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イングランド戦をオシム前監督はどう見たか?約40分間の会見全文

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 イビチャ・オシム前日本代表監督が30日、日本対イングランド戦後にグラーツ市内で記者会見を行った。イングランド戦の感想、W杯に向けたアドバイスなど相変わらずのオシム節は約40分間続いた。

―イングランド戦の感想は?
「一般論として、悪い試合のあとには“なにくそ”というリアクションが起こる。それが現実に起きたのは大きな収穫だと思う。つまり、選手は韓国戦でひどい試合をしたことを分かっていた。それで自分で反応した。大事なのは、間違いが間違いであることに気づくことと、それを訂正する力を付けること。間違いが多すぎてもよくないし、反応する力があるかどうか試すためにわざと間違いをするのはよした方がいいですが」

―2週間後にはW杯の初戦があるが?
「1週間、2週間でまったく違うチームにするのは無理。では、何ができるかというと、ノーマルな状態に戻すこと。チームがノーマルな状態でプレーできるようにすること。合宿が何週間も続くと、選手はうんざりする。レギュラーと、それ以外の選手の間で何か起きないか。それも気を付けないといけない。
 広い視野で見るべきです。1週間、2週間のスパンではなく、2年半の準備の積み重ねで今があるということを思い出すべきでしょう。セルビアに負けて、そのリアクションが韓国戦で起こるはずが、起こらなかった。それが今日起きた。なぜ韓国戦で起きなかったのかということはあるが、いずれにしても良いことであり、ポジティブなこと。つまり、チームが生き物であることが分かった。
 時間帯によってはどっちがイングランドか分からないような試合だった。最後はイングランドがオールオアナッシングで力づくで攻めるところまで追いつめた。あとは、もう少し勇気が欲しかった。最後まで耐え抜く意地も欲しかった」

―守備ははまっていた部分もあったが、攻撃で長い距離を走る選手がいないためにカウンターができていなかったが?
「長い距離を走るべき選手が何度か走って疲れていた。大久保は前半15分までに10回ぐらいダッシュしていた。長友もそうでしょう。もう息切れしていた。長谷部もよく走っていた。
 長谷部と阿部に体力があるまでは、中盤でボールを支配することができていた。ブロックをつくって守備をして、相手に好きにさせなかった。イングランドのような相手にコンプレックスを持たずに、リスペクトし過ぎずに、恐れずにプレーしたのを見たのは初めて。リスペクトは必要だが、し過ぎても良くない。
 収穫のあった試合でしょう。テレビでしか見たことのないビッグプレイヤーと一緒にプレーできた。彼らが空を飛べる怪人ではなく、人間であることが分かったはずです。
 場面によってはイングランド相手に競り勝っていた。ウォルコットを抑えた長友もよかった。後半、別の選手に代わってもスタミナが持てば良かったですが。今日できたのだから、ロッベンが来ても大丈夫でしょう。だれが来ても大丈夫」

―中田英寿の後継者はいたか?
「中田に匹敵するレベル、人格のプレイヤーはいない。スターを取り上げるジャーナリストらしい質問だが、そんな質問に私が答えると思っているんですか? そういうことを話せば、チームに不協和音が生まれるかもしれない。メディアはスターをつくりたがるが、チームをマネジメントする側には迷惑なんです。上手くいったらスターのおかげ、上手くいかなかったらスターのせいにするというのはメディアは楽ですね。今日、だれがスターでした? スターのプレッシャーに耐えられる選手はだれかいますか?
 日本のストロングポイントはコレクティブなプレー。今日の試合がチェスのゲームだったら、イングランドが途中で投了してもおかしくなかった。70分で“参った”と言っていたかもしれない。70分間という限定付きだが、イングランドを上回るサッカーをしていた。日本のサッカーはああいうものです。残念なのは20分、持たなかったということ。最後まで続かなかった」

―残り20分の問題を解決するために体力を付けるには時間が足りないが?
「今から“時間がない”という質問には何か意図があるように思えますね。今日の結果をポジティブに捉えることが大事。できたことを続けることが大事でしょう。
 70分間、イングランドをコントロールしたという言い方はしました。何が言いたいのかはよく分かります。W杯では70分のあとのフィジカルで勝負する試合がいくつか出てくる。今のサッカーは最後まで走り切れるかどうかで、半分以上が決まる。あとの20分を集中して走れるように練習するには時間がない。微調整の時間しか残っていない。その意味で、準備できる分野はメンタルの部分でしょう。
 いい試合をしたが、70分しか続かなかったのは、1-0なのに前に前に走って、取られて戻るということを繰り返していたから。行くのか、行かないのか。共通の判断意識で、テンポを変えられれば、90分でも、もしかしたら120分でもできたかもしれない。今日はそれができなかった。体力が落ちただけでなく、それによって技術が落ち、パスミスが増えた。ディフェンスでもタックルに行けず、クロスに対してもかするだけになって、オウンゴールになった。コントロールし切れなかった。フィジカルを最後まで出し切るペース配分ができなかったことが、あのオウンゴールを象徴していると思う」

―オシム前監督も岡田監督も日本らしいサッカーを目指してきたが?
「今日の試合に関して言えば、進歩はあった。日本人のいいところだけでなく、イングランドに対して怖がらずに果敢に挑んだ。長い時間、イングランドが何をしていいか分からないところまで追いつめた。ただ、コントロールできていた時間が過ぎると、悪い癖が出た。体力が落ちるだけでなく、コレクティブなプレーではなく、個人プレーに走る選手が出てきた。グループで守り、グループで攻めるというのがなくなった。ドリブルで行こうとしたり、派手なクリアをしたり、個人プレーを我慢できなかった。
 全体としてはほめてあげたい試合でしょう。悲劇的ではない。いいところ、学ぶべきところ、収穫の多い試合だった。もしかしたら判定勝ちしたかもしれない。12ラウンドなら8ラウンドまでは日本が取っていた。最終的には負けたが、内容的には悲観することではない。
 別の収穫は新しいGKにある。日本のサッカー界全体にとっていいニュース。川島はもう少し経験を積めば、潜在能力のあるGKということを証明できた。
 バイタルエリアをケアした闘莉王、中澤、阿部の3人もよく機能していた。阿部があんなにいいプレーをしたのはちょっと記憶にない。これはお世辞ですけど、彼にはつらく当たってきたのでね(笑)。“自信を持て”と言い続けてきたが、今日のプレーで本当に自信を持てたかもしれない。ただ、阿部には“オシムはもっと良くなれと言っていた”と伝えてください(笑)。
 長谷部もいいプレーをしていた。ただ、右サイドの運動量、スピードが足りなかった。今野ではなく、駒野でもよかったかもしれない。今野もいいプレーをしていたが、駒野ほどスピードはない。長友はよく走っていた。若さがハンデだったかもしれないが、前半の出来は良かった。長友、今野が阿部、長谷部と連携すれば、簡単には突破されない。
 勇気を持ったプレーも出た。岡崎、大久保、松井は自分の何倍もあるようなテリー、ファーディナンドに恐れず、簡単には勝てなかったが、何回か突破しかけた。ただ、前線に放り込んでおさまる選手がいない。小さいFW、オフェンシブハーフでは攻撃の種類が限られている。勇気だけでは足りない。しかし、ここで背の高い、強い、上手い、速いFWを探してきてくれと言っても、すぐには見つからないでしょう。日本の歴史の問題かもしれない。
 今日の試合で言えば、コントロールタワー、キーパーソンは阿部、長谷部のポジションだった。あそこの選手がW杯本番でも大事。今日はどちらがランパードかというプレーをしていた。華麗ではないし、時代遅れかもしれないが、スペースを消してマークに付いて、地味な仕事をしていた。だからイングランドが遠藤をフリーにする時間があった。中盤にスペースがあって、遠藤がフリーになった。そういう意味でイングランドをコントロールしたと言っている。
 中盤のエリアが大事。阿部と長谷部は地味な仕事をしていた。今後は地味なプレーだけでなく、いかに相手のゴールに危険なプレーをできるかも考えてほしい。彼らはミドルシュートを打つ力も持っている。そこまで進出することが相手にとって嫌なんだと考えることも必要。
 松井も収穫だった。1対1でもどこまででもドリブルできることを見せた。他の交代選手より、松井が入って明らかにリズムが変わった。自分の何が武器か、周りが松井をどう生かすか。それをお互いに知ることが大事になる。
 DVDでデンマークの試合も見たが、彼らは予想以上にタフなチームだった。非常に厄介なチーム。まず走る。競り合いに強い。常に相手にとって危険なプレーを考えている選手も多い。
 昨日カメルーンの試合(スロバキアと1-1)も見たが、見なければよかった。あれがカメルーンの実力だと信じるのであれば、見なければよかったということですよ。つまり、カメルーンの力はあんなもんじゃない。侮ってはいけないと言いたいのです。ただ、個人として光る選手はいた。ここでは詳細には触れないようにしますが。今日の試合を見れば、日本にもチャンスはつくれるでしょう」

―遠藤はずっと「オシムさんに言われてから変わろうと思った」と話しているが、今日の彼のプレーは?
「私が何か言ったら、そうなるのであれば、“ペレになれ”“メッシになれ”と言いますよ(笑)。簡単に変われるものではないのです。彼の努力だと思いますよ。
 イングランドは遠藤を過小評価していたのかもしれない。フリーにボールを受けて、イングランドは手こずっていた。ただ、遠藤はフリーだったのだから、自分で持ち込んでシュートを打ってもよかった。フリーであることを活用する気持ちが足りなかった。遠藤にはランパードを参考にしてほしい。ランパードはまずシュートを考える。それができなかったらパス。そこが2人の違い。ただ、守備を含めて、今日の遠藤はよかった。もう少しチームの規律を守るときと、破るとき、そのメリハリを付ければよかった。しかし、その修正はたやすい。パートナーが俊輔や憲剛になれば、息の合ったプレーができる。
 残念なのは大きなセンターバックと競り合って五分五分になる大きなFWがいないということ。勇気を持ってチャレンジしたと言ったが、そうでない選手もチラホラいた。
 私はこういう試合を“ビキニマッチ”と言っている。ほとんど隠すところがないという意味です。今日の試合の録画放送を見て、よく分析してほしい。チームとして何ができて、何ができないのか。エリアごとに何ができたか、分析してほしい」

―オシムさんは以前、「スロベニアはW杯でサプライズになる」と話してたが、彼らのストロングポイントは?
「それはスロベニアの人を喜ばせるために言ったんですよ(笑)。日本人を喜ばせるためにも何か言いましょうか? それは冗談ですが、彼らのストロングポイントはアスレチックな能力。走力に加えて、質量、高さもある。大宮にいたラフリッチもスロベニア人ですが、ああいう選手が11人いる。第2に規律があるプレーを続けることができる。第3に自分たちがまぐれでW杯に来たわけじゃないことを証明しようとチャレンジしてくる。有名でない国を有名にしようという誇りやハート。自分の国をアピールする数少ないチャンスなんです。プレッシャーが大きくて、つぶれる可能性もあるので、それは注意しないといけないが。
 私も今日、久しぶりに君が代を聞いたが、そういうものを各国が持っている。ピッチの上だけでどうかではなく、試合開始までをどう過ごすかということもあるんです。
 今日の試合でもプラスとマイナスがある。プラスのイメージを膨らませて、これまでのきついトレーニングが正しかったんだと思って次のトレーニングに取り組む。そういうメンタルの強さを持ってほしい」

―W杯が近づくにつれて岡田監督のプレッシャーも大きくなっているように思うが?
「私にプレッシャーがかかってないと思っているんですか?(笑) 監督を何十年もやってきて、解決策は見つけていない。W杯前はテンションが上がる。それがノーマル。テンションが上がっていることを自覚すること、そこで不注意な行動をしないことが大事。日本はW杯初出場の選手が多い。過去を忘れて前向きに取り組むチャンスでもある。挑戦者になれば、プレッシャーの種類も変わり、いいプレッシャーになるかもしれない。
 チャレンジし続けることが大事。残念なことに高原はこの場にいない。彼はドイツでプレーしていることがチャレンジだったが、日本に帰って来て、ドイツで通用したことを証明するチャレンジをしてほしかった。俊輔もそう。同じような状況でしょう。いいサッカー選手であることを示し続けることがチャレンジなんです。
 海外に行く選手、海外から戻ってくる選手がいるが、日本での活躍を海外で続ける、海外での活躍を日本で続けることの難しさは、名前を挙げなくても分かるでしょう。それを乗り越えれば、Jリーグのレベルは上がる。毎試合毎試合、プレッシャーの大きいイングランドのようなリーグになってほしい。今日の2チームを比べると、イングランドは毎週、プレッシャーにさらされている。だから疲れているし、慣れてもいる。長いリーグ戦の疲労を取りながらメンタルの準備ができるかが大事なんです」

(取材・文 西山紘平)

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