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[選手権]「今夜は寝たらもったいない」公立校の市立西宮、20人が蹴ったPK戦制し8強入り

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[1.3 全国高校選手権3回戦 市立西宮1-1(PK8-7)近大附 駒沢]

 第90回全国高校サッカー選手権は3日、各地で3回戦を行い、駒沢陸上競技場では市立西宮(兵庫)と近大附(大阪)が対戦した。1-1のまま延長戦なしのPK戦に突入した死闘は両チーム合わせて20人がPKを蹴った末、PK8-7で市立西宮が勝利。全国選手権初出場で8強入りを果たした。

 試合後、大路照彦監督の目には涙が浮かんでいた。「苦しかったです」と第一声。「県のベスト8で喜んでいたチームが全国でベスト8。だれも信じないだろうし、自分が一番信じられない。初出場の公立校がベスト8というのは過去にないということで、また歴史をつくれたと思う」。感無量といった表情で快挙達成の喜びに浸った。

 先制されながら追いつき、PK戦では先攻の近大附が1人目、4人目と失敗した。ところが、決めれば勝ちという状況で迎えた後攻4人目、DF池上泰平(3年)のキックはGK高田航輔(3年)が横っ飛びでセーブ。5人目のMF難波祐輔(3年)もゴール上に外してしまい、サドンデスに突入した。

 兵庫県大会決勝の神戸弘陵戦も1-1からPK戦にもつれ込んだ。「ゲンをかついだ」と、信頼する同じ5人をキッカーに指名。「オシムがあんなんやってたんで」とピッチに背を向け、「相手が2人外すまでは狙いどおりだった」と大路監督の思惑どおりに進んでいた。池上が決めれば、神戸弘陵戦と同じPK4-2のスコアで勝負が決まるはずが、まさかの2回連続失敗。これで流れは近大附に移るかに思われた。

 しかし、6人目以降、市立西宮は5人全員が成功。対する近大附は10人目のMF平阪謙太(2年)がゴール左に外した。市立西宮の10人目、FW細井優希(1年)がゴール右上に豪快に蹴り込み、“3度目の正直”で、決めれば勝ちの状況をものにし、激闘に終止符を打った。

 6人目以降は先攻の近大附が決め、外せば終わりというプレッシャーのかかる状況でしっかりと全員が決めていった。80分間の中でも、後半9分に近大附FW荒金照大(3年)に鮮やかな直接FKを決められ、先制点を許しながら、わずか3分後にMF後藤寛太(3年)の2戦連発3得点目となる同点ゴールで試合を振り出しに戻した。

 粘り強さ、あきらめない気持ち、追い込まれた状況からの底力は驚嘆に値する。「うちは逆境に強いので。逆境になればなるほど、チーム全体でアドレナリンが全開になる」。文武両道の公立校は、ことサッカーに関しては、決して恵まれた環境にない。普段の練習も、全校生徒が下校するまでの長くて2時間半。土のグラウンドは野球部やアメリカンフットボール部、陸上部などと共有で使っている。これまでは他校の強豪に練習試合を申し込めば、必ずと言っていいほど2軍チームが出てきた。3年生9人は14日に大学入試センター試験を控え、合宿所に参考書を持参。受験勉強と両立しながら大会に臨んでいる。

「うちは受験勉強とサッカーの2枚看板でやっている以上、サッカーでも進学でも、他のチームに負けたくない意地がみんなにある。登録メンバー25人を選ぶときは、技量が同じなら成績が上の選手を選んでいる。両方がんばれないやつはサッカーでもがんばれない。限られた時間、限られた環境の中でいろんなことを考えて練習しているから、みんな集中する習慣が付いている。サッカーの頭も、机上の頭も、いい選手がそろっている」

 兵庫県大会準決勝で全国王者の滝川二を下し、前日2日の2回戦では前々回覇者の山梨学院(山梨)を撃破した。山梨学院戦前、選手に「勝てばオレらがヒーローだ」とゲキを飛ばした大路監督。この日は「今日はスーパーヒーローになるぞ」と言って選手を送り出した。昨年、一昨年の全国王者を次々と破り、ついに全国ベスト8。5日の準々決勝では、国立を懸けて大分(大分)と対戦する。

「次、勝っちゃったらまずいでしょ。申し訳ない。早く西宮に帰らないと、14日にセンター試験がある。冗談抜きで、それが悩みです。うちは3泊4日以上の遠征は禁止されているんだけど、もう8日目。お金もかかるし、帰ったら借金だらけ。未体験ゾーンに入って、(オフの)明日をどう過ごしていいのかも分からない。コネがないから練習場も取れない。先輩方にいろいろアドバイスをもらわないと」

 大路監督は冗談めかして話すが、兵庫県代表として、近畿勢最後の砦として、公立校の“星”として、ここで終わるつもりはない。「今夜は寝たらもったいないので、ずっと起きてます」。最後まで笑いを誘ったが、“無名だった公立校”が今大会最大のダークホースに躍り出た。

(取材・文 西山紘平)

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