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宇佐美貴史インタビュー(前編)「プライドを折っても、爪痕を残す」

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 名門・バイエルンに渡り、UEFAチャンピオンズリーグ決勝では日本人初のベンチ入りを果たす。夏にはU-23日本代表の一員として、ロンドン五輪にも出場。その後、ホッフェンハイムへ移籍し、ブンデスリーガで活躍。しかし、終盤はベンチ外……。ドイツへ渡った2年目も、MF宇佐美貴史は濃密な時間を過ごしている。日本の至宝は今、何を思っているのか。ゲキサカが直撃インタビュー。全3回の1回目となる前編では、激動の2012年を振り返る。

―2012年は、どんな1年でしたか?
「波があったかなと思いますね。6月までバイエルンでプレーして、試合に出られなくて苦しんで。その後、五輪があって、ホッフェンハイムに移籍して、試合に出られるようになって。いろいろな手応えを得て、良い経験をしつつ、終盤はまた試合に出られなくなる。悪く言えば波がありましたけど、よく言えばその波があったことでいろいろなことが吸収できたと思います」

―具体的に吸収できたものとは?
「多くありますが、一番感じたのは、自分のスタイルというか……。自分の意識、プライドを折らないといけないなと感じたことですね。監督に自分のスタイルを認めさせる、自分のスタイルにチームをついてこさせるより、そこを一回折らないといけない。そうしないと試合に出られない。五輪もそうでしたけど、チームが守備的な対応をしていく中で、自分は必要とされなくなった。自分を貫いた結果、試合に出られなかった経験があるので。

 ホッフェンハイムでも、最初は起用されたけど、いざ監督が代わって『守備から入ろう』となったとき、一度外されました。そういうことを2回経験して『自分のスタイルを折ってでも、チームの色に染まっていかないとダメだな』と本当に思いました」

―でも、折るのは嫌でしょう?
「もちろん嫌ですよ。でも、『折りたくない』と言ってプライドを維持して、『あいつは試合に出ればすごいことをするし、すごい才能を持っているのにな』と言われながら、何も爪跡を残せない選手に終わるのか。嫌でもそこを折って、試合に出るために変わりたくない色に変化するのか。どちらを選ぶかですよね。プライドを折らずにプレーするのも一つの美学ですけど、何も爪跡を残せない人生にオレは美学を感じないので。後者を選んで、結果的に変化できれば試合に使われるし、そこから自分が行きたい方向に持っていけばいい。最終的には結果ですからね。キャリアを振り返ってもそうですし、短い期間でも。そのためにも、まずは試合に出ること。試合に出られれば絶対に成長できますし、充実感も違います」

―昨季終了直後に『鋼のメンタルを手に入れた』と言っていましたが、それ以降も精神的に試されることがあったのでは?
「五輪で試合に出られなかったことはもちろん、最後にホッフェンハイムで出られなくなって、シーズンがブレイクに入る前も悔しかった。そういう悔しさをかみ砕けない自分のメンタル……そういうメンタルは『弱い』というカテゴリーに入っていません。そういうことがあって、努力をやめた瞬間に『弱い』カテゴリーに入ると思っているので。そういう意味では全然心は折れていませんし、折れたことがないです。

 そういうときこそ大事だと思うので。それが、この先2年、3年続くかもしれないし、3か月で終わるかもしれない。先は分からないし、見えない中で、やり続けられるかどうかなので。ものすごくムカつくこともあるし、それが態度に露骨に出てしまうこともありますが、それがイコール『メンタルが弱い』とは思いません」

―権田選手は『そんな宇佐美がいい』と言っていました。
「ただ、それは未熟なんですよね。多少それが自分のスタイルなのかな……」

―そういう意味では、試合に出られなくても自信は失わない?
「『絶対、俺が出たほうがいい』と思いますし、そう思わせるくらいの努力を続けていきます。ただ、求められる部分が180度変わったときに対応できる力が、まだない。守備をしながら攻撃につなげていく。攻撃もしながら守備のバランスをうまく取る。変な言い方をすると、だれでもできることがあまり得意じゃないんです」

―これまでは長所である攻撃力を出すことが求められ続けてきました。
「ホッフェンハイムは下位チームなんでね。下位チームの戦い方はなかなか経験したことがない。ガンバもバイエルンも、守っているチームをどう崩していくかというチームでした。その中で自分のスタイルが他の選手に及ばなかった。でも、今のホッフェンハイムでは『守ってカウンターをやろう』というときに、うまく自分を発揮できない。今までは(攻撃に専念すればいいという)特別な役割を与えられてきた分、守備ができないというか……。多少はやってますよ。まったくサボっているわけではないし、そこはある程度、前でできるからと目をつぶってもらっていた部分ではあると思います」

―それは選手としてキャリアを振り返ったとき『良かった』と思えることでしょうか?
「う~ん……。たぶん、そうだと思います。監督にも『お前はだれもできないことができるけど、逆にだれでもできることがだれでもできるレベルに達していない』と言われて、それはズシンときたというか。

 でも、それを克服する答えは簡単で、そこをだれでもできるレベルだけでなく、だれもできないレベルに到達させれば必ず試合に出ることができる。意識を変えていく。ただ、それがオレにとっては一番難しい。免疫がないから」

―それをホッフェンハイムで感じられたのは大きいのでは?
「すごいペースでいろいろなことを経験して、本当にサッカースタイルもまったく変わった中でやっているので。ドイツへ渡って2年間で、こういう経験ができているというのは大きいですし、もちろん波もありますが、自分が23、24歳くらいの一番良い時期に入ったときに、そういうことが起こっているようじゃダメ。今、20歳でしか経験できないことを、すごいスピードで経験できているのかなと思います」

―中断期間に監督が代わりましたが、自分をアピールすることは得意になりましたか?
「そこもまだまだ得意じゃないんでしょうね。まったく違う色を放ってしまっている場面もあると思うので。そこはまだ未熟な部分かなと」

―後半戦が始まりますが、それに向けて目標は?
「試合に出してもらうこと。それだけです。出れば絶対にやれる。試合に出ることが目標というと簡単に聞こえますけど、試合に出るためにどこを埋めていかないといけないとかは、整理できているつもりです。でも、同時にそれが一番難しい。自分にもスタイルがあるので、それは高いハードルだと思います」

(取材・文 河合拓)

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