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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:1年後の景色(筑波大・戸田伊吹ヘッドコーチ)

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筑波大をインカレ日本一に導いた戸田伊吹ヘッドコーチ

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

「あんな悔しい負け方で大学サッカーを終わるわけにはいかないと。そこはずっと強く思ってきました」。

戸田伊吹はもうあの日から、1年後の景色をはっきりと頭の中に描いていたのだ。

2024年12月22日。さくらスタジアム。インカレ準々決勝。筑波大はリベンジに燃えていた。相手は前年も準決勝で対峙して敗れていた、最大のライバル・明治大。雪辱を期して臨んだゲームは、しかしPK戦の末に惜敗。みんなで目指してきた日本一には、この年も届かなかった。

「これがサッカーだなというか、やり残したことはないですし、いろいろな準備をし尽くして、選手たちも必死になって戦った結果だったので、悔しさはなかったです。ただただ『終わってしまったんだな……』という感情が、試合が終わった瞬間は大きかったですね」。

前例のないチャレンジに身を投じた1年だった。もともとは柏レイソルU-18時代から将来を嘱望されるタレントであり、筑波大にも推薦枠で入学してきた戸田だったが、1年生が終わった時点でプレイヤーに区切りを付け、指導者へと転身。同じ学生という立場の選手たちとは、まったく違う視点でサッカーと向き合う決断を下す。

そんな“学生コーチ”が真摯に過ごした2年間を間近で見つめ続けてきた小井土正亮監督は、最終学年になった戸田をトップチームのヘッドコーチに指名。前年まで平山相太氏(現・仙台大コーチ)が担っていたチームの指揮は、大学4年生に託されることになる。

大きな注目を集めたのは、天皇杯での奮闘だ。初戦で明治大に1-0と競り勝ったチームは、2回戦で当時J1の首位を走っていたFC町田ゼルビアと対戦。試合は先制こそ許したものの、90+1分に内野航太郎(現・ブレンビー/デンマーク)の同点ゴールで追い付くと、PK戦の末にJクラブを撃破してしまう。

続く3回戦の相手は、戸田にとって中学高校の6年間にわたって所属していた特別なクラブでもある柏レイソル。この一戦でも筑波大は存分に持てる力を発揮。結果的には延長戦で力尽きたものの、大学の先輩でもある井原正巳監督(当時)と互角に渡り合うような采配を振るった“学生ヘッドコーチ”の存在は、多くの人の知るところとなる。

もちろん『学生が学生をジャッジする』ということに、葛藤がなかったはずがない。とりわけ自分と同じ4年生の選手たちに対する関わり方は、戸田の中でも常にさまざまな感情が渦巻いていたが、結局は心を鬼にしてフラットな目線を保ち、試合に使うメンバーをジャッジしていく。

だからこそ、同期と戦うことができるのも最後となるインカレは、みんなで日本一を勝ち獲って、笑顔で終わりたかった。「4年生には感謝してもしきれないです。中には進路も決まらない中で、同級生である自分のジャッジで試合に絡めないという非常に難しい状況で、きっともやもやした気持ちを持ちながらも、それを外に出すことなく、チームが勝つために行動してくれたので、本当に感謝してもしきれないですし、最後に『ありがとう』ということは伝えました」。

試合後のミーティング。“学生ヘッドコーチ”はあふれる涙をぬぐうことなく、“後輩たち”に強い檄を飛ばす。「この悔しさを絶対に忘れてほしくない!絶対にこれを忘れるなよ!」




戸田は既に卒業が決まっていた中で、小井土監督から打診された翌年のヘッドコーチ継続のオファーを快諾し、外部コーチという形で引き続き筑波大の指揮を執ることを決意する。勝負の2025年は、年が明ける数日前から、もう幕が上がっていたのだ。


シーズンオフにはヨーロッパでの研修も敢行し、自身のサッカー観のアップデートも図りつつ、不退転の決意を抱いて足を踏み入れた今シーズン。改めて指導者という役割と向き合いながら、戸田の中には昨季と違う感覚が芽生えていったという。

「そもそも今年のチームは指揮を執られるのが小井土さんから平山相太さんに移ってという、2年前の1つの区切りのシーズンから繋がっているチームだと思っていたので、選手たちにはそういう話もしましたし、インカレで本当に悔しい終わり方をしてきた過去2年間から、今年こそはと臨んでいたシーズンでもありました」。

「あとは本当にこれだけいい経験をさせてもらっている以上、自分は筑波にも小井土さんにも恩返しがしたいとずっと思っていたので、苦しいシーズンになるとは予想していましたけど、その分自分の中では強い覚悟を持って臨んだシーズンだったなと思います」。

「やっぱり去年は目の前のことをこなすのに必死でしたし、4年生ということもあって、“中の人間”の1人としてリーダーシップを取って、全体を引っ張っていくという意識が強かったですけど、今年は自分の中で去年の反省も生かしながら、いろいろなことを少し客観的に見られるようになりましたし、余裕も持った中でやれるようになったのかなと感じますね」。

今季も難しいシーズンだったことは間違いない。本来主力を務めるはずだった4年生の加藤玄(名古屋)、安藤寿岐(鳥栖)、諏訪間幸成(横浜FM)は1年前倒しでプロへの挑戦を選択し、エースの内野も夏にはデンマークへ活躍の場を移す。それでも1年生の大谷湊斗矢田龍之介といった新戦力が台頭すれば、キャプテンの山崎太新佐藤瑠星を筆頭に最高学年の選手たちも奮起し、チーム力にも厚みが増していった筑波大は、2年ぶりのリーグ制覇を力強く手繰り寄せる。

「シーズン頭にここまで結果を残せるとは思っていなかった部分はありました。でも、関東リーグを獲った時に、『インカレと2つ獲れるのは45年ぶりだぞ』という話が小井土さんからあってからは、それをみんなで意識し始めましたね」。ターゲットは定まった。そのころには戸田も45年ぶりの偉業を“置き土産”に、新たなステージへと進むことを決めていたようだ。



2025年12月27日。栃木県グリーンスタジアム。インカレ決勝。筑波大の士気は最高潮まで高まっていた。相手はリーグ戦でもともに優勝争いを繰り広げた、今季最大のライバルと言っていい国士舘大。シーズンのラストゲームという意味でも、格好の舞台が整う。

「『この舞台まで連れてきてくれたみんなに感謝をしたい』という想いと、『本当にこのチームでやれることを誇りに思うし、このチームが大好きだから、何としても今日は勝ちたいんだ』という想いを伝えて、あとは『小井土さんと太新を日本一にしよう』という話をして、ピッチに送り出しました」。

この大学で送ってきた5年間の、楽しい思い出も、悔しい思い出も、みんなの笑顔も、みんなの涙も、さまざまな記憶が脳裏によみがえってくる。戸田は決壊しそうな感情を必死に抑え、一緒に丁寧な日常を積み重ねてきた信頼できる選手たちを、戦場へと送り出す。

前半はリーグ戦のリベンジを期す国士舘大の勢いに、激しく押される格好で立ち上がる。「かなり苦しかったです。こっちも相当いろいろなものを準備して臨みましたけど、それ以上に国士舘さんのクオリティもそうですし、迫力もそうで、いろいろなところで上回られているシーンがほとんどでした」と振り返る戸田もベンチを飛び出し、ピッチへと指示を送り続ける。



だが、一方でこの展開からも自分たちの勝ち筋は見出していたようだ。「ああいう時間をしっかり耐えられて、大崩れせずに、自分たちの時間になってきた時にゲームの流れを一気に変える力があるというのが今年の強さだったんです」。DF池谷銀姿郎とDF小川遼也の3年生センターバックコンビを中心に、シビアな局面では決定機を作らせず、最初の45分間はスコアレスでハーフタイムに折り返す。

「ハーフタイムはビルドアップの入口のところと、中盤からどうやって前進していくのかという整理をして、守備のところは大きく形は変えずに、とにかくセカンドボールを拾うことと、拾った後に早くポジションを取り直して、できるだけ奪ったボールをしっかりマイボールにしようと。それでも難しい時間はあると思うので、とにかく焦れるなと。やり続ければ必ず自分たちの時間になるからと。そこを強調しました」。

後半に入ると、スーパールーキーたちが試合を動かす。69分。1年生DF布施克真のフィードから、大谷がネットを揺らすファインゴールを決めれば、71分には矢田の右CKに1年生FW山下景司がヘディングで合わせ、追加点を奪い取る。87分に試合を締める3点目を叩き出したのも大谷。1年生たちの活躍でリードを広げていくと、ヘッドコーチは次々と4年生を大学最後のピッチへと解き放っていく。

「今年は凄く4年生にとっても苦しい時間が多かったと思いますけど、シーズンが進んでいくにつれて、キャプテンの太新中心にチームが1つになっていくような実感を凄く持てた1年でした。でも、太新だけではできないようなこともたくさんあって、それを他の4年生たちがいろいろな部分で補い合って、今年のチームになっていったので、本当に良い4年生でしたし、最後に彼らにいい舞台をちょっと整えてあげたいなとは思っていたので、スコアを動かしてくれた大谷と山下の1年生に感謝ですね」。

6分が掲示されたアディショナルタイムが、少しずつ、少しずつ、消え去っていく。タイムアップのホイッスルが耳に届く。大願成就。小井土監督と戸田はともに日本一を勝ち獲った選手やスタッフと、笑顔で握手を交わしていく。

「『良かったあ……』というのが本当に正直なところでしたね。実は試合直前の最後のミーティングで自分の想いを全部ぶつけて、“半分ぐらい”泣いちゃったので(笑)、『あまり泣いてもな』という想いはありました」。

ただ、この2年間のインカレに対する悔しさを共有してきたスタッフと抱き合うと、自然と涙が頬を伝う。同期と挑んだ学生最後の試合で、言いようのない悔しさを突き付けられた日から370日後の戴冠。戸田はもうあの日から、1年後の景色をはっきりと頭の中に描いていたのだ。





もちろん周囲の仲間たちも、チームを優勝に導いた“ヘッドコーチ”の手腕は誰もが認めている。「モチベーターでもありますし、戦術家でもありますし、なかなかプロのスタッフでもその2つを合わせ持っている監督は多くないと思うので、本当に尊敬できる凄い人だなという存在です。僕の1個上ですけど、指導者としての風格がありすぎました(笑)」と話すのは山崎。今季はキャプテンとヘッドコーチという間柄で、密にコミュニケーションを取ってきたからこそ、その凄さを誰よりも近くで実感してきた。

実は自身も24歳で筑波大蹴球部のヘッドコーチを任された経験を持つ小井土監督は、戸田を過去の自分と重ねて見ていた部分もあったという。「正直、20数年前の自分が凄く苦悩しながらやっていた姿を戸田にだぶらせて見ていましたね。あの時の自分だったらどうやってサポートしてくれるのが良かったかなとか、戸田にとってどうすることが助けになるのかなという部分と、『これを乗り越えた時にアイツは凄い指導者になっていくんだろうから、余計なことを言いすぎちゃいけないな』という我慢の部分とを思案していました」

「もう同じ指導者仲間としてリスペクトできるヤツだなというのが率直な感想で、何を聞いても彼なりの答えを持っていますし、彼に関しては『オレが恩師だ』みたいな感覚はまったくなくて、一緒に戦った同志という感覚の方が強いですし、彼から学ばせてもらった部分も大きいです。もう『どんどん突っ走って日本のトップランナーになれよ』と本人に言いました。それくらいの野心もありますし、何の心配もしていないです(笑)」

今シーズンで筑波大蹴球部を“卒業”することは、この決勝翌日に選手たちへ伝えるつもりだという。試合後にはチャントとともに応援団の前で胴上げされた戸田は、「何となくみんなわかっていると思いますよ」と笑いながら、あるいは本人すら想像もしなかったような大学での濃厚な5年間を、こんな言葉で振り返る。

「自分の決断を正解にするために、本当にがむしゃらにやってきた5年間だったので、そういう意味ではまだ全然志半ばではありますけど、ある意味で良い形で筑波での活動に区切りは付けられましたし、あの決断を1つの正解にできた部分はあるのかなと思っています」。

一方で大半のレギュラーがプロに進むような、大学トップレベルのチームを指揮したことで、自身の成長に対しても、指導者としての進化に対しても、以前とは比較にならないぐらいの飢餓感と危機感も感じているという。

「レベルが高いからこそ、できないことも明白にわかりますし、試合には勝っているけれど、じゃあ指揮を執る者として自分の力はどうだったのかとか、もっと自分が上のステージに行くためには、自分の決めた目標に向かっていくためには、もっとやらないといけないことがあるなと同時に感じながら、シーズンを戦っていった感覚ですね」。

「本当にこのレベルでやっているからこそ、もっとサッカーを知らないといけないなと思いましたし、それこそ人間をもっと理解しないといけないなということは強く感じた2年間だったかなと思います」。

もちろんこの先に待ち受けていることは、困難や苦労の方が多いはずだ。でも、きっとこの人なら大丈夫。誰も通ったことのない荒野でも、今の自分にできることを全力で突き詰めて、果敢に切り拓く道を必ず正解にしていくだけの知性とパワーを、細身の体躯のど真ん中にはっきりと携えているのだから。



小さいころから脇目も振らずに邁進してきた『ボールを蹴る』日常に自ら別れを告げて、無心で飛び込んだ指導者という修羅の世界。4年にわたる鍛錬の日々を経て、もう、間違いなく、こんな魅力的な世界から抜け出せないことは、本人が一番よくわかっている。それゆえに、今後の自身についても、やるべきことは明確すぎるぐらい明確だ。

「将来的にはトップカテゴリーで勝負したいですし、そこを目指すためにこの決断をしたので、そこは変わらないですけど、いろいろな方にお世話になっていますし、いろいろな方の繋がりでこういう経験をさせてもらっているので、そういう意味ではしっかりとそういう方々に恩を返しながら、あくまで自分の目標はブラさずに、もっともっとより良い人間に、より良い指導者になっていけるように、これからも頑張っていきたいです」。

きっとこういう道を突き進んでいくことは、あらかじめ決まっていたのかもしれない。人生を懸けて向き合うと決めたサッカーと、より長く、より濃厚に生きていくために下した決断の価値は、これからの自分が証明してみせる。戸田伊吹。23歳。ここから紡いでいく指導者としての未来予想図には、自分らしさという色で鮮やかな景色を描いていくことのできる、無限の真っ白なキャンバスが広がっている。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』

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土屋雅史
Text by 土屋雅史

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