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現状の差を感じながらも「俊輔超え」を目指すMF藤本

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 同じレフティー、そして横浜F・マリノス(当時・横浜マリノス)の下部組織から桐光学園を経由してプロ選手になった。共通点が多いため、MF中村俊輔と比較されることも多いのが、名古屋から横浜FMへ移籍したMF藤本淳吾だ。小学生から中学途中まで横浜FMの下部組織で過ごした男は、“古巣”への復帰を決断し、「ここでサッカーをしたかった。マリノスがタイトルを取れるように、そしてその中で自分自身もしっかり力となり、活躍できるようにしたい」と決意を語った。

 横浜FMの中盤には藤本同様に左足からのキックで試合をコントロールする中村が絶対的な存在として君臨しているが、共存は十分に可能だと話す。「状況によって変わる部分もありますが、僕は使われる側のほうが生きると思うし、裏に抜け出してロングボールを受けることもできる。セットプレーは『俊さんが蹴る』と相手には思われるはずなので、そこで何か良いアイデアがあればいいんじゃないかなと思います」。

 清水時代は1年目から10番を背負い、名古屋時代にはACLも経験。日本代表に招集されるなど、Jリーグを代表する選手だが、課題はまだまだ多いと語る。「清水のときは守備して、続けてダッシュして前線まで行き、ドリブルとかも仕掛けられた。でも名古屋ではなかなかそういう場面を出せなかった。だから走力をつけて、そういうプレーができればいいなと思っています。マリノスで生き残るには走力が必要になると思うので、チームのコンセプトに合うように、自分を鍛えていきたい」。

 背番号は昨季まで中村が背負っていた「25」。クラブからの期待を感じながらも、前任者である『俊輔超え』も実現しなければいけないという思いもあるようだ。

「背番号25は俊さんが付けていたので、期待に応えられるように、しっかりやっていきたい。スタジアムにいっぱい25番を着ている人がいると思うので、全部自分の応援だと思ってプレーします」。そう言って笑うと、「自分が成長する上で、俊さんを乗り越えていかないといけません。ただ、乗り越えるには今の差が大き過ぎるので、今はその差を埋めるように頑張りますとしか言えません。チーム内の競争に勝って、まずは俊さんと同じピッチに立てるように頑張ります」と力強く話していた。


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