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心に響いたクロップの言葉「拓実は拓実のままでいい」。リバプール南野拓実が著書『Inspire Impossible Stories』出版イベントに出席

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MF南野拓実と来場者で記念撮影

 日本代表のMF南野拓実(リバプール)が24日夜、初の著書『Inspire Impossible Stories』(6月30日発売)の出版を記念したトークイベントを行った。客席にはリバプールのユニフォームに身を包んだファンも多く来場し、イベント中には南野に温かいメッセージも送られた。そうした中、南野は世界最高峰のビッグクラブでプレーする刺激や責任について熱を込めて語った。

 講談社とオフィシャル・グローバル・パートナーシップ契約を結んでいるリバプールでプレーする南野は今年1月、講談社のInspire Impossible Storiesアンバサダーに就任。「Inspire Impossible Stories」とは講談社の創業以来の理念である「おもしろくて、ためになる」を英語で表現したもので、南野にとって初の著書のタイトルともなった。


 イベントには著書の構成を担当したスポーツライターのミムラユウスケ氏とともに登壇。冒頭で南野が「19歳の時にオーストリアへの海外移籍を決断したことがサッカー人生の一番のターニングポイントでした」と切り出すと、ミムラ氏が現地で取材していたザルツブルク時代の秘話が明かされた。

 ミムラ氏が記憶に残っているのは南野が20歳の頃のこと。オーストリア西部のアルタッハでのアウェーゲーム後のミックスゾーン取材を終えた後、南野が突然「今日はわざわざ遠いところまでありがとうございます。気をつけて帰ってください」と声をかけてきたのだという。

 思わぬ“いい人”エピソードに「覚えてなかったです」と苦笑いを浮かべた南野。それでも「オーストリアリーグでプレーすると、日本のサッカーニュースになることはなかったし、現地に足を運んで取材してくれることがありがたかった。そうして取材をしていただいてニュースで知ってほしいと思っていました。だから自然と『来てくれてありがとうございます』という言葉が出たんだと思います」と当時を振り返った。


 セレッソ大阪で若くしてレギュラーを掴んで海外移籍を果たした南野だったが、オーストリアのリーグ戦は日本でのテレビ放送もなく、なかなか注目を浴びることが少なかった。移籍の決断については「早く海外でプレーしたいと思っていたし、抵抗はなかった」とはいうが、孤独感を感じることも少なくなかったという。

「海外で一人で生活していたので、サッカーで夢を掴むために来たけど、試合で思い通りにいかず、一人で落ち込む時期もありました。家に帰っても誰もご飯を作ってくれるわけでもなく、自分でご飯を作って寂しく眠ったり、そういうのを乗り越えてきました」

 移籍当初は「早く結果を出して2、3年でステップアップしたいと思っていた」が、ザルツブルクでの在籍期間は5年間にも及んだ。その間は日本代表にも定着できず、UEFAチャンピオンズリーグ出場権を逃す年が続くなど、自宅の壁に貼っていた「ビッグクラブでスタメンでプレーする。チャンピオンズリーグに出る」という目標が遠のきかけた時期もあった。

 しかし、遠くの夢に向けて「そのために今季いくつゴールを取って、次の試合に出るためにこういうところを意識する」といった近い目標も記し続け、「自分の目標がブレなかった」と南野。「ビッグクラブでプレーしたい、スタメンになりたい気持ちは常にあった。そのために海外に行って、プレーして、その目標のために頑張ってきたので」。そんな気持ちは2019年秋、ついに報われることになった。

 2019年10月3日にアンフィールドで行われたリバプール戦。ザルツブルクの一員として先発出場した南野は2点ビハインドの後半11分、ミドルレンジからの右足ボレーで1点差に詰め寄るゴールを決めると、後半15分には当時ともにプレーしていたFWエーリング・ハーランドのゴールをアシストし、1ゴール1アシストの活躍を見せた。試合には惜しくも3-4で敗れたが、このパフォーマンスがキャリアを大きく切り拓いた。


 リバプールからのオファーを耳にしたのは試合直後の10月のこと。「サッカー界では対戦相手から選手を引き抜くことが起こりうるし、チャンピオンズリーグはそういう舞台。相手にアピールして、ビッグクラブにスカウトされるのは良くある。そういうモチベーションもあった」。そう振り返る南野にとっては、願っていたとおりの大ニュースだった。

 あの一戦に満足していたわけではない。「試合自体は3-4で負けてしまって、試合後は単純に悔しかったです。試合前はそう(アピールのことを)思っていても、試合が始まると集中しているので、勝つことだけしか考えていなかった。試合後はあと一歩で勝てたのに……という悔しさしかなかったです」。そういった姿勢も異例のオファーにつながっていたことは想像に難くない。

 5年間を過ごしたオーストリアでの苦労について「一番は食事。パスタを作ったり、野菜を買ってきて切ってサラダにしたり、チキンを焼いたり。基本的にパスタ、チキン、サラダだけ。それを味を変えて食べていました(笑)」とユーモアも込めて振り返った南野。客席に集まった子どもたちに向けて「その経験は今の自分にとってすごくよかった。もがき苦しんだからこそ今があると思っています」と熱を込めて語った。


 そうしてリバプールに加入した南野。やはりユルゲン・クロップ監督との出会いは大きかったという。特に印象的だったのが加入直後の2020年1月5日に行われたFAカップ3回戦エバートン戦の前日のエピソード。トレーニングの際、指揮官から先発での公式戦デビューを告げられると同時に「拓実は拓実のままでいい。自分自身のやりたいプレーをやってほしい」と伝えられたのだという。

「僕のイメージではチームのいろんな戦術があって、チームの約束事があったし、監督であればいろいろ詰め込んで覚えてから試合に出てほしいと思う。僕もそれを覚えてないといけないと思っていました。ただ、クロップが僕にかけた言葉は『自分自身そのままでプレーしてくれればチームのためになる』ということ。そう言ってくれたのは意外だったし、それで肩の荷が降りた。そして逆に奮い立って、じゃあ自分のプレーをやってやろうという気持ちになりました」

 そこからリバプールでは公式戦通算45試合に出場した南野。昨季はFA杯で4試合3ゴール、カラバオカップで5試合4ゴールの大活躍を果たし、最後まで史上初のシーズン4冠を追いかけた歴史的シーズンの立役者となった。クロップ監督からも「彼は決して諦めない。常に前向きで、何事にも全力で向き合っている」と賛辞が送られた。


 世界的ビッグクラブにおいて、出場機会を掴むことではそう簡単ではない。それでも、厳しい世界で戦う姿は紛れもなく日本の子どもたちにも大きな刺激を与えていた。

 イベントではリバプールのユニフォームを着たサッカー少年から「出場時間が少ない中でも結果を出し続けることができた準備を教えてください」と質問が飛んだ。それに対して南野は「出場時間が短い中でも結果を残さないといけない状況はよくあって、そういう時に常に最高の準備をすることを心がけてました」と飾ることなく、「出場できない時は難しいけど、いま自分が何をすべきかにフォーカスし、集中することが最高の準備につながるし、試合で結果を出すことにつながるんだという気持ちで日々プレーしていました」と真摯に答えていた。

 またそうしたやり取りを目の当たりにしていたファンの男性(25)からは「常に自分に満足せず、自分に厳しい目を向けて戦う姿がすごい」という熱いメッセージも送られ、その姿勢を貫いてきた南野が胸に迫った表情を見せる一幕もあった。

 イベントの最後には「来季はワールドカップもあるし、僕自身ももっと試合に出場して、結果を残して、最高の状態でワールドカップに行きたい。その姿を見て、皆さんに何かインスパイアしてもらえたらと思います」と意気込みを示した南野。互いに刺激を与え合ったイベントを経て、未来への決意を新たにしていた。

(取材・文 竹内達也)


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