思わぬJデビューでの悔しさ、U-20W杯落選の挫折…28年横浜FM内定・関富貫太の新たな覚悟「ここから、このチームで経験を積む」
Jデビューを飾った桐蔭横浜大DF
[9.13 J1第29節 横浜FM 0-3 川崎F 日産ス]
思わぬ形でJリーグの舞台に上がった。2028シーズンに横浜F・マリノスへの加入が内定しているDF関富貫太(桐蔭横浜大2年)は今節で初めてメンバー入り。すると後半44分に途中出場でピッチに入った。「率直に言えばまだまだでした」と自身のデビュー戦を振り返った。
横浜FMは後半12分に左SBの鈴木冬一がレッドカードで退場した。さらに交代選手としてSBでプレーしていた宮市亮も、試合終盤に脳震とうの疑いで担架で運ばれる事態。思わぬアクシデントに見舞われたなか、左SBの関富に出番が回ってきた。
「予想外の形で試合に入ることになった。緊張というか、いつもと違うなという感じはあった」(関富)。今シーズンのホーム戦最多となる4万1221人が来場した“神奈川ダービー”の圧、そして数的不利と0-2のビハインドという状況。想像以上のプレッシャーに遭った関富は、味方からの最初のパスをトラップしきれず、ボールを失う場面もあった。
プレー時間は約10分間だった。持ち味の積極性は見せたが、自らが納得できる出来ではなかった。「攻撃のときは高い位置でと大島(秀夫)監督からも言われていた。なるべくチャンスを演出できるようなポジションを取った。ただ、もうミスだらけだったので。そこの質や準備はこれからやっていくしかない」。デビュー戦を終えた大学生SBに笑顔はなかった。
「こういう状況で試合を変えられるくらいの選手じゃないと、もうプロの世界では必要とされないと思う。次のトレーニングから、また1からやっていきたい」
激動の数か月を過ごしてきた。4月には関東大学選抜として「JFA/Jリーグポストユースマッチ」でU-22 Jリーグ選抜と対戦。スカウトや代表スタッフも視察に訪れるなか、同じく視察に来ていた“ロス五輪世代”のU-22日本代表・大岩剛監督に招集され、7月には初めて代表活動に参加した。翌月には横浜FM加入内定が決まり、さらに大岩監督のU-22日本代表にも引き続き招集。9月3日から9日までのAFC U23アジアカップ予選に出場した。
今月下旬にはU-20ワールドカップも控えていた。現時点で“ロス五輪世代”左SBの選手層は薄く、常連のDF高橋仁胡(C大阪)の負傷や海外組・小杉啓太(ユールゴーデン)の招集可否などもあり、関富のU-20W杯出場の可能性も低くはなかった。U23アジア杯予選の直前には「今大会でも結果を残して、(U-20W杯に)選んでいただけるようにがんばりたい」と意欲。しかし、クラブから参加OKが出た小杉がU-20W杯メンバー入り。関富は惜しくも選外となった。
今後は関東大学リーグもあるが、引き続き横浜FMの活動に参加する意志も見せる。「自分としてはここ(横浜FM)で勝負したいと思っている。今日の出来で次節どうなるかわからないけど、練習でもっと違いを見せて、スタメンを奪う気持ちでやっていきたい」。代表やJデビューでの悔しさを噛みしめながら、再出発を誓う。
「彼(小杉)がU-20W杯に選ばれて、自分が落ちた形。そこは監督からの信頼や経験の差が出ている」。激動の数か月でまだ初めてのことは多い。それを自覚するからこそ「自分はここから、このチームでいろんな経験を積む」。U-20W杯の舞台には立てなかったが、「次のオリンピックにはもう抜かせるぐらいの気持ちでやっていきたい」と決意を新たにしていた。
(取材・文 石川祐介)
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思わぬ形でJリーグの舞台に上がった。2028シーズンに横浜F・マリノスへの加入が内定しているDF関富貫太(桐蔭横浜大2年)は今節で初めてメンバー入り。すると後半44分に途中出場でピッチに入った。「率直に言えばまだまだでした」と自身のデビュー戦を振り返った。
横浜FMは後半12分に左SBの鈴木冬一がレッドカードで退場した。さらに交代選手としてSBでプレーしていた宮市亮も、試合終盤に脳震とうの疑いで担架で運ばれる事態。思わぬアクシデントに見舞われたなか、左SBの関富に出番が回ってきた。
「予想外の形で試合に入ることになった。緊張というか、いつもと違うなという感じはあった」(関富)。今シーズンのホーム戦最多となる4万1221人が来場した“神奈川ダービー”の圧、そして数的不利と0-2のビハインドという状況。想像以上のプレッシャーに遭った関富は、味方からの最初のパスをトラップしきれず、ボールを失う場面もあった。
プレー時間は約10分間だった。持ち味の積極性は見せたが、自らが納得できる出来ではなかった。「攻撃のときは高い位置でと大島(秀夫)監督からも言われていた。なるべくチャンスを演出できるようなポジションを取った。ただ、もうミスだらけだったので。そこの質や準備はこれからやっていくしかない」。デビュー戦を終えた大学生SBに笑顔はなかった。
「こういう状況で試合を変えられるくらいの選手じゃないと、もうプロの世界では必要とされないと思う。次のトレーニングから、また1からやっていきたい」
激動の数か月を過ごしてきた。4月には関東大学選抜として「JFA/Jリーグポストユースマッチ」でU-22 Jリーグ選抜と対戦。スカウトや代表スタッフも視察に訪れるなか、同じく視察に来ていた“ロス五輪世代”のU-22日本代表・大岩剛監督に招集され、7月には初めて代表活動に参加した。翌月には横浜FM加入内定が決まり、さらに大岩監督のU-22日本代表にも引き続き招集。9月3日から9日までのAFC U23アジアカップ予選に出場した。
今月下旬にはU-20ワールドカップも控えていた。現時点で“ロス五輪世代”左SBの選手層は薄く、常連のDF高橋仁胡(C大阪)の負傷や海外組・小杉啓太(ユールゴーデン)の招集可否などもあり、関富のU-20W杯出場の可能性も低くはなかった。U23アジア杯予選の直前には「今大会でも結果を残して、(U-20W杯に)選んでいただけるようにがんばりたい」と意欲。しかし、クラブから参加OKが出た小杉がU-20W杯メンバー入り。関富は惜しくも選外となった。
今後は関東大学リーグもあるが、引き続き横浜FMの活動に参加する意志も見せる。「自分としてはここ(横浜FM)で勝負したいと思っている。今日の出来で次節どうなるかわからないけど、練習でもっと違いを見せて、スタメンを奪う気持ちでやっていきたい」。代表やJデビューでの悔しさを噛みしめながら、再出発を誓う。
「彼(小杉)がU-20W杯に選ばれて、自分が落ちた形。そこは監督からの信頼や経験の差が出ている」。激動の数か月でまだ初めてのことは多い。それを自覚するからこそ「自分はここから、このチームでいろんな経験を積む」。U-20W杯の舞台には立てなかったが、「次のオリンピックにはもう抜かせるぐらいの気持ちでやっていきたい」と決意を新たにしていた。
(取材・文 石川祐介)
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