カタール布陣で大苦戦、窮地でも貫いた信念…奇跡の大逆転でメッシ称えたアルゼンチン監督「フットボールとはこういうもの」
安堵の表情を浮かべるFW
[7.7 W杯決勝T2回戦 アルゼンチン 3-2 エジプト アトランタ]
0-2からの大逆転でW杯ベスト8進出を決めたエジプト戦後、アルゼンチン代表のリオネル・スカローニ監督は感情を抑え切れない様子でテレビカメラの前に姿を見せた。「もう顔を上げることができない。申し訳ない。胸がいっぱいで……」。続いて行われた記者会見では落ち着きを取り戻した様子で、赤裸々に思いの丈を明かした。
「いろいろなことがあったけど、フットボールとはこういうもの。だから私は監督になった。現役を引退した後もこういう感情を味わい続けたかった。単に監督であることが好きだからというわけではない。ベンチにいる時は皆さんと一緒に苦しんでいる。でもフットボールの試合が我々アルゼンチン人に与える感情は、他の何物とも比べられないほど特別なものがある。私にとってその感情を再び味わえるというのは信じられないほどに素晴らしいことだ」
カタールW杯で成し遂げた38年ぶりの優勝を経て、連覇の期待を背負って乗り込んだ今大会。48歳にして大国を背負い続けるスカローニ監督は4連勝で迎えたラウンド16で大きく動いた。
これまでグループリーグ開幕2試合とラウンド32では先発10人を固定し、第3戦のターンオーバー布陣とは明確な序列をつけていたが、5試合目で一気にミックス。FWフリアン・アルバレス、MFレアンドロ・パレデス、DFニコラス・タグリアフィコという前回大会の主力3人を先発に抜擢し、エジプトを迎え撃つ決断をした。
その背景にはもちろん、延長戦にもつれ込んだラウンド32カーボベルデ戦の苦戦があった。しかし、この布陣からはそれ以上に重要な文脈が浮かび上がっていた。
実はこの先発構成、前回カタールW杯準決勝クロアチア戦とほぼ同じもの。DFニコラス・オタメンディがDFリサンドロ・マルティネスに代わったのみで10人は変わらず、ボランチが本職のMFアレクシス・マック・アリスターをサイド起用するという点まで同じだった。つまり本当の狙いは、カタールW杯で築いた文脈を一発勝負の佳境に向けて受け継ぐことだったとみられる。
ところがこの戦略は不発に終わった。試合序盤こそ主導権を握っていたアルゼンチンだったが、徐々にスピード感に慣れたエジプトが勢いを持ち始めると、前半15分にカウンターから先制被弾。同21分にはエースFWリオネル・メッシのPKが相手GKに止められ、さらに勢いを失った結果、その後もマック・アリスターやFWフリアン・アルバレスの決定機が阻まれ、厳しい展開のままハーフタイムを迎えた。
後半に入ってもスコアが動かせずにいると、スタジアムの大半を埋め尽くしたサポーターもいささかしびれを切らした様子。前回カタールW杯の名物チャント「Muchachos」を熱唱するも、前回大会のノスタルジーのみで会場を圧倒するには至らず、その曲の途中にもカウンターを食らい続け、一度はVARに味方されながらも追加失点を喫するという悪い流れに陥っていった。
カタールW杯の文脈を引き継いだメンバー編成で、重くのしかかった2点のビハインド。ところがスカローニ監督は不思議と落ち着いていたという。
今大会で導入されている23分過ぎのハイドレーションブレイクには選手たちに次のような声をかけていた。「諦めずに続けること、何度も挑戦し続けること。試合が終わるまで諦めず、ボールを失わず、自分たちのやり方でプレーし続けること」。カーボベルデ戦の苦戦を潜り抜け、この試合の前日会見でも強調していた「アルゼンチンらしさ」そのものの姿勢だった。
スカローニ監督には信念があった。「うまくいかない可能性もあった。でも、もし負けるならこういう形で負けるほうがマシだと思った。実際にこういう形で負けることもある。ただ、こういう形で負けるのが好きだとまでは言わないけど、もし負けるのだとしたら、チームが最後の最後まで戦い抜いたんだという感覚を持って終わってほしいと心から願っている」。いわば腹をくくった決断だった。
その姿勢を誰よりも早く体現したのが前回大会で栄光に導いたチームのキャプテンであり、39歳になった今も絶対的なエースであり続けるメッシだった。
後半34分、まずは右サイドからのクロスをDFクリスティアン・ロメロに届け、1点を返すゴールをアシストすると、続く同37分には驚異的なドリブル突破からFWラウタロ・マルティネスのヘディングシュートを演出。これはわずかに枠を外れたものの、続く同38分、自身のクロスでゴール前に混戦を生み、最後はDFゴンサロ・モンティエルの落としたボールを自ら左足ボレーで叩き込んだ。
前半にPKを失敗していた“生ける伝説”による1ゴール1アシストの同点劇。スカローニ監督は胸いっぱいの思いでその光景を見つめていたという。
「0-2で負けて試合を終えることもできたけど、彼はもう一度チャンスを求め、再び挑戦した。その姿に鳥肌が立つほど感動した。彼だけでない。彼のことだけを語りたいわけでもない。そこで他のチームメートが信じられないほどに彼のことを支えてくれていた」。そう興奮気味に語った指揮官は「若い選手たちには彼の存在が信じられないかもしれないけど、お手本にしてほしいと思っている」との願いも口にした。
最後はその若い選手たちの躍動で試合を決めた。「同点になった後、タイムアップの前に試合を決めなければならないと感じた。チームに良い勢いがあったからだ。私たちは相手の5番がどこにいるか、相手の8番がどこにいるかを気にもせず、とにかく前に、前に、前にと進み続けた」(スカローニ監督)。後半アディショナルタイム2分、アルバレスのロングフィードにFWラウタロ・マルティネスが抜け出し、クロスをMFエンソ・フェルナンデスが決めるという、前回大会で初めてW杯に立った3人による決勝ゴールだった。
「本当に信じられないほどの試練だった。そして人生に深く刻まれる経験だった。これから何が起きようとも、この経験が心に刻まれる。この試合を見ていた全ての若者たち、アルゼンチンのユニフォームを着てプレーしたいと願っている選手たちにとって、進むべき道を示してくれたんだ」(スカローニ監督)
試合後の我を失った様子は敗退危機の重圧から解き放たれた安堵感ではなく、自らが大切にしていた姿勢を選手たちが自ら体現してくれたことによる信頼感から来ていたようだ。スカローニ監督は記者会見で、自身の中にある感情を次のように表現した。
「結局、フットボールはこういうものだと思う。戦術や戦略はもちろん重要。それは疑いようもない。重要じゃないなんて言うつもりはない。でも今日ここで私たちが示したこの部分がないと、私たちはもっと早く敗れ去っていたと思う。これはカタールでのレオ(メッシ)の言葉だったかな。『人々に信じてほしい。このチームは彼らを見捨てたりはしない』と。本当にこの言葉どおりだった。それが肌で感じるように伝わってきた。だから今はすごく感動的な気持ちだ」
メッシの言葉はカタールW杯初戦、サウジアラビアに1-2で敗れた後に発されたものだった。あれから4年後、チームはW杯で11試合負けなしを継続中。カタールで築いた文脈を受け継ぎ、苦境にも向き合ってきた前回王者は自分たちの強さを再確認しながら連覇への道を突き進んでいる。
(取材・文 竹内達也)
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0-2からの大逆転でW杯ベスト8進出を決めたエジプト戦後、アルゼンチン代表のリオネル・スカローニ監督は感情を抑え切れない様子でテレビカメラの前に姿を見せた。「もう顔を上げることができない。申し訳ない。胸がいっぱいで……」。続いて行われた記者会見では落ち着きを取り戻した様子で、赤裸々に思いの丈を明かした。
「いろいろなことがあったけど、フットボールとはこういうもの。だから私は監督になった。現役を引退した後もこういう感情を味わい続けたかった。単に監督であることが好きだからというわけではない。ベンチにいる時は皆さんと一緒に苦しんでいる。でもフットボールの試合が我々アルゼンチン人に与える感情は、他の何物とも比べられないほど特別なものがある。私にとってその感情を再び味わえるというのは信じられないほどに素晴らしいことだ」
カタールW杯で成し遂げた38年ぶりの優勝を経て、連覇の期待を背負って乗り込んだ今大会。48歳にして大国を背負い続けるスカローニ監督は4連勝で迎えたラウンド16で大きく動いた。
これまでグループリーグ開幕2試合とラウンド32では先発10人を固定し、第3戦のターンオーバー布陣とは明確な序列をつけていたが、5試合目で一気にミックス。FWフリアン・アルバレス、MFレアンドロ・パレデス、DFニコラス・タグリアフィコという前回大会の主力3人を先発に抜擢し、エジプトを迎え撃つ決断をした。
その背景にはもちろん、延長戦にもつれ込んだラウンド32カーボベルデ戦の苦戦があった。しかし、この布陣からはそれ以上に重要な文脈が浮かび上がっていた。
実はこの先発構成、前回カタールW杯準決勝クロアチア戦とほぼ同じもの。DFニコラス・オタメンディがDFリサンドロ・マルティネスに代わったのみで10人は変わらず、ボランチが本職のMFアレクシス・マック・アリスターをサイド起用するという点まで同じだった。つまり本当の狙いは、カタールW杯で築いた文脈を一発勝負の佳境に向けて受け継ぐことだったとみられる。
ところがこの戦略は不発に終わった。試合序盤こそ主導権を握っていたアルゼンチンだったが、徐々にスピード感に慣れたエジプトが勢いを持ち始めると、前半15分にカウンターから先制被弾。同21分にはエースFWリオネル・メッシのPKが相手GKに止められ、さらに勢いを失った結果、その後もマック・アリスターやFWフリアン・アルバレスの決定機が阻まれ、厳しい展開のままハーフタイムを迎えた。
後半に入ってもスコアが動かせずにいると、スタジアムの大半を埋め尽くしたサポーターもいささかしびれを切らした様子。前回カタールW杯の名物チャント「Muchachos」を熱唱するも、前回大会のノスタルジーのみで会場を圧倒するには至らず、その曲の途中にもカウンターを食らい続け、一度はVARに味方されながらも追加失点を喫するという悪い流れに陥っていった。
カタールW杯の文脈を引き継いだメンバー編成で、重くのしかかった2点のビハインド。ところがスカローニ監督は不思議と落ち着いていたという。
今大会で導入されている23分過ぎのハイドレーションブレイクには選手たちに次のような声をかけていた。「諦めずに続けること、何度も挑戦し続けること。試合が終わるまで諦めず、ボールを失わず、自分たちのやり方でプレーし続けること」。カーボベルデ戦の苦戦を潜り抜け、この試合の前日会見でも強調していた「アルゼンチンらしさ」そのものの姿勢だった。
スカローニ監督には信念があった。「うまくいかない可能性もあった。でも、もし負けるならこういう形で負けるほうがマシだと思った。実際にこういう形で負けることもある。ただ、こういう形で負けるのが好きだとまでは言わないけど、もし負けるのだとしたら、チームが最後の最後まで戦い抜いたんだという感覚を持って終わってほしいと心から願っている」。いわば腹をくくった決断だった。
その姿勢を誰よりも早く体現したのが前回大会で栄光に導いたチームのキャプテンであり、39歳になった今も絶対的なエースであり続けるメッシだった。
後半34分、まずは右サイドからのクロスをDFクリスティアン・ロメロに届け、1点を返すゴールをアシストすると、続く同37分には驚異的なドリブル突破からFWラウタロ・マルティネスのヘディングシュートを演出。これはわずかに枠を外れたものの、続く同38分、自身のクロスでゴール前に混戦を生み、最後はDFゴンサロ・モンティエルの落としたボールを自ら左足ボレーで叩き込んだ。
前半にPKを失敗していた“生ける伝説”による1ゴール1アシストの同点劇。スカローニ監督は胸いっぱいの思いでその光景を見つめていたという。
「0-2で負けて試合を終えることもできたけど、彼はもう一度チャンスを求め、再び挑戦した。その姿に鳥肌が立つほど感動した。彼だけでない。彼のことだけを語りたいわけでもない。そこで他のチームメートが信じられないほどに彼のことを支えてくれていた」。そう興奮気味に語った指揮官は「若い選手たちには彼の存在が信じられないかもしれないけど、お手本にしてほしいと思っている」との願いも口にした。
最後はその若い選手たちの躍動で試合を決めた。「同点になった後、タイムアップの前に試合を決めなければならないと感じた。チームに良い勢いがあったからだ。私たちは相手の5番がどこにいるか、相手の8番がどこにいるかを気にもせず、とにかく前に、前に、前にと進み続けた」(スカローニ監督)。後半アディショナルタイム2分、アルバレスのロングフィードにFWラウタロ・マルティネスが抜け出し、クロスをMFエンソ・フェルナンデスが決めるという、前回大会で初めてW杯に立った3人による決勝ゴールだった。
「本当に信じられないほどの試練だった。そして人生に深く刻まれる経験だった。これから何が起きようとも、この経験が心に刻まれる。この試合を見ていた全ての若者たち、アルゼンチンのユニフォームを着てプレーしたいと願っている選手たちにとって、進むべき道を示してくれたんだ」(スカローニ監督)
試合後の我を失った様子は敗退危機の重圧から解き放たれた安堵感ではなく、自らが大切にしていた姿勢を選手たちが自ら体現してくれたことによる信頼感から来ていたようだ。スカローニ監督は記者会見で、自身の中にある感情を次のように表現した。
「結局、フットボールはこういうものだと思う。戦術や戦略はもちろん重要。それは疑いようもない。重要じゃないなんて言うつもりはない。でも今日ここで私たちが示したこの部分がないと、私たちはもっと早く敗れ去っていたと思う。これはカタールでのレオ(メッシ)の言葉だったかな。『人々に信じてほしい。このチームは彼らを見捨てたりはしない』と。本当にこの言葉どおりだった。それが肌で感じるように伝わってきた。だから今はすごく感動的な気持ちだ」
メッシの言葉はカタールW杯初戦、サウジアラビアに1-2で敗れた後に発されたものだった。あれから4年後、チームはW杯で11試合負けなしを継続中。カタールで築いた文脈を受け継ぎ、苦境にも向き合ってきた前回王者は自分たちの強さを再確認しながら連覇への道を突き進んでいる。
(取材・文 竹内達也)
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