『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:362日(流通経済大柏高・安藤晃希)
東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」
絶対にこの悔しさを忘れないと誓った、絶対にこの舞台へ帰ってくると決意したあの日から、362日が経っていた。あとわずかに2日届かなかった、ファイナルのピッチ。ここからはそこへ立つために足りなかったものが何だったのかを、プロの世界で探し求める毎日が待っている。
「自分は誰にも真似できない武器を持っていると思うので、その武器を存分に発揮することはもちろんなんですけど、本当にこの3年間、自分は結果というところにこだわってきたのに、それがなかなか出せずに、チームを勝たせられなかった悔しい想いがあるので、プロに行ってからは、より結果にこだわりたいと思います」。
おそらくは誰よりも高校選手権の決勝を戦いたいと願ってきた、流通経済大柏高(千葉)の10番を背負うスピードスター。MF安藤晃希(3年=tfaジュニアユース出身)がもがき、苦しみ、それでも重ねてきた弛まぬ努力は、必ず未来の自分にそっと寄り添ってくれる、唯一無二の強さになるはずだ。
2025年1月13日。国立競技場。前橋育英高と対峙した選手権のファイナル。1-1でもつれ込んだPK戦は、お互いが9人ずつ蹴り合っても、決着がつかない。先攻の流経大柏の10人目。2年生の安藤が蹴ったキックは、しかし相手のGKに弾き出されてしまう。
前橋育英の10人目。柴野快仁のキックがゴールネットを揺らした瞬間、流経大柏の選手たちが緑の芝生に崩れ落ちる。みんなで目指してきた日本一は、あと一歩まで迫りながら、その手から零れ落ちた。
「正直緊張もあって、自分の今まで通りのプレーができなかったのに、3年生のおかげで決勝まで行けた中で、最後に自分がPKを外してしまって……。でも、自分たちが一番悔しいはずの3年生が、優しく声を掛けてくれて。その時に『もうこれはこの国立の舞台に戻って、優勝しないといけないな』と、『3年生の人たちと流経を、自分が国立に連れてこないといけないな』と強く思いました」。1年後のリベンジだけを見据えて、安藤は高校サッカーのラストイヤーに足を踏み入れていく。






4月。新チームの10番を任された安藤は、新たな役割と向き合っていた。もともと2年時のスタートは、県リーグを戦うCチームのフォワードだったが、夏過ぎに山根巌コーチからコンバートを勧められ、左サイドハーフへと主戦場を移したことで、抜群のスピードを生かしたドリブルがより生きる格好に。そこから一気にカテゴリーを駆け上がった経緯があった。
ところが、3年生になって起用されたポジションは、4-4-2のダイヤモンド型の中盤の一番前。つまりは2トップ下に配され、ピッチの中央でプレーする時間の長いタスクを与えられる。
プレミアリーグの開幕直前。安藤はいたってポジティブだった。「自分の持ち味はスペースがある中でのドリブルで、今はそれができない状況なんですけど、自分はドリブルしか考えていなかったので、今のサッカーをやることによって、ドリブルだけじゃなくてもゴールまで行けますし、慣れない中で少しずつやるべきことがわかってきています」。
「決勝で自分がPKを外したことは多くの人の印象に残っていると思いますし、高校選抜の監督からも『オマエは注目されているぞ。今年が楽しみだな』と言われたんですけど、そういうプレッシャーの中でも、自分は結果を出していかないといけないですし、毎試合点を獲る気持ちで試合に臨んで、攻守に貢献できたらなと思います」。
流経大柏はいきなり開幕ダッシュに成功。リーグ戦6試合で4勝2分けと好スタートを切ったが、“新・10番”はなかなかその好調の波に乗ることができない。第3節の川崎フロンターレU-18戦では前半での交代を命じられ、翌節はベンチスタートに。そこからしばらくは欠場が続くと、帰ってきた安藤は左サイドへ置かれることになる。
だが、今年の流経大柏が採用したダイヤモンド型の左サイドハーフには、ボランチ的な要素も求められる。そうなると、より必要になるのは守備での貢献。その部分に課題を抱えることもあって、それを意識すればするほど、本来の持ち味も消えていく。早い時間での交代が続き、リーグ前半戦で挙げたのはわずかに1ゴールのみ。思い描いていたような活躍ができない日々に、焦りも募っていく。
全国4強に輝いたインターハイでは優秀選手にも選出されたものの、リーグ後半戦は後半からの途中出場も増加。傍から見れば苦しい時期が続いていたように感じるが、安藤はさまざまな試行錯誤を重ねたことで、自分自身のプレーの幅が広がっている実感があったという。
「自分のスピードを生かすドリブルは対策されやすいスタイルだと思うので、よりプレーを変化させることを考えたうえで、カットインを見せてから縦に行ったりと、いろいろなドリブルのスタイルを磨き上げる意識を持てた1年間だったとは思いますね」。
「3年生になってからは流経のサッカースタイルが変わったというのもあって、自分の中でドリブル以外の道が見えたというのもありましたし、まだ監督からも全然足りないと言われていますけど、ボールを受ける位置を工夫したり、1回味方に預けて受け直すプレーだったり、いろいろなことをやってきました」。
10月には来季からの水戸ホーリーホック加入内定が発表され、周囲からは“プロ内定選手”として見られることになった中で、チームを率いる榎本雅大監督はこのころから、安藤の“内面”の部分に成長の跡をはっきりと感じていたようだ。
「自分が試合に出られないのは悔しいし、納得できない気持ちはあるけど、代わりに出ている選手には納得が行くので、自分が不甲斐ないと。ベクトルがちゃんと自分に向いているんですよ。その話を聞いて、だいぶ大人になってきたなと思いましたね」。
今年のチームに自分の特徴がハマり切っていないことは、自分が一番よくわかっていた。「正直、自分のプレースタイルには合わないサッカーだったと思っていますし、なかなか自分が生きない、本当に苦しい1年ではありましたね」と正直な気持ちも吐露している。
それでも、今できることへ真摯に取り組み、やれることを増やそうともがきつつ、何とか前へと進み続けてきたのは、あの国立のファイナルに戻って、先輩たちの雪辱を果たし、今度こそ日本一へとたどり着くため。流経大柏の10番はとにかくその一心で、丁寧に日常を積み重ねてきたのだ。
迎えた高校最後の選手権。自分に与えられる役割は、大会前から自覚していたという。「山根さんからも『途中から出るスペシャリストになれ』と、『そういう選手になれば、プロになってもどこでも使われるぞ』と言ってもらった中で、もちろん最初から出たいというか、もっと長くプレーしたいという気持ちはあるんですけど、やっぱり今の自分に求められるものがありますし、その中でも絶対にチャンスはあると思っていました」。前回大会と同じ“ジョーカー”として、約束のピッチへ帰還するための、最後の戦いが幕を開ける。
初戦となった2回戦の米子北高戦は後半18分から、3回戦の大分鶴崎高戦は後半開始から、それぞれ途中出場を果たす。しかし、優勝候補同士のプレミア対決として注目を集めた準々決勝の大津高戦では、先制点を献上しながら、前半のうちに流経大柏が逆転する展開の中で、試合には2-1と競り勝ち、チームは国立切符を掴み取るも、最後まで安藤に出場機会は訪れなかった。
「『同点とか点を獲りに行かなくてはいけない状況だったら、オマエという選択肢は間違いなかったけど、今日はそういう試合じゃなかった』という話をしましたし、本人も『わかっています』と言っていました」(榎本監督)「試合後に監督に『今日は出せなかったな』と言われたんですけど、試合展開的に『自分は出ないだろうな』と思っていたところはありましたし、そこは自分が攻撃でも守備でも信頼される選手にならないといけないんだなと思いました」(安藤)
この試合に出られない理由も、十分に理解している。ただ、もちろん悔しくなかったはずがない。次は1年ぶりに帰ってきた聖地で戦う準決勝。改めて安藤は活躍するイメージを膨らませて、勝負の一戦への準備を整えていく。
1月10日。国立競技場。鹿島学園高と激突するセミファイナル。榎本監督はスタメンリストに安藤の名前を書き込む。「正直、スタメンと言われて内心ビックリはしたんですけど、『早く自分をスタメンで出してくれ』という気持ちはあったので、スタメンが決まってからはやってやろうとしか思っていなかったです」。指揮官の期待はわかっている。ここに来て手繰り寄せた今大会初先発。もうやるしかない。流経大柏の背番号10が、満を持してまっさらな緑の芝生へ駆け出していく。
解き放たれたのは、今季初の公式戦だったプレミア開幕戦と同じ場所。FW大藤颯太(3年)とFW金子琉久(3年)の後方に構える、ダイヤモンド型の中盤の一番前だ。苦労しながら、その役割を必死に消化しようと取り組んできたポジションが、この大一番の立ち位置になる。
「相手のプレスは速かったですけど、自分がボールを持った時は抜けるなという印象はありました」。左サイドハーフのMF上田哲郎(3年)と巧みにポジションチェンジしながら、左へ流れた時には果敢にドリブル勝負。27分には柔らかいクロスでDFメンディー・サイモン友(2年)の際どいヘディングを演出するなど、積極的に攻撃へと関わっていく。
29分。左サイドでボールを持つと、一瞬で加速装置にスイッチが入る。カットインしながら大藤に当て、こぼれ球に反応して右足でフィニッシュ。だが、シュートは相手DFのブロックに遭い、得点には至らない。
58分。交代ボードに浮かぶ“10”の数字を確認すると、安藤はピッチサイドへと向かう。「正直『もっとやらせてくれ』と、『もっと自分にボールが入れば……』とは思っていたんですけど、監督は守備の部分も求めていたと思うので、監督の信頼が100パーセントなかったんだなというのが自分の本音ですね」。仲間に想いを託し、残り時間はベンチから試合を見つめる。




90分。終了間際に先制点を奪ったのは鹿島学園。追い込まれた流経大柏は懸命に攻めるも、1点を取り返すにはあまりにも時間が短かった。タイムアップの笛の音が、国立の青空へ吸い込まれる。「『今日の自分は何したんだろう……』って。悔しいというより、何も考えられなかったですね」。ちょうど1年前。必ず戻ってくると心に決めたファイナルの舞台に帰還することは、叶わなかった。
榎本監督には印象的だったシーンがあるという。初戦の米子北戦の67分。後半から出場していた背番号10の決定的なシュートは、ゴールポストに阻まれてしまう。「本当に紙一重のところですよ。あのポストに当たったシュートが内側に転がっていれば、アイツの選手権は全然変わっていたと思います」。
「彼の取り組み方の変化は感じていました。そこは結果では示せないような、成果ですよね。逆に言えばそこで結果を出せない弱さも感じますけど、今のスタンスでやっていれば、必ず成長すると思います。その成長が今じゃなかったというだけなんですよ。だから、この選手権も1つのきっかけにしてほしいなって」。今までも選手が成長していく背中を見守り続けてきた指揮官は、そんな言葉でエールを送った。
取材エリアに現れた安藤は、しっかりと前を見据えて言葉を紡いでいく。「やっぱり去年の決勝でPKを外して、この選手権に懸ける想いというのは本当に強かったんですけど、流経の10番として不甲斐ないなというか、チームを勝たせられる10番にはなれなかったので、本当に悔しいです」。
言葉の端々に悔しさを漂わせる一方で、すべてを懸けてきた高校サッカーが終わった今、安藤はまったく別の感覚にも襲われていた。
「『今年こそはチームを優勝させる』という気持ちでやってきた中で、今までと違う自分でサッカーをしていたなという感じもありましたし、自分はあまり背負い込みすぎない性格なんですけど、この1年間は背負わざるを得なかったというか、正直ちょっとキツかったなという想いはあって、そこからちょっと解放された感じはあります」。
昨年の選手権に出た選手の中で、一番悔しい想いをしたのは自分だと、ずっと思ってきた。PKを外してしまった責任は、日本一になることで取るしかないと、ずっと信じてきた。ただ、いつしかその強い意思は、知らず知らずのうちに自身を縛り付ける足かせになっていたのかもしれない。


高校選手権という大会は、果たして自分にとってどういう存在だったのか。そう尋ねられた安藤は、熟考しながらこう答えてくれた。
「何だろうなあ……。自分の中では、3年間の想いをぶつける大会としか言えないんですけど、その想いというのを自分が全力で、100パーセントでぶつけられたのかと言われると、そうではなかったのかなと。エノさん(榎本監督)にも今日の試合前に『後悔するようなプレーはするなよ』と言われたんですけど、やっぱり後悔する結果になってしまって……。でも、これからの後輩たちには『選手権は全力で思い切り楽しんでほしい』という言葉をかけてあげたいなと思っています」。
最後の一言に、今の安藤が実感している本音が過不足なく滲んだ気がした。
ここからはプロサッカー選手としての日常へ飛び込んでいく。このチームで、かけがえのない仲間と過ごした3年間の思い出を胸に、自分の力だけで生き抜いていくしかないシビアな世界でも、もっと、もっと大きな空へと、羽ばたいてみせる。
「本当にこの3年間、自分は監督やスタッフ、チームメイトに迷惑を掛けたなと思っていて、最後の最後も不甲斐ない10番で終わってしまったんですけど、それでも監督やスタッフ、チームメイトのみんながいたから、自分はプロになれたと思うので、この先で『みんなの代の10番』としてちゃんと有名になって、みんなに自慢してもらえるような選手になりたいなと思っています」。
1年前の雪辱を期した10番が、準優勝の悔しさを知る先輩たちがスタンドから見つめる中で、国立競技場の表彰台に立ち、チームメイトとともに日本一の歓喜に酔いしれる。それ以上のシナリオはなかったはずだが、やはり現実はそんなに簡単なものではない。
でも、それを、それだけを目指してきた362日の過程で、もがき、苦しみ、それでも重ねてきた弛まぬ努力は、必ず未来の自分にそっと寄り添ってくれる、唯一無二の強さになる。
2025年の流経大柏の背番号10を託された、音速のスピードスター。11メートルの蹉跌を経験したあの日から、ひたすら自分と向き合い続けてきた安藤晃希は、きっとこの先の希望に満ちたステージでも、経験すべきいばらの道を、軽やかに、しなやかに、誰よりも速く駆け抜けていくに違いない。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』
▼関連リンク
SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史
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▶話題沸騰!『ヤーレンズの一生ボケても怒られないサッカーの話』好評配信中
絶対にこの悔しさを忘れないと誓った、絶対にこの舞台へ帰ってくると決意したあの日から、362日が経っていた。あとわずかに2日届かなかった、ファイナルのピッチ。ここからはそこへ立つために足りなかったものが何だったのかを、プロの世界で探し求める毎日が待っている。
「自分は誰にも真似できない武器を持っていると思うので、その武器を存分に発揮することはもちろんなんですけど、本当にこの3年間、自分は結果というところにこだわってきたのに、それがなかなか出せずに、チームを勝たせられなかった悔しい想いがあるので、プロに行ってからは、より結果にこだわりたいと思います」。
おそらくは誰よりも高校選手権の決勝を戦いたいと願ってきた、流通経済大柏高(千葉)の10番を背負うスピードスター。MF安藤晃希(3年=tfaジュニアユース出身)がもがき、苦しみ、それでも重ねてきた弛まぬ努力は、必ず未来の自分にそっと寄り添ってくれる、唯一無二の強さになるはずだ。
2025年1月13日。国立競技場。前橋育英高と対峙した選手権のファイナル。1-1でもつれ込んだPK戦は、お互いが9人ずつ蹴り合っても、決着がつかない。先攻の流経大柏の10人目。2年生の安藤が蹴ったキックは、しかし相手のGKに弾き出されてしまう。
前橋育英の10人目。柴野快仁のキックがゴールネットを揺らした瞬間、流経大柏の選手たちが緑の芝生に崩れ落ちる。みんなで目指してきた日本一は、あと一歩まで迫りながら、その手から零れ落ちた。
「正直緊張もあって、自分の今まで通りのプレーができなかったのに、3年生のおかげで決勝まで行けた中で、最後に自分がPKを外してしまって……。でも、自分たちが一番悔しいはずの3年生が、優しく声を掛けてくれて。その時に『もうこれはこの国立の舞台に戻って、優勝しないといけないな』と、『3年生の人たちと流経を、自分が国立に連れてこないといけないな』と強く思いました」。1年後のリベンジだけを見据えて、安藤は高校サッカーのラストイヤーに足を踏み入れていく。


昨年度の決勝でプレーする安藤


無念のPK失敗。チームメイトから声を掛けられる


言いようのない悔しさを味わった
4月。新チームの10番を任された安藤は、新たな役割と向き合っていた。もともと2年時のスタートは、県リーグを戦うCチームのフォワードだったが、夏過ぎに山根巌コーチからコンバートを勧められ、左サイドハーフへと主戦場を移したことで、抜群のスピードを生かしたドリブルがより生きる格好に。そこから一気にカテゴリーを駆け上がった経緯があった。
ところが、3年生になって起用されたポジションは、4-4-2のダイヤモンド型の中盤の一番前。つまりは2トップ下に配され、ピッチの中央でプレーする時間の長いタスクを与えられる。
プレミアリーグの開幕直前。安藤はいたってポジティブだった。「自分の持ち味はスペースがある中でのドリブルで、今はそれができない状況なんですけど、自分はドリブルしか考えていなかったので、今のサッカーをやることによって、ドリブルだけじゃなくてもゴールまで行けますし、慣れない中で少しずつやるべきことがわかってきています」。
「決勝で自分がPKを外したことは多くの人の印象に残っていると思いますし、高校選抜の監督からも『オマエは注目されているぞ。今年が楽しみだな』と言われたんですけど、そういうプレッシャーの中でも、自分は結果を出していかないといけないですし、毎試合点を獲る気持ちで試合に臨んで、攻守に貢献できたらなと思います」。
流経大柏はいきなり開幕ダッシュに成功。リーグ戦6試合で4勝2分けと好スタートを切ったが、“新・10番”はなかなかその好調の波に乗ることができない。第3節の川崎フロンターレU-18戦では前半での交代を命じられ、翌節はベンチスタートに。そこからしばらくは欠場が続くと、帰ってきた安藤は左サイドへ置かれることになる。
だが、今年の流経大柏が採用したダイヤモンド型の左サイドハーフには、ボランチ的な要素も求められる。そうなると、より必要になるのは守備での貢献。その部分に課題を抱えることもあって、それを意識すればするほど、本来の持ち味も消えていく。早い時間での交代が続き、リーグ前半戦で挙げたのはわずかに1ゴールのみ。思い描いていたような活躍ができない日々に、焦りも募っていく。
全国4強に輝いたインターハイでは優秀選手にも選出されたものの、リーグ後半戦は後半からの途中出場も増加。傍から見れば苦しい時期が続いていたように感じるが、安藤はさまざまな試行錯誤を重ねたことで、自分自身のプレーの幅が広がっている実感があったという。
「自分のスピードを生かすドリブルは対策されやすいスタイルだと思うので、よりプレーを変化させることを考えたうえで、カットインを見せてから縦に行ったりと、いろいろなドリブルのスタイルを磨き上げる意識を持てた1年間だったとは思いますね」。
「3年生になってからは流経のサッカースタイルが変わったというのもあって、自分の中でドリブル以外の道が見えたというのもありましたし、まだ監督からも全然足りないと言われていますけど、ボールを受ける位置を工夫したり、1回味方に預けて受け直すプレーだったり、いろいろなことをやってきました」。
10月には来季からの水戸ホーリーホック加入内定が発表され、周囲からは“プロ内定選手”として見られることになった中で、チームを率いる榎本雅大監督はこのころから、安藤の“内面”の部分に成長の跡をはっきりと感じていたようだ。
「自分が試合に出られないのは悔しいし、納得できない気持ちはあるけど、代わりに出ている選手には納得が行くので、自分が不甲斐ないと。ベクトルがちゃんと自分に向いているんですよ。その話を聞いて、だいぶ大人になってきたなと思いましたね」。
今年のチームに自分の特徴がハマり切っていないことは、自分が一番よくわかっていた。「正直、自分のプレースタイルには合わないサッカーだったと思っていますし、なかなか自分が生きない、本当に苦しい1年ではありましたね」と正直な気持ちも吐露している。
それでも、今できることへ真摯に取り組み、やれることを増やそうともがきつつ、何とか前へと進み続けてきたのは、あの国立のファイナルに戻って、先輩たちの雪辱を果たし、今度こそ日本一へとたどり着くため。流経大柏の10番はとにかくその一心で、丁寧に日常を積み重ねてきたのだ。
迎えた高校最後の選手権。自分に与えられる役割は、大会前から自覚していたという。「山根さんからも『途中から出るスペシャリストになれ』と、『そういう選手になれば、プロになってもどこでも使われるぞ』と言ってもらった中で、もちろん最初から出たいというか、もっと長くプレーしたいという気持ちはあるんですけど、やっぱり今の自分に求められるものがありますし、その中でも絶対にチャンスはあると思っていました」。前回大会と同じ“ジョーカー”として、約束のピッチへ帰還するための、最後の戦いが幕を開ける。
初戦となった2回戦の米子北高戦は後半18分から、3回戦の大分鶴崎高戦は後半開始から、それぞれ途中出場を果たす。しかし、優勝候補同士のプレミア対決として注目を集めた準々決勝の大津高戦では、先制点を献上しながら、前半のうちに流経大柏が逆転する展開の中で、試合には2-1と競り勝ち、チームは国立切符を掴み取るも、最後まで安藤に出場機会は訪れなかった。
「『同点とか点を獲りに行かなくてはいけない状況だったら、オマエという選択肢は間違いなかったけど、今日はそういう試合じゃなかった』という話をしましたし、本人も『わかっています』と言っていました」(榎本監督)「試合後に監督に『今日は出せなかったな』と言われたんですけど、試合展開的に『自分は出ないだろうな』と思っていたところはありましたし、そこは自分が攻撃でも守備でも信頼される選手にならないといけないんだなと思いました」(安藤)
この試合に出られない理由も、十分に理解している。ただ、もちろん悔しくなかったはずがない。次は1年ぶりに帰ってきた聖地で戦う準決勝。改めて安藤は活躍するイメージを膨らませて、勝負の一戦への準備を整えていく。
1月10日。国立競技場。鹿島学園高と激突するセミファイナル。榎本監督はスタメンリストに安藤の名前を書き込む。「正直、スタメンと言われて内心ビックリはしたんですけど、『早く自分をスタメンで出してくれ』という気持ちはあったので、スタメンが決まってからはやってやろうとしか思っていなかったです」。指揮官の期待はわかっている。ここに来て手繰り寄せた今大会初先発。もうやるしかない。流経大柏の背番号10が、満を持してまっさらな緑の芝生へ駆け出していく。
解き放たれたのは、今季初の公式戦だったプレミア開幕戦と同じ場所。FW大藤颯太(3年)とFW金子琉久(3年)の後方に構える、ダイヤモンド型の中盤の一番前だ。苦労しながら、その役割を必死に消化しようと取り組んできたポジションが、この大一番の立ち位置になる。
「相手のプレスは速かったですけど、自分がボールを持った時は抜けるなという印象はありました」。左サイドハーフのMF上田哲郎(3年)と巧みにポジションチェンジしながら、左へ流れた時には果敢にドリブル勝負。27分には柔らかいクロスでDFメンディー・サイモン友(2年)の際どいヘディングを演出するなど、積極的に攻撃へと関わっていく。
29分。左サイドでボールを持つと、一瞬で加速装置にスイッチが入る。カットインしながら大藤に当て、こぼれ球に反応して右足でフィニッシュ。だが、シュートは相手DFのブロックに遭い、得点には至らない。
58分。交代ボードに浮かぶ“10”の数字を確認すると、安藤はピッチサイドへと向かう。「正直『もっとやらせてくれ』と、『もっと自分にボールが入れば……』とは思っていたんですけど、監督は守備の部分も求めていたと思うので、監督の信頼が100パーセントなかったんだなというのが自分の本音ですね」。仲間に想いを託し、残り時間はベンチから試合を見つめる。




90分。終了間際に先制点を奪ったのは鹿島学園。追い込まれた流経大柏は懸命に攻めるも、1点を取り返すにはあまりにも時間が短かった。タイムアップの笛の音が、国立の青空へ吸い込まれる。「『今日の自分は何したんだろう……』って。悔しいというより、何も考えられなかったですね」。ちょうど1年前。必ず戻ってくると心に決めたファイナルの舞台に帰還することは、叶わなかった。
榎本監督には印象的だったシーンがあるという。初戦の米子北戦の67分。後半から出場していた背番号10の決定的なシュートは、ゴールポストに阻まれてしまう。「本当に紙一重のところですよ。あのポストに当たったシュートが内側に転がっていれば、アイツの選手権は全然変わっていたと思います」。
「彼の取り組み方の変化は感じていました。そこは結果では示せないような、成果ですよね。逆に言えばそこで結果を出せない弱さも感じますけど、今のスタンスでやっていれば、必ず成長すると思います。その成長が今じゃなかったというだけなんですよ。だから、この選手権も1つのきっかけにしてほしいなって」。今までも選手が成長していく背中を見守り続けてきた指揮官は、そんな言葉でエールを送った。
取材エリアに現れた安藤は、しっかりと前を見据えて言葉を紡いでいく。「やっぱり去年の決勝でPKを外して、この選手権に懸ける想いというのは本当に強かったんですけど、流経の10番として不甲斐ないなというか、チームを勝たせられる10番にはなれなかったので、本当に悔しいです」。
言葉の端々に悔しさを漂わせる一方で、すべてを懸けてきた高校サッカーが終わった今、安藤はまったく別の感覚にも襲われていた。
「『今年こそはチームを優勝させる』という気持ちでやってきた中で、今までと違う自分でサッカーをしていたなという感じもありましたし、自分はあまり背負い込みすぎない性格なんですけど、この1年間は背負わざるを得なかったというか、正直ちょっとキツかったなという想いはあって、そこからちょっと解放された感じはあります」。
昨年の選手権に出た選手の中で、一番悔しい想いをしたのは自分だと、ずっと思ってきた。PKを外してしまった責任は、日本一になることで取るしかないと、ずっと信じてきた。ただ、いつしかその強い意思は、知らず知らずのうちに自身を縛り付ける足かせになっていたのかもしれない。


高校選手権という大会は、果たして自分にとってどういう存在だったのか。そう尋ねられた安藤は、熟考しながらこう答えてくれた。
「何だろうなあ……。自分の中では、3年間の想いをぶつける大会としか言えないんですけど、その想いというのを自分が全力で、100パーセントでぶつけられたのかと言われると、そうではなかったのかなと。エノさん(榎本監督)にも今日の試合前に『後悔するようなプレーはするなよ』と言われたんですけど、やっぱり後悔する結果になってしまって……。でも、これからの後輩たちには『選手権は全力で思い切り楽しんでほしい』という言葉をかけてあげたいなと思っています」。
最後の一言に、今の安藤が実感している本音が過不足なく滲んだ気がした。
ここからはプロサッカー選手としての日常へ飛び込んでいく。このチームで、かけがえのない仲間と過ごした3年間の思い出を胸に、自分の力だけで生き抜いていくしかないシビアな世界でも、もっと、もっと大きな空へと、羽ばたいてみせる。
「本当にこの3年間、自分は監督やスタッフ、チームメイトに迷惑を掛けたなと思っていて、最後の最後も不甲斐ない10番で終わってしまったんですけど、それでも監督やスタッフ、チームメイトのみんながいたから、自分はプロになれたと思うので、この先で『みんなの代の10番』としてちゃんと有名になって、みんなに自慢してもらえるような選手になりたいなと思っています」。
1年前の雪辱を期した10番が、準優勝の悔しさを知る先輩たちがスタンドから見つめる中で、国立競技場の表彰台に立ち、チームメイトとともに日本一の歓喜に酔いしれる。それ以上のシナリオはなかったはずだが、やはり現実はそんなに簡単なものではない。
でも、それを、それだけを目指してきた362日の過程で、もがき、苦しみ、それでも重ねてきた弛まぬ努力は、必ず未来の自分にそっと寄り添ってくれる、唯一無二の強さになる。
2025年の流経大柏の背番号10を託された、音速のスピードスター。11メートルの蹉跌を経験したあの日から、ひたすら自分と向き合い続けてきた安藤晃希は、きっとこの先の希望に満ちたステージでも、経験すべきいばらの道を、軽やかに、しなやかに、誰よりも速く駆け抜けていくに違いない。


■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』
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