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東京五輪で“特別な番号”託された男…堂安律「最後はあいつが何とかしてくれると思われる選手に」【単独インタビュー】

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 すでにA代表に名を連ねるMF堂安律でも、メンバー発表前は緊張していたという。しかし、しっかりと東京五輪を戦うU-24日本代表メンバーに名を連ねた。しかも、背番号10を託されて――。「あとはやるだけ」と覚悟を示した男は、本大会でチームに、そして日本に歓喜を呼び込むため、戦いの場へと向かう。

俺がどれだけ引っ張れるか
自分自身すごく楽しみにしている



――東京五輪に臨む18人のメンバーに選出されました。
「メンバー発表の前日は不安というか、緊張もあって、なかなか寝むれなかったです。いろいろな思いが頭の中にあったので。だから、実際に自分の名前が呼ばれた時は心の底から嬉しかった」

――「蘇った」というビーレフェルトでの1年を経て、6月シリーズでは代表のユニフォームを着て楽しそうにプレーしている姿が印象的でした。
「初心を思い出したというか、サッカーを楽しむという、サッカー選手が一番忘れてはいけない気持ちを常に持てていました。あと、決してコンディションが万全ではなくても、自分ができることをやろうと思いながらピッチに立っていました。ジャマイカ戦なんかは、感覚的にそこまで良くなかったけど、自分の立場的に結果を残さないといけないと思っていたし、自分がチームを引っ張るという意味でしっかりゴールという結果を残せたのは良かったです」

――オーバーエイジが入ったチームの変化をどう感じましたか。
「若くて勢いがあるだけのチームから、空気を読む大人のサッカーになったと思う。それを一番感じたのは、得点するタイミングでした。U-24ガーナ戦、ジャマイカ戦ともに、すごく良い時間帯で先制点が取れました。ガーナ戦では僕が15分くらい、ジャマイカ戦では(久保)建英が30分くらいでゴールを取れましたが、五輪なら気温ももっと上がっているだろうから、あの時間帯のゴールはチームにとって本当に大きい。立ち上がりからしっかりと高い強度で試合に入り、20分、30分で先制点が取れるというのは、オーバーエイジの3人がゲームの方向性、僕たちが進んでいく方向性を示してくれたおかげだと思う」

――吉田麻也選手、酒井宏樹選手、遠藤航選手とオーバーエイジの3選手は守備での貢献が高い選手で、攻撃陣は五輪世代の若い選手が中心となります。森保一監督のメッセージをどう受け取っていますか。
「サコくん(大迫勇也)が入るかもしれないという報道もされていました。もちろん、サコくんがいれば、チームの助けになっただろうと思いますが、前線にオーバーエイジが起用されなかったことで、僕たち前線の選手にはすごい刺激になりました。6月シリーズで僕は、A代表の活動に参加してからU-24に合流したので、よりやらなければいけない気持ちになった。A代表のミャンマー戦は怪我で出場できなかったけど、試合を見ていて、このメンバ―が抜けて俺がどれだけ引っ張れるかというのは、自分自身すごく楽しみにしていたし、それが五輪本番でもどこまで出せるか楽しみです」

――選ばれたメンバーを見ると、左サイドハーフの位置には相馬勇紀選手や三笘薫選手とドリブルに特長がある選手が入ることが予想され、右サイドと中央での組み立てがチームにとってポイントの一つになるように感じます。
「僕もそのイメージを持っています。右には宏樹くんがいて、真ん中には建英、後方には航くんがいるので、ここで負けてしまったら、チームのストロングがなくなってしまうというのは自分でも分かっています。ただ、右でしっかり制圧することは考えていますが、サッカーは11人でするものなので、左サイドの選手、FWの選手の良さを生かせるように意識したい」

――6月シリーズから背番号10を背負い、東京五輪本大会でも10番を着けることになりました。
「プロになってから10番を着けたことが一度もないし、僕に10番の印象はないかもしれません。でも、期待されている番号だと思っているし、チームから10番の話をもらったとき、『頼むぞ』と伝えられたので身の引き締まる思いになりました」

――10番という番号は、サッカー選手にとってどのような番号だと捉えていますか。
「特別だと思います。7番は好きだし、ビーレフェルトで着けた8番も好きだけど、10番は代えの利かない選手にならなければいけないと思っている。汗かき屋の10番もいるし、色々なタイプの10番がいますが、自分が目指す10番像は、最後はあいつが何とかしてくれるという選手。監督、チームメイト、ファン・サポーターやメディアからも『あいつに渡せば何とかなる』と思われるような選手にならなければいけないと思っています」

切磋琢磨してきたライバルたち
その思いを背負って戦わなければいけない



――五輪本大会が1年延期されましたが、どのような気持ちで過ごしていましたか。
「すべてに理由があると思って言い聞かせていました。五輪が1年延びたことに対しても理由があると思って生活していたし、それがお前にとって良かったねと言われるように努力しようと思っていた。もしかしたら、1年前だとコンディションが悪かったかもしれないので、そういう意味ではいい1年間を過ごせたと思います」

――PSVからビーレフェルトに移籍し、ブンデスリーガで全試合先発出場を果たすなど、大きな経験を積む1年となりました。
「考え方、メンタリティーのところは大きく変わりました。PSVからビーレフェルトに行くときは、恐れるものは何もなかった。そこまで深くは考えていなかったけど、『ここで何もできなかったら終わりだな』『うまくいかなかったら、俺もここまでか』と思っていたし、だからこそ覚悟してやろうとシーズンに臨んでいた。結果的に、良い方に実を結べたと思うので良かったと思っています」

――PSVでの苦しい時期の経験を、プラスにつなげられたという印象でしょうか。
「そういうことではなく、1年前にPSVで不調なときに、トレーニングを止めなかったことが一番だと感じています。調子が上がらないときでももがいていたし、不貞腐れて止めてしまえば、この1年はなかったと思う。この1年で変化があったというより、PSVで不調なときにもがき続け、歩みを止めずにトレーニングを続けたことが、やっと今、実を結んだと思っています。今思うと、いつ、努力が結果に結び付くか分からないので、歩みを止めてはいけないことを、この1年で改めて思い知らされました」

――ビーレフェルトからの退団が発表されており、五輪本大会でのアピールが移籍先にも影響すると思います。
「そこまでは考えてないですね。クラブからは、『ブンデスリーガで1年間プレーした映像がある』と言われているし、五輪で一発逆転を狙ってやろうという気持ちはありません。そこに対しての意識はないけど、東京で日本のためにプレーできる、このコロナ禍に思い切りプレーさせてもらえる環境にいるというのは本当にありがたいと思っているので、そのモチベーションを持って本大会に臨みたいです」

――五輪メンバーは18人と狭き門で、これまでともに戦ってきた多くの選手が涙をのむことになりました。
「特にオーバーエイジの選手と会話するとき、彼らは『3人の選手の枠を削るということを理解してプレーしないといけない』と僕たちにも話してくれました。そういう責任感を持たなければいけないし、切磋琢磨してきたライバルたちの思いを背負って戦わないといけない。ただ、今後、うかうかしているとすぐに立場が逆転する世界なので、しっかりと五輪で結果を出して、僕自身もさらに成長しないといけないと思っています」

――あと1か月を切った東京五輪に向けて、改めて意気込みをお願いします。
「まずは、色々な人たちのおかげで五輪が開催されそうという雰囲気にもなっているので、コロナ禍において、サッカーをできる幸せを噛み締めてプレーしたい。サッカー選手の枠、アスリートの枠を超えて、一人の人間として、日本を背負う人間としてピッチに立たなければいけないという責任感は、コロナ前に比べると確実に増してきています。メダルを取れるように頑張りたいし、あとはやるだけだと思っています」

(取材・文 折戸岳彦)

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