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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:初陣(横浜FCユース)

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横浜FCユースのプレミア初陣は0-0ドローに

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 気が付けば雲の切れ間からは、自分たちが纏っているユニフォームのような鮮やかな水色の空が顔を覗かせている。待って、待って、待ち侘びた90分間。ヒリヒリとした緊張感の中で、ボールを追い掛けることが、とにかく楽しかった。「練習試合から『公式戦みたいにやれ』とは言われますけど、全然別物でしたね(笑) やっぱり雰囲気は全然違いましたし、凄く楽しかったです」。田畑麟(3年)が嬉しそうに笑う。5か月遅れの“初陣”。横浜FCユースの2020年が、ようやく動き出した。

 昨年末。高円宮杯プレミアリーグプレーオフを制して、クラブ史上初のプレミア昇格を勝ち獲った横浜FCユース。だが、その快挙は当人たちにとっても予想外だった。「本当に昇格できるなんて、最初はチームの中でも誰も考えていなかったと思うんですよ。他の人も横浜FCが上がるなんて、誰も思っていなかったはずですけど(笑)」(田畑)「去年の代は“力がない代”と言われていて、プレミア昇格というのは全く頭になかったですね。『プリンスに残留できればいいな』と思っていました」(深宮祐徳)「プリンスの前半戦は特に全然勝ち点を積み上げられなくて、『残留争いかな』とは自分も考えていました」(永田亮輔)。

 望外の結果だったとはいえ、選手たちが共通して感じていた手応えもある。それはチームの一体感。「いつもだったら負けている状態でも、最後に引き分けに持って行けたりとかしていたので、『行けるんじゃないかな』とは個人的に思っていました」と中川敦瑛(3年)も振り返ったように、リーグ終盤戦はどの試合でも、不思議と負けるような雰囲気はなかったという。

「昇格が見え始めた頃からは、やっていて凄く楽しかったですし、みんなの勢いが止まらなくて、全然負けなくて。あの良い雰囲気を出せるような、そういうチームを今年も創り上げたいなと思いますよね」。新チームのキャプテンに立候補して就任した田畑は、来たるシーズンへのイメージを膨らませつつ、4月に開幕するプレミアへと想いを馳せていた。

 ところが、事態は想像もしていなかった方向へ進んでいく。新型コロナウイルスの影響でリーグの開催は中止が発表され、チームの活動もストップ。先の見えない日々に不安も募っていく。「LINEで『こういう状況だから頑張ろう』と声を掛けたり、オンラインミーティングやオンライントレーニングでチームメイトと顔を合わせてちょっと話すぐらいで、チームをどうしていくかの難しさは結構ありました」と田畑。チームの“空気感”を直に感じられない状況が、もどかしかった。

 ただ、何とかしたいと想う心は後輩たちにも届いていた。「こういう状況で『チームをまとめるのが大変そうだな』とは感じていたんですけど、選手だけのグループLINEに麟くんが『もっとこうしようぜ』というメッセージをよく送ってくれたので、それでさらにまとまっている感じはありました」と明かすのはセンターバックの杉田隼(2年)。それぞれが今できることに、しっかりと向き合える“空気感”は、既に創られつつあった。

 初夏に入り、ようやく段階的にトレーニングが再開されると、ボールを蹴るだけで、自然とみんなに笑顔が溢れていく。それぞれが見出した喜びのポイントも個性的だ。「やっぱりシュートを止めた時は凄く気持ち良かったですね。『キーパーって楽しいな』と改めて感じました」とはゴールキーパーの深宮祐徳(3年)。自粛期間中はなかなか受けることのできなかった“シュート”を止める感覚が、何とも心地良かった。

 永田亮輔(3年)はチームメイトとの“絡み”について言及する。「僕は結構イジられたりするんですけど、自粛期間はそういう会話もなかったので、『雰囲気はいいな』と感じています。学校生活であまり喋らないと、“陰キャ”みたいに言われるので、そういうのでイジられたりしていますね(笑)」。自粛期間を経て、「今を楽しもう」という気持ちが以前より強くなったそうだ。

 7月31日。高円宮杯プレミアリーグ2020関東の開催が発表される。もともとプレミアに参戦する予定だった関東の8チームによる、1シーズンだけの特別なリーグ。ようやく彼らの中にも明確な目標が浮かび上がる。

「全勝しに行く気持ちでいて、個人としても得点はできるだけ多く獲りたい想いもあって、結果を残したいというのが一番です。1試合1点以上は行きたいですね。最低8点、行きたいです」(中川)「自分がチームを引っ張って行けるようになりたいなと。個人としては去年の公式戦で4点しか獲れていないので、今年は4点以上絶対獲れるように日々準備していきたいです。今年、6点は獲ります。いや、7点かな(笑)」(永田)

「最後は悔いなく、チームが勝っても負けても自分たちが出し切ったと感じられるような試合をしたいですし、そのために日々の練習を全員でモチベーション高くやっていきたいと思っています」(深宮)「チームではプレミア3位以内という目標を掲げているんですけど、『それ以上を狙っていきたい』とは選手の中でも話していて、個人的には『コイツ、スゲーな』と思われる選手でいたいなと考えています」(田畑)。それぞれがぞれぞれの想いを抱え、新たな“晴れ舞台”に向かっていく。

 9月6日。横浜FC・LEOCトレーニングセンター。上空は灰色の雲に覆われる中、ウォーミングアップを続けるピッチの選手たちからは、公式戦独特の高揚感が伝わってくる。2人のゴールキーパーにボールを蹴るのは小山健二コーチ。その横で田所諒コーチと西山貴永コーチも、選手たちへの声掛けに余念がない。この日不在だった早川知伸監督も含めてコーチングスタッフにクラブOBが多いのも、横浜FCアカデミーの特徴だ。

 昨シーズンはユースの監督としてチームをプレミア昇格へ導き、現在はジュニアユースの監督を務めている小野信義も会場に姿を現していた。「プレミアってこんなにメディアの方が来るんですね。去年はこんなことなかったのに(笑)」。そんな何気ない一言にも、改めて公式戦の到来を実感する。

 メンバー表の中に名前のなかった永田は、ケガもあって欠場ということになった。「もう少ししたら復帰できるんじゃないかなと思うんですけどね」。少し残念そうに教えてくれると、すぐに運営の仕事に立ち戻っていく。人数の限られているユースは、試合の開催に向けても1人1人が大事な役割を担っている。

「昨日はそんなに緊張はしなかったですけど、昂ぶるものはありましたね。相手が流経ということで、やってみたかった相手でしたし」(中川)「昨日はメッチャ寝ました。もう10時半ぐらいに疲れて寝ちゃって(笑)、今日も6時ぐらいに起きて。全然試合前も緊張はしなかったですね」(田畑)「昨日の夜も、今日の対戦相手がどうやってくるかを調べたりして、自分でどうやって行こうというのは考えていたので、緊張はしていなかったです」(深宮)。やるべきことはやってきた。あとはピッチでそれを発揮するだけだ。

 10時ジャスト。主審のキックオフを告げる笛が鳴り響く。彼らの“初陣”が幕を開ける。

 立ち上がりから流通経済大柏高の勢いが鋭く、4分、9分、10分、13分とフィニッシュまで持ち込まれる。「自分たちも受け身になっていたのと、話し合って改善するところは少なかったのかなと思います」とは田畑。相手のプレスの速さに、なかなか良い形での前進もままならない。

 インサイドハーフを任された中川も、攻撃面での難しさを感じていた。「もともと自分たちのアンカーに相手のトップが付いてくるのはわかっていたので、前半はどちらかと言うと2ボランチ気味でやっていたんですけど、そうすると『自分の良さの前への推進力がなくなっちゃうな』とは思っていました」。

 34分にはビッグチャンス。中川を起点に、最後は堀越拓馬(3年)がフィニッシュ。左スミを襲ったボールは、相手ゴールキーパーのファインセーブに阻まれる。「1つのアプローチの速さや強さが、プレミアとプリンスでは違うなと感じました」とは杉田。やや劣勢を強いられた中で、0-0で前半の45分間は終了する。

 後半13分。流経大柏に決定機。右からのクロスに森山一斗(3年)がヘディングで合わせると、「自分も流れながら、ラインギリギリで掻き出したような感じだったので、難しいセーブだったと思います」という深宮がファインセーブ。守護神がゴールに立ちはだかる。

 27分は横浜FCユースにビッグチャンス。中に潜った田畑が右サイドへ送り、宮野勇弥(2年)のパスを中川はワンタッチでエリア内へ。走り込んだ田畑が決定的なシーンを迎えるも、「“つま先”というアイデアは浮かんだんですけど、ああいう所で決めれるメンタルだったり、自分で打つという気持ちはもっと必要かなと思います」と振り返った通り、ディフェンダーに寄せられてシュートを打ち切れない。

 ホームチームは40分にこのゲーム最大の得点機を逃し、双方のゴールネットが揺らされないままに突入した後半アディショナルタイム。最後の最後で流経大柏に試合を決めるチャンスがやってくる。

 45+4分。右からのロングスローは森山の目の前へ。左足から放たれたシュートは直後、驚異的な反応を見せた深宮が左手1本で弾き出す。「自分でもまさか止められるとは思っていなかったんですけど、最後に体を残して面を作ることは意識していたので、そこは狙い通りと言えば狙い通りのセーブでした」。

 気が付けば雲の切れ間からは、自分たちが纏っているユニフォームのような鮮やかな水色の空が顔を覗かせている。待って、待って、待ち侘びた90分間。ヒリヒリとした緊張感の中で、ボールを追い掛けることが、とにかく楽しかった。スコアレスドロー。横浜FCユースの“初陣”は勝ち点1を手に入れる結果となった。

 中盤で攻守に走り回った中川は、両足が攣って終盤に交替を余儀なくされた。「自己管理の問題です。攣るまでやれたのは良いことだと思うんですけど、攣って欲しくはないですね(笑)」(田畑)「ハードワークしてくれて、チームのために走ってくれたので、そこは申し分ないですけど、攣らないで最後までいてくれると助かります(笑)」(深宮)。本人も「70分ぐらいから結構『ヤバい』と思っていて、もうそこは自分の準備不足の所なので情けないです」とは言いながらも、表情には充実感を伴った笑顔が浮かぶ。

「やっぱり強度も全然違いますし、プリンスとは雰囲気も違いました。あとは『ああ、こんなにメディアの方が来るんだ』と思って(笑)、改めて自分たちがプレミアでやっているんだという感じはありましたね」。課題も、収穫も、手にした90分間。ただ、やはりこの想いが一番強い。「楽しかったです。公式戦、楽しかったですね」。

 深宮は淡々とした中にも、ユーモアを滲ませる口調が面白い。2つのファインセーブについて「オレがチームを救った感、ある?」と問われると、「ちょっとはありますね。正直、ちょっとはあります(笑) ただ、ここで自分に自信を持ち過ぎずに、謙虚に次の練習の日からやっていきたいと思います」と気を引き締めつつ、少しニヤけた顔がかわいかった。

 本人の中で苦手意識のあったビルドアップも、2種登録選手としてトップチームで練習を重ねたことで、想像以上に上達していた自分に気付いた。「自分もまさかここまでビルドアップができるとは思っていなかったです。トップに行って変わりましたし、苦手感はなくなってきて、今日は想像していた2,3倍はできました」。課題も、収穫も、手にした90分間。ただ、やはりこの想いが一番強い。「楽しかったですね。公式戦は全然違います」。

 堂々としたプレーで無失点に貢献した杉田は、「勝ち切れた試合でもありましたけど、第一に負けないことが前提だったので、0-0という結果で終われてホッとしています」と率直な感想を口にする。年代別代表に選出されていることもあり、チームを引っ張っていく自覚も十分の頼もしい2年生だ。

 ジュニアユース時代から共に育ってきた3年生への想いも強い。「今の3年生は仲が良い学年で、後輩にもフレンドリーに接してくれて、試合中のコミュニケーションは図りやすいですし、『一緒にチームを作っていく』という感じでやってくれるので、残り少ない時間を3年生と1つでも多く勝って、上位に行けるように頑張って行きたいと思います」。こうやってチームの伝統は受け継がれていく。

 90分間を終えた田畑の胸に押し寄せたのは、ある感情だった。「この環境でやれることが凄く嬉しくて、『やっぱり恵まれているな』というか、感謝の気持ちでいっぱいです。ベンチ外で悔しいはずなのに積極的に設営してくれる仲間がいて、審判の方も、取材に来てくださっている方々も、サッカーをやらせてくれる親も、本当にありがたいなと思います」。当たり前ではない時期を過ごしてきたからこそ、当たり前だと思っていたことのありがたさを、より感じられるようになったのかもしれない。

 新たな発見も手にすることができた。「練習試合の時もこんな声は出ないのに、今日は本当にみんなが声を出して、『いつもと全然違うやん!』みたいな(笑) 違ったみんなを見られたのは凄く良かったですね」。ポジティブな想定外。去年のような“一体感”も、さらに創っていけそうな感覚は間違いなく自分の中にある。

 課題も、収穫も、手にした90分間。ただ、やはりこの想いが一番強い。「練習試合から『公式戦みたいにやれ』とは言われますけど、全然別物でしたね(笑) やっぱり雰囲気は全然違いましたし、凄く楽しかったです」。

5か月遅れの“初陣”。横浜FCユースの2020年が、ようやく動き出した。

■執筆者紹介:
土屋雅史
「(株)ジェイ・スポーツに勤務。群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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