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[関東]度重なる負傷でほとんどサッカーができない2年間も…大先輩SB濃野の言葉で前を向いた法政大DF田辺幸久、3年目で感慨デビュー

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声援を背にサイドを駆け上がった

[5.5 関東大学L1部第6節 法政大 1-1 日本大 法政大城山サッカー場]

 法政大に進学してから度重なった怪我を乗り越えて、待望の関東大学リーグデビューを果たした。DF田辺幸久(3年=大津高)は多くの人の支えに感謝しながら「この景色を2年間見れなかったのでやっとこれからかなって感じですね」と決意を新たにした。

 田辺は大津高時代、サイドバックにポジションを変えた2年時にレギュラーの座を掴み取って全国高校サッカー選手権4強を経験。同大会の優秀選手に選出されると年明けには日本高校選抜候補とU-17日本高校選抜にも選出された。プレミアリーグWEST通算36試合に出場した実力者は多くのSBがプロ入りする法政大に進学した。

 だが、法政大では怪我との戦いが続く形になった。1年生の4月に肩を脱臼して手術を行うと、フルコンディションに戻す途中の秋に左膝半月板損傷で翌年夏までの離脱を余儀なくされた。もっとも当時は「まだあと3年ある」と前を向けていたようだ。

 ところが2年生の夏、半月板損傷から復帰してすぐの練習試合で左足首の靱帯を負傷。このときは直後の離脱とはならなかったものの「やりながら先延ばしにしていて、でもやっぱりボールを蹴れないなとなってしまって手術を決断しました」。痛みが続いていた11月下旬に再離脱が決まった。

「下(の学年)も良い選手が入ってきてずっと彼らが出ていて悔しいなと思っていて、でも自分に目を向けるしかないなと思っていた。ただやっぱり精神的にはキツかった」。大半の期間をリハビリに費やして2年目が終わろうとしていた今年1月、田辺は精神的にも追い込まれてしまったという。そうしたなかで母校のスタッフに相談すると、復帰が近づいていた2月に同じ大津出身のSBであるDF濃野公人(鹿島)と『Zoom』を用いて話をする機会を用意してもらった。

 濃野は大津から関西学院大を経由して2024年に鹿島でプロ入りし、SBながら1年目で9得点を決めてベストイレブンを受賞。その一方で24年10月に右膝外側半月板損傷を経験していた。また、田辺が思うようにプレーできないまま大学サッカーの半分を終える形になったことに対して、濃野も大学時代は3年時にSBへ転向してリスタートを切った形。さらに揃ってアタッカー出身という様々な境遇が重なる大先輩に「めっちゃ泣きながら」腹を割って話をすることができた。

 田辺は濃野との1時間弱のオンライン相談が「僕の転機」になったという。大学3年生からSBを始めて強豪入りを果たした濃野から「あと2年でまだ何者にでもなれるから、既存の考え方に捉われずに楽観視して色々なことに挑戦した方がいい」と背中を押された。また、SBとしてプロになるためにアップダウンの重要性も説いてもらったといい、練習の参考にするとともに「楽観視してミスを恐れずいろいろなことにチャレンジ」する姿勢で日々を送れるようになったようだ。

 そして「『同じ舞台で試合ができるのを楽しみにしているよ』。この言葉が鬱の自分がもう一度頑張る決意に直結した」。4学年差があるためほとんど面識はなかったものの、「親と同じくらい一番親身になってくれた。高校が大津というだけの繋がりで本当によくしてもらった。めっちゃ優しいです」と深い感謝の気持ちを持ちながら前を向くことができた。

 そうしてサッカーへの熱量を高めながら突入した法政大での3年目、田辺は4月25日の第4節・筑波大戦(⚪︎1-0)で初めてベンチ入りすると第5節の中央大戦(●1-2)でもベンチ入り。この2試合で出番は訪れなかったが、迎えた5日の日本大戦で先発に抜擢されて関東大学リーグデビューを飾った。

 前日に先発入りを知らされてからは緊張もあったが、「みんなが優しくて、メンバー外の選手とかもめっちゃ声を掛けてくれたのでやるしかないなと思いました」。1列前には「預けたらなんでもしてくれる」横浜F・マリノス内定のMF松村晃助(4年=横浜FMユース)がいることもあり、緊張しすぎず試合に臨むことができた。

 左足のキックが特長の田辺は序盤から持ち味を発揮した。競り合いに強いFW瀬尾凌太(1年=桐蔭学園高)がゴール前にいたこともあってクロスを上げやすかったといい、積極的にサイドから配球。また、低い位置から相手最終ラインの背後へ落とすロングフィードでもチャンスメイクした。

「やれるなっていう感覚はあった。ここ2年なかなかサッカーができない期間が長かったけれど、毎日の積み重ねでここまで来れた。中に瀬尾という分かりやすいターゲットがいるので、そこを目掛けてあとは擦り合わせていくしかないなという感じですね」

 手応えも感じた待望のデビュー戦は77分間のプレーで交代。デビュー戦を終えた田辺は入部からこれまでを「やばい。めっちゃみんなに支えられていますね。自分が辛いときに支えてくれる人のおかげで今やれているのかもしれない」と感慨深げに振り返る。昨年の再離脱後はDF梅津龍之介(4年=鹿島ユース/札幌内定)と食事に行って話をするなど、チームメイトや家族、そして大先輩の濃野といった多くの人とともに離脱期間を乗り越えてきた。

 その上で「これだけ長く離脱していてもプロになりたいという目標だけはブラさずやってきた」との自負もある。チームで一番仲が良いという同期のMF小倉幸成(3年=鹿島ユース)がファジアーノ岡山でレギュラーを務めていること、大津の1学年下の後輩であるMF嶋本悠大が清水エスパルスで今季ブレイクしていることに悔しさと刺激を感じながら、目標のプロ入りへ決意を新たにした。

「まずSBなので守備で絶対やらせないことと、攻撃で違いを見せないとスカウトさんの目にかけられないと思う。(課題は)分かりやすい結果を残すのと守備でチームに貢献するというところ。そして自分が支えてもらってきたなかでどれだけチームに恩返しできるかなので、試合に出ても出られなくても一日一日を大事にチームのために取り組んでいきたいです」

 チームは今節先制するも追いつかれる悔しい引き分けに終わったが、そうしたピッチに立つための挑戦さえできない苦しい時期を過ごしてきた田辺にとって、明るいリスタートの一歩目になったことは間違いない。チームに恩返しする何よりの方法は勝利に貢献すること、そしてタイトル獲得に導くこと。1部復帰初年度のここまで1勝にとどまるチームに浮上の風を吹かせる構えだ。

(取材・文 加藤直岐)

●第100回関東大学リーグ特集
加藤直岐
Text by 加藤直岐

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