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[MOM3921]関東一GK遠田凌(3年)_自らのPK失敗から、意地と執念の2本ストップ。守護神の“主演ドラマ”が辿った劇的な結末

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劇的な“主演ドラマ”で男を上げた関東一高GK遠田凌

[高校サッカー・マン・オブ・ザ・マッチ]
[6.18 インターハイ東京都予選準決勝 東海大高輪台高 0-0 PK2-3 関東一高]

 重要な1人目として蹴ったキックは、相手のGKにストップされる。ただでさえショッキングな出来事である上に、止められたGKが中学時代に所属していたチームの“後輩”だったのだから、その心中は察して余りある。だが、すぐに気持ちを切り替えなくてはいけなかった。なぜなら、彼にはまだやるべき仕事が残されていたからだ。

「自分が外してしまって『ヤバイな』という感覚はあったんですけど、1人目ということでまだ心のゆとりがありましたし、PKなんて2分の1で、予測が外れて当たり前みたいな感じなので、『こっちに来たら100パーセント止められる』という踏み込みだけを意識しました」。

 全国大会出場を懸けた運命のPK戦。壮大なドラマは関東一高の守護神、GK遠田凌(3年=ジェファFC出身)が自ら蹴ったキックを失敗したところから、すべてが始まった。

 その成長に、驚かされていた。東海大高輪台高と対峙した決勝。相手のGK山本桐真(1年)はともに在籍していたジェファFC時代の2学年下に当たる直属の“後輩”。「その時はあまり自分もアイツも上手くなかったんですけど、今日の試合で凄く成長している姿を見て、『さすがに負けられないな』と思っていました」。もともと強く携えていた闘志に、一層火が付く自分を感じていた。

 負けられない理由は、もう1つあった。東海大高輪台のGKコーチは、ジェファFC時代の3年間で指導を仰いだ“恩師”とも言える存在。「僕は中学生の時は学年で3番手のキーパーで、その悔しい経験があったので、『試合に出たい』ということでカンイチに入学したんです。高輪台のGKコーチの方も丁寧に教えてくださったんですけど、公式戦も3年間で1試合しか出られなかったので、目の前で勝つことで恩返しじゃないですけど、成長した姿を見せられたらなと思ってプレーしていました」。遠田が活躍したいシチュエーションは、いくつもの要素が乗っかっていたのだ。そして両守護神はお互いに100分間を無失点で切り抜け、舞台はPK戦へと移っていく。

中学時代の“先輩”と“後輩”が健闘を誓い合う


 練習でも高いPKの成功率を誇っていた遠田は、当初から大事なキッカーとして考えられていた。「もともとキックが上手で『蹴りたい』と言っていた子で、キーパーコーチに『何番目に蹴らせる?』と相談したら『なるべく早い方がいいです』とのことだったので、『じゃあ1番目で行くか』ということでやらせてみました」とはチームを率いる小野貴裕監督。そして、冒頭のように1人目として登場した遠田のキックは、“後輩”に止められてしまう。

 ただ、追い込まれた状況にも、意外と頭の中はクリアだったという。「練習では全部右上に決めていて、思ったところにもちゃんと蹴れていたんですけど、助走を取った時に『止められたらどうしよう』という感覚になって、コースが甘くなってしまって。でも、止められた瞬間も『次にオレが止めれば』と思えましたし、田畑GKコーチとも日頃から相手の助走で、こういう形だったらこうじゃないかという確率論で戦略を立てていたので、思った方向に思い切り飛んで、止めるだけだなって」。腹は据わった。もう、止めるしかない。

 東海大高輪台の2人目。「高輪台はこの前の試合をPK戦で勝っていて、いろいろな材料があったので、『このキッカーはこっちだろう』という予測を立てていました」。ズバリ的中。完璧なセーブでボールを弾き出す。4人目を終えた時点で、スコアは2-2。勝敗の行方はラストキッカーに委ねられる。

 東海大高輪台の5人目。ゴールマウスに立った遠田に、突如としてある感情が湧き上がる。「『オレの方が3年だし、1年には絶対に負けねえぞ』と、ジェファFCの時の上下関係が甦ってきたんです」。またも完璧なシュートストップ。派手なガッツポーズなど、繰り出さない。これぐらいは当然。クールな守護神は、キャプテンにすべてを託す。

 DF矢端虎聖(3年)のキックは見ていなかった。笛が鳴り、ボールを蹴る音が聞こえ、気付けば黄色いユニフォームの選手たちが自分の方へ駆け寄ってくる。もう、それ以上は我慢できなかった。「今年は勝てない苦しい時期があって、いろいろ言われてきて、それをまずはこの勝利で1つ乗り越えられたのかなと思って、自然と涙が出てきました」。男泣きの遠田は、あっという間に、仲間たちの輪へ飲み込まれた。



 PKを止めても、いたって冷静に振る舞っていたのには、理由がある。「去年の正GKの笠島李月(拓殖大)くんから、『PKはキーパーが必ず止めるべきで、そこで一喜一憂していたら絶対にダメだ』と。『試合に勝利する瞬間までは喜ぶな』と教えてもらって、李月くんも選手権の大舞台でPK戦で2試合に勝った時も、終わるまでは喜んでいなくて、それを自分はベンチで見ていたので真似したんです。あの止めた後の“リアクション”があったからこそ、勝てたのかなと思っています」。

 昨年度の高校選手権。2回戦の尚志高戦も、準々決勝の静岡学園高戦も、確かに笠島がスーパーなPKストップの後も、両手を下に向けて、仲間に平静さを求めていた姿が印象深い。こんなところにも、“先輩”の想いはしっかりと引き継がれているのだ。

「今日は主役ということでいい?」と問われ、「主役でいいと思います。いろいろな意味で(笑)」と笑った守護神は、全国での抱負を力強く口にする。「自分も李月くんみたいに注目されたいですし、もちろん出るからには全部勝って、『今年のカンイチはダメだ』と言われていた印象を、一気に変えたいなと思います」。

 後輩との、恩師との、因縁めいたドラマの主役の座をさらった遠田が、再び真夏の徳島で誰もが認める“主演”を張る可能性は、十分過ぎるほどにある。



(取材・文 土屋雅史)
●【特設】高校総体2022

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