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「スポーツライター平野貴也の『千字一景』」第62回:町おこしゴール(コバルトーレ女川:吉田圭)

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“ホットな”「サッカー人」をクローズアップ。写真1枚と1000字のストーリーで紹介するコラム、「千字一景」

 宮城県女川町に、町おこしを目指すコバルトーレ女川というチームがある。10日に開幕したアマチュア最高峰JFLへの登竜門、全国地域サッカーチャンピンズリーグ2017の初戦で、女川(東北リーグ1位)は、2-0でFC刈谷(東海リーグ2位)を破って白星発進した。

 阿部裕二監督は「私たちは、滞在型チームを目指しています。セカンドキャリア付きチームです」と自チームを表現する。サッカーをやりたい若者を他の地域から呼び寄せて滞在させ、女川の貴重な若き働き手として地域社会に役立ってもらう。それが、女川流の地域貢献だ。

 見知らぬ若者を集めてJリーグを目指すコンセプトは当初こそ「バカなことだと思われていた」(阿部監督)が、2006年に立ち上げてから12年目を迎え、今では地域に根を張っている。2011年の東日本大震災で甚大な被害を被った女川は多くの人が亡くなった影響もあり、15年の国勢調査では人口減少率2位となった。震災でチームも活動休止となったが、選手は復興支援活動に従事。1年後に活動を再開できたのは、地元で存在価値が認められたからだ。

 この日、貴重な先制点を決めたFW吉田圭は、神奈川県出身の30歳。高校卒業と同時にサッカーを辞めることも考えていたが、三浦学苑高の米山稔監督(現総監督)の伝手で女川を紹介された。

 働いて安定した収入を得ることで親に迷惑をかけることなく、サッカーを続けられる。好条件と感じた吉田は、見知らぬ土地へ移り住んだ。「宮城は、仙台しか知らなかった。(女川町に隣接する)石巻市も『いしまきし』(※正しくは、いしのまきし)とか読んでいたくらい」と当時を振り返るが、今では地域の人も知らない抜け道を案内するほどの地元民になった。移り住んで結婚し、子どもにも恵まれ、すっかり女川の人である。

 ウニなどを扱う水産加工の仕事をしながらサッカーを続けている吉田は「サッカーを通じて町民を増やすのが、今のクラブの狙い。僕、成功例ですね(笑)。でも、おかげで応援してもらえていると感じています。町で働いているから、町の人と距離感が近い。『応援に来たよ』っておにぎりを持って来てくれることもあります(笑)。僕らが勝ってJFLに行けば、ほかの地域のチームが女川に来て、町の活性化につながる。そういう意味もあって、僕たちはJリーグを目指しています」と今のやりがいを話した。遠くからやって来た若者は、良い大人になり、女川のために勝ち進もうとしている。

■執筆者紹介:
平野貴也
「1979年生まれ。東京都出身。専修大卒業後、スポーツナビで編集記者。当初は1か月のアルバイト契約だったが、最終的には社員となり計6年半居座った。2008年に独立し、フリーライターとして育成年代のサッカーを中心に取材。ゲキサカでは、2012年から全国自衛隊サッカーのレポートも始めた。「熱い試合」以外は興味なし」

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