beacon

[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:大将の器(関西学院大学・成山一郎監督)

このエントリーをはてなブックマークに追加

関西学院大成山一郎監督

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 いつも侍のような人だと思っていた。その戦国武将を思わせるような名前そのままに、真っすぐ簡潔な言葉で理路整然と話す姿を見て。いつも侍のような人だと思っていた。90分間微動だにせず同じ体勢を保ち、テクニカルエリアで仁王立ちしている姿を見て。ゆえにその理由を聞いた時、全てが腑に落ちた。「大将の器か、否か」。これが成山一郎という男の根幹である。

 2010年。成山は32歳の若さで伝統ある関西学院大の監督に就任する。前任の指揮官は日本屈指の名将として知られる加茂周。あまりに偉大な前任者の後継という意味で、大きな重圧を感じていたのではないかという疑問を、成山はあっさり否定する。「プレッシャーはまったくなかったです。そこがやっぱり加茂さんの凄さというか、ちゃんと優勝して戦力を残した状態で僕に引き継いでくれて、1回監督を降りたとなったら一切現場に介入されなかったですし、結果が出ない時は逆に一杯やりながら、特にサッカーの話をする訳でもなく励ましてくれたりとか、感謝こそすれどもやりにくさのようなものは一切なかったです」。そんな加茂を成山はこう評する。「監督とかリーダーとか、そういう言葉で括れないんですよね。表現するのだったら“大将”とかそっち側の表現の方で、男が惚れる男というか、“器”の大きさというか、どんな相手でもどんな状況になってもドシンと構えていて、それは本当に凄い人だなという風に思いました」。確かに加茂には“大将”という表現がふさわしいように思える。ヘッドコーチとして加茂の下で過ごし、「本当に鍛えてもらった」という3年間は、成山にとってかけがえのない時間になっている。

 就任初年度は7位だったリーグ戦の順位も、年を追うごとに5位、4位、3位と少しずつ上昇していく。2014年は飛躍の年。夏の総理大臣杯で全国ベスト4に輝くと、リーグ3位で臨んだインカレも相次いで強豪をなぎ倒し、創部以来初となるファイナルまで辿り着く。相手はやはり初戴冠を狙う流通経済大。ただ、関西学院大が押し気味に進めたゲームは、1点に泣く格好で準優勝に終わる。試合後の会見で成山は「優勝に届かなかった理由は中野監督(流通経済大監督)と私の、男の“器”の差なんじゃないかなと思います」と前を見据えて言い切った。相手の監督との“器”の差、すなわち“大将の器”の差。十分な結果を残したように見えた1年の締め括りに、成山は自身の“器”へ敗因を求めた。

 迎えた2015年。関西選手権を制し、前年は4強まで勝ち上がった総理大臣杯で初優勝を勝ち獲った関西学院大は、勢いそのままに加茂の最終年度以来となる6年ぶりのリーグタイトルも獲得する。四冠達成を旗印に挑んだインカレも準々決勝で流通経済大に1年前のリベンジを果たすと、決勝では同じ関西で切磋琢磨してきた阪南大を下して、創部96年目にしてとうとう冬の全国王者へ辿り着いた。それでも、試合後の会見で成山は淡々と言葉を発していく。「『何で優勝できたのかな』と考えたんですけど、キャプテンをはじめ4回生が凄くチームを引っ張ってくれたということと、去年や一昨年やずっと代々卒業生たちが悔しい想いをしながらも、去年のインカレの決勝に連れてきてくれて、そこで1回経験できたというのが今年は大きかったんじゃないかなと思います」。学生に敬意を払う普段通りの指揮官がそこにはいた。

 思えば一昨年の準優勝時も、昨年の優勝時も、記者会見場での成山はまったく変わらなかった。もっと言えば、それがインカレの舞台であろうと、リーグ戦の1試合であろうと、成山の取材に対する姿勢はまったく変わらない。彼の「宜しくお願いします」で始まり、彼の「よろしいですか。どうもありがとうございました」で終わるのが常の囲み取材。その間、質問に対してシンプルな言葉で手短に、生真面目に返答していく。まるで何かで自分を律しているかのようなポーカーフェイスで。

 PK戦までもつれ込む壮絶な一戦で日本体育大に屈し、連覇を目指した関西学院大のインカレは準々決勝で幕を閉じた。試合後。いつも通り成山の「宜しくお願いします」で始まり、「よろしいですか。どうもありがとうございました」で終わった取材の囲みが解け、偶然2人になったタイミングで聞いてみた。「自分を律するって大変じゃないですか?」と。ほんの少しだけ笑顔を見せながら、成山は「これで勝てるんだったら、これで学生のアイツらに良い想いをさせられるんだったら全然苦じゃないですよ」と答える。表情の変化を見逃さず、「笑っている姿をあまり拝見したことがなかったので意外でした」と伝えると、「そうかもしれないですね。弱い所を見せちゃいけないとか、隙を見せちゃいけないとか、普段は張り詰めているかもしれないですね」と苦笑する。ほんの少しだけ本音が覗いたのかもしれない。

 関西学院大での指導は成山にとって人生の中心にある。何気なく「息抜きって何かされているんですか?」と尋ねると、即答された。「関学のサッカー部でいつもサッカーをやっていることに、そもそも何のストレスも感じていませんし、毎日楽しくて仕方ないんです。この大会もみんなとまとまれてやれて凄く良かったですし、公式戦が終わっちゃったのが寂しいなという感じですね。僕には息抜きとか本当にいらないんです」。よく見ると彼の眼は少し赤くなっていた。「良い想いをさせてやりたかった4回生とのお別れが寂しくて」、最後は涙をこらえきれなかったという。「甘さや隙を本当に見せない監督で、僕たちをサッカー選手としてだけでなく、一人の人間としても成長させてあげようというのが凄く伝わってきますし、指導もそういうことも含めて言っているんだなということが凄く多いので、本当に一人の大人として成長させてもらえた存在ですね」と成山について語ってくれたキャプテンの米原祐は、初めて見る指揮官の涙に自らもつられて泣いてしまったそうだ。「それぐらい僕らに対して熱い想いで接してくれていたんだなと感じて、凄く感謝しています」と米原は少し寂しげに言葉を残した。

 どうしても知りたかったことがあった。キックオフの瞬間からタイムアップの瞬間まで、成山は常にテクニカルエリアの同じ場所で立ち続けている。ゴールを奪っても、ゴールを奪われても、微動だにせず同じ体勢で仁王立ちを続けているのだ。見方によっては異様とも取れるその光景の理由を、「全然大したことのない話ですよ」と前置きした成山はこう明かしてくれた。「僕は司馬遼太郎の『坂の上の雲』が好きなんですけど、それに出てくる東郷平八郎がバルチック艦隊と戦う時に、弾丸がバンバン飛び交っているのに、船の一番前で仁王立ちして、終わるまで一切動かなかったと。それで戦いが終わった時に、至る所に波の跡があった船の上で、彼が立っていた所だけ濡れていなかったという話を読んだ時に感動と衝撃を受けて、もうリーダーというか“大将”ですよね。『やっぱりそういう人がカッコいいな』と素直に思えましたし、そういう風にいつも自分があそこでドシッと同じポーズを取っていたら、点を取っても浮かれないし、取られてもあまりいつもと変わらないという風に、学生に思ってもらえるんじゃないのかなと思って立っています」。日露戦争において世界の海戦史に残る圧倒的な勝利を手にし、『アドミラル・トーゴー』として万国にその名を轟かせた東郷平八郎。階級上でも元帥海軍大将であった東郷が、正真正銘の“大将”であることに疑いの余地はない。前述した加茂との3年間も経験した成山の行動や言動は、まさに“大将”という立ち位置を意識したものであることが理解できた時、全てが腑に落ちた。

 きっと人の“器”の大きさは決まっていると思う。自身が為してきたことに、周囲がどれだけの評価を与えるかで、その“器”がさらに大きく見られるのか否かが付いてくるのではないだろうか。2年前のインカレ決勝で成山は自身の“器”に敗因を求めたことは前述した。だが、おそらく関西学院大の中にその敗因を首肯する人間は一人もいないだろう。4年間を共に過ごし、今年はキャプテンの重責を託された米原は「サッカー部の監督というだけじゃなくて、一人の人間としても目指すべき場所であると思うし、関学サッカー部の象徴というか、僕らにとってはそういう存在でしたし、いつもお手本にさせていただいていました」と師への感謝を口にする。加茂や東郷のような目指すべき“大将”の姿を追い求め、おそらくは自問自答しながら前に進んでいく内に、いつしか成山の“器”は彼が関わってきた周囲の人々によって、自身が思っているよりも大きなものになっていたに違いない。その象徴的な姿が90分間のみならず、チームに降りかかる全ての万難を、最前線に立って独りで受け止めるかのような、あのテクニカルエリアでの仁王立ちだったように思えてならない。

 仁王立ちの理由には少し話の続きがある。1度それをやったら、何やら成績が出始めてしまったために、止めるに止められなくなってしまったそうだ。誰もが思うであろう質問を最後にぶつけた。「90分間大変じゃないですか?」。今までで一番大きく笑った成山は「腰は痛くなりますね(笑) だけど僕よりも痛い想いをして選手はやっていますから。だから僕は動けなくなっても良いので突っ立ってます」と楽しそうに答えてくれた。いわゆる容器としての“器”にももちろん表と裏がある。一面だけでは成り立たない。人としての“器”も表と裏があって、初めてその魅力を伴ってくるのも必然だろう。今まで成山の“表”だけを見てきたが、わずかではあるものの“裏”を知ることができて、彼が築き上げてきた“大将の器”の本当の価値が垣間見えた気がした。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


▼関連リンク
SEVENDAYS FOOTBALLDAY by 土屋雅史

TOP