日本代表から欧州各国まで豊富な取材がこの一冊に…『サッカーと地政学』著者・木崎伸也氏インタビュー
世界中で愛されるサッカーというスポーツを“地政学”という切り口で描いた『サッカーと地政学 - ゴールの先に世界が見える』(ワニブックス)が今年3月に発売され、重版4刷の人気を博している。史上最多48か国が出場するワールドカップイヤーをピッチ上だけでなく、地理、政治、外交などさまざまな視点から楽しめる一冊。『ゲキサカ』は著者・木崎伸也氏のインタビューを行い、豊富な取材の集積からこの本に込められた思いを聞いた。
―木崎さんは海外での取材経験がとても豊富ですが、「地政学」というテーマを意識し始めたのはいつ頃だったのでしょう。
「大きく遡ると、金子達仁さんのライター塾(『金子塾』)にいた頃ですね。2002年の日韓W杯に向けた企画で、1998年W杯開催国のパリからキャンピングカーでユーラシア大陸を横断し、日本に向かうという旅をしたんですが、ポーランドからリトアニアに入る時の国境審査で『車検証がコピーだから入れられない』と言われました。よくよく調べると車を旧ソ連に売りに行く人がいるからコピーじゃダメだということで、そこで金子さんたちは国境に残り、僕ともう一人の塾生がワルシャワまで戻って、パリにいる知り合いに本物の車検証を持ってきてもらうということになりました。西側諸国まではあんなに自由に旅をしていたのに、旧ソ連じゃないリトアニアでもダメなんだなというのが強く印象に残っています」
―キャンピングカーの旅の話は『ラジオ・クラッキー』で聴いてすごく面白かったです。
「結局はモスクワまで行ってキャンピングカーで行くのを止められてしまい、そこから金子さんたちはシベリア鉄道で帰り、僕たちはパリまでキャンピングカーを返しに行くことになったんですが、国境というものを強く意識した旅になりましたね」
―その後もロシアによく行かれていましたよね。
「ロシアには本田圭佑さんの取材で25回行きました。思い出すのは当時通信社に勤めていたロシア人の子と仲良くなって、彼はその後、ロシア外務省に勤めるようになって日本でも会っていたんですが、VPNを繋がないとメッセンジャーを使えないとか、ウクライナとの戦争があった時に連絡が途絶えたとかで、サッカーで知り合った人たちも国の影響を大きく受けるんだなということがありました。その後アメリカ大使館の人とも知り合って、その子と友達だということを話したらすごく嫌がられたり、国同士の立ち位置というものも感じました」
―いまは日本人選手もロシアを移籍先に選ぶのは難しくなりましたし、まさに『サッカーと地政学』ですね。
「またベルギーのゲンクで鈴木隆行さんの試合を見た時のことですが、僕は当時ハンブルクに住んでいて、夜行バスでベルギーから帰ろうとした時に、国境のあたりで警察官が抜き打ちで乗ってきたんです。おそらく不法移民だった中東系の人が連れて行かれていたんですが、その時のこともたびたび思い出しますね。そういう経験があったのでドイツでは(メスト・)エジルのルーツを取材したりしていました。それこそ2006年のW杯に向けてドイツに住んでいた時も、移民は大きなテーマになっていて、スキッベさん(神戸のミヒャエル・スキッベ監督)が主導して移民の選手をドイツ代表に入れられるようにという運動をしていて、国が一つになっていくような時期でしたね。その後、エジルが揉めたりしたこともありましたし、ドイツも行ったり来たりしながら一つになって、いまやアフリカ系の選手がキャプテンになっても違和感はない時代になっていますよね」
―今の話を聞いていて強く感じたんですが、この本には欧州各国の地政学について記されている章もあって、このパートについても長年の取材の蓄積があったんですね。
「そうですね。やっぱり移民と国とサッカーというのは当時のドイツを通じて感じました。もともとは1998年のフランスというのもあったでしょうけど、僕の場合はドイツが色濃かったです。そのおかげで強くなったドイツも見ていたので。まさに2014年にW杯で優勝した時はケディラもチュニジア系ですし、ポーランド系のクローゼとか、そういった外国系の選手が多かったんですよね。ただ2006年の時は反発がありました。アサモアも確かガーナの出身ですが、ドイツ生まれじゃないけどドイツ語を喋れて、ドイツ代表に入って人種差別をやめようという動きの走りですよね。今はそういうのが当たり前になっていますが、それは彼らの功績だなと思っていました。ドイツの前に半年間オランダに住んでいたこともありましたが、オランダはスリナム系の選手が問題とされていて、セードルフやダービッツが常に白人系選手たちともめるという構図があったのを見て、そこはずっと引っかかっていた部分がありました」
―なるほどです。よく「多様なルーツがミックスされて強いチームになりました」という物語が語られていますが、その葛藤の中にいらっしゃったわけですね。
「そうですね。その現在進行形のドイツだったり、オランダもセードルフやダービッツがいて1996年のEUROでダービッツが監督批判をして強制送還になったような時が一番だったとは思いますが、その問題は依然としてくすぶっていました。練習でもスリナム系のグループと白人系のグループではちょっと距離があるように見えました。今やファン・ダイクがキャプテンをやっても何も違和感がない。ただ、まだ2004年には違和感があった時代だったので、過渡期を見ていたと言えると思います」
―とても面白いです。この本の立脚点がすごく伝わってきました。また取材に基づいていると言えば、日本代表に関する言及が多かったことも印象的でした。
「実は日本代表に地政学を重ねたのは今回が初めてでした。まずは地政学というテーマがあり、それを掘り下げていくのはそのちょっと小難しいように思うし、一般との接点が欲しいなと思って日本代表をちょっと選んだという経緯でした。一番みんなが知っていて、入りやすいかなというのもありました。幻冬舎の箕輪(厚介)さんという編集者の方が言っていたのは、『誰かの本をやるときに“その人の持っているもの”と“時代の接点”が交わる交差点をいつも見ると言っていたんですね。なので、その時代の特性とかってやっぱりみんな興味があると思うんですけども、そこがないとやっぱり読んでもらえないかなというのもあって、ちょっとイレギュラーだったと思うんですけども日本代表を扱いました」
―日本代表の章ではまず、日系ブラジル人について深く触れられていたことにハッとさせられました。日本サッカーの歴史を考えれば当たり前のことかもしれませんが、たしかに日本サッカー特有の地政学だなと。
「ブラジルとのつながりについて個人的な体験で意識したのは、トーマス・クロートさんという代理人がいるじゃないですか。彼に取材している時に『日本はやっぱりブラジルサッカーだね』と何度も言われたんです。ヨーロッパの組織をやろうとしているけど、やっぱりブラジルの色が強いと。彼らもそれを考慮して選手を見て獲得しているということを言われて、ヨーロッパの人から見るとやはり日本サッカーはブラジルなんだなということを感じていました。たしかにキャプテン翼とかの影響もあると思うんですが、日本がテクニック重視なのはブラジルからなんじゃないかという仮説をずっと持っていましたし、まさにキャプテン翼の大空翼が最初にブラジルに行こうとしていたというのもそういうところからですよね。またブラジルW杯で現地に行くにあたって、サンパウロの日本人街に行ったりしましたし、移民系の書籍も当時読んでいて強いつながりを感じていました。もちろんセルジオ越後さんの存在もありますし、その移民が与えた影響というのが強かったんだなというのはどこかに引っかかっていて、改めて日本代表を扱うにあたっては欠かせないなと思いました」
―そうした地政学的な側面に加えて、日本代表のパートではハリルジャパンなど当時のチームに対する深い洞察が記されている点も非常に面白かったです。
「なぜそうなっているかはやっぱり金子イズムといいますか、金子達仁さんが『28年目のハーフタイム』でやった時の教えが残っているのかなと思いますね。もちろん批判もあると思うんです。やっぱり全員に取材ができるわけじゃないので、限られた選手の視点でのレポートになってしまうので、どうしてもすべてを分かったかのように書くのは間違いも出やすいとも思います。『28年目のハーフタイム』にも異論反論はあったと思うので。ただそれを含めてやり切ること。こういう人たちの物語だからということでやると。金子さんがよく言っていたのは『1デシベルを10デシベルで書くのは嘘じゃない』と。それもギリギリだとは思うんですが、そういう中でなるべく選手の内部情報をしっかり書きたいなというのがまずありました。2006年のW杯の後に『敗因と』という本を金子さんと戸塚啓さんとの3人でやった時、本当にいろんな選手にインタビューして、その時の原体験は大きいですね。黄金世代の取材をしていたんで内情は知っていたけど書かなかったということもありました。ただ、やっぱり書かないとダメだなと思わせられたというか、やっぱり結局は喧嘩して空中分解して負けてしまったので。『ジーコはあまり良くない』ということを聞きながらも、書かなかったという後悔があったから、より内部情報を出していこうっていうふうに思ったのが06年のW杯の後でした。そういうことを思うと常に内部情報を得ようとするんで、すごく森保監督には嫌がられることもあるんですけど(苦笑)」
―まさにチームの核心に迫っていくところはこの本からも感じましたし、ハリルジャパンの最終局面をこれほど鮮やかに描けるのは木崎さんの取材だからこそだと思います。
「なかなか隠された情報ではあったので、すぐには表には出せなかったんですが、もう日が経ったからいいやというのもありますよね(笑)。まさにYouTubeで喋ったことはありましたが、これを文字に書いたのは初めてだと思います。文字って重いじゃないですか。YouTubeで喋るのに比べてやっぱり文字の方が情報としてちゃんとしていないといけないので、ここは知っている人は引っ掛かるところだろうなと思いましたね」
―こうしたテーマ設定の本の中に、いわゆる初出し情報がたくさん盛り込まれているというのはとても貴重なことだと思います。
「まずは他で出すところがなかったというのもあるんですが、2006年の本を出した後はやってないんですよね。2014年、2018年とかも。総括本は売れないから出ないのかなとも思うんですが。大会前だけ盛り上げて毎回終わっていくっていうのはもったいないなと感じている部分もあったんですよ。例えば2010年とかあのすごく評価が低かった状況からグループステージ突破できた大逆転のストーリーとしての本というのは、僕の知る限りなかったですよね。その後も大会中の取材を集めた本はありましたが、もっと長いスパンを追って、チーム内の力学みたいなものに注目した本はなかなかなくて、多分売れないからとかいろんな理由があると思うんですけど、それをちょっとまとめておきたいなという思いはありました」
―まさにその試みが込められたパートですごく面白かったです。日本代表を追っている人にとって貴重な証言がたくさんありました。
「それがこの本を読む入り口になってくれたらなというところがありましたね。『地政学』という距離感のある分野に対して、一般の人が読み物としても読めるところから入ると、ややこしいW杯招致の話とかブラッター会長の汚職の話とかもちょっと読みやすくなるかなと。正直、これが地政学と言えるかはわからないんですけど、“チーム政治学”みたいなところで地理が絡んでいると思うので、従来の地政学とはちょっと違うと思うんですが、そこは拡大解釈して、選手同士の喧嘩とか監督との喧嘩とか、地理的なものの影響もかなり大きいと思っていたので扱いました」
―もう一つ、人にフォーカスした部分も面白かったです。たとえば長年取材されてきた本田圭佑選手のエピソードもいくつかありましたが、人を描く際に意識していることはどのようなことですか。
「始めの頃に高原(直泰)選手の取材をしていた頃は食い込むことばかりしか考えていませんでした。それは通信員という特殊なポジションゆえに仕方ない部分もありましたし、その選手と仲良くならないと話にならないというのもありました。でも高原選手はすごくメディア嫌いで、試合後には喋るんですけどなかなかフランクに喋るような関係にはなれずという時期が半年間くらいありました。でもどんどん距離を縮めて最終的には週末に一緒にボウリングに行くような関係に最終的にはなったんですけど、すると悪いことは書けなくなるんですね。ちょうちんライターじゃないけど、応援者になっちゃったみたいな。そういう時期があったんです。当時はそれが悪いとも思っていなかったんですが、2006年のW杯であまりいい結果が出ず、その時に『このスタイルじゃダメだな』というのがありました。一方で『敗因と』で川口能活さんのくだりを書いた時に、金子さんに『会ったことのないヤツに辛すぎる』と言われて、確かにそうだなと。そこからは逆に仲良い人には厳しく、全然関係性がない人には厳しすぎないようにというバランスになっていきました。また本田選手は、もともと2008年に最初に会った時はすごくフランクに話してくれる仲だったけど、10年くらいから喋らなくなって。でもめちゃくちゃ仲が良かったわけじゃないから、2010年に喋らなくなった後に『え?何で喋らなくなったんだ』っていうクレームを入れられるぐらいの距離感だったので。でもW杯が人をおかしくさせたから喧嘩を売ったというか、『これで喋らなかったら勝ち逃げだよ』って言ったのが関係が深まってきた最初だったかなと思います。なので、バランス感覚っていう意味では紆余曲折あって揉めたこともあったし、他の人からのアドバイスもあったしで、だんだん麻痺していったというか、慣れていったというのがありましたね」
―まさにこの本にはFIFA会長を務めたアベランジェ氏、ブラッター氏など会ったことのない人も出てきたのが印象的でした。彼らの罪を今の価値観から切り捨てるのではなく、彼らの功罪が今のサッカー界にどう繋がっているのかという時代性をフラットに捉えているところが面白かったです。
「それはもしかしたら川口能活さんのことがどこかに残っているかもしれないですね。また僕は宮本恒靖さんにも当時、すごく辛口だったんですけど、宮本さんがオーストリアに移籍してきた時はめちゃくちゃ気まずかったんです。2006年当時、僕のブログにツネさんのファンからすごい書き込みが来たこともあって、勝手に気まずくなることを想像していたんですが、幸いにもツネさんがすごく寛大な人というか、あまりそういうのを気にしないふうにしてくれて、インタビューもその後3〜4回させてもらったし、もしかしたら『嫌なヤツだな』と思いながら対応してくれたのかもしれませんが、そういう経験の影響もあったかもしれないですね」
―あのパートを扱おうと思ったのはどのような意図だったんでしょう。
「僕がドイツに住んでいた時にFIFA理事会の取材に行ったことがあって、たまたま横に座った人が電通の人で『困ったことがあったらここに連絡して』って渡された名刺があの高橋治之さんだったんですよね。こういうふうにFIFAに電通の人が来て動かしているんだなというのを感じたりとかで、南アフリカW杯の時も抽選会にいろんなFIFA理事が来て、その中に日本の方も入っていて魑魅魍魎の世界だなというのを何となく見ていたので、描きやすさ、想像しやすさはあったかもしれないですね。もちろん汚職などはあったんだけども、どういう政治の場でそれが行われているかというのを過去の取材で外巻きでしたけど見ていたというのはあります」
―西サハラという現在進行形のイシューに触れていたのも新鮮でした。僕はAFCONのモロッコ開催にあたっての『The Athletic』の記事で知りましたが、こういう話も触れられているのかと驚きました。
「まずモロッコがアンダー年代で来ているというのがあったじゃないですか。U-20W杯で優勝しましたし」
―テレビ解説されていましたよね。
「あの時の解説資料に入っていたわけではなかったので僕も最初から知っていたわけではないんですが、モロッコがいま来ているんだなと思って、あの国王のアカデミー(ムハンマド6世国王アカデミー)が面白いなと思って調べていたら出てきたという形でした。なので後付け的に西サハラの問題は気付いて書きましたね。モロッコという国を調べていたら出会いました」
―地政学というテーマは手を広げればキリはないと思うのですが、こういった新しいイシューを紹介するのも貴重な試みだと感じました。
「この国はなんでそんなにサッカーに力を入れているんだということを考えると、その裏の意図もあるんじゃないかなというのは常にありますよね」
―サウジアラビアについてもまさにその論理が書かれていました。こうして、ただサッカーを追っているだけでは目に入らないようなイシューが盛り込まれていながら、中高生も読めるような形で一つ一つの論点がコンパクトに網羅されていたのはとても印象的でした。
「やはりオムニバス的な本なのでどこから読んでも読めるようにとは思っていました。ただ、何の要素を入れようかなとなった時、やっぱりみんなが知ってる方が面白くなるかなという思いはありました。先行本を見ると北マケドニアの話などマニアックなテーマもあって、そういうのも面白いんですが、日本の読者にはあまりなじみがないなと。いかに境界領域といいますか『サッカーと地政学』を読んでもらうためにはやっぱり接点がないといけないなということで、やっぱり英雄だよなということでマラドーナとか、メッシとか、ロナウドといった有名な選手を集めたりとか、バイエルンやバルセロナといったみんなが知っているチームを扱いました」
―有名人という点では、メッシがバルセロナに移住した際にちょうどアルゼンチンで経済危機があったというくだりはまさに地政学が解き明かされていくワクワク感がありました。
「経済危機によってアメリカに移住したというアルゼンチン人の知り合いがいて、彼は後に本田圭佑さんのマネージャーになって、カンボジアのヘッドコーチになる人なんですが、彼の話も聞いていたので『メッシの医療費をクラブが払えなくなった頃はそういえば経済危機だったな』と。高原選手もボカ・ジュニアーズに行った時に銀行からお金をおろすのにすごい行列があったとか、いろんな混乱の話を聞いていたので、メッシが国を出たというのもどこかで地政学的な捉え方をしていたのかもしれないですね。なのでなぜ英雄を扱ったかというと、いろんな地政学の可能性がある中で、日本の人にとって一番キャッチーなところを押さえようと思っていました」
―あの章は現役のスター選手を知っている人なら誰でも読みやすいと思いました。
「ただ今回の本で驚きだったのは昔、Numberなどではこういう内容って結構特集されていたんですよね。地政学という名称は使われてなかったんですが。木村元彦さんのオシム(イビチャ・オシム元日本代表監督)の本も旧ユーゴの地政学的な話ですし、昔のNumberでは後藤健生さんとか田村修一さんもやっていたような内容だったので、意識はしていなかったんですけどその土壌がどこかにあって、こういうのってまだ1周回ってニーズがあるんだなと思いましたね。若い世代の方は昔のNumberを読んでいないので。その内容がアップデートされて、現代の読み物も含めてある程度若い人にも読まれたのはというのは、新鮮だったんだなっていうのがすごく驚きでした。ある意味、これもサッカーの普遍的な面白さではあると思うんですね。地域とか政治的なものとか、地政学が絡んでくるのがサッカーの醍醐味だと思うんですけども、最近は戦術とか実用書的なものばかりでニーズを満たしていたんですけども、ここはちょっと見落としていたなという思いがありました」
―先日Xのほうで、電車の中でこの本を読んでいる若い読者との出会いがあったということを書かれていましたが、若い人に読まれるかもしれないという想定してはいなかったんですね。
「全く想定してなかったですね。どちらかというとコアな層を想定していたら、予想以上にニーズがあったんだなっていうのがやってみてわかりました。先日も『GIANT KILLING』のツジトモさんから連絡があって『これをライフワークにしてもいいんじゃないか』ということを言われて確かにな、と。昔はやっていた人がいたのに急にやられなくなったということもあって、僕もそれをやっていることには気づかなかったんですけど、一番ここは面白いところなのになんでやってなかったんだろうなというのは改めて感じました。もちろん戦術や、試合がどうだというのも好きなんですが、みんながみんなそれになっちゃったんだなというのを反省も込めて思っているところです」
(インタビュー・文 竹内達也)
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―木崎さんは海外での取材経験がとても豊富ですが、「地政学」というテーマを意識し始めたのはいつ頃だったのでしょう。
「大きく遡ると、金子達仁さんのライター塾(『金子塾』)にいた頃ですね。2002年の日韓W杯に向けた企画で、1998年W杯開催国のパリからキャンピングカーでユーラシア大陸を横断し、日本に向かうという旅をしたんですが、ポーランドからリトアニアに入る時の国境審査で『車検証がコピーだから入れられない』と言われました。よくよく調べると車を旧ソ連に売りに行く人がいるからコピーじゃダメだということで、そこで金子さんたちは国境に残り、僕ともう一人の塾生がワルシャワまで戻って、パリにいる知り合いに本物の車検証を持ってきてもらうということになりました。西側諸国まではあんなに自由に旅をしていたのに、旧ソ連じゃないリトアニアでもダメなんだなというのが強く印象に残っています」
―キャンピングカーの旅の話は『ラジオ・クラッキー』で聴いてすごく面白かったです。
「結局はモスクワまで行ってキャンピングカーで行くのを止められてしまい、そこから金子さんたちはシベリア鉄道で帰り、僕たちはパリまでキャンピングカーを返しに行くことになったんですが、国境というものを強く意識した旅になりましたね」
―その後もロシアによく行かれていましたよね。
「ロシアには本田圭佑さんの取材で25回行きました。思い出すのは当時通信社に勤めていたロシア人の子と仲良くなって、彼はその後、ロシア外務省に勤めるようになって日本でも会っていたんですが、VPNを繋がないとメッセンジャーを使えないとか、ウクライナとの戦争があった時に連絡が途絶えたとかで、サッカーで知り合った人たちも国の影響を大きく受けるんだなということがありました。その後アメリカ大使館の人とも知り合って、その子と友達だということを話したらすごく嫌がられたり、国同士の立ち位置というものも感じました」
―いまは日本人選手もロシアを移籍先に選ぶのは難しくなりましたし、まさに『サッカーと地政学』ですね。
「またベルギーのゲンクで鈴木隆行さんの試合を見た時のことですが、僕は当時ハンブルクに住んでいて、夜行バスでベルギーから帰ろうとした時に、国境のあたりで警察官が抜き打ちで乗ってきたんです。おそらく不法移民だった中東系の人が連れて行かれていたんですが、その時のこともたびたび思い出しますね。そういう経験があったのでドイツでは(メスト・)エジルのルーツを取材したりしていました。それこそ2006年のW杯に向けてドイツに住んでいた時も、移民は大きなテーマになっていて、スキッベさん(神戸のミヒャエル・スキッベ監督)が主導して移民の選手をドイツ代表に入れられるようにという運動をしていて、国が一つになっていくような時期でしたね。その後、エジルが揉めたりしたこともありましたし、ドイツも行ったり来たりしながら一つになって、いまやアフリカ系の選手がキャプテンになっても違和感はない時代になっていますよね」
―今の話を聞いていて強く感じたんですが、この本には欧州各国の地政学について記されている章もあって、このパートについても長年の取材の蓄積があったんですね。
「そうですね。やっぱり移民と国とサッカーというのは当時のドイツを通じて感じました。もともとは1998年のフランスというのもあったでしょうけど、僕の場合はドイツが色濃かったです。そのおかげで強くなったドイツも見ていたので。まさに2014年にW杯で優勝した時はケディラもチュニジア系ですし、ポーランド系のクローゼとか、そういった外国系の選手が多かったんですよね。ただ2006年の時は反発がありました。アサモアも確かガーナの出身ですが、ドイツ生まれじゃないけどドイツ語を喋れて、ドイツ代表に入って人種差別をやめようという動きの走りですよね。今はそういうのが当たり前になっていますが、それは彼らの功績だなと思っていました。ドイツの前に半年間オランダに住んでいたこともありましたが、オランダはスリナム系の選手が問題とされていて、セードルフやダービッツが常に白人系選手たちともめるという構図があったのを見て、そこはずっと引っかかっていた部分がありました」
―なるほどです。よく「多様なルーツがミックスされて強いチームになりました」という物語が語られていますが、その葛藤の中にいらっしゃったわけですね。
「そうですね。その現在進行形のドイツだったり、オランダもセードルフやダービッツがいて1996年のEUROでダービッツが監督批判をして強制送還になったような時が一番だったとは思いますが、その問題は依然としてくすぶっていました。練習でもスリナム系のグループと白人系のグループではちょっと距離があるように見えました。今やファン・ダイクがキャプテンをやっても何も違和感がない。ただ、まだ2004年には違和感があった時代だったので、過渡期を見ていたと言えると思います」
―とても面白いです。この本の立脚点がすごく伝わってきました。また取材に基づいていると言えば、日本代表に関する言及が多かったことも印象的でした。
「実は日本代表に地政学を重ねたのは今回が初めてでした。まずは地政学というテーマがあり、それを掘り下げていくのはそのちょっと小難しいように思うし、一般との接点が欲しいなと思って日本代表をちょっと選んだという経緯でした。一番みんなが知っていて、入りやすいかなというのもありました。幻冬舎の箕輪(厚介)さんという編集者の方が言っていたのは、『誰かの本をやるときに“その人の持っているもの”と“時代の接点”が交わる交差点をいつも見ると言っていたんですね。なので、その時代の特性とかってやっぱりみんな興味があると思うんですけども、そこがないとやっぱり読んでもらえないかなというのもあって、ちょっとイレギュラーだったと思うんですけども日本代表を扱いました」
―日本代表の章ではまず、日系ブラジル人について深く触れられていたことにハッとさせられました。日本サッカーの歴史を考えれば当たり前のことかもしれませんが、たしかに日本サッカー特有の地政学だなと。
「ブラジルとのつながりについて個人的な体験で意識したのは、トーマス・クロートさんという代理人がいるじゃないですか。彼に取材している時に『日本はやっぱりブラジルサッカーだね』と何度も言われたんです。ヨーロッパの組織をやろうとしているけど、やっぱりブラジルの色が強いと。彼らもそれを考慮して選手を見て獲得しているということを言われて、ヨーロッパの人から見るとやはり日本サッカーはブラジルなんだなということを感じていました。たしかにキャプテン翼とかの影響もあると思うんですが、日本がテクニック重視なのはブラジルからなんじゃないかという仮説をずっと持っていましたし、まさにキャプテン翼の大空翼が最初にブラジルに行こうとしていたというのもそういうところからですよね。またブラジルW杯で現地に行くにあたって、サンパウロの日本人街に行ったりしましたし、移民系の書籍も当時読んでいて強いつながりを感じていました。もちろんセルジオ越後さんの存在もありますし、その移民が与えた影響というのが強かったんだなというのはどこかに引っかかっていて、改めて日本代表を扱うにあたっては欠かせないなと思いました」
―そうした地政学的な側面に加えて、日本代表のパートではハリルジャパンなど当時のチームに対する深い洞察が記されている点も非常に面白かったです。
「なぜそうなっているかはやっぱり金子イズムといいますか、金子達仁さんが『28年目のハーフタイム』でやった時の教えが残っているのかなと思いますね。もちろん批判もあると思うんです。やっぱり全員に取材ができるわけじゃないので、限られた選手の視点でのレポートになってしまうので、どうしてもすべてを分かったかのように書くのは間違いも出やすいとも思います。『28年目のハーフタイム』にも異論反論はあったと思うので。ただそれを含めてやり切ること。こういう人たちの物語だからということでやると。金子さんがよく言っていたのは『1デシベルを10デシベルで書くのは嘘じゃない』と。それもギリギリだとは思うんですが、そういう中でなるべく選手の内部情報をしっかり書きたいなというのがまずありました。2006年のW杯の後に『敗因と』という本を金子さんと戸塚啓さんとの3人でやった時、本当にいろんな選手にインタビューして、その時の原体験は大きいですね。黄金世代の取材をしていたんで内情は知っていたけど書かなかったということもありました。ただ、やっぱり書かないとダメだなと思わせられたというか、やっぱり結局は喧嘩して空中分解して負けてしまったので。『ジーコはあまり良くない』ということを聞きながらも、書かなかったという後悔があったから、より内部情報を出していこうっていうふうに思ったのが06年のW杯の後でした。そういうことを思うと常に内部情報を得ようとするんで、すごく森保監督には嫌がられることもあるんですけど(苦笑)」
―まさにチームの核心に迫っていくところはこの本からも感じましたし、ハリルジャパンの最終局面をこれほど鮮やかに描けるのは木崎さんの取材だからこそだと思います。
「なかなか隠された情報ではあったので、すぐには表には出せなかったんですが、もう日が経ったからいいやというのもありますよね(笑)。まさにYouTubeで喋ったことはありましたが、これを文字に書いたのは初めてだと思います。文字って重いじゃないですか。YouTubeで喋るのに比べてやっぱり文字の方が情報としてちゃんとしていないといけないので、ここは知っている人は引っ掛かるところだろうなと思いましたね」
―こうしたテーマ設定の本の中に、いわゆる初出し情報がたくさん盛り込まれているというのはとても貴重なことだと思います。
「まずは他で出すところがなかったというのもあるんですが、2006年の本を出した後はやってないんですよね。2014年、2018年とかも。総括本は売れないから出ないのかなとも思うんですが。大会前だけ盛り上げて毎回終わっていくっていうのはもったいないなと感じている部分もあったんですよ。例えば2010年とかあのすごく評価が低かった状況からグループステージ突破できた大逆転のストーリーとしての本というのは、僕の知る限りなかったですよね。その後も大会中の取材を集めた本はありましたが、もっと長いスパンを追って、チーム内の力学みたいなものに注目した本はなかなかなくて、多分売れないからとかいろんな理由があると思うんですけど、それをちょっとまとめておきたいなという思いはありました」
―まさにその試みが込められたパートですごく面白かったです。日本代表を追っている人にとって貴重な証言がたくさんありました。
「それがこの本を読む入り口になってくれたらなというところがありましたね。『地政学』という距離感のある分野に対して、一般の人が読み物としても読めるところから入ると、ややこしいW杯招致の話とかブラッター会長の汚職の話とかもちょっと読みやすくなるかなと。正直、これが地政学と言えるかはわからないんですけど、“チーム政治学”みたいなところで地理が絡んでいると思うので、従来の地政学とはちょっと違うと思うんですが、そこは拡大解釈して、選手同士の喧嘩とか監督との喧嘩とか、地理的なものの影響もかなり大きいと思っていたので扱いました」
―もう一つ、人にフォーカスした部分も面白かったです。たとえば長年取材されてきた本田圭佑選手のエピソードもいくつかありましたが、人を描く際に意識していることはどのようなことですか。
「始めの頃に高原(直泰)選手の取材をしていた頃は食い込むことばかりしか考えていませんでした。それは通信員という特殊なポジションゆえに仕方ない部分もありましたし、その選手と仲良くならないと話にならないというのもありました。でも高原選手はすごくメディア嫌いで、試合後には喋るんですけどなかなかフランクに喋るような関係にはなれずという時期が半年間くらいありました。でもどんどん距離を縮めて最終的には週末に一緒にボウリングに行くような関係に最終的にはなったんですけど、すると悪いことは書けなくなるんですね。ちょうちんライターじゃないけど、応援者になっちゃったみたいな。そういう時期があったんです。当時はそれが悪いとも思っていなかったんですが、2006年のW杯であまりいい結果が出ず、その時に『このスタイルじゃダメだな』というのがありました。一方で『敗因と』で川口能活さんのくだりを書いた時に、金子さんに『会ったことのないヤツに辛すぎる』と言われて、確かにそうだなと。そこからは逆に仲良い人には厳しく、全然関係性がない人には厳しすぎないようにというバランスになっていきました。また本田選手は、もともと2008年に最初に会った時はすごくフランクに話してくれる仲だったけど、10年くらいから喋らなくなって。でもめちゃくちゃ仲が良かったわけじゃないから、2010年に喋らなくなった後に『え?何で喋らなくなったんだ』っていうクレームを入れられるぐらいの距離感だったので。でもW杯が人をおかしくさせたから喧嘩を売ったというか、『これで喋らなかったら勝ち逃げだよ』って言ったのが関係が深まってきた最初だったかなと思います。なので、バランス感覚っていう意味では紆余曲折あって揉めたこともあったし、他の人からのアドバイスもあったしで、だんだん麻痺していったというか、慣れていったというのがありましたね」
―まさにこの本にはFIFA会長を務めたアベランジェ氏、ブラッター氏など会ったことのない人も出てきたのが印象的でした。彼らの罪を今の価値観から切り捨てるのではなく、彼らの功罪が今のサッカー界にどう繋がっているのかという時代性をフラットに捉えているところが面白かったです。
「それはもしかしたら川口能活さんのことがどこかに残っているかもしれないですね。また僕は宮本恒靖さんにも当時、すごく辛口だったんですけど、宮本さんがオーストリアに移籍してきた時はめちゃくちゃ気まずかったんです。2006年当時、僕のブログにツネさんのファンからすごい書き込みが来たこともあって、勝手に気まずくなることを想像していたんですが、幸いにもツネさんがすごく寛大な人というか、あまりそういうのを気にしないふうにしてくれて、インタビューもその後3〜4回させてもらったし、もしかしたら『嫌なヤツだな』と思いながら対応してくれたのかもしれませんが、そういう経験の影響もあったかもしれないですね」
―あのパートを扱おうと思ったのはどのような意図だったんでしょう。
「僕がドイツに住んでいた時にFIFA理事会の取材に行ったことがあって、たまたま横に座った人が電通の人で『困ったことがあったらここに連絡して』って渡された名刺があの高橋治之さんだったんですよね。こういうふうにFIFAに電通の人が来て動かしているんだなというのを感じたりとかで、南アフリカW杯の時も抽選会にいろんなFIFA理事が来て、その中に日本の方も入っていて魑魅魍魎の世界だなというのを何となく見ていたので、描きやすさ、想像しやすさはあったかもしれないですね。もちろん汚職などはあったんだけども、どういう政治の場でそれが行われているかというのを過去の取材で外巻きでしたけど見ていたというのはあります」
―西サハラという現在進行形のイシューに触れていたのも新鮮でした。僕はAFCONのモロッコ開催にあたっての『The Athletic』の記事で知りましたが、こういう話も触れられているのかと驚きました。
「まずモロッコがアンダー年代で来ているというのがあったじゃないですか。U-20W杯で優勝しましたし」
―テレビ解説されていましたよね。
「あの時の解説資料に入っていたわけではなかったので僕も最初から知っていたわけではないんですが、モロッコがいま来ているんだなと思って、あの国王のアカデミー(ムハンマド6世国王アカデミー)が面白いなと思って調べていたら出てきたという形でした。なので後付け的に西サハラの問題は気付いて書きましたね。モロッコという国を調べていたら出会いました」
―地政学というテーマは手を広げればキリはないと思うのですが、こういった新しいイシューを紹介するのも貴重な試みだと感じました。
「この国はなんでそんなにサッカーに力を入れているんだということを考えると、その裏の意図もあるんじゃないかなというのは常にありますよね」
―サウジアラビアについてもまさにその論理が書かれていました。こうして、ただサッカーを追っているだけでは目に入らないようなイシューが盛り込まれていながら、中高生も読めるような形で一つ一つの論点がコンパクトに網羅されていたのはとても印象的でした。
「やはりオムニバス的な本なのでどこから読んでも読めるようにとは思っていました。ただ、何の要素を入れようかなとなった時、やっぱりみんなが知ってる方が面白くなるかなという思いはありました。先行本を見ると北マケドニアの話などマニアックなテーマもあって、そういうのも面白いんですが、日本の読者にはあまりなじみがないなと。いかに境界領域といいますか『サッカーと地政学』を読んでもらうためにはやっぱり接点がないといけないなということで、やっぱり英雄だよなということでマラドーナとか、メッシとか、ロナウドといった有名な選手を集めたりとか、バイエルンやバルセロナといったみんなが知っているチームを扱いました」
―有名人という点では、メッシがバルセロナに移住した際にちょうどアルゼンチンで経済危機があったというくだりはまさに地政学が解き明かされていくワクワク感がありました。
「経済危機によってアメリカに移住したというアルゼンチン人の知り合いがいて、彼は後に本田圭佑さんのマネージャーになって、カンボジアのヘッドコーチになる人なんですが、彼の話も聞いていたので『メッシの医療費をクラブが払えなくなった頃はそういえば経済危機だったな』と。高原選手もボカ・ジュニアーズに行った時に銀行からお金をおろすのにすごい行列があったとか、いろんな混乱の話を聞いていたので、メッシが国を出たというのもどこかで地政学的な捉え方をしていたのかもしれないですね。なのでなぜ英雄を扱ったかというと、いろんな地政学の可能性がある中で、日本の人にとって一番キャッチーなところを押さえようと思っていました」
―あの章は現役のスター選手を知っている人なら誰でも読みやすいと思いました。
「ただ今回の本で驚きだったのは昔、Numberなどではこういう内容って結構特集されていたんですよね。地政学という名称は使われてなかったんですが。木村元彦さんのオシム(イビチャ・オシム元日本代表監督)の本も旧ユーゴの地政学的な話ですし、昔のNumberでは後藤健生さんとか田村修一さんもやっていたような内容だったので、意識はしていなかったんですけどその土壌がどこかにあって、こういうのってまだ1周回ってニーズがあるんだなと思いましたね。若い世代の方は昔のNumberを読んでいないので。その内容がアップデートされて、現代の読み物も含めてある程度若い人にも読まれたのはというのは、新鮮だったんだなっていうのがすごく驚きでした。ある意味、これもサッカーの普遍的な面白さではあると思うんですね。地域とか政治的なものとか、地政学が絡んでくるのがサッカーの醍醐味だと思うんですけども、最近は戦術とか実用書的なものばかりでニーズを満たしていたんですけども、ここはちょっと見落としていたなという思いがありました」
―先日Xのほうで、電車の中でこの本を読んでいる若い読者との出会いがあったということを書かれていましたが、若い人に読まれるかもしれないという想定してはいなかったんですね。
「全く想定してなかったですね。どちらかというとコアな層を想定していたら、予想以上にニーズがあったんだなっていうのがやってみてわかりました。先日も『GIANT KILLING』のツジトモさんから連絡があって『これをライフワークにしてもいいんじゃないか』ということを言われて確かにな、と。昔はやっていた人がいたのに急にやられなくなったということもあって、僕もそれをやっていることには気づかなかったんですけど、一番ここは面白いところなのになんでやってなかったんだろうなというのは改めて感じました。もちろん戦術や、試合がどうだというのも好きなんですが、みんながみんなそれになっちゃったんだなというのを反省も込めて思っているところです」
(インタビュー・文 竹内達也)
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