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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:Here Comes The Sun(FC東京U-18・芳賀日陽)

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FC東京U-18の10番・芳賀日陽。(写真はプレミアリーグEAST、清水ユース戦)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 ずっと悔しかった。チームが思うような結果を出せないジレンマが。ずっと悔しかった。3年間を共にしてきた仲間が試合に出ることの叶わない現実が。そして何より、ずっと悔しかった。10番を託されながら自分の力でみんなを笑顔にできない不甲斐なさが。それでも、明けない夜はない。昇らない“アサヒ”はない。「もうこの2か月、今までFC東京に支えてもらったので、そのFC東京で育ったお礼を見せてやろうという想いです」。ようやく仄暗い空が白み始めた芳賀日陽の夜明けは、きっと青赤を明日へと導いていくはずだ。

 1月。FC東京U-18の2018年が始動する。クラブユース選手権2連覇。高円宮杯チャンピオンシップ優勝。2つの全国制覇を成し遂げた主力のほとんどがプロや大学へと巣立ち、まさに“新チーム”の趣が強いチームになったが、佐藤一樹監督も「今年の選手は真っ白というか、何色にも染まって行けそうな雰囲気があるので、いかに良い絵を描けるかという所では凄く楽しみな選手たちかなと。また去年とも違いますし、一昨年とも違いますし、今年のキャラクターがありますから」と期待を隠さない。

 セントラルミッドフィルダーにトライし始めていた芳賀も「練習の雰囲気も楽しくやっているので、今年は明るいチームですね」と笑顔を見せながら、「昨年も一昨年も全国を獲っていて、多少プレッシャーもありますけど、それを楽しみながら、自分たちは自分たちなりに頑張っていけば良いかなと思っています」と言葉を続ける。経験のなさを補い得るような良い雰囲気が、チーム全体から窺えた。積みあがっていくであろうものへの期待値が、新しいグループを包んでいたように当時を記憶している。

 4月。ベンチから引き揚げてくる指揮官の顔が珍しく引きつっていた。高円宮杯プレミアリーグEAST開幕戦。昨シーズンは最終節まで優勝を争った青森山田高とのオープニングマッチは、4ゴールをぶち込まれてまさかの大敗。受け入れ難い現実を目の当たりにした選手たちも、ショックの色を隠せない。第2節のジュビロ磐田U-18戦で初勝利を挙げたものの、以降は中断に入るまでの7試合で3分け4敗と、1つの白星も手にすることはできず。加えて、少しずつ下級生が出場機会を獲得していくようになる。

「夏前までは1、2年生が主体で出ていることが多くて、3年生も自分だけじゃなくて悔しい想いをしていた」と話した芳賀の名前も、第6節以降はJ3との兼ね合いもある中で、スタメンのリストから消える。この頃の彼を佐藤監督はこう見ていた。「良くない時はハーフタイムもずっと1点を見つめていたり、ちょっと本人の中で自信とか流れをなかなか掴めなくて、悶々としていた時間が長かったとは思うんですけどね」。10番を背負った芳賀にとって、チームと共に苦しい日々が続いていたことは間違いない。

 7月。真夏のクラブユース選手権は、都内へと帰還することなく群馬の地で幕を下ろす。アビスパ福岡U-18と対峙したラウンド16。ベンチスタートだった芳賀が途中交替で登場したのは後半17分。しかし、1点のビハインドを追い付くことはできず、3連覇の夢は儚く散った。「今まで凄い先輩たちが、凄い結果を残してきていたのに、『これが自分たちの実力なんだな』って示された大会でした」。既に3年生のスタメンは、片手で数え切れる程に減っていた。

 西が丘のメインスタンド。芳賀は観客席の一番端に座り、1人でピッチを見つめていた。4日前に対峙した福岡U-18と清水エスパルスユースのクラブユース選手権準決勝。「家が近いですし、サッカーが好きだから、ただ見に行った感じです」という言葉に真意が覆い隠される。

 しかもこの日は、芳賀にとって18度目の誕生日。「自分が理想として思い描いていたのは、誕生日に西が丘で点を決めて、“シャー”をやっている所だったんですけどね」。理想と現実は著しく乖離していた。「実際に試合を見ていて悔しかったですけど、下を向いていても意味がないので、試合を見た後に1人でサッカーをしに行って、ずっと壁とボールを蹴っていました」。認めざるを得なかった。ピッチではなく、スタンドにいた自分を。大観衆の中ではなく、1人でボールを蹴っている自分を。ただ、この無心の“壁当て”はわずかではあるものの、下を向きがちだった彼の目線を上げる。ようやく芳賀の中で何かが変わり始めていく。

 9月。1か月前にはスタンドから眺めていた西が丘のピッチに立ち、J3で初めてスタメンフル出場を果たした次の週。やはりJ3のアウェイゲームで富山に帯同し、28分間プレーした翌日のプレミアEAST第11節。ベンチスタートだった芳賀は、1点ビハインドの後半23分に小平のグラウンドへ解き放たれると、積極的なプレーで青赤を活性化させる。すると残り5分というタイミングで、エリア内に侵入した10番に磐田U-18のDFがたまらずファウル。ホームチームにPKが与えられる。

 迷わず自らスポットへ向かう。淀みない助走からゴールネットを揺らした瞬間。思わず右の拳を突き出す。「結果も出せていなかったので、アレでちょっと結果を出せて、勝てなかったんですけど、やっとチームに貢献できました」。残留争いのライバルと勝ち点1を分け合うことになる貴重な一撃。この前後から「“上手い所”を前提じゃなくて、“戦う所”を前提にした」芳賀のプレーには、執念のような気持ちが明確に現れるようになっていた。

 それでも現実のシナリオは、さらなる試練を用意する。プレミアEASTで8試合ぶりにスタメン起用された、第13節の鹿島アントラーズユース戦。首位を独走する相手に先制を許す展開の中、後半23分にやや不運な格好で、この日2枚目のイエローカードとレッドカードを提示される。

 納得は行かなかったものの、もちろん判定には従わざるを得ない。結局チームは0-1で敗戦。「正直言って負けた原因は俺なので」責任を痛感していたが、佐藤監督もスタッフも決してそのことを咎めようとはしなかったという。この気遣いを意気に感じないはずはない。「『いつかは俺がチームを助けてやらないとな』という気持ちはあります」と芳賀。強い想いを胸に秘め、リーグ戦が中断に入ったタイミングで、シーズン最後のトーナメントがやってくる。

 10月13日。Jユースカップ1回戦。ジェフユナイテッド千葉U-18を慣れ親しんだ小平に迎える一戦。スタメンには寺山翼鈴木智也、芳賀と3人の18歳が起用される。実はこの試合の3日前。3年生だけで集まる機会が設けられた。「もう試合も残り少ないので、3年生が主体となって、練習からも意識を高く取り組むこと」を確認し合う。彼ら最上級生にとっては1つ1つの試合や練習が、そのままカウントダウンと重なっていく。今を全力でやり切るしかない。

 ゲームは前半から激しく動く。12分にバングーナガンデ佳史扶のCKから、沼田航征のボレーが決まり、2年生コンビで先制点を奪うも、13分と19分に続けて失点して逆転を許す。44分にはここもバングーナガンデのCKを、木村誠二がヘディングで叩き込み、再び2年生コンビで同点に追い付くと、後半はFC東京U-18が押し込むものの、決定的なシーンは創り切れない。90分間を終えて、スコアは2-2。勝敗の行方は前後半10分ずつの延長戦に委ねられる。

 延長前半10分。“3年生トリオ”が千載一遇のチャンスを創り出す。寺山のパスから鈴木がクロスを上げると、延長に入ってサイドハーフからボランチへスライドしていた芳賀が、「前が空いていたので行ってやろうと思って」3列目から猛然と飛び込んできたが、シュートは打ち切れない。直後。ピッチに倒れ込む。

 攣り掛けていた両足は、ほとんど限界に達していた。ただ、この状況で戦場を去る訳にはいかない。「監督からも『替わるか?』って言われたんですけど、自分はまだ替わりたくなかったので、『最後までやってから替わります』と言ったら、監督も受け入れてくれて、後半も出してくれたので感謝したいです」。最後の10分間へ気持ちを奮い立たせる。

 延長後半2分。中盤でのルーズボールへ誰よりも早く反応した芳賀は、そのままエリア内までドリブルで運ぶと、外で待っていた鈴木に託す。レフティのクロスは鋭くニアへ飛び、突っ込んだ寺山のヘディングがゴールネットへ突き刺さる。諦めなかった“3年生トリオ”の意地が実を結ぶ。「あそこで止められなかったら、また相手の攻撃が始まるので、その一瞬のパワーを掛ける所はU-23でも経験してきた所で、それがやっと出せたかなと思います」。シュートの、クロスの、1つ前。こぼれ球に食らい付き、必死に収めたワンプレーに、芳賀が求めてきた“戦う所”が凝縮されていた。

 2年生の宮田和純に後を託し、芳賀はベンチへ下がる。3年生の高橋亮がクローザーとして投入される。2分のアディショナルタイムも消え去り、青赤の勝利を告げるホイッスルが夜空に吸い込まれる。「3年生がなかなか出ていない時期もありましたけど、3年生の3人でゴールが取れたというのは一番嬉しかったです。自分がこぼれ球を拾って、点に繋がったので最高でした」。そう言葉を紡いだ10番の瞳と長い睫毛が、少し濡れていたように見えたのは気のせいだっただろうか。

 自らの意識の変化を、芳賀はこう口にする。「最初は『上手くやってやろう』という甘い考えでシーズンに入って。でも、『それだけじゃだめだ』と気付かされて、“上手い、かつ戦える選手”じゃないと上には行けないので、1つ1つの球際だったり、セカンドボールの拾い合いに勝って、それでチームを勢い付かせることを意識していますし、目立たないかもしれないですけど、そういう部分により一層強い意志を持ってやっています」。

 佐藤監督も彼の変化を独特の言い回しで表現する。「いよいよ危機感を持ったら、ある意味で本質的になって、力が引き出されてきたかなという所では、やっぱり精神的に少し成熟してきたなと。アイツは『ミスター機動力』ですから(笑)、ようやく“良いマシン”を持っていたドライバーが、小学生から高校生になってきたのかなと思います。心が少しずつ整ってきたんでしょうね」。

 苦しい時期が長かった2018年。今も決してすべてが好転している訳ではないが、芳賀を支えているのは揺るぎない1つの信念だ。「うまくいかないのがサッカーで、正直自分も『サッカーが嫌だな』と思ったこともありますけど、練習もずっと楽しみにしてきていますし、純粋にサッカーが好きなので、寮にいても、学校にいても、サッカーのことしか考えてないんです」。サッカーに悩まされ、サッカーに救われる。そんな日々がいかに幸せかということを知った彼なら、その葛藤を未来への糧にできるだろう。

 前述した通り、1か月を超える中断に入ったプレミアEASTは、11月末までゲームがない。あと3試合という段階で9位と降格圏に沈んでいるが、まだ残留を引き寄せる余地は十分に残されている。今シーズンで唯一タイトル獲得の可能性を有するJユースカップも、もちろん頂点を狙いに行く。「もうこの2か月、今までFC東京に支えてもらったので、そのFC東京で育ったお礼を見せてやろうという想いです」。そう言い切った芳賀の表情は、心なしか精悍さが増していたように見えた。

 ずっと悔しかった。チームが思うような結果を出せないジレンマが。3年間を共にしてきた仲間が試合に出ることの叶わない現実が。そして何より、10番を託されながら自分の力でみんなを笑顔にできない不甲斐なさが。その悔しさをこれからも抱え続けていくであろうことは、誰より自分が一番よくわかっている。それでも、明けない夜はない。昇らない“アサヒ”はない。ようやく仄暗い空が白み始めた芳賀日陽の夜明けは、きっと青赤を明日へと導いていくはずだ。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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