[デンチャレ]古巣への練習参加で実感した「身体的なベースづくり」の進化と成長。FW内野航太郎(筑波大)はどんなステージでも「結局内野かよ」を重ね続ける
U-20全日本選抜の絶対的ストライカー、FW
[2.27 デンチャレグループA第2節 U-20全日本選抜 1-2 関東選抜A 時之栖スポーツセンター 裾野C]
生半可な覚悟でピッチに立っているわけがない。ゴールを奪えば奪うほど、担うべき責任が大きくなることだって、もうとっくにわかっている。それでも、背負う。チームの勝敗を。仲間から託される想いを。そして、ここから自分が結果で切り拓いていく未来を。
「全日本選抜でももちろんそうですし、筑波だったらより圧倒的な存在にならないといけないので、自分の出来が勝利に直結するのはここでも筑波も一緒だと思うんですけど、今年はもっと他との違いを出していかないといけないという責任感はあります」。
得点という魔物に魅せられた、トリコロール育ちのスペシャルなストライカー。FW内野航太郎(筑波大2年=横浜FMユース)はU-20全日本選抜の中でも圧倒的な存在を目指して、ひたすらゴールへと向かい続ける。
「自分のパフォーマンスとしては、かなり“粗削り”な感じだったと思います。それはチームとしてもそうで、イチかバチかじゃないですけど、最後まで行き切るか、そこまで全然行けないか、みたいな感じでしたね」。
終わったばかりの試合を、内野は独特な表現で振り返る。デンソーカップチャレンジのグループステージ2日目。U-20全日本選抜は開始2分にMF松岡響祈 (IPU・環太平洋大2年=鳥栖U-18)のゴールで先制したものの、以降は攻め込みながらもなかなか追加点が奪えない。
前半15分には決定機があった。中盤で前を向いたMF松村晃助(法政大2年=横浜FMユース/横浜FM内定)が丁寧なスルーパスを通すと、抜け出した内野はそのままフィニッシュ。だが、軌道は相手のGKに弾き出されてしまう。
ジュニアユースからユースまでの6年間をともにした“盟友”のプレーには、懐かしさを感じていたという。「晃助はこのデンソーが始まった期間の練習から自分の動きを見てくれていますし、筑波だと『オレがこう動くから、オマエはここに出してくれよ』という感じで要求する側なんですけど、晃助は『オレがこう持った時には、ここに出せるよ』みたいなこともあるので、2人でどうにか得点まで持っていければ良かったなと思います」
「晃助がマリノスに内定したのは凄く嬉しかったですね。長い間一緒にやってきた分、自分の良さも引き出してくれますし、一番自分のことをわかってくれていると思っているので、また晃助とここで一緒にプレーできているのも嬉しいです」。
試合は前半のうちに追い付いた関東選抜Aが、後半の終盤に決勝点を奪って逆転勝ち。フル出場しながらノーゴールに終わった内野は、そのベクトルを自分に向ける。「今日は自分のところにボールが集まってくるようなサッカーでしたし、晃助も響祈も自分を生かしてくれるような選手だったので、前半から自分がチャンスを決めていれば、たぶんチームはもっと良い流れで後半に入れましたし、試合も良い方向に行ったのかなと思います」。残されたグループステージ最終日の一戦へ、気を引き締め直して向かうことになる。
筑波大へ入学してからの2年間に対する率直な印象を尋ねると、「良い意味でも悪い意味でもギャップはありました」という答えが返ってきた。その“ギャップ”は本人がもう少し詳しく明かしてくれる。
「大学に入った時はもちろん『世代別の代表に行きたい』という想いはありましたけど、オリンピックの代表に絡めるとは思っていなかったですし、1年生の時は正直『実力以上にパンパーンと跳ねたな』という印象が自分の中でありました。一方で2年生になってからは、周囲からの見られ方も変わってきますし、責任感みたいなものも芽生えてきた一方で、筑波での活動では苦しい1年でしたけど、個人としては凄く大きな成長ができたなという2年間でした」。
昨年開催されたパリオリンピックのメンバー入りも、十分可能性のある立ち位置まで駆け上がった代表活動に対して、筑波大ではリーグ戦も11得点と二桁得点には乗せたものの、得点ランキングは3位タイ。総理大臣杯とインカレではともに大事な試合でPK戦の1番手としてキックを失敗するなど、周囲からの期待値を考えても本人が納得していないであろうことは想像に難くない。
それでも、内野が大学へ進学した理由の1つでもある“身体的なベースづくり”に一定以上の手応えを感じたのは、つい先日まで参加していたという“古巣”の練習中のことだった。「マリノスの練習の中に入ってみて、『技術の面とか判断の速さは凄いな』と感じた一方で、強度やフィジカルのところは遜色なくやれるというか、違いを見せられるレベルだなと思いました。大学でやりたかったのは身体的なベースを作るところだったので、それは大学で培えたんだなということもマリノスに行って感じましたね」
「あとはああいう雰囲気は懐かしかったですし、高校3年の時に練習参加した時のスタッフ陣や選手もいて、良い雰囲気で迎え入れてくれたので、『マリノスはやっぱり良いクラブだな』と思いました」。2年間にわたって地道に取り組んできた“肉体改造”の成果は、間違いなく表れているようだ。
内野は活躍した時にSNS上をにぎわせる“ハッシュタグ”を持っている。それは『#結局内野かよ』というもの。横浜FMユース時代にある試合でゴールを決めた際に、相手のチームの選手から聞こえてきた言葉がルーツになっているのだが、本人も結構気に入っているという。
「『皆さん、ありがとうございます』っていう感じなんですけど(笑)、特にマリノスや筑波のサポーターの方々が盛り上げてくれて凄く嬉しいですし、大迫(勇也)選手が『大迫ハンパない』で有名になったように、自分も今後大きな舞台で活躍した時に『結局内野かよ』をもっと広めていければいいなと思っています」。
連れてくる。チームメイトに歓喜を。対峙するディフェンダーに絶望を。筑波大の、大学サッカー界の、あるいは日本サッカーの希望。20歳の圧倒的ストライカー。最後にゴールを奪い、すべてをさらっていくのは、結局内野なのだ。


(取材・文 土屋雅史)
生半可な覚悟でピッチに立っているわけがない。ゴールを奪えば奪うほど、担うべき責任が大きくなることだって、もうとっくにわかっている。それでも、背負う。チームの勝敗を。仲間から託される想いを。そして、ここから自分が結果で切り拓いていく未来を。
「全日本選抜でももちろんそうですし、筑波だったらより圧倒的な存在にならないといけないので、自分の出来が勝利に直結するのはここでも筑波も一緒だと思うんですけど、今年はもっと他との違いを出していかないといけないという責任感はあります」。
得点という魔物に魅せられた、トリコロール育ちのスペシャルなストライカー。FW内野航太郎(筑波大2年=横浜FMユース)はU-20全日本選抜の中でも圧倒的な存在を目指して、ひたすらゴールへと向かい続ける。
「自分のパフォーマンスとしては、かなり“粗削り”な感じだったと思います。それはチームとしてもそうで、イチかバチかじゃないですけど、最後まで行き切るか、そこまで全然行けないか、みたいな感じでしたね」。
終わったばかりの試合を、内野は独特な表現で振り返る。デンソーカップチャレンジのグループステージ2日目。U-20全日本選抜は開始2分にMF松岡響祈 (IPU・環太平洋大2年=鳥栖U-18)のゴールで先制したものの、以降は攻め込みながらもなかなか追加点が奪えない。
前半15分には決定機があった。中盤で前を向いたMF松村晃助(法政大2年=横浜FMユース/横浜FM内定)が丁寧なスルーパスを通すと、抜け出した内野はそのままフィニッシュ。だが、軌道は相手のGKに弾き出されてしまう。
ジュニアユースからユースまでの6年間をともにした“盟友”のプレーには、懐かしさを感じていたという。「晃助はこのデンソーが始まった期間の練習から自分の動きを見てくれていますし、筑波だと『オレがこう動くから、オマエはここに出してくれよ』という感じで要求する側なんですけど、晃助は『オレがこう持った時には、ここに出せるよ』みたいなこともあるので、2人でどうにか得点まで持っていければ良かったなと思います」
「晃助がマリノスに内定したのは凄く嬉しかったですね。長い間一緒にやってきた分、自分の良さも引き出してくれますし、一番自分のことをわかってくれていると思っているので、また晃助とここで一緒にプレーできているのも嬉しいです」。
試合は前半のうちに追い付いた関東選抜Aが、後半の終盤に決勝点を奪って逆転勝ち。フル出場しながらノーゴールに終わった内野は、そのベクトルを自分に向ける。「今日は自分のところにボールが集まってくるようなサッカーでしたし、晃助も響祈も自分を生かしてくれるような選手だったので、前半から自分がチャンスを決めていれば、たぶんチームはもっと良い流れで後半に入れましたし、試合も良い方向に行ったのかなと思います」。残されたグループステージ最終日の一戦へ、気を引き締め直して向かうことになる。
筑波大へ入学してからの2年間に対する率直な印象を尋ねると、「良い意味でも悪い意味でもギャップはありました」という答えが返ってきた。その“ギャップ”は本人がもう少し詳しく明かしてくれる。
「大学に入った時はもちろん『世代別の代表に行きたい』という想いはありましたけど、オリンピックの代表に絡めるとは思っていなかったですし、1年生の時は正直『実力以上にパンパーンと跳ねたな』という印象が自分の中でありました。一方で2年生になってからは、周囲からの見られ方も変わってきますし、責任感みたいなものも芽生えてきた一方で、筑波での活動では苦しい1年でしたけど、個人としては凄く大きな成長ができたなという2年間でした」。
昨年開催されたパリオリンピックのメンバー入りも、十分可能性のある立ち位置まで駆け上がった代表活動に対して、筑波大ではリーグ戦も11得点と二桁得点には乗せたものの、得点ランキングは3位タイ。総理大臣杯とインカレではともに大事な試合でPK戦の1番手としてキックを失敗するなど、周囲からの期待値を考えても本人が納得していないであろうことは想像に難くない。
それでも、内野が大学へ進学した理由の1つでもある“身体的なベースづくり”に一定以上の手応えを感じたのは、つい先日まで参加していたという“古巣”の練習中のことだった。「マリノスの練習の中に入ってみて、『技術の面とか判断の速さは凄いな』と感じた一方で、強度やフィジカルのところは遜色なくやれるというか、違いを見せられるレベルだなと思いました。大学でやりたかったのは身体的なベースを作るところだったので、それは大学で培えたんだなということもマリノスに行って感じましたね」
「あとはああいう雰囲気は懐かしかったですし、高校3年の時に練習参加した時のスタッフ陣や選手もいて、良い雰囲気で迎え入れてくれたので、『マリノスはやっぱり良いクラブだな』と思いました」。2年間にわたって地道に取り組んできた“肉体改造”の成果は、間違いなく表れているようだ。
内野は活躍した時にSNS上をにぎわせる“ハッシュタグ”を持っている。それは『#結局内野かよ』というもの。横浜FMユース時代にある試合でゴールを決めた際に、相手のチームの選手から聞こえてきた言葉がルーツになっているのだが、本人も結構気に入っているという。
「『皆さん、ありがとうございます』っていう感じなんですけど(笑)、特にマリノスや筑波のサポーターの方々が盛り上げてくれて凄く嬉しいですし、大迫(勇也)選手が『大迫ハンパない』で有名になったように、自分も今後大きな舞台で活躍した時に『結局内野かよ』をもっと広めていければいいなと思っています」。
連れてくる。チームメイトに歓喜を。対峙するディフェンダーに絶望を。筑波大の、大学サッカー界の、あるいは日本サッカーの希望。20歳の圧倒的ストライカー。最後にゴールを奪い、すべてをさらっていくのは、結局内野なのだ。


(取材・文 土屋雅史)


