「特別な日」に完敗…ウルグアイが地元・南アフリカを撃破
[6.16 W杯グループリーグA組 南アフリカ0-3ウルグアイ ロフタス・バースフェルド]
W杯南アフリカ大会は16日、グループリーグ第1戦が終了し、全32チームが登場した。プレトリアのロフタス・バースフェルドではA組第2戦、南アフリカ対ウルグアイの一戦が行われ、地元の南アフリカは0-3で完敗した。ウルグアイは前半24分、ディエゴ・フォルランのゴールで先制すると、後半31分に南アのGKイトゥメレング・クーンが一発退場。このプレーで獲得したPKをフォルランが決め、後半ロスタイムにもMFアルバロ・ペレイラが加点した。
11日の開幕戦でメキシコと1-1で引き分けた南アフリカは4-2-3-1のシステムで、GKイトゥメレング・クーン、4バックは右からシボニソ・ガクサ、アーロン・モコエナ、ボンガニ・クマロ、トセポ・マシレラと並んだ。中盤はレネイルウェ・レツホロニャネとカギショ・ディクガコイのダブルボランチで、右にテコ・モディセ、左にシフィウィ・シャバララ、トップ下にスティーブン・ピーナールが入り、カトレゴ・ムフェラの1トップ。メキシコ戦で後半開始から左サイドバックに入ったマシレラが今大会初先発となった。
初戦でフランスと0-0のウルグアイは先発2人を入れ替え、システムも4-3-3に変更。GKフェルナンド・ムスレラ、4バックは右からマキシミリアーノ・ペレイラ、ディエゴ・ルガーノ、ディエゴ・ゴディン、ホルヘ・フシレと並んだ。中盤はエジディオ・アレバロがアンカーに入り、右にディエゴ・ペレス、左にアルバロ・ペレイラ。前線は右からエディンソン・カバーニ、ルイス・スアレス、ディエゴ・フォルランの3トップだったが、中盤左のアレバロが高い位置を取り、フォルランが下がり目でプレーしたこともあり、4-2-3-1のようにも見えた。フシレとカバーニが今大会初先発初出場だった。
南アフリカは開幕戦でゴールを決めたシャバララが前半14、16分と立て続けにミドルシュートを狙うなどホームの後押しを受け、積極的な試合の入りを見せた。しかし、個々の技術やチーム力ではウルグアイが1枚上手。切り替えの早いウルグアイの選手は球際やセカンドボールでも上回り、徐々に南アフリカに圧力をかけていく。
そして前半24分、フォルランが約25mの距離から思い切りよく右足を振り抜く。このミドルシュートがモコエナの体に当たってコースが変わり、GKの頭上を越えてゴールマウスへ。まさかの軌道を描いて吸い込まれたゴールに南アサポーターのブブゼラの音も鳴り止み、スタジアムは静寂に包まれた。
南アフリカとしては不運な失点だったが、先制点を奪ったことでウルグアイはリスクを冒さない手堅い試合運びに変化。南アフリカは組織的な守備を崩すことができず、前半40分、モディセの右クロスを捉えたムフェラのヘディングシュートもゴール上に外れた。
1-0で折り返した後半、ウルグアイに絶好の追加点のチャンスが訪れる。3分、左サイドからスアレスが折り返したボールにカバーニが走り込むも、シュートはミートせず。同9分にはフォルランの左CKにルガーノがフリーで飛び込んだが、シュートは背中に当たってしまった。
南アフリカは後半12分、レツホロニャネに代えてMFサプライズ・モリリを投入。同21分にはガクサの右クロスに走り込んだムフェラがGKの前でボールに触れたものの、ヘディングシュートは枠を捉えられなかった。
なんとか1点を返したいバファナ・バファナ。スタンドを埋める黄色のサポーターも大きな歓声とともにブブゼラを吹き鳴らす。ピッチサイドでも、10数人のサポーター集団が旗を振り、ブブゼラを吹きながらゴール裏からベンチ裏まで場内を一周。スタンドの応援をさらにあおっていた。
絶対に負けられない理由があった。34年前の今日(76年6月16日)は「アパルトヘイトの終わりの始まり」とされる「ソウェト蜂起」が起きた日だった。
ヨハネスブルク郊外の黒人居住区・ソウェトで、欧州系言語であるアフリカーンス語による授業を強制する法律の制定に反発した黒人学生がデモ行進を行い、警察官による無差別の発砲で数百人の学生が死亡。この暴動は国全体、さらには国際社会に大きな波紋を呼び、国内外の激しい圧力がアパルトヘイトの完全撤廃につながった。
94年、ネルソン・マンデラ氏が黒人初の大統領に就任。6月16日は「ユースデー(青年の日)」という祝日に制定された。
ソウェト郊外の出身であるピーナールは「6月16日はこの国にとって大事な日。2つの意味で特別な日にしたい」と意気込んでいた。
しかし、そんなサポーターの祈りも届かなかった。後半31分、ウルグアイはゴール前の混戦から抜け出したスアレスがGKクーンに倒され、PKを獲得。しかもクーンはこのプレーで一発退場となった。
南アフリカは急きょピーナールに代えてGKムーニーブ・ジョセフスを投入。PKのキッカーはフォルラン。ブブゼラの大音量の中、フォルランは落ち着いて決め、2-0と試合を決定付けた。
静まり返るスタンド。続々と帰路に就き始めるサポーター。10人のバファナ・バファナに反撃の力は残っていなかった。後半ロスタイムにはフォルランの大きなサイドチェンジからスアレスが右クロス。これをフリーのA・ペレイラが頭で叩き込み、ウルグアイが3-0と突き放し、直後に試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
<写真>3-0勝利に大喜びするウルグアイ・イレブン
(取材・文 西山紘平)
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W杯南アフリカ大会は16日、グループリーグ第1戦が終了し、全32チームが登場した。プレトリアのロフタス・バースフェルドではA組第2戦、南アフリカ対ウルグアイの一戦が行われ、地元の南アフリカは0-3で完敗した。ウルグアイは前半24分、ディエゴ・フォルランのゴールで先制すると、後半31分に南アのGKイトゥメレング・クーンが一発退場。このプレーで獲得したPKをフォルランが決め、後半ロスタイムにもMFアルバロ・ペレイラが加点した。
11日の開幕戦でメキシコと1-1で引き分けた南アフリカは4-2-3-1のシステムで、GKイトゥメレング・クーン、4バックは右からシボニソ・ガクサ、アーロン・モコエナ、ボンガニ・クマロ、トセポ・マシレラと並んだ。中盤はレネイルウェ・レツホロニャネとカギショ・ディクガコイのダブルボランチで、右にテコ・モディセ、左にシフィウィ・シャバララ、トップ下にスティーブン・ピーナールが入り、カトレゴ・ムフェラの1トップ。メキシコ戦で後半開始から左サイドバックに入ったマシレラが今大会初先発となった。
初戦でフランスと0-0のウルグアイは先発2人を入れ替え、システムも4-3-3に変更。GKフェルナンド・ムスレラ、4バックは右からマキシミリアーノ・ペレイラ、ディエゴ・ルガーノ、ディエゴ・ゴディン、ホルヘ・フシレと並んだ。中盤はエジディオ・アレバロがアンカーに入り、右にディエゴ・ペレス、左にアルバロ・ペレイラ。前線は右からエディンソン・カバーニ、ルイス・スアレス、ディエゴ・フォルランの3トップだったが、中盤左のアレバロが高い位置を取り、フォルランが下がり目でプレーしたこともあり、4-2-3-1のようにも見えた。フシレとカバーニが今大会初先発初出場だった。
南アフリカは開幕戦でゴールを決めたシャバララが前半14、16分と立て続けにミドルシュートを狙うなどホームの後押しを受け、積極的な試合の入りを見せた。しかし、個々の技術やチーム力ではウルグアイが1枚上手。切り替えの早いウルグアイの選手は球際やセカンドボールでも上回り、徐々に南アフリカに圧力をかけていく。
そして前半24分、フォルランが約25mの距離から思い切りよく右足を振り抜く。このミドルシュートがモコエナの体に当たってコースが変わり、GKの頭上を越えてゴールマウスへ。まさかの軌道を描いて吸い込まれたゴールに南アサポーターのブブゼラの音も鳴り止み、スタジアムは静寂に包まれた。
南アフリカとしては不運な失点だったが、先制点を奪ったことでウルグアイはリスクを冒さない手堅い試合運びに変化。南アフリカは組織的な守備を崩すことができず、前半40分、モディセの右クロスを捉えたムフェラのヘディングシュートもゴール上に外れた。
1-0で折り返した後半、ウルグアイに絶好の追加点のチャンスが訪れる。3分、左サイドからスアレスが折り返したボールにカバーニが走り込むも、シュートはミートせず。同9分にはフォルランの左CKにルガーノがフリーで飛び込んだが、シュートは背中に当たってしまった。
南アフリカは後半12分、レツホロニャネに代えてMFサプライズ・モリリを投入。同21分にはガクサの右クロスに走り込んだムフェラがGKの前でボールに触れたものの、ヘディングシュートは枠を捉えられなかった。
なんとか1点を返したいバファナ・バファナ。スタンドを埋める黄色のサポーターも大きな歓声とともにブブゼラを吹き鳴らす。ピッチサイドでも、10数人のサポーター集団が旗を振り、ブブゼラを吹きながらゴール裏からベンチ裏まで場内を一周。スタンドの応援をさらにあおっていた。
絶対に負けられない理由があった。34年前の今日(76年6月16日)は「アパルトヘイトの終わりの始まり」とされる「ソウェト蜂起」が起きた日だった。
ヨハネスブルク郊外の黒人居住区・ソウェトで、欧州系言語であるアフリカーンス語による授業を強制する法律の制定に反発した黒人学生がデモ行進を行い、警察官による無差別の発砲で数百人の学生が死亡。この暴動は国全体、さらには国際社会に大きな波紋を呼び、国内外の激しい圧力がアパルトヘイトの完全撤廃につながった。
94年、ネルソン・マンデラ氏が黒人初の大統領に就任。6月16日は「ユースデー(青年の日)」という祝日に制定された。
ソウェト郊外の出身であるピーナールは「6月16日はこの国にとって大事な日。2つの意味で特別な日にしたい」と意気込んでいた。
しかし、そんなサポーターの祈りも届かなかった。後半31分、ウルグアイはゴール前の混戦から抜け出したスアレスがGKクーンに倒され、PKを獲得。しかもクーンはこのプレーで一発退場となった。
南アフリカは急きょピーナールに代えてGKムーニーブ・ジョセフスを投入。PKのキッカーはフォルラン。ブブゼラの大音量の中、フォルランは落ち着いて決め、2-0と試合を決定付けた。
静まり返るスタンド。続々と帰路に就き始めるサポーター。10人のバファナ・バファナに反撃の力は残っていなかった。後半ロスタイムにはフォルランの大きなサイドチェンジからスアレスが右クロス。これをフリーのA・ペレイラが頭で叩き込み、ウルグアイが3-0と突き放し、直後に試合終了のホイッスルが鳴り響いた。
<写真>3-0勝利に大喜びするウルグアイ・イレブン
(取材・文 西山紘平)
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