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[SEVENDAYS FOOTBALLDAY]:290通りの「真夏のセンシュケン」(都立八王子桑志高)

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東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 2016年8月16日。蝉時雨に包まれるグラウンドに歓喜が弾けた。「自分たちがいる間には絶対に勝ちたいと思っていたので、3年間で初めて勝てて本当に良かったです」と笑ったのは5ゴールを叩き込んだストライカー。創部以来初となる公式戦勝利を掴んだ、ある普通の都立高校のサッカー部。高校選手権東京都1次予選2回戦。舞台は埼玉スタジアム2002のファイナルへと繋がっている『真夏のセンシュケン』である。

 千葉県勢同士が日本一を巡り、広島の地で激突した全国総体の決勝から12日後。290校ものサッカー部が参加する高校選手権の東京都1次予選は開幕の日を迎えた。9月からの2次予選へと駒を進めることを許されるチーム数はわずかに34。250を超える学校の最上級生は、真夏のこの時期に3年間の高校サッカー生活へ終止符を打つ。彼ら3年生にとっての“センシュケン”は、迫りくる年の瀬を感じながら戦う大会ではなく、あるいは人生で最後になるかもしれない長い夏休みの最中に終わってしまう大会であり、残された下級生たちは1年後の夏休みで再び“センシュケン”を終わらせないために、この時期から新チームを立ち上げていく。

 2007年開学。2008年の新人戦で初めて公式戦への出場を果たした都立八王子桑志高のサッカー部も、例外なく夏休みに代替わりしてきたような、ごくごく普通のサッカー部ではあるが、彼らの記録を紐解いていくとあることに気付いた。まだ一度たりとも公式戦に勝ったことがないのだ。「学校紹介のパンフレットに『まだ勝ったことがないので」って書いてあって、最初は『えっ?』と思ったんですけどね」と話してくれたのは、10番を背負う3年生の西口陸人。キャプテンの今本優希は入部してからその事実を知ったという。2014年に彼らが新入生として八王子桑志のユニフォームに袖を通してからも、念願の初勝利は遠い。総体予選、選手権予選、新人戦。年に3回行われる公式戦の初戦敗退を二回り繰り返し、今年の総体予選初戦も接戦を繰り広げたものの、0-1で敗退を突き付けられる。気付けば3年生になった彼らに残された公式戦は、最後の選手権予選だけになっていた。

 ただ、今年の3年生には過去にない特徴があった。部員の数が多かったのだ。総勢10人。チームを率いる荻原幸司監督が笑いながら教えてくれた。「毎年選手権予選が終わると、人数が足りないので新チームは人集めから始まるんです。3年生が抜けると素人でも誰でもいいから、11人にするために入ってもらって、チームを創り直してみたいな。ですけど、今の3年生は10人いるので、人数を心配しないでここまで来られたというのは初めてですね」。しかも今本が話すには「みんなで団結して練習してきたというか、手を抜くヤツがいない学年」なのだという。キャプテンはさらにこう続ける。「ウチには初心者に近い、ボール扱いに慣れていない子もいて、できるヤツらがイライラして悪い声掛けになってしまうことがあるので、その時は自分がチームの雰囲気を乱さないような声掛けをしたりして、ムードを崩さないようにしてきました。でも、できない人たちをみんなで成長させていくために練習しているので、そういう人たちが成長してくれた手応えもあります」。昨年の夏に立ち上がった新チームにとって、最初の公式戦に当たる新人戦は2-2と点を取り合った末にPK戦での敗退。前述したように今年4月の総体予選も1点差負けと、惜しい試合が続いた。「この代を受け持ってからは1勝を目指すと勝てないからということで、『やっぱり都大会出場を目指そう』と。もう少し高い所に目標を持たせてやり始めたんです」と荻原監督。チームの中に“初勝利”を引き寄せるだけの条件は整ってきていた。そして8月16日。総体予選で2人が引退したため、8人になった3年生は最後の『真夏のセンシュケン』を迎えることとなる。

 開始わずか3分で先制ゴールを決めたのは3年生の今野海都。2分後に追加点を挙げた西口は、前半26分にも自身2点目をマークすると「少しウルッと来ていた」そうだ。その後は1点を返され、少し不穏な空気が流れたものの、33分には西口がヘディングでハットトリックを達成し、さらに40+1分にはまたも西口が、今度は30メートル近いミドルシュートをぶち込んでみせる。前半だけで5-1と4点のリードを奪った八王子桑志は、ハーフタイムを挟んでも手綱を緩めない。西口のゴールで6点目。今野のアシストで7点目。後半34分には3年生の福田祥太郎も交替でピッチヘ飛び出し、PKでの8点目を挟みつつ、最後はやはり3年生の勅使ケ原海斗のクロスから、「勝ったことがないと聞いた時は『どういうチームなのかな』と思っていたんですけど、入ってみたらそこまで勝てないとは思わなかったです」と言い切る1年生の山口兼詠が9点目を記録し、ここで打ち止め。守護神の野嶋一希とCBの柴田倖輝の3年生コンビを中心にした守備陣も失点を2で食い止め、終わってみればスコアは9-2。「正直こんな差で勝てるとは思わなかったです」と今本も思わず苦笑いを浮かべるような大勝で、この日は出場機会のなかった鈴木竜も含めた八王子桑志の3年生は学校の歴史に名を刻む、記念すべき公式戦初勝利を手にすることとなった。

 勝因を聞かれた西口は「一番はやっぱりチームワークですね。みんな仲が良いんです。1年生の時からずっと一緒にやってきた仲間なので信頼関係がありますから」と即答した。引退した2人の3年生も応援に駆け付けていたという。おそらくベンチの対面あたりのスタンドから、声援を送り続けていた一段の中に彼らもいたのだろう。「応援しに来てくれている2人やOBのためにも勝てて良かったです」と今本も笑顔を見せる。「3年間続けてきた3年生がやっとここまで来て、3年間の溜まったものがやっと出たのかなという気がしますね。素人も含めた10人でしたけど、それぞれが持ち味を認め合って、チームになれたのかなという感じがします」と感慨深そうに話したのは荻原監督。スタンドの2人も含めた3年生の一体感が、この結果を呼び込んだのは間違いなさそうだ。おそらくは既に何物にも代えがたい大切なモノを掴んでいるであろう3年生へ、サッカー部としてももちろんだが、彼ら自身にとっても“公式戦初勝利”という勲章が加わる。5年後も、10年後も、きっと20年後も振り返りたくなるような夏休みの思い出が、3年生たちの高校生活に刻まれた。

次に対戦するチームのスカウティングへ向かう荻原監督を少しだけ引き留め、こう質問してみた。「“センシュケン”ってやっぱり夏のイメージですか?」と。一瞬考えた指揮官は「今まで1回戦負けをずっとしてきているので、夏合宿からここまでの濃い期間があって、1回フッと気持ちが落ちてしまうというか、今まで頑張ってきた子たちが『これで引退だ』となってしまう寂しさを味わって来ました。それが夏から秋口に掛けてみたいな感じですから、やっぱり“夏”というイメージはありますね」と少し笑って、会場を後にした。

 290校に存在する290通りの『真夏のセンシュケン』。5か月後の埼玉スタジアム2002までは果てしなく遠い道のりかもしれないが、この猛暑に彩られた夏休みの真っ只中にも、確かに高校生活の全てを懸けて争われる真剣勝負がそこにはあった。2016年8月。『真夏のセンシュケン』を経験したすべての“3年生”たちの未来に幸多からんことを。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務し、Jリーグ中継を担当。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」


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