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『SEVENDAYS FOOTBALLDAY』:憧れの向こう側(ファジアーノ岡山U-18・磯本蒼羽)

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ファジアーノ岡山U-18の背番号10、MF磯本蒼羽(3年=ファジアーノ岡山U-15出身)

東京のユースサッカーの魅力、注目ポイントや国内外サッカーのトピックなどを紹介するコラム、「SEVENDAYS FOOTBALLDAY」

 このクラブのエンブレムが刻まれたファジレッドのウェアに初めて袖を通してから、今年でもう12年目。岡山で生まれ、岡山で育った自分が、為すべきことはもうとっくにわかっている。憧れていた側から、憧れられる側へ。あのスタジアムのピッチに、いつか、必ず。

「ファジアーノが掲げている『子どもたちに夢を』ということを、自分はずっと聞いてきた中で、プロの選手やユースの選手が自分に夢を与えてくれたので、今度は自分が小さい子どもたちに夢を与えられるような存在になりたいなと思っています」。

 今季からプレミアリーグに初昇格したファジアーノ岡山U-18(岡山)の、背番号10を託されたアタッカー。MF磯本蒼羽(3年=ファジアーノ岡山U-15出身)は自分の中心に明確な目標を携えて、アカデミーラストイヤーを戦っている。


 鹿児島城西高(鹿児島)をホームに迎えた、プレミアリーグWEST第7節。気合はいつも以上に入っていた。前節の帝京長岡高(新潟)戦ではスコアレスの段階でPKを獲得したものの、磯本のキックが相手GKにストップされると、そこから岡山U-18は4失点を奪われ、連敗を喫してしまう。

「自分の責任の大きさを試合が終わった後もずっと考えていて、今回の試合は自分がアシストをしたり、点を決めることでチームを勝利に導きたいなと思ってプレーしていました」。その決意が先制点を手繰り寄せる。前半37分。DF田邊健太(2年)から左サイドでボールを引き出した時に、もう10番の中でイメージはできていた。

「ドリブルとクロスは自分の特徴でもあるので、良いところで仕掛けて、良いボールを蹴れたのかなと思います」。いったん縦に運び、切り返して右足でクロス。インスイングで届けたボールを、ニアへ走ったFW末宗寛士郎(2年)がゴールネットに叩き込む。

 今季2つ目のアシストは、前節の悔しさを生かした完璧なそれ。ただ、プレミアリーグはやはり甘くない。後半開始早々にセットプレーの流れから同点に追い付かれると、以降は押し込まれる展開を強いられ、結果は1-1のドロー。これで未勝利試合は3に伸びる。「最近はずっと負けと引き分けが続いているので、『次は勝たないといけないな』とチーム全体が思っています」。自身のプレーには一定の手応えも感じながら、磯本はもう次のゲームに目を向けていた。



 2年生だった昨シーズンは、肩の脱臼で春先から半年近い長期離脱を余儀なくされる。その間にチームは夏のクラブユース選手権で、史上初の全国4強へ進出。「チームが勝ったことは嬉しかったですけど、自分もあそこで活躍したかったですし、正直自分がいなくなってから結果が出ていったので、『自分は必要ないのかな……』とか考えたりしました」。磯本の心の中には複雑な感情が渦巻いていく。

 ただ、リハビリと向き合う17歳を支えてくれたのは、気の置けないチームメイトから送られた励ましの声だった。「自分はそう思っていても、チームメイトは『蒼羽が帰ってきてくれていたら、(準決勝の)ガンバ戦は勝っていたのに』とか『優勝できたのに』とか言ってくれて、みんなが自分が思っていたよりもずっと声を掛けてくれたので、それが一番頑張れた理由でした」。

 12月。プリンスリーグ中国を制した岡山U-18は、プレミアリーグ昇格を懸けてプレーオフへ臨む。戦列へ復帰したばかりの磯本は2試合に途中出場すると、得意のドリブルを生かして攻撃のアクセントを創出。チームも逞しく2つの勝利を積み重ね、新たな歴史の扉をこじ開ける。

「プレーオフは手術が終わってから一番目標にしていた試合だったので、もちろん自分のプレーよりもチームの勝利を考えてプレーしましたし、途中からでしたけど試合に出られて、チームとしてもプレミア昇格を果たせて、とても嬉しかったです」。最高の置き土産を残してくれた3年生をはじめ、悲願を達成したみんなの笑顔は今でもハッキリと覚えている。


 雨上がりのあの日の夜。憧れのピッチの“こっち側”から歪んだ視界で眺めた光景は、絶対に忘れたくない。

 4月24日。シティライトスタジアム。『2024 JリーグYBCルヴァンカップ 1stラウンド2回戦』で横浜FCと対峙するファジアーノ岡山のメンバー表には、背番号60番台の選手が4人も書き込まれていた。62番、磯本蒼羽。64番、藤田成充。65番、南稜大。66番、三木ヴィトル。いずれもU-18に所属する、2種登録の高校生だ。

「自分はスクールに通っていた時も、ずっとスタジアムの上から『あのピッチでプレーしたいな』と思いながら、ジュニアからファジアーノ岡山に入りました。そこからずっと夢は変わらず、『あのピッチで試合に出たい』という気持ちでやってきて、やっと高校3年生でベンチ入りできたんです」。そう話す磯本は、並々ならぬ意欲で試合当日を迎えていた。

 結果から言えば、62番がピッチに立つことはなかった。スタメンに抜擢された三木は後半34分までプレー。南も延長前半5分から交代出場を果たしたが、アップエリアにいた磯本に最後まで声は掛からず、チームはPK戦の末に敗退することとなる。

「自分としてはトップチームの練習や練習試合でも結構やれていたので、『ちょっとぐらいは出れるかな』という想いはありましたし、家族もみんな見に来ていたので、試合に出たい想いはチームで一番あったと思います」。気付いた時には、もう我慢できなかった。

「家族にも『あそこでプレーしてほしい』ということも言われていましたし、あそこでプレーするためにいつも自分は頑張っているので、ポジションの関係もあるとは思うんですけど、ユースのチームメイト2人が出ていたのに、あの状況で自分が出られなかったのはメッチャ悔しくて、涙が出ました。やっぱりトップチームの試合は、近くて、遠い感じでしたね」。

 涙で滲んだ鮮やかな緑の芝生の色は、頭の中に焼き付けた。「スタジアムの上で見るよりも、ベンチに入っているのに試合に出られないことが一番悔しいと思うので、絶対に次の機会は出たいと思います」。覚悟は今まで以上に定まっている。憧れのピッチの“向こう側”へ、次こそは、必ず。


 チームも自身も初めて挑んでいる、プレミアリーグに身を置く日常はとにかく刺激的だ。今まで対戦したことのないような全国の強豪と毎週のように肌を合わせ、ヒリヒリするような90分間を過ごし、手応えを掴み、課題を突き付けられ、また次の試合へと向かっていく。

 岡山U-18を率いる梁圭史監督は「いろいろな特徴を持つチームがあるので、ちょっとでも隙があるとやられますよね。『これでやられるか』というシーンは凄くあるので、トレーニングもメチャクチャ集中力が高くなりますし、ゲームになると一瞬も油断できないシーンはメチャクチャ多いので、もうヒリヒリするというか、僕も見ていてドキドキしますよ(笑)」と楽しそうに笑う。

 磯本もこのリーグで戦うことの意味を、実感しているようだ。「プレミア、メッチャ楽しいです。自分たちも含めて、どちらかが偏って強いということがないリーグで、ほぼ五分五分の試合が多いので、『結果を出したい』と思いながら、楽しんでいます」。相手は強ければ強いほどいい。うまくいったことも、うまくいかなかったことも、全部を成長の糧に繋げてやる。

 今シーズンは10番のユニフォームを纏っている。U-15時代にも背負っていたエースナンバーは、自分から希望した。「去年の10番だった(楢崎)光成くんが『オマエに付けてほしい』とシーズン終わりに言ってくれたんです。ちょっとプレッシャーはありましたけど、やっぱり自分自身も付けたかったので、自分がエースだという気持ちで自分で取りました。鏡、何回も見ましたね(笑)」。プレミアへ挑戦する権利を残してくれた先輩たちのためにも、何1つ思い残すことがないぐらいまで、この最高の舞台を戦い抜いてみせる。

 印象的な名前は『蒼羽』と書いて、『あおば』と読む。「僕が生まれた日が晴れていて、その時の空が青くて綺麗で、そこからたまたま『あおば』という響きが出てきたと。それで漢字で迷っていた時に、日本代表が『蒼きサムライ』という文字を使っているのを見て、『蒼』という漢字に決めたのと、『夢に向かって羽ばたいてほしい』ということで、この漢字になったみたいです。だいぶ気に入っています」。何とも素敵な由来ではないか。

 小学校1年生でスクールに入ってから、ずっとこのクラブでボールを追いかけてきた磯本にとっても、今年はアカデミーのラストイヤー。正真正銘、集大成の1年だ。「まずはみんなで話している目標はプレミア残留で、それと去年のクラブユースはベスト4だったので、その結果を超えられるように、というのがユースで成し遂げたいことです。個人としてはやっぱり『トップチームの試合に出たい』というのが一番強い想いで、その上で昇格したいと思っています」。

 このクラブのエンブレムが刻まれたファジレッドのウェアに初めて袖を通してから、今年でもう12年目。岡山で生まれ、岡山で育った自分が、為すべきことはもうとっくにわかっている。憧れていた側から、憧れられる側に。ファジアーノ岡山U-18の背番号10。磯本蒼羽がこれからも真摯にサッカーと向き合い続ける限り、より高く羽ばたくための綺麗な空は、きっとどこまでも蒼く、蒼く、広がっている。



■執筆者紹介:
土屋雅史
「群馬県立高崎高3年時にはインターハイで全国ベスト8に入り、大会優秀選手に選出。著書に『蹴球ヒストリア: 「サッカーに魅入られた同志たち」の幸せな来歴』『高校サッカー 新時代を戦う監督たち』

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土屋雅史
Text by 土屋雅史

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