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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:ターニングポイント(流通経済大柏高・橋本清太郎)

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橋本清太郎増田健昇。旧知の友人同士がマッチアップを繰り広げる

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 サッカー選手には、きっと後から振り返った時に「あれが“ターニングポイント”だった」と思えるような試合が、誰しもあるはずだ。そして、彼にとっては間違いなくこの試合が、それだった。「今日が本当にラストチャンスだと思っていたので、試合にも勝てましたし、記録的に付くかどうかはわからないですけど、アシストもできて、救われたかなという感じで、ホッとしています。でも、もっとやらなきゃいけないですね」。流通経済大柏高(千葉)の新・サイドバック、橋本清太郎がこの試合を“ターニングポイント”にできるか否かは、これからの彼自身に懸かっている。

 2年ぶりの開催となった高円宮杯プレミアリーグEAST。第2節のスタメンリストを見ると、その名前の横には“DF”という表記が付いていた。入学して間もない1年生の4月。青森山田高(青森)と対峙したプレミアの開幕戦で、いきなり途中出場を果たすなど、ストライカーとしての未来を期待されていた橋本は、最終学年を迎えた今年、サイドバックへとチャレンジしていた。

 1年時からプレミアのステージでも12試合に出場。本田裕一郎・前監督にはフォワードとして起用されていたが、2年に進級し、指揮官が榎本雅大監督に代わると、とたんに出場機会が著しく減少。「本田監督の時は結構使ってもらっていたんですけど、自分の課題をエノさんは突いてくれた感じです」。プレーする主戦場も、AチームからBチームに移っていく。

 転機はここで訪れた。Bチームを率いる高橋隆コーチは、周囲のタレントとの比較も考慮しつつ、橋本の特性をフォワードではないポジションに見出していた。「Bチームにいた時に、隆さんから『オマエはフォワードの選手じゃない』みたいに言われて、そこからポジションがサイドバックに代わりました」。サイドバック、橋本清太郎の誕生である。

「『オマエ、どうやってフォワードやるの?』って考えた時に、特にこれというものがない、と。『自分がこう成りあがろう』とか、そういう欲みたいなものを出さないと。フォワードだと4番手、5番手ぐらいだったので、アイツもポジションを変えることに前向きでしたね」。榎本監督も同様に、彼をサイドバックとして育てていく覚悟を決める。

 3年生に進級すると、再びAチームへと復帰。プレミアでも第2節から左サイドバックとして起用されたものの、縦への圧倒的な推進力で活躍する試合もありながら、積極的な勝負に挑めず、前半だけでベンチに下がった試合も。なかなか安定したパフォーマンスを維持できず、「橋本!」と榎本監督の声が響き渡る光景が、毎試合のように繰り広げられていく。

「結局彼の弱点って能力的なものじゃなくて、精神的なものなんですよ。やるかやらないかという時に、最後に逃げちゃったりとか、そういう所が弱点だったんですよね」(榎本監督)。本人もその自覚は十分にあった。「自分はメンタルが問題ですし、その自覚もメチャメチャあります。わかっていても落ちちゃう時があるので、もう本当に変えなきゃいけないです」。

 だからこそ、“2つ”の新たな試みに着手した。1つは『寝る前の読書』だ。「寝る前に本を読む時間を作っています。それで睡眠の質も良くなるし、最後に良い気持ちで寝られるので、些細なことですけど、やっていますね。今は長友(佑都)選手の“ポジティブシンキング”みたいな本があるんですけど、それを読んで『なるほど!』みたいな感じです(笑)」。

 もう1つは、『メンタルノート』。「その長友選手の本に書いてあったんですけど、『メンタルノートを自分で作ろう』と。それを書くことで自分に素直になれますし、前にあった失敗を振り返れば、たとえば『これは今も同じ気持ちなんだ』と思い出すことで、逆にやりやすくなると思うので、それを書き始めました」。

 この試みにトライするきっかけを作ったのは、斉藤礼音コーチだったという。「礼音さんも話をいっぱいしてくれていて、その中で『具体的なことをしろ』という話があったので、自分の中で具体的なことを1個、2個と考えたんです」。榎本監督も、高橋コーチも、斉藤コーチも、この男の成長を常に気に掛けていることは、あえて言うまでもないだろう。

 だが、事態はそううまく進まない。インターハイ予選に突入すると、橋本はスタメン落ちどころかメンバー外に。後半から出場した準決勝でも思ったような手応えは掴めないまま、決勝は再びメンバーに入れず、チームの中での立ち位置は不透明なものになっていく。

 橋本にはスケジュールが発表された時から、ずっと楽しみにしてきた日があった。6月27日。プレミアEAST第8節。中学生時代の3年間をともに過ごした、元チームメイトも多数在籍している横浜FCユース戦。いわゆる“古巣対決”は、ある意味でこの高校へと進路を決めた時点から、待ち侘びてきた舞台だ。

「次は横浜FCが相手なので、『試合に出て活躍したい』ということばかり思っていました」。メンバー外となったインターハイ予選決勝から、1週間後に控えるその試合に向け、スタメン復帰を目指してイチからアピールすることを誓い、日々のトレーニングへ真摯に取り組んでいく。

 その日がやってくる。6月27日。流経大柏が提出したメンバーリストには、上から3番目に、『DF 橋本清太郎』という名前が書き込まれていた。「言われても、言われても、次の日にまた声を出したりとか、それでまたやれないんだけど、また声を出したりとか、それは『自分と向き合おう』と思っていないと、そういうメンタリティになれないはずだし、インターハイでもメンバー外にしているんですけど、その時も腐らないでチームのためにという気持ちがあって、そういう貢献があったから、彼にチャンスを与えてもいいと思えたんですよね」(榎本監督)。4番を背負ったサイドバックが、深く一礼してから、まっさらなピッチに足を踏み入れる。

「『今日は本当にラストチャンスだな』と思って、攻撃の部分で持ち味を出して、守備でも頑張ってと、とにかく自分を出すことを意識してやりました」。試合直前に最近はやり慣れていた左サイドバックではなく、右サイドバックで出場することを知るが、そんなことは問題ではない。「ちょっとビックリしましたけど、このチームではよくあることなので(笑)、やるしかないかなと」。かつての盟友たちと違う色のユニフォームを纏い、キックオフの笛の音を聞く。

「たぶん横浜FCのみんなは、インターハイ予選に自分が出ていないのをわかってくれていたので、それがケガでなのか、何なのかわからなかったと思うんですけど、もともとフォワードだった自分が右サイドバックで出ていることにビックリしていましたね(笑)」。立ち上がりから積極的なオーバーラップで、相手陣内へと何度も切れ込んでいく。

 とりわけ、対面にいた山崎太新は元チームメイトであり、年代別代表も経験している相手のキーマン。自然とマッチアップにも気合が入る。「太新はずっと同じサイドだったんですけど、顔がガチだったので(笑)、『これは自分もコイツに負けられないな』と思ってバチバチやり合いました」。1失点目こそ完全にポジション取りで出し抜かれたものの、その他の局面では両者の激しい意地の張り合いが続く。

 セットプレー時には、お互いマークに付き合っていた横浜FCユースのキャプテン、増田健昇と言葉を交わす一幕も。「みんな集中していたので結構険しい顔をしていたんですけど、自分はずっと楽しみにし過ぎてましたし、健昇とは仲が良くて、セットプレーもずっとマークが一緒だったので、ちょっと喋ったりしましたね」。目の前の状況を、心から楽しめている自分に気付く。

 後半18分。1-1のシチュエーションで、橋本に見せ場がやってくる。右サイドの高い位置でボールを持つと、強気で中央へ切れ込んでいく。「ああいう部分が自分の強みを出せる部分なので、ちょっと取られそうになったんですけど、フィジカルを生かして、前にゴリッと入りました」。そのまま中央を確認すると、マイナス気味に折り返す。

「あとはマイナスがいつも空くので、そこを見ていたら、小林が上手く入ってきてくれて、ゴールが決まって、嬉しかったですね。1回外したので『おっ』と思ったんですけど(笑)、しっかり決めてくれたので良かったです」。小林恭太のシュートはいったんGKに阻まれたものの、こぼれを自らプッシュ。記録上はアシストとはならなかったが、“準アシスト”と言っていい突破と折り返しで、チームの2点目を演出すると、ゲームも4-1で快勝。“古巣対決”はこれ以上ない形で、幕を閉じた。

 榎本監督は、指導者として腹を括り、橋本をピッチに送り出していた。「どこかで一皮剥けさせないといけないなって。今週は文句も言いまくって、『チャレンジしないヤツはいらない』と。さっきも試合前に『人間には、必ず一皮剥けるターニングポイントというのがあるんだ。自分の古巣相手で、これ以上の舞台はないぞ。一皮剥ける時はどういうメンタリティだと思うんだ?“ターニングポイント”が来る時は、弱気なのか、強気なのか。消極的なのか、積極的なのか。このメンタリティがどこに来るかということだけだ。そうしたら、ターニングポイントは来るんじゃない?』って話をしましたし、そういう意図を持って使いました」。

 橋本もその想いはわかっていた。「最近うまく行っていなくて、試合も出れなくなっちゃったのに、今日は古巣ということでエノさんが出してくれたので、本当に感謝しています。今日が本当にラストチャンスだと思っていたので、試合にも勝てましたし、記録的に付くかどうかはわからないですけど、アシストもできて、救われたかなという感じで、ホッとしています。でも、もっとやらなきゃいけないですね」。少なくとも、この日の試合を“ターニングポイント”にするための資格は、手に入れたと言っていいだろう。

 流経大柏を率いる榎本監督の思考は、いつも深い。それでいて、選手のことを何よりも考えている。「やっぱり結局日々の観察だと思います。特に心境の変化が生まれた時とか、例えば『彼女ができた』とか(笑)、人生でちょっと良い方向に転がる時とか、あとはずっと停滞している子もどこかで『やってやろう』という気持ちがワンプレーでも出る時があるんですよ。そういう時に『コイツ、ちょっとやらせてみようかな』みたいな」。それは橋本に対しても例外ではない。

「アイツも才能はあると思う。突破は魅力的だし。そこは長い間積み上げて、崩れて、もう一度積み上げて、崩れて、もう一度積み上げて、それで質が上がっていくんですよね。『ハートがないからダメ』っていうのは簡単だけど、どうやったらそういう部分をちゃんと作れるかという所を見つけてあげたいし、チャレンジしてほしいなと思っていますけどね」。

 課題と向き合うのは決して楽なことではない。それが明確であればあるほど、克服できない自分に失望し、さらに負のスパイラルに入っていくことも少なくないだろう。だが、周囲に信頼してもらうことの嬉しさを知り、その信頼に応えていくことの喜びを知ってしまったからには、もう自分を奮い立たせて、前へと進んでいくしかない。

「正直今日は良かったですけど、ここ最近は自分のメンタルの弱さとか、そういう部分が出てしまっていて、流経というのはもっとやんちゃっぽく、ガツガツやっていかないといけないとは思っていて、自分はそういうタイプじゃないので、難しい部分はありましたけど、これからもっと一皮剥けて、『やっていける男』にならないとダメだなと考えています。このあとはインターハイで全国もあるし、プレミアの試合もあるし、いろいろな大事な試合があるので、今日だけじゃなくて、そういう試合でもいっぱい結果を出して、もっとチームのためになれるよう、頑張りたいです」。

 サッカー選手には、きっと後から振り返った時に「あれが“ターニングポイント”だった」と思えるような試合が、誰しもあるはずだ。そして、彼にとっては間違いなくこの試合が、それだった。流経大柏の新・サイドバック、橋本清太郎がこの試合を“ターニングポイント”にできるか否かは、これからの彼自身に懸かっている

■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。株式会社ジェイ・スポーツ入社後は番組ディレクターや中継プロデューサーを務める。著書に「メッシはマラドーナを超えられるか」(亘崇詞氏との共著・中公新書ラクレ)。」

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