物にならないぐらい成長していましたし、代表で再会できたのは本当に嬉しいことで、また良い刺激をもらいました」。長崎入団内定会見でも真っ先に名前を挙げたライバルの存在も、自分の上を目指す意欲をさらに引き出してくれた。

 覚悟を持って、横浜から群馬の地へやってきて3年。「高校ではサッカーに夢中になり過ぎて、朝昼晩ほぼサッカーをやっていたようなものだったので、もうちょっと高校生らしい高校生活を送れたら良かったかなと思います」とも口にしていたが、そんな日々がプロサッカー選手への扉を開くことに繋がった。ここからは実力だけが評価される、厳しい世界に身を投じていく。

 笠柳を見守り続けてきた山田耕介監督も、「技術的にはものすごく良いものを持っているんですけど、まだまだやっぱり体の線が細くて、1年2年ぐらいはじっくり身体を鍛えながら、サッカーと真摯に向き合っていかなくてはいけないと思いますけど、ポテンシャル的には可能性のある子だと思います」と、自身の故郷で新たなスタートを切る10番に期待を寄せる。

 この日の悔しさを、この日の涙を、どう生かしていくかは自分次第。生粋のサッカー小僧。笠柳は自らのドリブルで、軽やかに、逞しく、自らが信じた未来へと繋がるコースを突き進んでいく。

(取材・文 土屋雅史)

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