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名古屋MF稲垣祥、アマチュアサッカー界の名門を渡り歩いた「反骨心」

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名古屋で欠かすことの出来ない選手となっている稲垣祥

 名古屋グランパスで欠かすことのできない選手となっている稲垣祥。FC東京U-15むさし、帝京高、日本体育大とアマチュアサッカー界の名門を渡り歩き、プロ入りを果たしたが、その道のりは決して平たんではなかったという。

――まずは先日、右足関節三角骨障害で手術を受けたというリリースがありました。驚きました。
「実は夏から足が全然ダメでした。トレーナーの方に協力してもらいながら、何とかシーズンを乗り切ることができたという感じです。オペすることは夏には決めていたので、あとはシーズンをどう持たせられるかでした。今のところ経過は順調です」

――稲垣選手と言えば、2021年の活躍が衝撃的でした。その年からニューバランスのスパイクを履くようになりました。
「導いてくれたんじゃないですか、ニューバランスが(笑)。ただスパイク自体は本当に履きやすい。それはどの選手にとっても大事なところだと思います。今履いているモデル『442 V2 PRO』は、フィットするまでの時間が早い。慣れるまで何回か試合に履くのではなくて、1回履いただけで試合で使える。そこはメリットだと思います。デザインも含め、蹴った感覚が好きで、特にインステップで蹴った時の感覚は違うので、そこは気に入っています」

――昔からスパイクにこだわりがあった?
「今思うとめちゃめちゃ生意気だったと思うけど、親に2万円くらいのスパイクを買ってくれと頼んでいました。親も『何を買ってもいいぞ』と言ってくれていたので、好きなスパイクを選んでいました」

――何歳くらいの時ですか?
「小学生の時にはもうそんな感じでしたね。フィット感はその時から大事にしていて、人工皮より天然皮革のものを選んでいました。あと自分は足の幅があったので、そこは細いものよりも、ある程度幅のあるものを選んでいました」

 目尻を下げた笑顔、柔和な表情から伝わる気の優しさは、稲垣の何よりの特徴。聞くと姉と妹に挟まれて育った家庭環境から来ているようだ。しかし稲垣にはそれを致命的だと感じた時期があった。

――今年春に稲垣選手もツイートされていましたが、来季から甲府に入団する三浦颯太選手は、中、高、大、そしてプロのスタートまで全く同じ経歴なんですね。
「そうなんですよ!でも彼ね、まだ会ったことがない(笑)。甲府のスカウトから『頼むぞ!』ってすごく連絡が来るんです。『お前と同じキャリアだから、すごく期待してるんだ』と。ただまだ精神的に鍛えないといけないところがあるから、機会があったら声をかけてやってくれと言われている。どこかで会いたいなと思います。ゲキサカさんでどうですか、対談。よろしくお願いします(笑)」

――ぜひ検討させてください(笑)。稲垣選手の経歴ですが、FC東京U-15むさしからユースに上がれずに、帝京高校に進学しました。
「当時はヒョロヒョロの小さい、そこそこ上手い程度の選手でした。それと姉ちゃんと妹に挟まれて育ったので、性格的に男社会に入り切れないところがあった。アスリートとしては致命的ですよね。だから一皮むけないといけないことは分かっていた。帝京に入った時は経験したことのないギャップを感じましたが、そういうのも含めて、いい経験だったのかなと思います」

――帝京高校では10番を背負う選手にまでなりました。
「中学の時は試合にほとんど出ていないので、子どもながらにユースに上がれないことは分かっていました。今でも持っていますが、その時のメンバー全員の序列をひっくり返したいという反骨心でやっていました。最後の高校選手権も全国に行ったけど初戦負けだったので、欲を言えばもっと経験したかったけど、そこも逆に良かったというか、常に足りないものを追い求めてこれたと思うので、それはそれで大きな財産になっています」

――挫折を力にしてきたということですね。高校卒業後は日体大に進学しました。
「プロの話は全くなくて、どこか引っ掛かりそうという話もなかった。だから辞める仲間も多かったので、正直自分も辞めることは選択肢としてありました。でも教員免許は取りたいと思っていて。結果的にはいいチョイスをしたなと思います」

――教員免許は取ったんですか?
「取りましたよ。でも帝京に教育実習に行ったんですけど、俺は向いていないなと思った(笑)。子供と関わるのは好きなので、学生と関わるのは面白かったですけど、それ以外のところがダメでしたね。指導者ですか?大変そうなので、今はあまりどうかなーというのはあります(笑)。ライセンスは取っておいて損はないと思うので、取りながらとは思いますけど…」

――FC東京でレールに乗れなかったけど、結果的に高校、大学と厳しい環境に身を置けたことで、性格面から鍛えることができた。
「自分ではそんなに強くなった感じはしなかったけど、外から見たら変わっていっていたんだと思います。プレーヤーとしても、大学2年生の時に鈴木政一さん(元磐田監督)が監督として来てくれて、それで道がひらけてきたというか、大学3年生の時にはプロの練習参加もするようになって、その時はプロに行けそうだなという肌感覚になっていた。夢が具体的になっていく感じでした」

 大学を卒業した14年春から稲垣はヴァンフォーレ甲府でプロ生活をスタートさせた。甲府には3年間在籍したが、1学年下の現日本代表FW伊東純也とも1年間プレーした。

――甲府で稲垣選手の1年後に入団した伊東純也選手は、今回のワールドカップでも活躍しています。
「凄い人になっちゃいましたね(笑)。大学の時も対戦していたけど、当時から速い選手のイメージがありました。性格は変わってますけどね(笑)。マイペースで面白い奴ですよ。当時ここまでの選手になるか?ないです、ないです。ただ甲府の時もあいつ個人の力で勝ち点を稼いでいたと思うので、当時からいい選手だったとは思います」

――今回のワールドカップに出場した日本代表でも26人のうち9人が大学リーグ経験者でした。日本サッカーの強みになっていると感じます。
「大卒選手で感じるのは自立出来ている。自分の置かれている状況を理解できて、考えて行動できているんだと思います。最終的には個人。その選手が自立していないと伸びていかない。それと苦しい時にどうチームを変えていくのか、継続するのか、そういうもがき方を知っている選手が大卒には多いのかなと感じます」

――稲垣選手も来季はプロ10年目になります。
「選手としてはそんなに長くないと思うけど、1年でも長く現役でという考え方ではなくて、自分が力を出し切れる年齢のうちに出し切りたい。だから1年1年を大事にやっていきたいと思います」

――チームとしても、リーグのタイトル争いに加わることが切望されます。
「今年はチームとしても個人としても新しくなったというか、新しい選手が入ったりして環境の変化があった中で、思考錯誤しながら、もがきながらいい経験が出来たなと思います。来季は監督が変わって2年目になりますし、ある程度ベースは今年作ってきたところがある。結果を求められるシーズンかなと思うので、頑張りたいです」

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