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[関東大会予選]元Jリーガーの指揮官も男泣き。市立前橋が同校初の県ベスト8へ!:群馬

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相手の猛攻に全員で体を張り続けた市立前橋高が同校初の県ベスト8進出!

[5.8 関東高校大会群馬県予選3回戦 市立前橋高1-0 高崎経済大附高]

 勝利の瞬間。指揮官は自然と流れてくる涙に気付いたという。「子供たちは本当に真面目で、本当にひたむきに頑張ってくれた中で、今回“イチリツ”としては初めて県のベスト8に入ることができましたけど、やっぱりこういう姿勢でやってくれた生徒のおかげかなと思います」。歴史の扉、開く。8日、2021年度関東高校サッカー大会群馬県予選3回戦で、市立前橋高と高崎経済大附高が激突。前半に挙げた1点を全員で守り切った市立前橋が、同校史上初となる県ベスト8へと勝ち上がった。

 試合は序盤から市立前橋の出足が速い。「最初の雰囲気から結構『自分たちの方が行けているな』というのはありました」とはキャプテンのDF田村楓(3年)。中盤でもMF瀧上創太(3年)とMF飯塚暁矢(3年)がセカンドボールを拾い、センターバックのDF角田柊和(3年)とDF羽鳥剣玄(3年)がきっちりと相手のアタックを跳ね返していく。

 すると、いきなり生かしたファーストチャンス。12分。左サイドで獲得したCKを田村が蹴り込むと、ゴール前はスクランブルに。その中から最後はMF中村圭太(3年)が押し込んだボールは、ゴールネットへゆっくりと転がり込む。「味方の選手が1人スライディングでこぼしてくれて、そこを詰めるだけだったので、本当にラッキーだったと思います。気持ちで押し込むだけでした」。スタメンで最も小柄なファイターが、セットプレーから大仕事。市立前橋がリードを奪う。

「相手は確かに球際が強くて速くて、そこで劣っていたと思います」とキャプテンのDF二ノ宮慈洋(3年)も口にした高崎経済大附は、ややアンラッキーな失点を受け、相手のプレッシャーにどうしても長いボールが増えてしまい、前線のMF内田隼登(3年)とFW柴田達輝(3年)にボールが収まらず。時折右のMF福川拓音(2年)、左のMF中澤聡太(2年)が突破を仕掛けるものの、フィニッシュには至らない。

 むしろ好アタックは市立前橋。29分には中村の縦パスをFW飯島基(3年)が丁寧に落とし、MF今井智衆(3年)のシュートは枠の右へ外れるも、流れるような一連。31分にも瀧上、MF大崎眞樹人(2年)と細かく回し、飯島のシュートは枠外も、惜しいシーンが続く。

 高崎経済大附もセットプレーに活路。38分には右からMF須永勝平(3年)がロングスローを投げ込み、福川が放ったシュートは市立前橋のGK髙橋歩夢(3年)がキャッチ。40+3分にも右から内田が蹴ったFKに、二ノ宮が高い打点で合わせたヘディングはゴール右へ。「前半は自分たちのやりたいサッカーができました」と田村も話した市立前橋が、1点のアドバンテージを握って最初の40分間が終了した。

 後半は負けられない高崎経済大附が、一層前へのパワーを強める。後半5分には内田の左CKに二ノ宮が競り勝つも、シュートチャンスはオフサイドでフイに。市立前橋も20分には右サイドで得たFKを瀧上が直接狙うと、わずかに軌道はゴール右へ逸れるも、後半のビッグチャンスはこれぐらい。耐える時間が続く。

 24分は高崎経済大附。FKのこぼれを途中出場のMF富田歩夢(2年)が右クロス。ニアに飛び込んだ二ノ宮の豪快なダイビングヘッドは、枠の右へ。25分も高崎経済大附。ここもFKの流れから、福川が左足で枠へ収めるも、髙橋が丁寧にキャッチ。ラスト10分は188センチの長身CB二ノ宮を最前線に上げて、絶対に追い付きたい執念を前面に押し出す。

 だが、DF松原彰吾(3年)、角田、羽鳥、田村で組んだ市立前橋4バックは鉄壁。さらに、DF秋田裕輝(2年)、MF富永響(2年)と後半に切られた交代カードも、守備のタスクを完遂。39分には185センチのFW坂庭睦規(3年)を二ノ宮のマンマーカーとして送り込み、アディショナルタイムにはFW手嶋健斗(2年)とMF都丸亮人(2年)も相次いで投入し、盤石のゲームクローズ。1-0でタイムアップの笛を聞く。

「監督もコーチもずっと『ベスト8に行こう』と話してくれていたので、勝った瞬間は『やった~』ってメチャメチャ思いました」と笑顔を見せたのは田村。粘り強い守備で完封勝利を飾った市立前橋が、何度も跳ね返されてきた“ベスト16の壁”をとうとうぶち破り、群馬8強へと勝ち名乗りを上げた。

 市立前橋を率いる森田真吾監督は、横浜FCや水戸ホーリーホック、ヴァンフォーレ甲府でもプレーした元Jリーガー。関東リーグに在籍しているtonan前橋で現役を引退した後は、群馬県で高校教員としてサッカー部を指導する道を選択し、2019年に同校へ赴任してきた。

 また、同校の部長兼コーチにはFC町田ゼルビアやブラウブリッツ秋田にも在籍し、今シーズンもtonan前橋で9番を背負う山腰泰博の名前が。「準備にしてもトレーニングにしても、彼が計画を立ててやってくれるので、本当に山腰サマサマですね(笑) あとは自分が試合の時はチームが戦えるような気持ちを作って、彼が後ろで冷静に分析をしています」と森田。加えて、柏レイソルなどで活躍し、FIFA U-20ワールドカップの出場経験もある大野敏隆(現・前橋ジュニアU-15監督)も週1回のペースでコーチを務めているとのこと。「彼のプレーなんか見れば一発で凄いとわかるので、そういう所でも良い面をいろいろ感じ取ってくれているのかなと思うんですけどね」(森田)。人工芝のグラウンドも設置されており、市立高校としては恵まれた環境の中で、選手たちはボールを追い掛けている。

 とはいえ、やはりこれまでの県内での立ち位置はベスト16に入れるかどうか。昨年度のチームには手応えを感じていたが、新型コロナウイルスの影響で各種大会が中止になり、選手権予選は2回戦でまさかの敗退。「やっぱり監督が私に代わった時に、やり方も方針も違う中で、2年間結果も出ず、苦労した部分はありました」と森田。決してチームビルディングがうまく行っていた訳ではなかった。

 しかも、今年の3年生は周囲からその実力を疑問視されてきた世代。ただ、「練習から100パーセントできないと勝てる訳がないという中で、この子たち自身がそういう言葉を発して、本当に自主的にやってきたチーム」(森田)でもあり、10月の新チーム立ち上げからコツコツと積み上げてきたモノは確かにあった。この日の試合前に「今年の3年生は弱い弱いと言われながら、ここまで来た。だから、君らこそベスト8に行くべきじゃないか」と指揮官は訴えかける。その80分後。選手たちは森田の熱い想いに、結果で応えてみせた。だからこそ、気付けば涙がこみ上げてきたのだ。

 この日の勝利は、森田の中に新たな感情を灯らせた。「今は勝って嬉しいですけど、それよりは彼らがどこまで成長するのかなという気持ちも強いので、こういう子たちが頑張っているのを見て、イチリツでサッカーをやりたいなと思ってくれる人も増えればいいかなと思いますし、これだけ自主的に、前向きにやってくれたら伸びるんだぞと、そういうことを証明していきたいですね」。

 歴史の扉を、自分たちの手で堂々と開いた市立前橋。強豪ひしめく群馬に、また新たな風が吹き込んできた。

(取材・文 土屋雅史)

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