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努力し続けるボランチが奪った大津の国立初ゴール。MF井伊虎太郎が繋ぎ切った勇気と信頼のバトン

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国立競技場でゴールを奪ってみせた大津高MF井伊虎太郎(15番)(写真協力=高校サッカー年鑑)

[1.7 選手権準決勝 東山 1-1(PK4-2)大津 国立]

 その瞬間は、はっきり言ってよく覚えていない。無我夢中で最前線まで駆け上がり、無我夢中でボールを蹴り込んだ。試合に勝てなかったことは悔しいけれど、しっかりとやり切れた手応えは自分の中に残っている。夢にまで見たこのスタジアムは、ピッチも、スタンドも、思っていた以上に素晴らしい場所だった。

「『去年の結果を超えたい』という気持ちで1年頑張ってきて、キツい時もありましたけど、みんなで力を合わせてやってこられたので、もう悔いはないですね。ずっとこの全国大会でゴールを決めたいと思っていたので、それが実現できたことは本当に嬉しかったです」。

 大津高(熊本)の中盤を支えた確かな実力者。MF井伊虎太郎(3年=FCK MARRY GOLD AMAKUSA U-15出身)が国立競技場で挙げたゴールは、重ねてきた努力と周囲への感謝の結晶だった。

 最初で最後の選手権は、ケガから始まった。初戦となった2回戦の浜松開誠館高(静岡)戦。スタメンに指名された井伊はいつも通り精力的にプレーし続けていたが、足首を負傷。後半12分での交代を余儀なくされる。「初戦はチームに迷惑しか掛けていなかったですね」。チームはPK戦で勝利を収めたものの、その結果に貢献できなかった自分が不甲斐なかった。

 3回戦の日本文理高(新潟)戦はメンバー外に。だが、試合に出ていなくても自分にできることはある。「試合に出たいという気持ちもあったんですけど、チームが試合に勝ってくれれば良かったですし、やっぱり優勝したい気持ちがあったので、ずっとチームメイトに声を掛けていました」。3-0で快勝したチームには、あるアクシデントが起きていた。中盤の絶対的な中心軸、MF浅野力愛(3年)が大会2枚目のイエローカードを提示され、準々決勝の出場停止が決まったのだ。

 もう痛いなんて言っていられない。覚悟は定まった。オレがやるしかない。昨年度とまったく同じカードとなった前橋育英高(群馬)戦。井伊の名前はスタメンリストに書き込まれる。「『これはもう本当に勝つしかないな』と思いましたし、力愛がどこで見てくれているかはわかっていたので、キツい時はそっちを見て、力をもらっていました」。

 井伊とMF坂本龍之介(3年)のドイスボランチは奮闘する。ボールを動かされても、パスワークで崩されても、必死に、諦めずに、最後まで食らい付く。試合は0-0で終了。最後はPK戦で粘り強く、国立競技場への帰還を手繰り寄せる。

「前育はボランチも凄かったですけど、もう1人のボランチの龍之介と力を合わせて、勝つことができて本当に良かったです。あの試合の勝利はボランチで支えられたなと思っています」。浅野から受け取ったバトンを、しっかり次へと繋ぎ切れたことが、何より嬉しかった。

 1年前はスタンドから見つめていた聖地は、やはり特別なステージだった。「普通のスタジアムとは比較できないような状況で、応援も凄かったですし、最高でしたね」。この日の準決勝、東山高(京都)戦でも井伊は帰ってきた浅野とボランチでコンビを組み、スタートから国立のピッチへ解き放たれる。

 やや押され気味の展開の中で、その時はやってきた。前半39分。左サイドをFW小林俊瑛(3年)とのワンツーでMF香山太良(3年)が抜け出す間に、飛び込むべきスペースが目の前にポッカリと広がっていることは把握していた。3列目から全速力で走り込むと、グラウンダーのクロスが完璧な軌道で入ってくる。

「もう覚えていないですね。練習通りにあそこへ入っていくことだけ考えていて、太良を信じて入っていって、良いボールが来たので、あとは決めるだけでした」。殊勲の15番はあっという間にチームメイトの歓喜に飲み込まれる。大津にとっても国立競技場で記録した初得点。井伊の先制ゴールがスタンドのボルテージも一段階引き上げる。

 後半18分に同点弾を許すと、その5分後に大津ベンチは3枚代えを決断。ケガを押して走り続けた井伊は、坂本龍之介へと後を託す。浅野も、坂本も、中盤で身体を張り、相手の鋭いアタックに対抗。最後は今大会3試合目となるPK戦までもつれ込んだが、2人が失敗した大津に対し、東山は4人全員が成功。昨年度に続くファイナル進出も、目指し続けた初めての日本一も、手にすることは叶わなかった。

 取材エリアに出てきた井伊は、しっかりとした口調と真っすぐな視線で、丁寧に質問へ答えていく。「ここで負けて終わるとは思っていなかったので、本当に悔しいという想いと、仲間に『ありがとう』という気持ちがあります」。最高の仲間と過ごした3年間を思い出し、少しだけ目を赤くしながら、改めてこの高校で学んだことをこう口にする。

「大津高校はサッカーだけではなく、人間性も鍛えることができる場所なので、しっかり挨拶するところとか、普段の生活でやるべきことを、これから大学でもしっかり続けていきたいと思います」。

 ピッチでも、ピッチ外でも、大津の選手としてのプライドを携えて、目の前のやるべきことへ真摯に向き合ってきたからこそ、辿り着いた全国4強という立派な成果。きっと井伊たちがこの1年間でより太く、より強く、みんなで作り上げたバトンは、後輩たちへと確実に受け継がれていくはずだ。

(取材・文 土屋雅史)
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