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[選手権]「終点にたどり着いた」大分が0-2からの大逆転劇で大分県勢初の国立へ

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[1.5 全国高校選手権準々決勝 市立西宮2-3大分 埼玉]

 第90回全国高校サッカー選手権は5日、準々決勝を行い、埼玉スタジアムでは初出場で8強入りを果たした市立西宮(兵庫)と初のベスト4進出を目指す大分(大分)が対戦した。前半9分、13分と連続失点した大分だが、ここから猛反撃。3-2の大逆転勝利で準決勝進出を決めた。大分県勢のベスト4は史上初。新たな歴史をつくり、国立への切符を手にした大分は7日の準決勝で市立船橋(千葉)と対戦する。

 試合後、朴英雄監督はピッチにうずくまり、号泣した。「人生の一つの目標が国立のピッチに立つことだった。今日、それを実現できた。国立に立つことが、私のサッカー人生の終わりだと思っている。ここが私の終点。国立までしか線路を引いてない。終点にたどり着いた」。韓国ユース代表歴もある51歳の指揮官は、来日18年目で成し遂げた快挙を独特の表現で喜んだ。

 “フリーマンサッカー”を掲げる大分だが、立ち上がりは苦しんだ。高い位置からプレッシャーをかけ、ボールを奪ったら素早く最終ラインの背後に縦パスを送り、スピードのある3トップがゴールを目指す。シンプルかつダイナミックなサッカーで大会に旋風を巻き起こしてきたが、この日は前半9分、13分と立て続けに失点を喫した。

 前半9分、市立西宮はMF新井友博(3年)が左サイドを突破。PA内左でボールキープしたFW大道壮毅(2年)が落とし、MF後藤寛太(3年)がDFをかわして左足でシュートを放つと、GKが前にこぼしたボールをFW指田真宏(3年)が押し込んだ。さらに13分、大道の横パスを受けた後藤が左45度から右足を一閃。ドライブ回転のかかったミドルシュートがゴール右下隅に吸い込まれ、後藤の3戦連発4点目で2-0と突き放した。

「『なんや、これ』と思った。中盤と最終ラインがくっついて、受け身になっていた。フィードしてセカンドボールを拾うテーマなのに、前半は飛ばすだけで中盤が後ろにいるからセカンドを全部相手に拾われた。そこ(中盤とDFライン)を離さないと、やられ続けると思った。2点で済んでよかった。3点取られていたら終わっていた」

 朴監督はベンチから大声を張り上げ、ピッチ上の選手に指示を飛ばす。前半17分、FW藤澤拓(1年)に代えてFW小松立青(3年)を投入し、早くも選手交代。同21分にも3回戦で負傷していたFW岡部啓生(2年)を下げ、FW劉東佶(3年)をピッチに送り込んだ。

 徐々に流れを引き戻す大分は前半34分、DF若林喜史(3年)の後方からのFKにDF清家俊(3年)がGK中野啄冶(3年)に競り勝ち、バックヘッドで押し込む。1-2と1点差に追い上げ、ハーフタイムを迎えると、後半に折り返しても大分の勢いは止まらなかった。後半8分、縦パスから左CKを獲得。FW武生秀人(3年)のクロスに飛び出したGKのクリアが小さくなったところを小松が右足で押し込み、ついに2-2の同点に追いついた。

 縦に縦にボールを運び、圧力をかけていく大分。市立西宮は自陣ゴールに向かいながらの守備を強いられ、クリアするのが精一杯となる。「後半は向こうの足が止まって、前半はあんなに華麗なサッカーをしていたのに蹴るしかなくなった」(朴監督)と、蹴り合いの展開は願ったりだった。大分は後半21分、MF上野尊光(3年)の縦パスに走り込んだ武生が前に出てきたGKより一歩早く追いつき、シュート。しかし、必死に戻ったDF帷智行(3年)が間一髪、ゴールライン上でクリアした。

 紙一重のところで耐え続ける市立西宮だったが、試合終盤、とうとう大分の“パワー”に屈した。後半35分、劉に代えてFW牧寛貴(2年)を投入し、最後のカードを切った大分は、この交代策が奏功する。試合終了間際の後半39分、中盤での競り合いからセカンドボールに反応した武生がワンタッチでスルーパス。これに抜け出した牧がGKとの1対1から落ち着いて右足でゴール左に流し込み、逆転の決勝点を決めた。

「私は日本人ではないけど、大分県民。いつか大分県を背負って国立に行きたいと思っていた」。大分県勢としても初のベスト4進出を果たした朴監督は感慨に浸った。主将の若林は「監督が泣いているところは見たことがなかった。国立に懸ける思いは自分たちより強かったのかなと思った」と言う。練習でも試合でも、時には声を荒げ、選手を厳しく叱咤してきた朴監督。それでも“フリーマンサッカー”と名付けた独特のコンセプトと、その人柄が選手を引き付けてきた。

 朴監督は選手一人ひとりに対し、自分で考えたニックネームを付けている。「デブ」というニックネームで呼ばれる若林は「練習でミスしたときに『デブ!』って大声で言われるとビクッとします。『いつ、お腹の子は生まれるんだ?』って言われたり」と笑いながらも「でも、サッカーが終われば、親父ギャグを言ってくれたり、いい“お父さん”。厳しいときは厳しいし、優しいときは優しい」と言う。「いろんな迷惑をかけてきたし、成長させてくれた。国立という形で恩返しできたことがうれしい」と微笑んだ。

 負傷を抱えながら「20分ならできます。小松先輩が出るまでがんばります」と強行先発し、言葉どおり前半21分までプレーした岡部。前半20分過ぎ、着地の際に右足首を捻り、一度は担架で運ばれながら「外には出たくなかった」と80分間フル出場した上野。「腰が痛い、足が痛いと夜も寝れない子もいる。それでも私に付いてきてくれる。子供ではなく、人間として選手に感謝している。私は叫んで動かせばいいが、彼らを汗をかいて走らないといけない」。そう感謝する朴監督は「私には子供がいないが、子供ができたら、うちのサッカー部の子供のように育てたい」と最大級の賛辞を送った。

 悲願だった国立の準決勝では市立船橋と対戦する。「私のサッカー人生には第1章しかない。第2章、第3章はないんです。その第1章の終わりが国立のピッチに足を踏み込むこと。負けても優勝しても、ここが終点。国立でもう1回暴れて、大分に帰ります」。失うものはない。サッカーの聖地に乗り込む“無印軍団”が、9大会ぶり5度目の日本一を目指す名門の夢をも打ち砕く。

(写真協力『高校サッカー年鑑』)

(取材・文 西山紘平)

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